血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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終戦の日特別編です。
あの、30年前に大洗戦線に参加したある生徒会軍の無名兵士の手紙です。


終戦の日 特別編 無名兵士の手紙〜振りほどいた手〜

拝啓

97年目の長崎原爆忌を迎え、恒久平和と核兵器という悪魔の兵器の使用に人類を向かわせた戦争の恐ろしさを改めて考える今日この頃です。突然のお手紙に驚かれたことかと思います。

はじめまして。突然のお手紙、申し訳ありません。私は、西住みほが引き起こした戦争の中で大洗女子学園での戦いに生徒会軍の一員として従軍し、一兵士として参戦した元大洗女子学園の生徒です。山田様が、あの悲惨な戦争について取材しているという情報を私と共にあの戦争を戦ったある方から、伺い、私の体験が山田様があの地獄のような戦争を白日のもとに晒し告発する役に立てるのではないかと思い、また、原爆忌をはじめアジア・太平洋戦争終結など九十七年目の夏を迎え、平和の尊さと戦争の愚かしさを世界中の人々が考える日々を迎える中で、本質は全く違いますが、西住みほによってもたらされた戦争で実際に、言葉では形容しがたい全ての地獄を集めたような戦場を体験した者として、平和の尊さを改めて考え、30年前の忌々しい地獄のような戦争の記憶を忘れないうちに、話せる若いうちに誰かに引き継いでいかなくてはならないと思うと止むに止まれず筆を取っている次第です。記憶のままに、あの日々を思い起こし文にするため、乱筆乱文になることをお許しください。

まずは、私が体験した戦場へと至るまでの過程を大まかな概要を記したいと思います。

戦争は、平成二十四年(二〇一二年)六月二十日に始まりました。私は、戦争開戦前、寮にいましたが、突然、戦争が始まるから避難せよという生徒会の防災無線と不気味な空襲警報のようなサイレンを聞いて、持てるものだけ持って着の身着のまま慌てて学校に逃げ込みました。私の寮は反乱軍が勢力を持っている街区のすぐ近くの境界線沿いにあった街区だったそうで、あと少し遅かったら私はその場で死んでいたかもしれません。私が学校に逃げ込んだ頃には既に大勢の避難民が不安そうな顔で避難してきていました。まだ、その時は何が起きているのか理解できていませんでしたが、やがてどこからともなく銃声が聞こえてきました。私はその時、まだ兵士として従軍していませんでした。ただの避難民でした。生徒会軍は弱くて脆い装備も何もかもが不十分な軍隊でした。緒戦で負け続け、学園艦の街区は次々と西住みほたち反乱軍の手に堕ちていきました。サンダースが援軍を送ってくれて、点を取る程度の勝利はありましたが、それでもすぐに奪い返され、強大な軍事力で攻めよせる反乱軍に対してかなりの苦戦を続けていました。しかし、快進撃を続けていた反乱軍は突如として、進撃を停止しました。しばらくの間、束の間の平和が訪れたのです。その間に生徒会は自軍の再編成を推し進めました。大規模な募兵を行いました。私は追い詰められる生徒会軍に私も何か貢献できることがあればと思い、志願しました。その日のうちに健康の検査が病院で行われ、一番良い兵隊であるという証の1級で合格しました。あの時の私は、戦争の実態を何もわかってはいなかったのです。戦場がどういうところなのかということも全くです。ただただ正義感で動いていました。その日から厳しい訓練が始まりました。人を殺す訓練です。毎日、基礎的な体づくりと射撃の訓練、格闘戦や武道の訓練です。ただ、射撃訓練では弾が勿体無いと言う理由で使いませんでした。模擬弾すらありません。こんなことで本当に大丈夫なのかと大変な不安だったことを覚えています。仲間と励まし合いながら、厳しい訓練を乗り越え、私は晴れて第二連合守備隊に配属されたのです。二千名の部隊で、森林地帯を挟んですぐ奥に反乱軍の占領地区があるというまさに最前線でした。初めて実弾が入った銃を手渡されてこれで、反乱軍をやっつけてやると息巻いていました。この後、地獄を見ることになるとも知らずに。そして、運命の日はやってくるのです。

運命の日、私はあの日、いつものように部隊の仲間と朝食をとっていました。朝食といってもレーションで、お世辞にも美味しいとは言えません。前日の夜に食べた、ミネストローネの味を思い出していました。その時でした。突然、空襲警報のサイレンのような不協和音が響き渡り、スピーカーからは角谷会長の声で、反乱軍が再び侵攻を開始したことに対する警告と市街地区から速やかな退避の命令と今から避難して移動が必要な場合を除いた外出禁止令が発令されました。私たちに緊張が走りました。いよいよ西住みほは私たちを滅ぼすために行動を開始したのです。さあ、どこから来るか。臨戦態勢で辺りを見回していると突然でした。背後で断続的に爆発音と熱を感じたと思うと、私は吹き飛ばされました。反乱軍による砲爆撃でした。しかし、その時は何が起きたのかわかりませんでした。ほんの少しの間、私は気を失っていました。気がつくとあたりには、変わり果てた戦友の姿がありました。幸い私にけがはありませんでした。辺りは地獄そのものでした。私はこの目で見たのです。ついさっきまで楽しく話していた戦友の手脚が散乱し、首が街路樹に引っかかっているのです。他にも、体を貫通された戦友もいました。腹わたが飛び出ている戦友もいました。手脚を切断されて呻いている戦友もたくさんいました。助けて助けてと、皆叫んでいました。お母さんと叫ぶ声も聞こえてきます。阿鼻叫喚の地獄絵図でした。でも、ショックを受けている時間はありません。その間も次々と砲弾と爆弾が着弾しているのです。早く逃げなくては私もいつ四肢がちぎれて腹わたが飛び出るかわかりません。私は逃げようとしました。その時でした。私の足首を誰かが掴みました。ギョッとしてそちらを見ると、そこには私の戦友の中でも特に仲良しだった戦友が脚を掴んでいました。戦友の身体は瓦礫に埋もれてしまっていて動けないでいました。助けて、助けてと必死に私に言っていました。助けてやりたかった。でも、あの砲爆撃の最中で、私は逃げることに必死であろうことか、その掴む手を蹴って振りほどいて見捨ててしまいました。あの時の彼女の悲しそうな顔は忘れられません。今でも悪夢を見ます。夢枕の彼女は何も言いませんが、あの時と同じ悲しそうな目で見ています。彼女は私に振りほどかれても私に助けを求めていました。でも、あの時はとにかく生き残ることに必死だったのです。私はその声を聞くことなく駆け出しました。すると、爆弾が着弾したクレーターを見つけました。クレーターの中には戦友たちがたくさんいました。私たちはなすすべもなく、クレーターで砲爆撃を凌ぐだけでした。

やがて、砲爆撃は止みました。顔を上げてみると辺りには何もなくなっていました。あんなにも建物がたくさんあったのにです。私たちはバラバラになってしまい、あっという間に第一戦線を反乱軍に突破されてしまいました。その為、守備隊長は第二戦線まで部隊を下げることを決断しましたが、混乱で全員には行き渡らず、そのまま敵に突っ込んで死んでいった戦友も多いと聞きます。しかし、戦線を下げても歩兵が戦車による猛攻に敵うわけもなく、更に犠牲を大量に増やして後退しましたが、そこでも、敵が深く浸透し包囲される危険があった為、結局守備隊長は街区を放棄し立て直すことを決断しました。後方の街区前で何とか部隊を集結させましたが、人数は二千人が約六百人に減っていました。これ以上進ませるわけにはいきません。これ以上進ませればその先にあるのは野戦病院です。反乱軍が野戦病院を制圧すれば、さらにその後方、避難民が大勢避難している学校に押し寄せ、制圧されたら、反乱軍が何をするか、今まで行ってきたことを鑑みても、何が起きるかは火を見るよりも明らかです。この戦いに参加していない私の友達が学校にはまだたくさん残っています。彼女たちには絶対に帰ってくると約束していましたが、どうやら無理だということを悟り、私は死ぬ覚悟を決めました。せめて、ここで少しでも食い止めて、避難する時間を稼ぐために。私は、二枚の写真をポケットの中から取り出して、写真に写る家族と友達に今生の別れを告げました。そして、それをポケットの中に戻して再び銃を手にして侵攻してくるであろう方角に銃口を向けていました。やがて、反乱軍の姿が遠くに見えました。いよいよ決戦です。しかし、相手の軍は強大でした。援軍もありません。私たち600人は、砲撃でも破壊されなかった建物に立てこもって戦いました。私も必死に銃を撃って、反乱軍の侵攻を何とか防ぎ止めようとしましたが、結局敵のの猛烈な砲撃で殲滅されてしまいました。隊長は私に、何とか建物から逃れて、隠れ続けてゲリラ戦を戦うようにと言われました。その為、私は森に逃れて、戦いを続け、食料などが無くなれば街に出て調達をするというゲリラ戦を継続しました。何度か反乱軍によるゲリラ掃討戦が行われましたが、見つからないように隠れ続けました。その間は食事も取ることができません。とてもひもじくて辛かったことを覚えています。角谷杏生徒会会長小山柚子生徒会副会長が降伏し、戦争が終わったことは知っていましたが、今更、反乱軍に降っても私は、殺されると思っていました。だから、どうせ死ぬなら少しでも多くの反乱軍を殺してから死のうと思いました。そうした戦いを続けて何日も何日もそれこそ1ヶ月くらい経った頃です。それは深夜のことでした。私は警備のためか一人で歩いている反乱軍の兵隊を見つけました。辺りを見回しても他の反乱軍はいないようでした。狩るのにはちょうどいい相手でした。私は、前からその兵士を撃ちました。その兵士はゆっくりと後ろのめりに倒れました。私は、その兵士から食料や水、武器弾薬を奪うために駆け寄りました。すると、その人にはまだ息がありました。その人はポケットから写真のようなものを取り出して見ていました。そして荒い息で呼吸し、泣きながら何か苦しそうに何かを言っていました。耳をすませると消えそうな声で彼女は「お父さん、お母さん、ごめんなさい、私はもうダメ、死ぬ前に一目でいいからもう一度会いたかった。」と言って絶命しました。それを見た瞬間、私は思いました。なぜ、私はこのようなことをしているのかと。私はこの人に恨みもないのに反乱軍だという理由で殺してしまったのです。心底戦争が嫌になりました。そして私は、人間でいることさえ嫌になってしまいました。人間なんかに生まれたからこのような目に遭うのだと思ったのです。これだけ人を殺して真っ当に生きていく勇気はありませんでした。でも、捕まって殺されるのは痛そうで嫌でした。海に身投げして自殺しよう。そう思って、私は左舷側の展望公園へと向かいました。星明かりに照らされて、とても綺麗な海でした。このまま、汚いものを持ったまま死ぬのは嫌だったので銃は置いていくことにしました。そして、私は海に身投げしました。冷たくて気持ちのいい海でした。海の上でこんなに綺麗な星空を見ながら死んで行くなら本望でした。不思議と心穏やかでした。私は静かに穏やかな気持ちで眠りに落ちていきました。しかし、気がつくと私は漁船の上にいました。どうやら、助かってしまったようです。いや、もしかしたら戦友からまだくるなと言われたのかもしれません。このような大海原に投げ出されてちょうど私を見つけてもらえるなど奇跡中の奇跡です。生きろと言われているような気がしました。私は、生きることに決めました。その後、私は二度と大洗には戻ることはありませんでしたから、学園がその後どうなったのかはわかりません。この話は家族にも子どもにも誰にも話すことはありませんでした。

さて、あの戦争から三十年経ちました。私の人生はあの戦争によって大きく狂わされてしまいました。戦争はおよそ人間としての尊厳を全て奪い、人を畜生以下の存在にしてしまいます。今、考えると私自身も畜生以下の存在に成り下がっていたと思っています。私自身、助けを求める人の手を振り払って逃げてしまいました。しかも、あの部隊で私の一番の友人をです。私が生きることで精一杯で人間性を失いました。それに、面識も全くなく何の恨みもない人を反乱軍にいるというだけの理由で殺していたのですからとんでもない犯罪者です。戦争になると感覚が麻痺してしまうのです。殺しても何とも思わなくなってしまいます。罪悪感などありませんでした。私はあの記憶から立ち直るのにずいぶんな時間がかかって苦しみました。あの戦争に関わった人は皆、不幸になりました。皆が何かしら心に大きな傷を負ったのです。この傷は一生、何があっても治らないでしょう。だから、戦争というものはどんなに大義名分があったとしてももっともらしい理由をつけても決してやってはいけないことなのです。今回の戦争については、確かに私たちは一方的に攻められたから迎え撃っただけの防衛戦争ですが、このような戦争が起きる前ににできることはなかったのだろうかと思います。私はあの戦争については、当時の生徒会にも大きな責任があると思っています。生徒会が、戦車隊を西住みほに任せてしまったのでこのようなことが起きたと思います。生徒会は戦車隊は軍事力であると理解すべきでした。軍事力を倫理観に欠けた人間が握ってしまえば、どのような結果を招来するかは、わかっていたはずです。生徒会がもっとこのことを理解して、慎重に西住みほの人間性を判断していればこのような結果は免れたのではないかと考えています。ただ、生徒会を監視しなかった私たちにも問題はあるでしょう。あまりにも、巨大な権力を監視もせずに野放しにしてしまい、独走を許してしまいました。私たちにも責任はあり、もし生徒会という権力を監視できていれば、戦争が起きなかったかもしれないと思うと残念でなりませんが、今となっては後の祭りです。私は今の子どもたちには私たちと同じような辛い思いをして欲しくありません。楽しい学園生活を送ってほしいと思っています。だから、もう二度とこんなことが起きないように、伝えていってほしいのです。あの時のことは解き明かさなければならないことです。このまま闇に葬ってはいけません。どうかお願いします。

最後になりましたが、これからも酷暑が続くことだろうと思います。くれぐれもご自愛くださいますようお祈り申し上げます。

敬具

 

令和二十四年八月九日

元生徒会軍兵士

山田 舞様




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