血塗られた戦車道   作:多治見国繁

135 / 150
実習が終わったので更新を再開します。
昨日は混乱させてしまって申し訳ありません。大変お待たせしました。最新話を更新します。
今日は30年後の話+ある秘匿組織のお話です。
よろしくお願いします。


第128話 秘匿第8課

小山柚子が体験した過酷な収容所生活の話がひと段落ついた頃、ふと外を見るとなんと夜が明けているではないか。こんな時間になっていたなんて誰一人として気がつかなかった。こういう時は、酒を飲まなければやってられないとばかりに皆、ガンガンお酒を飲みまくるし、せっかく話を聞いてくれるのだからと仔細を丁寧に思い出しながら語ってくれるのでそれだけ時間がかかる。もちろんある程度頭の中を整理して話にきてはくれるが、あれだけのことを体験したのだから伝えたいことがたくさんあるのだろう。時には感情を高ぶらせて大粒の涙を流しながら語ってくれるので、そこでもどうしても時間が取られる。私はフリーのジャーナリストだからゆっくり聞き出す時間も取れるので別に問題はないのだが、話す側はそういうわけにはいかない。それぞれ仕事や家庭がある。幸いにも次の予定が特に何もない、全員次の日が休みの日に体験談を話してもらうこのような集まりを設定していたのでまだ良かったが、これ以上引き止めるわけには当然いかないので解散の運びとなった。別れ際に落合陽奈美にまた冷泉麻子たちと一緒に反乱軍が完全に大洗女子学園を占領するまでの話をする機会を持とうという話をして、それぞれに話を聞かせてくれたお礼を言い解散した。時刻は午前6時を回るところだった。ここから2時間半かけて東京まで戻った。ふらふらになりながらなんとか家に着くとそのまま、ベッドに倒れこんで泥のように眠りについた。どのくらい眠ったのだろうか。時計を見ると既に午後4時を回っていた。時間の感覚が狂ってしまい、頭がボーっとした状態の私は眠い目をこすりゴソゴソと起き出すと、まだ風呂に入っていないことに気がつき、風呂の支度を始めた。その時だった。インターホンが鳴った。私は一人暮らしなので来客とは珍しい。何事かと思って出てみると郵便屋らしい。ドアを開けると何やら大きな箱を二つ抱えた配達員の男性が重そうな顔をして立っていた。こんな大荷物、私には全く心当たりがない。とはいえ、配達員にこのような重い荷物をいつまでも持たせたままにしておくのは忍びないし、心当たりがなくても私宛てに届いたのだから私の荷物であることは明白である。随分重そうなので玄関のところまで配達員には入ってもらってそこに荷物を置いてもらうことにした。受け取りのサインをすると、元気よく挨拶をして配達員は帰って行く。さて、誰からの荷物だろうと差出人の欄を見て、私は背筋が寒くなった。なんとこの荷物、ルーマニアからの荷物だった。ルーマニアに私の知り合いはいない。差出人は全く知らない人だ。だが、宛名は間違いなく私の名前が書いてある。謎の荷物に私の心臓が激しく血液を全身に送り込む。明らかに怪しい荷物に怖くなり、風呂に入る気もなくなってしまった。一人暮らしの部屋の中をうんうんと唸りながらどうしたものかと思っていたが、ルーマニアから手元に届いたということは税関を通過してきているのだから少なくとも危険物ではないことはわかっている。ならば、開けてみても問題はないだろうと思い直した。私はどうやら随分楽観的な性格なようだ。よく考えたら、富士の樹海に誘われた時、かつて殺人を犯した者たちと一緒だったのに何も警戒することなくノコノコと着いていったことからも見てとれる。私は決心してダンボール箱の封を開けるとそこには何冊ものファイルがあった。そのタイトル部分には"第8課関係文書"と日本語が書いてあった。ルーマニアから送られてきているのになぜか、日本語でタイトルが書かれたファイル、私の頭の中にクエスチョンマークが複数浮かんできた。私は日本語のタイトルがつけられた不気味なファイルをビクビクとしながら開いた。そして、そのファイルの中身に私は驚いて思わずファイルを床に落としてしまった。その中身は何と西住みほ率いる反乱軍が関係する文書だった。それがなぜルーマニアという日本から遠い国から送られてきたのかという謎が私の頭の中を駆け巡る。だが、ファイルにある"第8課"という文字からすぐにとある可能性が私の頭をよぎった。私は背筋に先ほどよりも更に、ドライアイス級に寒いものを感じながらも文書を読み始める。文書を読み進めていくとやはり、私が予想した通りだった。この文書の出元である"第8課"予想通りこれは知波単学園に存在していると言われている、とある部署だった。文書をざっと読むと知波単学園の第8課課長小松喜巳子と西住みほの間で交わされた文書のようで、その多くが西住みほが第8課に出した命令や活動方針が記された書類だった。第8課とは何をする部署なのか、私は噂ではその存在を知っていた。しかし、そのような部署が現代の学校に本当に存在するとは思ってもみなかったので噂や都市伝説の類にすぎないと思っていた。しかし書類には第8課のそんざいとその正体がファイルの文書資料の中に、はっきりと示されていた。文書には"破壊工作"とか"宣伝"とか"宣撫"とか"潜入"という文字が踊っていた。実際に第8課が行なった任務の一部である。さらに極め付けだったのが"継続高等学校親プラウダ派政権打倒扇動工作要綱"という書類だ。ここから導き出される第8課の正体は諜報活動を行うスパイたちの部署であるといえるだろう。なぜ、このようなスパイの部署が知波単学園に存在するのか、それについてはもう一つの箱に入った、何十冊もの大学ノートの1冊目の最初のページに記されていた。これらの大学ノートはどうやら、このノートを書いた者の回想のようだ。その中には自分のことだけでなくこの組織の来歴なども記されていた。この組織の創設は学園設立当初に遡るらしい。この学園は日本軍関係者によって設立された学園である。これはもはや周知の事実だ。だが、学園を設立した者の中に陸軍中野学校の関係者もいたということはあまり知られていない。陸軍中野学校はまさに日本軍の秘密戦教育の学校である。その関係者が陸軍中野学校の秘密戦教育が廃れていくことを憂いて設立したのが第8課という秘密戦教育を行う部署だ。この部署は秘匿名称を総合第2科ともいう。一見、普通の学科とも学園の事務を担当する普通の部署ともとれるような二つの名称をもっている理由はこの部署の存在が内外に決して発覚しないようにする為であるとノートには記されていた。そのような、外部はもちろん内部にも秘匿され続けた秘密のスパイ養成機関をなぜ西住みほは知っていたのかという点で疑問と西住みほの準備周到さに背筋が凍り思わず身震いをした。更にノートを読み進めていくと、第8課について更に詳しい記述があった。ノートによるとこの第8課で秘密戦教育を受けることが許されるのは一握りの優秀な人間たちで1年で1人いるかいないかという割合だそうだ。試験は入学直後にある日突然呼び出され、実施される。試験内容は面接で「何処そこの地図を描け。」とか面接中に突然人が入ってきて例えばその人が物を持っていたとしたら「今入ってきた人の右手と左手にそれぞれ何を持っていたか。」とか退室を促されて、出て行こうとすると突然呼び止められて机の上に白い布が広げられている状態で「私の机の上には何があったか。」といった質問がされるらしい。合格すると普通の学校生活を送りながらも秘密戦の教育を受けることになる。そして、見事卒業した暁には、日本のインテリジェンス機関からスカウトされるらしい。無論、これが事実かは不明だが全くの嘘とも思えない。これらの資料が日本からではなくわざわざルーマニアから送られてきていたという事実で更に信ぴょう性を高めていた。これらの資料を暴露したということが発覚したら、特にそれがもし、西住みほに知られたらどうなるか分かったものではないからわざわざ多くの国を経由させて一体誰が送ったのかわからなくしているのだろうと推測される。こうして、資料を送ってくれることはあの戦争と西住みほの闇を解明するのに役立つので非常にありがたいが、会ったこともなければ、見たこともない相手に私の住所が知られていることに恐怖を覚えた。しかしながら、知的興奮によって恐怖は消え去り、私はスマートフォンを手にして秋山優花里に電話をかけていた。

 

『はい!秋山です!』

 

電話の向こうから秋山優花里の明るい声が聞こえてきた。私は努めて冷静に話し始める。

 

「あ、お世話になっております。山田です。こんにちは。秋山さん。今、お時間大丈夫ですか?」

 

『あ!山田さん!こんにちは!はい。大丈夫です。どうかしましたか?』

 

秋山優花里はいつも突然電話をかける私に対して毎回丁寧に対応してくれた。その思いに応えたいと今回、私はいの一番に秋山優花里に電話をかけたのだ。この、大発見を早く伝えたい。そう思ったがいざ、本題を切り出すとき、なぜか私は声を震わせてしまった。

 

「じ、実は大変なものを手に入れてしまって……」

 

私の震える声を聞いて秋山優花里はいつになく真剣な声で尋ねる。

 

『大変なもの?何でしょうか?』

 

私はゴクリと一度唾を飲み込んで口を開いた。

 

「実は、知波単学園の第8課の資料なんですが……」

 

すると、電話の向こう側から秋山優花里の興奮した声が聞こえてきた。

 

『だ、だ、第8課!?あの知波単学園の!?ちなみにどんな資料が!?』

 

秋山優花里の興奮に飲まれて私も興奮気味に答えた。

 

「西住みほ隊長から第8課課長の小松喜巳子に送られた命令書などの類の書類と恐らく関係者の回想が記されたノートです!」

 

秋山優花里は更に興奮したまるで埋蔵金か何かを見つけたかのような声でまくし立てる。

 

『すごい!すごいです!あの、こんなお願い図々しくて申し訳ないのですが、ぜひその資料を見せていただけませんか?』

 

もちろん、私もそのつもりで秋山優花里に電話をかけたのだからもちろん了承した。いつにしようかと話すと早速明日はどうかとの話があった。明日は日曜だし、別に私はフリーのジャーナリストなので毎日自分の裁量で仕事を決められる。断る理由もないので明日に決定した。明日も研究室に行けばいいかと尋ねると段ボール箱2箱分は大変だろうから車で迎えに来てくれるとのことだったので秋山優花里の提案に甘えることにした。

 

「それでは、明日よろしくお願いします。失礼します。」

 

『こちらこそよろしくお願いします!』

 

そう言って電話は切れた。私はもう知的興奮が抑え切れなくなった。早く秋山優花里にこの資料を見せてあげたくてウズウズしていた。だが、まだ時間はある。私もまだ、全ての資料を深く見ているわけではないので改めてどのような資料なのか見てみることにした。そのようにして夜は更けていった。

次の日、私は秋山優花里の車に資料が入った箱を詰め込むと車に揺られて秋山優花里の職場である東京帝大のゼミ室へと向かった。ゼミ室には歴史学者でこうした資料の取り扱いに十分慣れているかつてのカバさんチームの中の一人、エルヴィンが待っていた。

 

「ああ、山田さん。こんにちは。新しい資料を見つけたんだって?すごいじゃないか!」

 

エルヴィンは興奮気味に鼻息を荒くしていた。私も嬉しくなってつい興奮してまくし立てていた。

 

「こんにちは。松本さん。そうなんですよ!実はですね、ルーマニアから荷物が届きまして開けてみたら資料が山のように入ってましてね!」

 

エルヴィンは私の言葉から出たルーマニアという国の名に首をかしげる。

 

「ルーマニアかあ、なぜそんなところから?」

 

「それが謎なんですよね。ただ、第8課関係の資料ですからこれを送ってくれた人が自らの身を守るために誰が送ったかわからなくするために色々な国を経由して私の手元に届いたと考えるのが自然かなって思ってます。」

 

エルヴィンはああ、なるほどと合点がいったような顔をしながら頷いた。すると、今度は秋山優花里が口を開く。秋山優花里はもう、待ち切れないといったような顔をしていた。

 

「さあ、そろそろ資料見せてください!実は昨日から私、楽しみでウズウズしてたんですよ!」

 

私はもちろんと頷くとダンボール箱からいくつもの分厚いファイルと大学ノートを取り出した。

 

「これなんですが……」

 

「拝見します!」

 

秋山優花里は食い入るようにファイルに収められた書類を見ていた。エルヴィンも同じように書類を見ている。そして、腕を組んで感心したような様子を見せる。

 

「知波単にこんなスパイ養成の部署があったなんて初めて知ったよ。いやあ、隊長がやることは驚きしかない。だが、まだこれらの資料が本物かどうか判断するには尚早だな。まずは、筆跡鑑定からだ。グデーリアン、確か隊長からの命令書か何かを今も持ってるっていってたよな?少し貸してくれないか?」

 

「え、ええ。いいですけど、ちょっと待っててくださいね。」

 

秋山優花里はそういうと研究室へと戻り、一枚の紙を持って戻ってきた。それは、秋山優花里が特別行動部隊(アインザッツグルッペン )の隊長に任命された時の辞令の書類だった。秋山優花里が研究室にその書類を取りに行ってる間、エルヴィンは携帯電話でどこかに電話していた。秋山優花里が戻ってきて30分くらい経った後、ゼミ室に一人の男性が入ってきた。エルヴィンの紹介によると、筆跡鑑定の専門家だそうだ。エルヴィンは私が持ってきた書類と秋山優花里が持ってきた辞令書を手渡した。両方とも一応西住みほのサインが入っている。私も秋山優花里に対する辞令書ははじめて見たが、二つのサインは同じようなサインで恐らく同一人物のものであることは明らかだった。だが、正確を期すためにはこの鑑定も必要である。筆跡鑑定人の口からは「恐らくは同一人物だと思います。」という言葉をもらった。やはり、ほぼ間違いなくこの書類は本物であることが明らかになった。筆跡鑑定人は辞令書と命令書の一部を持って正確を期すために精密調査をしてみると言って帰っていた。その後に私たちは恐らくこれを送ってくれた関係者の回想によるものと思われるノートの記述を丹念に見る。そこには、西住みほとの出会いと西住みほが諜報活動によって何をしようとしていたのかその内容が仔細に渡るまで書き連ねられていたのであった。ここからは、この回想を書いた第8課関係者の文章を引用し、この人物の目線から述べていきたいと思う。

 

**************

 

これは、あの大洗反乱軍の戦争に諜報員として参加した者たちの記録である。

私は知波単学園の第8課に所属している。表向きは普通の知波単学園の生徒として日々暮らすが、誰もいなくなった授業後などに立ち入り禁止の旧校舎で秘密戦の教育を受けている。私の他に秘密戦の教育を受けている現役の知波単生は川島恵子さんがいる。川島さんは優秀だ。川島さんは3年生だが、その年の第8課に入るための試験ではただ一人の合格者だ。ちなみに私は2年生で唯一の合格者だ。今年の1年生は残念ながら誰一人合格しなかった。試験の方法は既に述べたので割愛する。座学はかなり専門的でとても楽しいが、実戦をイメージした訓練はかなり厳しいのでなかなか辛い面もある。だが、他の皆には秘密のスパイの訓練を受けているということには誇りを感じていた。そんな生活が大きく変わったのは大洗女子学園の反乱軍がアンツィオを飲み込まんとしているまさにその時だった。ある日突然、川島さんと第8課課長の小松喜巳子さんが大洗女子学園の反乱軍の西住みほ隊長に呼ばれた。私も小松課長の従者として付いていくことを許された。ちなみに小松課長は現役生ではない。すでに成人しており、表の顔は学校事務職員だが、裏では第8課に所属する諜報員を取り仕切っている。彼女もかつては第8課で教えを受けた。第8課には私たち現役生よりもどちらかといえば、さらなる高みを目指す者やインテリジェンスの研究を行う者などの方が多かった。もちらん、全員元知派単の生徒でかつてはいずれも第8課で教えを受けた者たちだ。私たちは知波単自慢の航空隊の輸送機で大洗女子学園へと向かった。初めて向かう大洗女子学園は噂通りの惨状だった。校舎がある方が生徒会側で市街区と森を挟んだ校舎がない側が反乱軍側である。森林地帯の手前の市街地が完全に破壊されて焼き払われて何も残っていなかった。その中にバラック小屋のようなものが見えている。あれは何だろうか。家にしては粗末すぎる。私は隣に座っている川島さんに尋ねてみた。

 

「川島さん。あのバラッグ小屋は何ですか?」

 

すると、川島さんは首を横に振りながら言った。

 

「諜報員になるなら余計なことを知ろうとしてはいけないよ。」

 

いつになく真剣な顔つきで川島さんは言った。私はただ頷いて押し黙るしかなかった。やがて、大洗女子学園のメイン道路を滑走路にして輸送機は着陸した。大洗女子学園に到着した私たちを西住みほ隊長が直々に迎えてくれた。私は西住みほ隊長がどんなに恐ろしい人物なのだろうかと思って内心怯えていたら、意外にも西住みほ隊長は優しく迎えてくれた。この西住みほ隊長が市街地を焼き払うよう命じた悪魔のような人物とはとても思えなかった。私たち3人は西住みほ隊長の執務室に通された。応接用のソファに座るように促された私たちが腰掛けると西住隊長は自らの椅子に腰掛けてふうっと深く息をつきちょっと困ったような顔をしながら口を開いた。

 

「わざわざ呼びつけてご足労おかけしてしまってすみません。実は、ちょっとまずいことが起きて……」

 

川島さんは腕を組みながら西住隊長に尋ねる。

 

「まずいこと?それは何だい?」

 

西住隊長は再び大きなため息をつくと川島さん小松課長そして私の順に眺めて口を開いた。

 

「白熊の手が西に……正確を期せば金沢に伸びてきました。」

 

西住隊長は大きな日本地図を応接の机に広げてそれぞれの学園艦の本拠地がある場所に船の形をした赤と青、そして白の駒を置く。赤が敵、青が支持、白が中立である。川島さんはそれらを指で指し示しながら言った。

 

「それはやっかいだな。東を統べる白熊が西にまで手をかけるとは……アンツィオが落ちそうな今、東海地方を始めとする多くの学園艦が我々を支持することになるだろう。とはいえ、東の白熊が勢力を増してくれば、そちらになびく学園艦も増えて、反乱軍の求心力低下にもなりかねない。関東の大半は勢力下に置いたが、マジノは支持してくれてはいるが、戦線に出てこないから周りの中小規模の学園艦は態度を決めかねている。だから、甲信越の辺りの学園艦との繋がりはまだあまりないと言わざるを得ない。そうすれば東海地方との連携も薄くなり、東海地方を黒森峰やサンダースに奪われる可能性も出てくるし、漁夫の利を狙ったプラウダにとられるかもしれない。それは、反乱軍に賭けた僕たち知波単学園にも影響が出てくる。早めに対処しなくてはいけないね。まだ、西の強敵が2つも残っている。特に九州は厳しい戦いになるはずだ。あそこは、サンダースと黒森峰のお膝元だ。九州の学園艦は小規模と言えども懐柔は見込めない。ほとんどが敵に回ることになるだろう。あのカチューシャが率いるプラウダだ。今は我々を支持しているとはいえ、プラウダは信用できない。もしかしたら寝首を掻かられることになるかもしれない。その状態で戦うのは不安だ。プラウダは何としても東日本に押し込めておく必要があるな。」

 

川島さんはプラウダを示す青い駒の隣に敵対関係を表す赤い駒を置く。西住隊長は頷きながら今度は小松課長の顔を見ながら口を開いた。

 

「はい。そうなんです。そこで、第8課の皆さんにお願いしたいことがあるんです。」

 

今度はずっと腕を組んで押し黙っていた小松課長が口を開いた。

 

「お願い?何かしら?」

 

その時だった。西住隊長は本性を現した。西住隊長は残虐な笑みを浮かべて手招きすると少し小さな声で言った。

 

「第8課の皆さんたちには継続に潜伏して引っ掻き回して欲しいんです。」

 

小松課長は少し首を傾げる。

 

「継続?プラウダじゃなくて?」

 

西住隊長は首肯する。

 

「はい。継続です。実は今回の接近は継続の生徒会が企図したものなのです。今、継続とプラウダとの関係は最悪です。何しろ、継続の戦車隊が略奪を行い、それで戦車までをも奪われるという事態が起きたというのはもはや有名な話でしょう。そこで、継続の生徒会は関係改善に乗り出しました。だが、それは私たちの得にはならない。むしろ害悪です。だから、この計画を何としても瓦解させたいのです。」

 

「具体的には?」

 

「任せますが、内戦なんてどうでしょう?内戦の混乱に乗じて継続を美味しく頂いちゃいましょう。ふふふふふ。」

 

西住隊長は愉しそうに笑っていた。あの満面な笑みは忘れられない。西住隊長はこれから起きるであろう血を血で洗う内戦の光景を思い浮かべているようだ。恍惚の表情を浮かべていた。なるほど、確かに西住みほ隊長は市街地を焼き払ってもおかしくないし、どれだけの無辜の民が死んでも少しも心が痛まずに平気で笑っていられる人物であると私は彼女への評価を改めた。しかし、西住みほ隊長は私はそこまで深く関わることはない。それ以上に怖いのは小松課長だ。いつもは優しい小松課長も任務となればどんなに残酷なことも無表情で平気な顔をして確実に実行する女だからだ。その小松課長は目を瞑ってどのように内戦を起こすべきか思案している様子だった。そして、ようやく考えがまとまったのか目を見開いて口を開く。

 

「わかったわ。内戦ね。なら、刺激すべきは戦車隊の連中たちかしら。」

 

「そうですね。あの連中が一番プラウダに接近するのを嫌がるでしょう。人選や方法などはそちらに任せます。」

 

「わかったわ。じゃあ、早速人選と作戦立案を進めるわね。」

 

「よろしくお願いします。」

 

どうやら小松課長と西住隊長との間で話がまとまったようだ。二人は立ち上がって握手を交わした。川島さんと私も立ち上がると西住隊長と握手を交わして小松課長の後に続いて退室した。そして、私たちは再び輸送機に乗り込み、知波単学園の学園艦に戻った。機内で小松課長がおもむろに口を開いた。

 

「ついに私たちまで……今までは諜報は至誠の精神で活動してきた。でも、西住みほ隊長は至誠の精神とは程遠い人……虐殺をしても全く心が痛まなくて、逆に虐殺することに対して喜びや愉しみさえ覚えている人。まあ、彼女が受けた過酷な仕打ちを見ればそうなるのも仕方はないけれど……」

 

川島さんはいつの間に調べたのか西住隊長についてまとめたファイルをめくりながらため息をつく。

 

「ああ、そうだね。黒森峰で名門西住流の次女として期待されながら、周囲にその能力を嫉妬されていじめを受けた挙句、自分の身を守るために副隊長という立場を使って隊を恐怖で支配したが、その行為を姉に悪魔だと糾弾されて、黒森峰から追放、西住家から謹慎という名の監禁され、非人間的な扱いを受けて、大洗に島流しのようにやってきた。そして、そこで二度と自分のように辛い思いをする者が出ないように理想の帝国を築くために反乱軍を組織し挙兵……自分に逆らう者を次々に虐殺か……確かにみほちゃんがしていることは許されることではないが、同情の余地が無いわけではない。みほちゃんは可哀想な娘だ……みほちゃんはこれからどこへ向かおうとしているのかな……?僕は心配でならないんだ……みほちゃんは多くの人たちを虐殺しているからそれだけ多くの人の恨みを買っている。みほちゃんが自らの破滅を招かないといいが……」

 

小松課長はゆっくりと首肯すると輸送機の窓越しに遠くに見える何かをを見ていた。それはまるでこの戦争の先にあるものを見定めようとしているかのようだった。

 

「そうね。でも、任務となった以上はそんなこと考えてはいけないわ。私たちがすることは命令を忠実に実行すること、それが私達の仕事よ。例えそれがどんな命令だったとしてもね。とにかく、あの人から命令を受けて任務を行うことになった以上、もう今までのようにはいかないわね。内戦を扇動する以上、もしかしたら、私たち第8課でも死人が出るかもしれないし、逆に私たち自身が直接の敵だけでなく無辜の生徒や市民や教員たちに手を下すことになることもあるかもしれないわ。それだけは覚悟しておいて。」

 

私はゴクリと唾を飲み込んだ。無辜の民に手を下す。そのようなことが私にできるのだろうか。しかし、正式に命令された任務となれば問答無用でやらなくてはならないのだ。それは、諜報員の道へ進む選択をした私の義務である。逆らうことは許されない。これからどうなっていくのか私には全くわからなかった。あれだけ先見の明を持つ小松課長や川島さんだって悪魔のような西住みほ隊長のもとではどうなるかわからないという様子だ。この西住みほ隊長との出会いで私たち第8課の諜報員たちの運命の歯車が大きな音を立てて動き始めていった。私たちは闇の中で生きる人間だ。しかしながら、この西住みほ隊長との出会いでさらに深い闇へと引きずりこまれていく。

 

つづく

 




次回についてはまた詳細が決まったらTwitterと活動報告でお知らせします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。