血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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お待たせしました。生徒会側のお話です。
今日は会長がひどい目にあいます……
死よりも恐ろしい……


第125話 首狩り女

"夜が明ける"という表現は、小説や物語においてはよく良いことが起きる前兆の表現として使われる。真っ暗な闇、すなわち夜から朝日が昇り、光きらめく朝がやってくる。まさに、良いことや、めでたいことの前兆としてはぴったりな表現だ。しかし、今回は全く真逆であった。夜明けとともに始まるそれは、この世の地獄を全て合わせたとも形容される惨劇の幕開けだった。西住ちゃんという悪魔が支配する地獄のような占領政策が始まったのである。

降伏したら、西住ちゃんが苛酷な占領政策を学園艦に施くことは西住ちゃんが今までしてきた虐殺や人間狩りをはじめとする犯罪行為を見れば分かっていたはずだった。でも、降伏を選択せざるを得なかった。私は実際に戦場に出ることはなかったので伝聞ではあるものの、その酷い状態は聞いていた。ある者は機銃弾で頭を撃たれ脳が飛び出している。ある者は砲弾で身体を貫通され、内臓が飛び出している。ある者は、腕や脚、そして頭部がちぎれて瓦礫にぶら下がっており、首と手脚が無くなった肉の塊になって倒れている。こんな酷い状態の遺体がごろごろ市街区中に転がっている。そんな話を守備隊が壊滅する前の数少ない通信の間の報告で聞いた。戦争における死は筆舌に尽くせない。こんな目に遭うのはもうたくさんだ。私はこれ以上、犠牲者たちが苦しみ悶えながら死んでゆく姿を見たくも聞きたくもなかった。西住ちゃんの全戦力を目の当たりにしてこれ以上、戦いを続けることは"この学園のために死んでくれ"と言っていることと同じだ。それは、今まで命を大事にし、死に急ぐことはせず、生還を第一に考え、何としても生きるようにと常々出撃していく兵隊たちに言っていた私の方針と大きく矛盾することになるし、そもそも死を強いることは許されることではない。だから、その時に感じた取るべき最良の道、反乱軍に降伏するという選択をした。間違った選択かもしれないという葛藤を心の中に抱えたまま。それ以外に私はどうすれば良かったのか。本当にそれで正しかったのか30年経った今でもわからないままである。いや、そもそもの間違いはもっと前の段階にあるのだ。この戦争でここまで多くの犠牲を出すことになってしまったのは全て私が西住みほという人間の本性を見誤ったからだ。だから、私は西住ちゃんに戦車部隊の隊長という地位と軍事力を与えてしまった。西住ちゃんの性格や心の闇をもっと早く知っていれば、そして西住ちゃんの過去を知っていればこんなことにはならなかったのに。いくら悔やんでも、いくら詫びても死んでいった人たちは二度と戻ってくることはないのだ。私の脳裏には走馬灯のように今まで出撃して行った人たちの顔が浮かぶ。河嶋たちから始まってこの間出撃した守備隊の人たち。そのほとんど全てが遂には帰ってこなかった。帰ってきたものは最後の攻撃を仕掛けるという報告と今生の別れの無線通信だけだった。もちろん、私は止めた。そんなことで命を落として欲しくはない。だから、どうか生きてほしいと伝えた。それでも、彼女たちは私の言葉を聞き入れてはくれなかった。彼女たちはまるで死に急ぐかのように散っていった。ここまでの犠牲を膨らませて、その結果が降伏だ。やむを得なかったこととはいえ、死んでいった彼女たちに顔向けできない。ここまで多くの人の命が奪われた全責任は生徒会長であるこの私にある。だからこそ、これから私が背負うことになる十字架はあまりにも重すぎた。多くを死なせ、私が生きた。この言いようもない罪悪感で押しつぶされそうだった。この頃の私の心は壊れるか壊れないかのぎりぎりのところにいた。西住ちゃんに捕らえられて生徒会室で西住ちゃんの管理下に置かれた私はこれから先どうなるのか全く想像もつかないなかでただ、死んでしまいたいと思っていた。これから先、西住ちゃんが私をどう扱うつもりなのか、全くわからない。怖い怖いと言いながらも、本心は願わくば私をめちゃくちゃにして殺して欲しかった。これ以上、この世の中で私が生きていくのはあまりにも辛すぎる。それに、この戦争の唯一裁かれるべきであるとすればこの私の他にない。この戦争で責任を負うのは私だけで充分だ。他の人たちに責任が及ぶくらいなら私一人がめちゃくちゃに惨殺でもされて死ねばいい。私は生徒会長でこの学園艦のトップだ。そのくらいの覚悟はとっくの昔にできている。いや、違う。私はそれを望んでいるのだ。そうして死ぬなら本望だ。しかし、西住ちゃんは簡単には殺すつもりはないようだ。死ぬことよりももっと辛い目に遭わせてその反応を愉しんだのである。

前述した通り、西住ちゃんに降伏後、私と小山は生徒会室まで連行された。そこで西住ちゃんは生徒会室で何をしたか。忘れもしない。西住ちゃんは私たちを裸で負け犬のポーズをとらせた。西住ちゃんは私の顔を踏みつけながら蔑んだような笑みを浮かべて私たちの恥ずかしい格好の写真をカメラに収めた。

 

「あっはははは!可愛い負け犬さんですね。」

 

西住ちゃんは馬鹿にしたように言った。この格好を私だけが西住ちゃんにしてみせるだけならまだ良かった。でも、それを小山にまでやらせるのならば話は別だ。私はギリギリと歯を鳴らして西住ちゃんを睨みつける。

ちなみに、その時撮られた私たちの恥ずかしい写真は後で聞いた話によると大量に印刷されて大洗の学園艦の隅々まで反乱軍のプロパガンダとしてばら撒かれたという。さて、話をもとに戻そう。その後、夜明けまで私は西住ちゃんに身体を弄ばれた。西住ちゃんは私の身体に相当な興味を示しているようだった。その証拠にこの先もずっと西住ちゃんに私の身体はおもちゃにされ続けることになる。

夜が明けると私たちは再び生徒会室がある艦橋の前の広場のようなところに連れ出された。外には反乱軍の兵隊が待ち構えていた。何をされるのか。もしかしたら、ここで殺されるのであろうかと考えていると、どうやら違うようだ。白い清潔テーブルクロスがかけられたテーブルと椅子のセットが運ばれてきて、その上に文書が置かれた。そう、これは降伏文書の調印式だった。西住ちゃんはどうやら、手続きや段階というものを重視する主義のようだ。まず、私が着席して西住ちゃんと相対する。降伏文書には大まかに言うと次のようなことが書かれていた。

 

1.生徒会が持つ全権限の移譲

2.司法捜査権の移譲

3.守備隊及び軍事組織の武装解除

 

まず、最初に西住ちゃんがその内容を確認して"西住みほ"と署名した。私もその内容を確認する。屈辱的な内容で破り捨ててやりたい気分だが、ここまで来て今更この条件を呑まないという選択はありえない。私は泣く泣くペンを取り"角谷杏"と署名した。その後に、小山も署名してこの瞬間を以って大洗女子学園高等学校生徒会長としての"角谷杏"は終わった。調印式の後、小山と私は別々に身柄を管理されることになった。私は生徒会室で西住ちゃんに奴隷として管理され、小山はどこか別の場所に連れ去られた。私が小山と再会するのは大分、後になってからだった。

調印式が終わった後、西住ちゃんが何をしたか、それは生徒会関係者や教員の一斉逮捕だった。西住ちゃんは私が手渡した親書を完全に無視して、司法捜査権が移譲されたことをいいことにやりたい放題し始めたのだ。西住ちゃんは予め生徒会関係者と教員の顔写真付きのリストを作成し、所謂ブラックリストを作っていたようだ。これに基づいて逮捕が進められた。そして、逮捕された生徒会関係者と教員はその日のうちに公開処刑されることになったのである。しかも、それを担わされたのは他でもない私だった。私は運動場へと連れていかれた。その時はまだ何をさせられるのかわかっていなかった。私自身が殺されると思っていたのだ。運動場には避難民が集められていた。避難民たちの視線が痛い。それが、憎しみの目というわけではないということは理解しているが、同情されるというのも辛い。縮こまりながら視線をくぐり抜け、運動場の真ん中あたりまでやってきた。すると西住ちゃんはどこかから鉈を持ってきてその鉈の背を指で撫でながら言った。

 

「会長。会長は人を殺したことってありますか?」

 

「ないよ……あるわけないでしょ……」

 

私は呻くような声で言う。すると、西住ちゃんは腹を抱えて笑い転げながら言った。

 

「あっはははは!そうですよね。あるわけないですよね。でも、今日は会長が人殺しになる記念日ですよ!あははは!」

 

そう言うと西住ちゃんは近くにいた反乱軍兵士に目配せをする。すると、見知った顔が何人も鎖で繋がれて出てきた。ついこの間まで生徒会で一緒に仕事をしていた者たちだ。西住ちゃんはその者たちを座らせる。私はハッとした。その者たちの末路が瞬時に理解できた。すると、西住ちゃんはニヤリと笑った。

 

「何をする気……?」

 

私は怯えながら言うと西住ちゃんはその中の一人の首に鉈をあてて笑いながら言った。

 

「こうするんですよ!」

 

「やめてぇぇぇぇ!」

 

叫んだ時にはすでに遅かった。鮮血が飛び散って西住ちゃんの白い肌を真っ赤に染めた。西住ちゃんの鉈に襲われた少女は前方に倒れた。

 

「ふふふふ。今度は会長の番です。会長が殺ってください。」

 

「そんな……嫌だ!こんな事やらされるくらいなら死んだ方がマシだ!私を殺してよ!私が身代わりになるから!大体親書に書いたよね!?みんなには罪がない!罪があるなら私だって!約束が違うよ!」

 

すると、西住ちゃんは面倒臭そうに溜息を吐いて、冷たい声で言った。

 

「私は嘘なんてついていませんよ。だって、親書は約束じゃないです。あれは、会長の言い分であって私は違う判断をした。それだけの話です。大体、会長は私に司法捜査権を移譲したじゃないですか。私はしっかりとその範囲内でやってるのです。」

 

確かにそうだ。西住ちゃんの言っていることは理にかなっている。私は西住ちゃんに司法捜査権を譲り渡したのだから、西住ちゃんが司法をどのようにしても問題はない。それでも、私も譲るわけにはいかない。

 

「それでも、酷すぎるよ!私は絶対にこんなことやらない!殺すなら殺してよ!」

 

私は断固としてやらないと言ってその場に座り込んだ。西住ちゃんは冷たい目で私を見下ろしていたが再び大きな溜息をついて叫んだ。

 

「機関銃部隊!前へ!」

 

ああ、これでお終いか。そう思って覚悟を決めてギュッと目を瞑っていた。そしたらやたらと周囲が騒がしくなった。悲鳴のような声が聞こえる。恐る恐る目を開けるとその機関銃の銃口はなぜか、見物していた避難民の方向に向いていた。

 

「ちょ、ちょっと!西住ちゃん何する気!?」

 

「ふふふふ。会長が悪いのですよ?」

 

そう言うと一挺の機関銃が火を吹いた。辺りに罪のない避難民の遺体の山が築かれた。私はただ口をパクパクさせて何も言えなくなっていた。西住ちゃんは私の顎の下に手を入れて私の瞳を見つめながら言った。

 

「会長は、自分の価値を考えたことありますか?私は会長に魅力と価値を感じている。だから、殺さないのです。いいえ、殺せないのです。だから、会長が断る度に会長の代わりにこんなに死ぬことになります。会長はどうすべきかもう言わなくてもわかりますよね?一部の生徒たちを救って多くを犠牲にするのか、少数を犠牲にして多くを救うのかどちらが良いのか。」

 

西住ちゃんは私に究極の選択を提示した。そして、私は生きるべき命と死ぬべき命を選んでしまった。私はゆっくりと立ち上がると西住ちゃんから鉈を受け取ってある少女の背後に立った。

 

「会長……?やめてください……助けてください……お願いします……」

 

その少女は必死に命乞いをしている。だが、私は一言「ごめんね。」と呟いて鉈を振り上げてその首に向かって思い切り振り下ろしていた。鮮血が吹き出す。その少女は顔を苦痛で歪ませて倒れ込んだ。私は更に狂ったように何度も何度も繰り返しその少女の首に鉈を振り下ろした。そして、少女の首は胴体からちぎれて転がった。私が初めて人を殺した瞬間だった。私は完全におかしくなっていた。私は半笑いを浮かべながら鉈で次々と首を落として処刑していったようだ。その組の全員が終わると「次!」と叫んでまた一心不乱に鉈を振り下ろしたようである。その間の記憶は曖昧であまり覚えていないが気がついたら私は手も身体も血まみれになって周りには胴体と首が離れた遺体がいくつも転がっていた。私は野生かあるいは野獣にまで墜ちていた。その後、私はその一部始終を見ていた避難民たちに"首狩り族"だとか"首狩り女"などという不名誉な渾名で呼ばれることになるが、それはまた別の話である。結局私は西住ちゃんが作成したブラックリストにある全ての人たちの首を鉈で切り落として処刑、虐殺した。その光景はさながら1994年のルワンダ虐殺を彷彿とさせるものだった。私は全てが終わってから自分のしたことに気がついた。それまで錯乱していた状態から覚醒したというのだろうか。とにかく、私は血だらけで自分の手と身体を見た。それが表していることはただ一つ、私が人を殺したということだ。しかも大量に虐殺した。この事実に叫び声をあげた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

私は私がしてしまった行為を受け入れることができなかった。恐怖で全身をガタガタと震わせて胃の内容物を全て吐きだして泣き崩れた。その様子を西住ちゃんはおもしろそうに、さも愉しそうに恍惚な表情を浮かべながら眺めていたのであった。

 

つづく

 


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