血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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本日は二つ更新します。よろしくお願いします。
まずは悲しい葬送のお話……



第120話 アンツィオ編 葬送

死刑執行の3分後、東田の遺体を絞首台から下ろした。東田の遺体をビニールシートの上に乗せた。すると、近くで見守っていた医師が近づいてきて東田の身体の確認を始めた。医師は東田の身体を確認するとこう宣告した。

 

「0時6分、この人の死亡を宣告する。」

 

東田は医者により死亡を宣告されて、正式に遺体になった。その後、私は東田の遺体をすぐに海へと流すように指示を出した。今回は、東田が戦争犯罪人であるという特性から遺体の公開は行わない。公開したら怒りにまかせた遺体損壊が行われる可能性が極めて高い。今回は速やかに水葬を行うことにした。東田の遺体をビニールシートですっぽり包み、立会人の風紀委員たちとともに急いでリヤカーに積み込む。皆、何一つ話すことなく黙々と速やかに作業を行っていた。まるで、この忌々しくねっとりとまとわりつく残酷な処刑の光景と一人の少女の命が終わる瞬間の記憶を振り払うかのようなきびきびとした行動だった。やはり、風紀委員たちも多少なりとも東田信子の処刑に対しては思うことがあるようである。この間、風紀委員を大量に殺害した罪で処刑された者たちの時とは明らかに風紀委員の様子が異なっていた。東田の遺体の積み込みが終わると稲村さんが声をかけてきた。要件は街に晒されている遺体の処理についての問い合わせだった。大勢の風紀委員を殺害したために見せしめとして街に晒されている死刑に処された者たちの遺体もそろそろ回収しなくては腐敗してしまう。その段階に突入したら衛生に悪影響が出ることは必至であった。そうなる前に何とかしなくてはならない。それらもついでにというのはおかしいかもしれないが一緒に水葬を行うことにした。

私は稲村さんに東田の処刑に立ち会わず本部で控えている当直の風紀委員のうち緊急出動などの支障にならない人数を残した全風紀委員に残らず全てリヤカーへの積込作業と左舷展望公園にて極秘に行われる水葬という名の海への遺体遺棄へ向けての準備に当たらせるよう指示を出した。稲村さんは無線を手にとると私が指示した内容を一語一句違うことなく、そのまま無線の向こう側へと伝えた。私は稲村さんが指示を伝えたことを確認すると、遺体を海へと投下するためにリヤカーを押して左舷展望公園へと向かった。普段ならコロッセオから左舷展望公園へは10分程度で行けるが、何しろ常々お話ししているようにこの頃は街が空襲で完全に破壊されておりあちこち瓦礫で道路が寸断されていたり道が爆弾の炸裂痕でデコボコして歩きにくかったりしていた関係でどこに行くにも大変な時間がかかった。しかも、今回左舷と右舷にそれぞれある展望公園に行くためには特に激しく破壊された街区を突っ切って行かなくてはならない。今回はコロッセオから少しだけ近い左舷展望公園を選んだがそれでも普通に歩くと30分は確実にかかる。しかも今回は遺体を載せたリヤカーも引いて瓦礫の街、炸裂痕の道路を行くという大仕事だ。一体全体到着にどのくらいかかるのやらまるで未知数だった。とはいえ、あまりモタモタして人々に見られたあげくまたしてもあの忌々しい事件の二の舞になることだけは避けなくてはならない。もちろん、現段階において戒厳令は発令し、夜間の外出を厳しく禁じその命令に背いた者は拘束するとしているのでその禁を破り拘束されるリスクを負ってまで外出する者はほとんどいないとは思うが、万が一ということもある。細心の注意を払いながら速やかな行動が求められる。道路状況が悪いということは決して言い訳にはならないのだ。道路状況が悪くて行動しにくいことは皆同じ。それなのに、過激派が早くて私たちが遅いというのは決して許されないことなのだ。私たちは出来る限りの速さで左舷展望公園へとリヤカーとともに走った。遺体を沈めるための錘に使う瓦礫の破片を拾い集めながら。

平和な時の左舷展望公園はそれはそれは美しい場所だった。公園にはいつも色とりどりの季節の花が咲き誇り、大海原とのコントラストが実に絵になったものだ。そして、展望公園という名のつく所縁となった海へ大きく張り出した形の展望台があり、そこから見える大海原から光輝く未来を誰もが思った場所である。私は入学した直後に左舷展望公園を訪れて海を眺めたものだ。これからどんな学園生活を送るのか友達はできるだろうかなどと期待に胸を膨らませていた。あの時の海の爽やかな風は忘れることはない。だが、そんな幸せな日はとっくの昔に終わってしまった。今からこの美しい希望と夢を抱いた次代を築く若人たちの為の公園はこれから悲しい慰霊の公園へと変わるのだ。あの時はこんなことになるなんて誰も思っていなかった。約一時間ほどかけてようやく左舷展望公園へとたどり着いた。左舷展望公園には既に多くの風紀委員が何台ものリヤカーとともに集結していた。その中には指示をしていなかったが、風紀委員の施設で押収されていた零戦も運ばれてきていた。私は特に連絡も受けていないのでこれはどういうことかと零戦を運び出した風紀委員分隊の隊長に尋ねた。すると、彼女は私に一枚の手紙を差し出した。

 

「これを……東田の独房に残されていた貴方宛の手紙です。先に読んでしまいましたが……」

 

私は手紙を受け取り折りたたまれたそれを開いて書かれている短い文章に目を落とす。その手紙には自らを人間的に扱ってくれた私たちへの感謝の言葉とできるならば自分の遺体はどうか零戦と一緒に海へと流してほしいとあった。なるほどこの風紀委員の分隊が零戦を持ってきたのはそういうことか。降伏を視野に入れている以上この零戦はそのままにしておくわけにはいかない。ちょうど処分しなくてはならないと思っていたところだったので拒否する理由はない。むしろ、零戦の処分方法について会議にかけるとまた色々揉めることになるだろうということは容易に想像できていたことなので、海へ投棄する口実ができたことは助かった。そんな思惑もあり、私は彼女の最期の願いを叶えてあげることにした。私は手紙から顔を上げて口を開く。

 

「わかりました。彼女の最期の願いを叶えてあげましょう。戦友と一緒に送ってあげましょう。」

 

私はその零戦の側に東田の遺体が積まれたリヤカーを持っていくとそれを抱きかかえてビニールシートに覆われた変わり果てた姿の戦友を乗せてあげた。あまりにも悲しい長年連れ添った愛機との再開だった。これ以上は見るに堪えない。私は速やかに遺体を海へ投下し送り出すように指示した。安全用のフェンスを取り外すと私たちはまず、風紀委員を虐殺した罪で責任を負い、死刑となった元死刑囚たちの遺体を一つ一つ手にとって長い板で滑らせるようにして海へと投下した。遺体はするすると滑り落ちて海へと沈んでいった。それらの元死刑囚の全ての遺体を投下させ終わり全ての遺体が海へと沈んだことを確認すると零戦に乗せた東田の遺体を海へと投下させた。零戦のコックピットに大量の海水が侵入して、東田を乗せた零戦を真っ黒な海へとどんどん引き込んでいく。しばらくすると東田を乗せた零戦は完全に海へと沈んで見えなくなった。午前3時12分、その日行われる全ての簡易的な水葬は終わりを告げた。

法務班長の平沼さんと一緒に対策本部へと戻った頃には既に4時を過ぎていた。このまま眠りについても起きるのは朝の6時30分である。二時間ほどしか眠れない。しかも、この後朝一番に東田信子の死刑を執行したことについて臨時記者会見を行う。そのことを考えると中途半端に眠るよりも起きていた方がいいだろう。それまでの二時間は会見に備えて話す内容の原稿でも考えることにしよう。今日ばかりは徹夜も致し方ない。私は起きているが平沼さんはどうするのか尋ねたら、平沼さんも起きていると言ったので私と平沼さんは静かに対策本部の中に入りそれぞれ自分のデスクに座って一緒に原稿を作成した。今回の会見には担当職員の集中しているとあっという間に太陽が顔を覗かせ起床時刻の朝6時30分になって皆が起きてきた。皆と朝の挨拶を交わしていつも通り朝礼を行うと、私は個別に広報班の河村さんを呼び出した。

 

「例の件について一時間後に臨時記者会見をやりたいから準備してもらえるかな?記者クラブの方に通達と会場の抑えをお願いします。」

 

「了解しました。」

 

河村さんは記者クラブに対して臨時記者会見を行う旨を通達し速やかに会場の抑えを行なった。河村さんの手によってあっという間に記者会見の準備は整えられた。やがて予定の時間になり、先日アンツィオの現状について会見を行った部屋と全く同じ部屋に入る。近くには河村さんだけでなく法務班長の平沼さんも控えていた。私は舞台袖のようなところから一段高いところに上がって一礼する。河村さんが会見を始める挨拶を行ってから私は口を開いた。

 

「皆さんおはようございます。本日未明0時0分東田信子の死刑を執行しました。この者に関する犯罪事実の概略を申し上げますと、本件は大洗反乱軍及び知波単学園が共謀し計画された本学園への武力攻撃に際して、多数の共謀者と共謀の上、国際法等で禁じられている民間人など非戦闘員を無差別に多数を殺害した事件です。本件は、抵抗する術を持たない非力な民間人を狙った残忍かつ卑劣な事案であり、被害者や遺族の方々にとって無念この上ない事件だと思います。本件は司法の場において十分な審理を経た上で死刑が確定したものです。以上のような事実を踏まえ死刑執行を命令しました。また、この死刑は学園艦行政等執行特例法第2条、第3条、第4条に基づいた権限によるものです。詳しくは資料をご覧ください。私からは以上です。質問は後ほど法務班長平沼が受け付けます。私は他の職務がありますのでこれで失礼します。」

 

私は一礼して再び舞台袖へと戻り、平沼さんと代わった。後ろをちらりと振り返ると先日と同じように何本もの腕が天井に向かって伸びていた。平沼さんには答えられることは全て答えるようにと指示している。彼女なら大丈夫だろう。私は再び対策本部へと戻った。これでようやくこの事件は終わりを告げたのであった。もう二度とこんなことが起きないこと、そしていつか彼女が願った再び知波単と私たちが正しく結ばれることを祈っていた。

 

つづく




学園艦行政等執行等特例法第2条
法務課及びそれに準ずる学園艦組織は司法権及び逮捕権を掌握する
学園艦行政等執行等特例法第3条
風紀委員会及びそれに準ずる学園艦組織は逮捕権及び刑罰権を掌握する
学園艦行政等執行特例法第4条
学園艦における刑法および刑罰は日本国で定められた刑法及び刑罰が適用される。ただし、生徒会長もしくはそれに代わる者が必要と判断した場合は学園艦内で制定された法令が優先される

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