血塗られた戦車道   作:多治見国繁

126 / 150
戦犯となった東田の運命は……?
カルパッチョ はどんな選択をするのか……?


第119話 アンツィオ編 星になった二等飛行兵曹

私に怒りをぶつける稲村さんの怒鳴り声が聞こえてきたのかすぐに他の風紀委員が飛んできて私と稲村さんは引き離された。興奮している稲村さんを見て、風紀委員からとりあえず立ち去ったほうがいいと告げられた。私は言われた通り、留置所から立ち去り校舎へと戻った。校舎についた頃にはもう昼食の時間になっていたが、私は対策本部へと戻ると職員に一言二言、暗い面持ちで帰還した旨を伝えるために言葉を交わして、昼食をとることもなくフラフラとした足取りで屋上へと向かった。今は一人で私がとるべき道を慎重かつ冷静になって考えたかった。これは重大なことだ。屋上の高いフェンスに両手をついてぼんやりと街を眺めた。屋上から見える街は瓦礫にまみれて色がなく、風は悲しみと憎しみの呻きと硝煙の匂いを運ぶ。突然の空襲によってもたらされたこの惨憺たる光景に自然に涙が溢れる。この光景をあなたは許せるのかと問われれば私は間違いなく許せないと答えるだろう。許せるはずがない。私だって戦車道のかけがえのない仲間たちを大勢失っている。空襲を行なった知波単が憎い。しかし、いざその空襲を実行した張本人である東田を前にすると彼女を裁くことはどうしても躊躇ってしまう。彼女は、本当はこんなことやりたくなかったと語った。それは嘘のない本心の言葉だろう。しかし、彼女は実行した。彼女が供述した知波単の裏の顔、つまり軍隊としての知波単のなかでは嫌でも空襲を実行せざるを得なかったのだ。拒否などということはあり得ない。軍隊の中で命令拒否は死刑にも当たる重罪だ。当然知波単でも命令拒否はそのように扱われるようだ。つまり、彼女には実行者としての責任はあるとしても拒否する権利はなかったのだ。拒否する権利のない彼女を私たちの基準で裁くことに正当性はあるのだろうか。私はどうしてもそのことに対して正当で公平であると判断ができなかった。もちろん、これは人と人が殺しあう戦争であり東田は戦犯容疑者であり、さらに実際に犠牲者まで出ているからそもそも公正で公平な裁判など行う必要はないという恨みや憎しみに駆られた強硬な意見が出るのもよくわかるしその気持ちは理解できるし、被災者たちの気持ちに寄り添いたい気持ちは当然ある。だが、本当にそれでいいのだろうか。私は頭の中で堂々巡りを繰り返していた。すると、屋上に上がったきり降りてこない私を心配したのか、河村さんが様子を見にやってきた。河村さんは私の隣にやってきて四角の缶の口を私の方に傾けながら差し出す。

 

「これ、よかったら食べませんか?」

 

それは、ドロップの缶だった。甘いものなんていつぶりだろうか。彼女は私が返事をする前に私の掌にドロップの缶を揺らして取り出した。鮮やかな色のドロップが一つ掌に転がる。

 

「ありがとう。いただきます。」

 

ドロップを口に放り込むと幸せな甘さが口いっぱいに広がった。自然と強張っていた顔がほころぶ。

 

「ふふっ。やっぱり甘いものってすごいですね。落合さん、険しい表情をしてたけど優しげな表情に戻りました。」

 

「ふふっそうね。なんだかホッとした気持ちになる……」

 

私は河村さんの言葉に微笑みながらコンクリートでできた屋上の床に座り、口の中でドロップを転がす。河村さんも同じように私の隣に腰を下ろした。

 

「それで、何か悩みでもあるんですか?留置所から帰ってくるなり顔色悪くして屋上に行っちゃったからみんな心配してますよ?何かあるなら話してください。私たちは何度も危機を乗り越えてきた仲間なんですから。」

 

私は彼女に私の悩みを伝えるか否か、少しの間考える。そして、決心して私は口を開いた。

 

「実は……戦犯容疑の東田の訴追を認めるか否かで悩んるの……彼女は確かに空襲で無差別大量殺人を犯してしまった。でも、東田は本当はやりたくなかった、上官命令だから逆らえずに止むを得ずやったって言ってて……確かに彼女が実行者だという事実は変わらない。それはわかってる。でも、彼女の供述によると知波単は学校全体がまるで軍隊みたいで命令に逆らうことは死刑に値する重罪だからとても逆らえなかったって……だから、例え実行してしまったとしても彼女に責任があるかと言われたら実行した責任は残ってるにしてもほぼないに等しい……だから、どうすればいいかわからなくなってしまって……」

 

河村さんは真剣な表情で私の重すぎる悩みを聞いてくれた。そして、口元に手をあてて暫く考えていた。私は、もう自分で答えを出すことは不可能だと悟っていた。そこで、河村さんが今から出す答えを私の答えにしようと心の中で決めていた。

 

「難しいですね……まさに戦争の悲劇です……」

 

かなり時間が過ぎた後、彼女はぽつりと呟いた。そして、また同じように口元に手をあてて考える。そして、決心したかのように私の瞳をジッと見つめて語りかけた。

 

「これは私の一個人としての意見として聞いてください。私は、東田信子を裁くべきであると考えます。彼女を裁かずに何も責任をとらせないというのはどう考えても市民に説明がつきません。それこそ、この間暴動を起こした犯人は処刑されたのに、その根本的な原因を作った彼女を裁かないのはなぜだという話になってしまいますし、今まで懸命に捜査に当たってきた風紀委員や法務班を裏切ることになるのでクーデターが起きる可能性があります。大洗反乱軍との交渉を行う時が近い今、内政に問題を抱えるのは得策ではありません。もし、今回のことが原因で政情不安定になってしまって大洗に足元見られる危険性もありますし……東田は可哀想ですが……そういう選択もやむを得ないでしょう……今は一人に執着するよりも大勢の安全をとるべきです。」

 

なるほど、彼女はこのように考えるのか。恐らく大勢は河村さんと同じような選択することは頭の中でわかってはいた。恐らくこの時、私は罪悪感を消したかったのだろう。これは、私の選択ではなく、大勢が望んだことであり仕方なくやったことなのだと。しかし、その時はそのように考えていなかった。決心した通り彼女と同じ選択をすることにしよう。ただそのように考えていた。私は東田の訴追を受理し戦時法特別会議を開催することに決めた。

 

「話を聞いてくれてありがとう。私の考えがまとまったわ。」

 

私は河村さんに話を聞いてくれたことに礼を言う。すると、河村さんは優しく微笑みながら言う。

 

「それはよかったです。さあ、それじゃあ下に降りましょうか?昼食、まだですよね?」

 

「うん。そうだね。」

 

私は河村さんの言葉に従って対策本部へと戻り、昼食をとると風紀委員長の稲村さんと法務班長の平沼さんを呼び出した。平沼さんは本部にいたのですぐに私の元へやってきた。平沼さんを隣の空き部屋に連れて行って座るように促す。しばらくすると稲村さんもやってきた。ノックが3回聞こえた。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します……」

 

入室を許可すると稲村さんはおずおずと入室した。そして、私の正面まで来ると頭を下げた。

 

「先ほどはすみませんでした……つい、感情的になってしまって……どんな罰でも受け入れます……」

 

稲村さんはどうやら呼ばれた理由が拘束か罷免か何か罰でも受けると思っているらしい。彼女の怒りはよく理解しているので別に彼女に何か罰を与えるつもりはない。私は彼女に頭をあげるように言って本来の用件を伝えた。

 

「頭をあげてください。稲村さん、あなたの怒りは当然です。私も軽率でした。すみません。別にあなたには何も罪はない。従って特に罰は与えません。」

 

「本当ですか……ありがとうございます……本当にご迷惑おかけしました……」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。それで、本題ですが、色々考えましたが東田の訴追を認めます。私に必要書類を提出してください。今から1時間後、14時に非公開で開廷予定です。それでは準備をよろしくお願いします。」

 

すると、二人とも意外そうな顔をしてお互いに顔を見合わせる。そして、平沼さんが念を押すように私に尋ねる。

 

「本当に、それでいいのですね?」

 

「はい。構いません。」

 

「わかりました。それでは準備します。」

 

「私も準備します。」

 

そう言うと二人とも退室していった。私は二人の後ろ姿を見送りながら心の中でこれでいいんだ皆のためだと自分自身に言い聞かせていた。私は、再び本部に戻った。そして、本日反乱軍に対して回答する内容を担当の職員と確認した。回答内容はただ一言"交渉を開始を了承する"だそれ以下でもそれ以上でもない。それ以外は余計のことを言わないことを確認した。その他に細かい業務をしていると、やがて起訴状を持って稲村さんと平沼さんがやってきた。

 

「落合さん、よろしくお願いします。」

 

私は記載内容に不備がないことを確認するとそれを受理した。

 

「はい。受理します。それでは、開廷の準備を行ってください。今回は、非公開の極秘の特別戦時法会議なので情報が決して漏れないように慎重に扱ってください。情報が漏れたらこの学園艦が大混乱に陥ることは火を見るよりも明らかです。報道機関への情報は全て終わった後に公開します。」

 

「わかりました。情報統制を徹底します。」

 

「わかりました。」

 

稲村さんと平沼さんに徹底した情報統制を指示して再び準備に戻らせた。しばらくして、私は提出された起訴状を手に今回の戦時法特別会議が行われる会場へと向かった。会場は先日、規律会議で暴徒を裁いた場所と全く同じ場所だ。私は重くて暗い心と比例するように重い足を引きずりながら歩いた。決心したはずなのに、やはりどこかで彼女は悪くないと考えてしまう。そんなことではいけない。皆のためにはやらなくてはならないと思っていてもどうしても躊躇ってしまう。しかし、私は自分を奮い立たせて何とか足を向かせて会場に入った。会場に着くとこの間の規律会議を担当した人と同じ事務官が出迎えてくれた。彼女と挨拶程度の言葉を交わして、戦時法特別会議が行われる部屋に入る。部屋に入ると、既に被告人となった東田は手錠をかけられた状態で座っていた。私たち以外は誰もいない。しんと静まり返っていた。そして、遂に戦時法特別会議が開廷した。形式はこの間の規律会議と同じ形式をとっていた。まず、検事役の風紀委員から起訴状が読み上げられ、稲村さんから求刑される。稲村さんからの求刑は極刑、つまりは絞首刑だった。東田の方向を見ると極刑の求刑にも特に取り乱すことなく、真っ直ぐと鋭い視線で前を見つめて落ち着いた様子だった。私は東田の審判を開始するために名前を呼ぶ。

 

「東田信子、前へ。」

 

「はい。」

 

東田は手錠を外されて立ち上がり、証言台に立つ。私は、起訴状の認否を尋ねた。

 

「本日の戦時法特別会議の法務官としてお尋ねします。あなたは、航空機で本学園艦に飛来し、空襲を行い多くのアンツィオ市民を無差別に殺害したという戦犯容疑、通例の戦争犯罪の容疑がかけられています。この容疑について認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

「わかりました。では、あなたは何回の空襲に参加しましたか?」

 

「私が拘束される前に行われた全てのアンツィオへの空襲作戦に参加していました。私の主な任務は機銃掃射でした。」

 

「そうですか。なぜ、あなたは空襲を行ったのですか?」

 

「命令だったからです。命令に逆らうことはできないので止むを得ず参加しました。」

 

「なるほど、ではあなたは何を目標に空襲をしたのですか?人を目標にしたことはありますか?」

 

「私たち戦闘機乗りの攻撃目標は任意目標でした。ですから、当然人を狙ったことは何度もあります。」

 

「そうですか……こちらからの質問は以上です。では、判決を言い渡します。あなたは、命令に従わざるを得なかったとはいえ空襲を実行をしたという責任があります。したがって通例の戦争犯罪である無差別空襲による無差別大量殺人の罪で有罪。絞首刑に処します。刑は本日の午前0時に執行。以上、閉廷します。」

 

私は声を震わせて判決を言い渡す。東田は真っ直ぐに私を見て判決を聞いていたが、やがて90度に身体を曲げた。

 

「ありがとうございました。」

 

一言そう言うと稲村さんと事務官、そして検事役の風紀委員それぞれに一礼した。そして、そっと担当の風紀委員に腕を差し出す。東田は手錠をかけられて連行されていく。彼女は過酷な刑を受け入れているようだった。特に顔を硬ばらせることもなく、心なしか微笑んでいるように見える、東田は残りの人生を凛として強く生きようとしていた。私はその強い姿に涙が溢れ出てきた。私は彼女は絶望するかと思っていたがあの、覚悟ができているような強い姿に私は泣きながら死刑執行命令書に署名して、稲村さんに手渡しながら涙声で言う。

 

「それでは……今夜……よろしく……お願いします……」

 

「はい。わかりました。あの、落合さん大丈夫ですか?もし、良ければ今回の死刑執行は私たち風紀委員が行いましょうか?落合さん、この間も死刑執行人を務めましたよね?きっと精神的に負担が大きかったはずです。落合さんにそこまで無理させたくはありません。」

 

稲村さんは心配そうに私に声をかける。私は稲村さんの提案を受け入れることにした。私に、東田に手を下すことは不可能だった。

 

「はい……死刑執行の件はお願いします……でも、彼女の死に様は見届けたいです……でないと、この事件は終わりません……私自身が処刑を命じるわけですから……なので、立会人にはくわえてください……」

 

私が東田の死刑執行を命令したのであるから彼女の死に様を見届けることは私の義務である。義務は果たさないといけないし、見届けないとこの事件は終わらない。それだけは譲れなかった。私の願いは聞き遂げられて私も立会人として参加することになったのであった。さて、私は再び本部に戻った。その時私はお通夜のような雰囲気で近づき難い雰囲気だったと思う。皆、それが何を意味しているのか察したのか話しかけてくることはなかった。時間というものは案外早く過ぎ去る。審判が終わり、外に出た時、あんなに太陽は高いところにあったのにあっという間に夕方になって遂に夜になった。その日は審判以降、仕事が手に付かなかった。だが、誰もそれを責めない。私の様子で何があったかそして何が行われるかを知っているからだ。そして、反乱軍への回答時間になった。それについては流石に私が立ち会わないわけにはいかないので立ち会うために屋上へ上がった。屋上から綺麗な星空が広がる。海の上でなおかつ停電中であるから星が綺麗によく見えるのだ。目をよく凝らすと丁度知波単の飛行機が東の方角から飛んできているのがわかった。通信の担当者はそれを認めると通信を開始する旨を発光信号で通達した。すると、向こう側からも了承した旨の回答があった。そこで、本題の交渉について受け入れる旨を発光信号で回答した。通信担当者はやり取りの間中ずっと何事かメモを取っていた。やがて、航空機は通信を終了する旨を伝えて飛び去っていった。通信が終わり担当者は私にメモを手渡す。メモには次のように書かれていた。

1.明後日の午後中立学園艦である継続高校で交渉が行われること。

2.明後日の午前に同じく中立学園である、全日本航空高校の輸送機がアンツィオへ使者の向かえに行くので受け入れなどの準備をすること。

 

私は通信してくれたことに対して担当者に礼を言うと、本部へと戻った。時計を見ると時刻は21時20分だった。刻一刻と東田信子の処刑の時間は近づく。私は何をやるというわけでもなくぼんやりと過ごしていた。すると、あっという間に1時間前、つまり23時になってしまった。そろそろ東田を迎えにいかなくてはならない。私は重い腰を上げて、平沼さんと一緒に今までどんな時よりも重い足取りで留置所へ向かった。平沼さんとは一言も言葉を交わさずに真っ暗な闇に染まった街を歩いた。しばらく歩いて留置所に着くと既に稲村さんと10人の風紀委員が門の前で待っていた。稲村さんたち風紀委員も特に何かいうわけでもなく、私たちを視認すると軽く会釈をして中に入るように促した。留置所の中に入って長い廊下をコツンコツンと12の靴音を響かせながら歩いた。そして、東田信子の独房の前に着くと稲村さんが鍵を開ける。そして、私が東田に告げる。

 

「残念ですが、お別れです。東田信子さん。外に出てください。」

 

「はい。」

 

東田は抵抗することなく素直に出てきた。東田に手錠をかけて腰縄をつけると私たちは東田信子を取調室へと連れて行った。遺書などがあったら書かせるためだ。東田を椅子に座らせて私も東田の正面に座る。机には紙と鉛筆が置いてある。

 

「何か、書き残しておきたいことがあったらどうぞ。」

 

すると、東田はそれに手をつけることなく、向かって座ってる私に差し戻すと懐から封筒を二つ差し出した。

 

「遺書と遺髪と遺爪です。もし、父と母に会うことがあったらこれを。」

 

彼女はきっとずっと前から自らの運命をわかっていたのだろう。だからあらかじめ遺書を用意していたのだ。そして、遺骨が家族のもとに帰らないことも理解していた。こんなに悲しいことは今まであっただろうか。私は涙がこぼれそうになるのをこらえてそれを受け取り後ろを振り返り、肩を震わせる。

 

「はい……確かに……受け取りました……できたら届けます……」

 

だが、この遺書と遺髪と遺爪は恐らく家族に届くことはない。届けようがないのだ。できることなら届けたいが、家族の居どころも何もかもがわからない。私は心の中で彼女の想いに応えられないことを謝罪した。そして、彼女を刑場まで連行するために再び東田を立たせて手錠をかける。そして、刑場になっているコロッセオへと連行した。死へと赴く短くも長い徒歩の旅が始まった。ザッザッザッと私たちが行進する音が瓦礫の街に響く。コロッセオは街の中心部にあるのでそこまでは歩くと意外と時間がかかる。東田は降ってくるような星空の下をただ真っ直ぐ前を見据えてしっかりとした足取りで刑場へ一歩一歩進んでいった。そして、20分ほど歩いてやがて刑場へとやってきた。そして、コロッセオにある一室に私たちは入った。そして、そこで死刑を執行する旨を東田に正式な形で告げた。

 

「いよいよお別れです。特別災害対策本部によって承認された戦時法特別会議の事実認定及び量刑ならびに命令によって午前0時0分または可能な限りその後すぐに絞首刑により執行します。」

 

そして、時間を確認して執行の時間が近づいたことを確認すると東田はコロッセオの競技するトラックの内側にある絞首台のうち一番真ん中にある絞首台の前まで連れてこられた。

 

「東田信子二等飛行兵曹、処刑前に何か言い残すことはありますか?」

 

すると、東田は空を仰ぎ綺麗な星空に嬉しそうに微笑むと再び正面を向き直りこのように言った。

 

「私の、戦犯責任及び罰はいくら命令であったとはいえ私が実行者であるという事実は変わらず、私は国際法であるハーグ陸戦条約第3条、第23条一項などで禁じられた違反行為を行いアンツィオにおいて大量殺人を犯した重大なる犯罪者であることは事実であるのでそれに対しては反論なく受け入れます。しかし、これは私自身の意思ではなく、戦争によりもたらされたものです。まさに戦争の悲劇と言えるでしょう。私は誰も恨みませんが、もう2度と両校の間でこのような恐ろしく悲しいことが起きないことを、そして両校に再び恒久的な平和が訪れることを望みます。お世話になりました!それではよろしくお願いします!」

 

東田信子二等飛行兵曹は強くはっきりとした声で最期の言葉を述べた。そして13段の階段を一歩ずつ強い足取りで進んでいく。そして、あっという間に階段を登り、一番真ん中の処刑台の上に立った。後ろから風紀委員が足にベルトを取り付ける。東田はポケットから家族の写真と思われる紙状の何かを取り出してそれを一瞥するとぎゅっと掌に強く握りしめた。そして、再び前を向いた。彼女は優しげに笑っていた。それが、私が彼女の表情を見た最後の瞬間だった。風紀委員は東田に黒い袋状の目隠しをして東田の首に太い縄をかける。いよいよ最後の時だ。問題がないか一通り最後の確認を行う。確認作業が終わると死刑執行の合図を出す担当になった風紀委員がサッと手を挙げた。そして、すぐにそれを振り下ろすとそれを確認した、東田の後ろに立っている実際に死刑を執行する風紀委員が彼女の身体を階下へと突き落とした。

午前0時0分 東田信子二等飛行兵曹死刑執行

彼女はぶるぶると吊られた身体を何度か自然な本能的な反応として震わせ、手錠をガチャガチャと鳴らしながら息耐えた。東田信子二等飛行兵曹は星になったのだ。今度こそ、この大空を自由に飛び回ってほしい。そう願うことが私ができる唯一の彼女への慰めであった。

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。