血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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今回のお話においては実在企業の名前をもじった会社が登場しています。よろしくお願いします。


第118話 アンツィオ編 正義とは何か

次の日、朝早く私は風紀委員会留置所に来ていた。現時刻は7時30分だ。いつもの業務を開始する時間よりもかなり早い時間だ。今日は大洗反乱軍への回答期限も重なって何かと忙しくなりそうであるから、朝早くからこの場所を訪れたのであった。留置所来訪の理由はただ一つ、東田信子の取り調べのためだ。彼女の取り調べを私は一度だけしたことがある。彼女が拘束されてからすぐの時だ。その後、風紀委員の手によってこれまでも何回か行われていたが、戦犯容疑での再拘束以降は今日が初めての取り調べだ。私は以前取り調べをした時よりもより一層緊張感をもって取り調べに臨んだ。

私は門の近くにいる守衛に来訪の目的を伝えると取調室へと通された。私はその中の手前の椅子に座って東田を待つ。しばらくして、ガチャリと扉が開く音がして東田が手錠をかけられた状態で風紀委員に連れられてやってきた。

 

「東田さん。おはようございます。お久しぶりです。」

 

取調室に入ってきた東田に声をかけると彼女は礼儀正しく挨拶を返す。

 

「おはようございます。落合さん。お久しぶりです。」

 

東田は穏やかな顔をしていた。彼女は会釈をして椅子に腰掛けると私の目をまっすぐに見つめた。私は東田の目を直視できずにそっと視線を外し、他愛もない世間話から取り調べを始めた。

 

「今日はいい天気ですね。」

 

私は取調室の窓から見えるそれはそれは綺麗な青空をちらりと見ながら徐に口を開く。すると、東田も背後にある窓を見やると深く息を吐きつつ唇をそっと動かす。

 

「ええ。本当にいい天気ですね。透き通ったような青色の空……とても気持ちのいい朝です。」

 

彼女はしばらくは空を眺めていたがやがて再び息を深く吐き、視線を私に戻した。私は彼女と目線が再び結ばれたことを確認して再び口を開く。

 

「では早速始めましょうか。これまでも何度か取り調べを受けてるとは思いますけど、今日もリラックスして取り調べを受けてください。言いたくないことは言わなくても構いません。憲法で保障されてるあなたの権利ですから。」

 

「はい。わかりました。」

 

東田の返事を聞いて私は頷くと資料に目を落として尋問を開始した。

 

「では、早速質問します。あなたは再拘束容疑の航空機による空襲で無差別大量殺人を行ったものであるという戦犯容疑がかかっています。この容疑は認めますか?」

 

「はい。私にかけられている容疑を全て認めます。ここまできたら全てをつつみ隠さずお話しします。」

 

彼女はあっさりと容疑を認めた。先日、初めての取り調べの時、不法侵入の理由を尋ねた時は核心をつくような話には黙秘をしていただけあって東田の反応は意外だった。

 

「ありがとうございます。助かります。では、二つ目の質問です。あなたはなぜ、この無差別大量殺人に当たる空襲を実行したのですか?」

 

「なぜ実行したかですか?簡単ですよ。それが上官からの命令だったからです。上官の命令は絶対なんです。だから実行しました。」

 

私は彼女の言葉に違和感を覚えた。彼女の口ぶりはまるで自らが軍隊にでも所属しているかのような口ぶりである。東田が飛行機に乗る理由はほぼ間違いなく知波単に存在するという空戦道のためだろう。それ以外はないはずだ。そうであれば命令拒否をして自らは作戦に参加しないということもやろうと思えばできたはずである。しかし、彼女はそれをしなかった。私にはそれが疑問だった。

 

「命令?東田さん。あなたが所属している飛行隊は空戦道のための飛行隊ですよね?決して軍隊ではないはず。軍隊ならまだしもそうでないなら、命令拒否もできたのではないですか?」

 

すると、東田はどこか不思議そうな顔をして首を横に振りながら口を開く。

 

「いいえ。命令拒否などできるはずがありません。私が所属している飛行隊は単なる空戦道の部隊じゃありません。私が所属している飛行隊は紛れもなく軍隊です。」

 

私はますます混乱した。なぜ彼女は自ら所属している飛行隊を軍隊などというのか全くもってわからなかった。だが、この疑問は次の質問ですぐに解消した。

 

「なぜ、軍隊と言えるのですか?」

 

この質問に対して東田はまたしても不思議そうな顔をしていたがしばらくして何かを思い出したかのような顔になって私の質問に答えた。

 

「ああ、そうか。そういえば、知波単は特殊だということを忘れていました。どうりで私とあなたでは話が噛み合わないわけです。」

 

「え?それはどういうことですか?」

 

「知波単は他の学園艦とは違ってかなり特殊なんです。知波単という学校がなぜそうなってしまったのかは創立まで遡ります。創立当時、私たちの学園は内部で激しく対立しました。元々、知波単学園は日本軍の伝統を受け継ぐ学校です。学園を創設する時、日本軍のなかでも陸軍に学ぶべきか海軍に学ぶべきかという議論が生まれたんです。その時、創設理事会の中で意見が激しく分かれました。最終的には両方から学ぶことになりました。陸軍派と海軍派はそれぞれが分かれて学校づくりに対する提案を行なっていくことになりました。最初こそは評議会を設けて提案を協議して投票で決めるという方法をとっていたのですが、陸軍派が戦車道を行うことを強行採決したため海軍派は強く反発し、航空隊を創設し、空戦道を行うことを独自決定しました。しかし、それに反発した陸軍派も飛行戦隊を創設を宣言し、両者の決別は決定的になってしまいました。その後、学園創設は陸軍派が主導権を握り、海軍派が推進しようとしていた案をことごとく廃案に追い込むなど露骨な嫌がらせを行ったそうです。今では陸軍派が学園運営のほとんどを担っています。海軍派は陸軍派に駆逐されかけましたが、陸軍派の中でも穏健派から海軍派の立場も考えるべきだと提案され、海軍派は陸軍派の監視の下、空戦道の存続と学園艦を運航する船舶科の海軍派による独占などが認められました。しかし、今でも脈々と知波単の中に海軍派と陸軍派の激しい対立が続き、海軍派が独占する船舶科とその他の陸軍派の多数学科双方で互いを非難する授業を新入生に行なっていたためいつまでたってもなかなか解決の糸口が見出せないでいました。つまり、私たちは常に対立しあっていました。私たちは歴史をずっと引きずっていたのです。忌々しい学園創設の歴史という呪いは私たちを常に対立に縛り付けていたのです。そんな常に内戦前夜のような学園において海軍派も陸軍も双方ともに相手を攻撃できる軍隊とも言える組織を持っている。このような状況にお互いはどう考えるでしょう。双方ともお互いに相手に攻撃されるのではないかと思うのは目に見えています。疑心暗鬼に陥っていました。だから、知波単の陸軍派、海軍派は双方ともに軍隊を作ることにしたんです。本物の軍隊を。私たちには階級もありますし、拳銃の携帯も認められています。それにいつでも戦争ができるように訓練もです。これが私たちが軍隊という所以です。軍隊で上官の命令は絶対、本物の軍隊ですから、命令に逆らったら当然私は軍法会議にかけられます。命令拒否、つまり抗命は死刑の可能性もある重罪です。だから抗命なんてとてもできなかったのです。」

 

東田は悲しそうな表情をして俯く。なんて悲劇であろうか。私は目の前の少女に何を言えばいいのかわからなかった。私は呻くようにかろうじて声を出す。

 

「そんなこと……」

 

すると、東田は視線はそのまま私をまっすぐ見つめて言った。

 

「とても、信じられないと言った顔をしていますね。でも、全部本当のことなんです。私だって好き好んでこんな作戦に参加したわけではありません。私は心底嫌でした。アンツィオの学園艦には愛知県出身者も多いと聞きます。私の愛機の零戦五二型甲は愛知県名古屋市の松菱重工名古屋製作所でできた機体なんです。発動機も名古屋のものです。もともと愛知県の人々を守るために、いや日本人を守るために生まれてきた機体で誰が日本人であるあなたたちを殺したいと思いますか。そんな訳がないでしょう。私はこれまで全ての空襲作戦に参加してきました。何も罪のない人々か私の撃つ機銃で倒れる姿を何度も上空から目撃しました。帰還した後に私は隠れて泣いていましたよ。こんなことしたくないって。私はただ大空に憧れて自由に飛び回りたかった。それだけなのに……どうしてこんなことに……」

 

彼女の目には雨のように涙が伝っている。私は思わず東田を抱きしめていた。

 

「あなたもそんなに苦悩していたんですね。私はずっと勘違いをしていました。知波単の人間は非人道的で残虐な行為も厭わない野蛮な悪魔で人間じゃないって……だって、あの遺体安置所の様子を見たら……でも、あなたのような心優しい方もいると知って……戦争は悲劇ですね……私もこんな形であなたと会いたくはなかった……もっと平和な形で夢を語り会いたかった……」

 

東田は顔を私の胸に埋めてずっと泣きじゃくっていた。身体が小さく震えているのを感じた。

 

「私もです。私もアンツィオのことを勘違いしていました。開戦直後から徹底した敵愾心を煽る教育が行われましたから。でもそれは違っていた。敵であり、あなたの大切の人を奪ったかもしれない私を人道的に扱ってくれる。こんなに優しい人たちがたくさんいるのに……私は……本当に申し訳ありませんでした。」

 

 

彼女は自らの罪を謝罪した。彼女のした無差別大量殺人は決して許されることではない。だが、彼女の来歴を聞いて私はこのまま彼女を訴追していいものかと悩ましく思っていた。このまま彼女の話を聞いていると情に流されてしまいそうである。とりあえず、この話を終わらせることにした。私は次なる質問をした。

 

「東田さん。あなたの気持ちはわかりました。とりあえず、顔をあげてください。次の質問をしてもいいですか?」

 

東田は顔を上げると手で涙を何度も拭って頷く。

 

「ありがとうございます。では、あなたが参加した空襲が命令であることはわかりましたが、具体的に誰からの命令ですか?大洗反乱軍からですか?」

 

「いいえ、恐らくは違います。いつもは作戦票に西住隊長の名前の署名がありますが今回はありませんでした。恐らく海軍派の高級将校の独断作戦でしょう。」

 

「なるほど、そうなんですね。でもなぜ、海軍派の高級将校たちはそんなことを命じたのでしょうか?私には理解が全くできません。」

 

東田はしばらく少し下を向いて考えていたがやがて再び私を見ると口を開いた。

 

「私にも全くわかりません。ただ、陸軍派を出しぬきたいという意図があったのかもしれません。」

 

その後もしばらく取り調べを続けたが、開始して8時間を超えそうになった頃、取り調べを終わらせた。あまりに長時間にわたる取り調べはどんな形であれ酷であろう。私は調書を取っている風紀委員に目で合図をした。

 

「なるほど。そうですか。ありがとうございます。では、私からの本日の取り調べは以上です。供述調書を確認して間違いがないことを確認したらサイン捺印してください。」

 

東田は供述調書を受け取ると内容を確認して先日と同じようにサインと捺印をして、私に差し戻した。私はそれを受け取り不備のないことを確認すると調書を作成していた風紀委員に手渡して、東田を戻した。先日と同じように東田が戻って行ったら代わりに風紀委員長の稲村さんが手にお茶を持って入ってきた。

 

「落合さん。お疲れ様。よかったらこれどうぞ。」

 

「ありがとうございます。稲村さんも座ってください。」

 

私は椅子に座ってお茶を啜りながら稲村さんに椅子を勧めた。

 

「ありがとう。それじゃお言葉に甘えて。」

 

稲村さんは私に勧められて椅子に腰掛ける。私はお茶を飲みながら一服していたがやがて徐に口を開いた。

 

「今日、東田の取り調べをして改めて思いました。私は本当にこのまま彼女を戦犯として起訴していいものかと。彼女の話を聞いていると……」

 

すると、稲村さんは私の胸ぐらを掴んで今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴った。

 

「落合さん……あなたは……あなたは何を言っているんですか!?情に流されるなんて!何を言ってるのよ!東田が何をしたか忘れたの!?」

 

「分かっています……分かっていますが……でも、彼女は……」

 

「あなたは本当か嘘かもわからない東田の話を信じて、死者が出たことを忘れて情に流され彼女に何の罰も与えないつもりなの!?」

 

「そんなつもりは……」

 

私は胸ぐらを掴まれたまま視線を落とす。稲村さんの怒りは私には痛いほどよくわかる。あれだけの犠牲を出した空襲を実行した者に対して情に流されて不起訴に終わらせるというのは特に風紀委員にとっては許しがたいことであろうし、してはいけないということは言われなくてもわかっている。それでも、私は東田を起訴するという気がとてもじゃないが起きなかった。私は彼女の人間としての美しさを見てしまったのだ。そんな美しい人に罰など与えたくない。ましてや、軍事裁判のその先にある罰なんてもってのほかだ。過酷すぎる。いつの時代もバカを見るのは下っ端の人間だ。私は彼女にこんな残酷なことをさせた知波単の上層部に言いようがない怒りを覚えた。東田を裁き罰を与えることは本当に正しいのだろうか。本当に裁くべきは他にいるはずである。正義とは何だろうか。私は迷いと苦しみの世界で迷走していたのであった。

 

つづく




新年最初の更新は1月13日の21:00を予定しています。
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