血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第116話 アンツィオ編 プロパガンダ

次々と無心で死刑囚たちを処刑台の上から突き落とす私は皆の目にどう映ったのであろうか。鬼や悪魔のように映ったのであればある意味この公開処刑は成功かもしれない。私を鬼や悪魔と認識してくれればもう二度とこんな反乱など起こそうなどという気にはならないだろう。どうかもう二度と私にこんな苦しく辛いことをさせないで欲しい。そう心から願いながら私はその日処刑する予定の最後の死刑囚の背中を私の持ち合わせる全ての力を込めて押す。命の終わりを告げる滑車の虚しい音が聞こえて死刑囚松倉莉央は刑場の露と消えた。25人もの命を5時間のうちに残らず全て奪ってしまった。彼女たちは罪を犯したとはいえ私に彼女たちの命を奪う権利などあるはずはない。死へと向かう少女たちの背中を突き落としたあの感触は一生忘れることはできない。これからの人生において悪い影響を与えるのは必至だろう。多感な高校生の時期に嫌なことをしたものである。そもそもこんなことをしなくてはならなくなった根本的な要因はこの戦争の所為である。私が戦争を始めたのであればまだ納得がいくかもしれないが一方的に攻撃された挙句、間接的にではあるがこんな残虐行為をさせた大洗反乱軍への憎しみをさらに強くした。

今日行う全員の死刑を執行し、市民たちを解散させた。コロッセオには風紀委員と法務班と私、そして物言わぬ25体の遺体が残された。その後すぐに検視を依頼していた医師が到着し、確実に死亡したことが確認され死刑囚全員の死亡が宣告された。これがしばらく繰り返されると思うと吐き気がするがとりあえず一区切りはついた。さて、次なる問題はこの遺体たちをどうするかである。私はこの遺体たちの処遇を決めなくてはならない。私には二つの選択肢があった。一つはそのまま遺体を即座に水葬する、そしてもう一つは遺体を公衆の面前に晒して見せしめにした後に水葬する。この二つである。迷った挙句、私が選択したのは後者だった。私たちは死刑執行で使用したような太い縄を遺体の首にかけ、さらに"私は学園艦の治安を乱し反乱を起こした挙句、罪の無い風紀委員を虐殺したからここに吊るされている"と書かれた木札を下げさせて街路樹や街頭に25体の遺体を吊るさせた。皆黙々と作業をしていた。その光景はいつか見た第二次世界大戦におけるドイツ軍のパルチザンに対する処刑を彷彿させた。この光景をつくるように指示した私でさえも吐き気がしてくる。公開処刑とこの遺体のなる木を見ればもう二度とこんなことは起きないだろう。私は感傷に浸りながらゆらゆらと揺れる遺体のなる木を眺めていた。私たちは作業の終了を見届けると各々の持ち場へと戻った。私と法務班のメンバーはすぐに特別災害対策本部へと戻った。その頃にはもう夕方になっていた。本部へと戻ってもしばらくは口を開くものは誰一人としていなかった。あのような現場を見ればある意味自然な反応であると思う。だが、いつまでも黙り込んで業務を停滞させるわけにもいかない。私は皆の様子を見計らって努めて明るく声を出した。

 

「皆さん。ありがとうございました。お疲れ様でした。今日は無事終わりました。怪我人が多いので次はいつとは言い切れませんが執行のサインするときがくるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。」

 

私が頭を下げると消えそうな弱々しい声が聞こえてきた。

 

「落合さんは……平気なんですか……?あんなことして……あんなに大勢を……処刑するなんて……」

 

顔をあげると河村さんが怯えた目をしてこちらを見ていた。私は静かに首を横に振った。

 

「いいえ……平気なわけありませんよ……私だって辛いです……だって私はこの手で……でも、市民の皆がこれで私に対して恐怖を覚えてくれたならあの零戦パイロットと今回の事件の犯人たちを除くとして、もう二度とこんな悲しいことしなくても済むはずです。」

 

「でも……!でも……!処刑だなんて!」

 

「ごめんなさい……私にはそれしか思いつかなったんです……この混乱を収めて治安を維持する方法を……」

 

私の頰に涙が伝う。なぜだろう。全く止まる様子がない。どうやら私の心も限界のようだ。私の泣く姿を見た全員が泣き出してしまった。やってしまった。今日はどうやら業務どころではない。皆の心身のストレスも計り知れないことだろう。仕方がないので今日はもう仕事をせずに休むことにした。全員にその旨を伝えて、その日は後の時間を各々自由に過ごすように伝えた。私もこの日の夜だけは自由に過ごした。布団にくるまって心ゆくまで体を休めた。この日が私たちの最後の安息の日になるということを私たちはまだ知らなかった。

次の日の朝のことである。私は法務班のメンバーと共に今回の暴動事件の思想的中核を担った者たちを拘束する為、事務手続きを行っていた。今回の暴動の思想的な役割を担った者、それが新聞部の記者と新聞部長である。あのような記事を書いて市民を煽動した所為で今回の事件は起きたのだ。その観点から決して見過ごせない。彼女たちの拘束をもってこの事件は終結することになるのだ。今日中に何としても拘束するため、私たちは昨日の夜休んだ分まで精力的に仕事に取り組んでいた。その時だった。あのもう二度と聞きたくなかった空襲警報が唸った。私は慌てて階段を駆け上がり、監視台に登って双眼鏡を覗き込む。すると確かに低空を航空機が飛んでいる様子が見えた。しかし、いつもと様子が何か違う。いつもは十数機、少なくても5機はいるのに極端に数が少ないのだ。2機しか視認できない。何かがおかしい。そんなことを思っていると航空機は学園艦の上空に侵入してきた。所属はやはり知波単のようだ。航空機は特に何かをするわけでもなく上空を旋回している。何をしているのだろうかと思っていると格納庫の扉が開き何か紙のようなものが落ちてきた。どうやら市街地を中心に何かのビラを撒いているようである。おそらくプロパガンダか何かであろう。だが、今回は何か嫌な予感がして私は階段を駆け下りて総務班にそのビラを一枚でいいからもってくるように伝えた。しばらくすると、総務班の者は手に一枚のビラを持って帰ってきた。彼女は身体をワナワナと震わせている。

 

「どうしましたか?」

 

私が声をかけると彼女はビラを差し出した。

 

「これを……」

 

私はビラを覗き込み、愕然とした。

 

「これは……ドゥーチェ!?なんでこんな姿に!?」

 

そこには我らがアンツィオ高校戦車隊隊長ドゥーチェアンチョビが写っていた。ただ、普通に写っているだけならばそこまで驚きはしない。その姿はあまりにも屈辱的な姿だったのだ。私は怒りでどうにかなってしまいそうなのを抑えて深呼吸を繰り返してそのビラを冷静になって眺めた。ドゥーチェは裸にされ手足を縛られて女の悪魔に屈辱的な目に遭わされていた。その悪魔はドゥーチェの身体を弄んでいた。その光景は女としての尊厳を徹底的に傷つけるものであり、今思い出すだけでも震えが止まらなくなりそうであるから詳細を明かすのはやめておこうと思うが、言える範囲内で一部を話すとするならば、悪魔はドゥーチェの下腹部を楽しそうな笑みを浮かべながら舌を這わせていたのだ。その光景が写った写真の中のドゥーチェの顔は忘れられない。ドゥーチェは目に涙が浮かべて生気のない顔と光の消えた目で呆然としていた。このドゥーチェを辱め、心を破壊しようとしている女悪魔こそ西住みほ本人である。初めて目にする女悪魔は私のイメージとは大きく異なっていた。私は彼女のことはもっと極悪人のような顔をしていると思っていたが、本来の人柄は優しそうでおっとりとした顔つきをしている。彼女が指揮して無差別空襲などの残虐行為を繰り返しているなどとは思えなかった。だが、その悪魔の写る写真にはこの西住みほという女の残虐性とサディスティックな性格を如実に映し出していた。どこでボタンを掛け違えたらこうなるのか私には理解が及ばなかった。裏を見ると文章が書かれていた。その内容をまとめると次のようなことが書かれていた。

 

1.アンチョビを捕虜として預かっていること

2.降伏勧告

3.降伏しなければどうなるかの脅迫

 

回答の期限は1週間と書かれていた。私はとにかく冷静に状況を分析した。恐らく彼女たちの言っているドゥーチェを捕虜として捕らえているという話は本当であろう。この学園艦に今現在ドゥーチェが存在していないということが何よりの証拠である。では、どうするか。当然奪還するという選択肢しかない。しかし、その方法が私たちにはない。不時着した零戦を使って直接乗り込むという勇ましい選択肢が無いわけではないが、頼りの零戦は動くかどうか甚だ疑問だし、しかも万が一動いたとして無事たどり着いたとしてもほぼ特攻のようなものであるから、蜂の巣になる未来しか浮かばない。しかも、この学校には飛行機を扱うクラブなどはないから当然操縦方法もわからない。そう考えると残った選択肢は一つだけ。降伏という選択肢である。しかし、私はなかなか首を縦に振ることができなかった。サディスティックな性格の西住みほという悪魔に降伏するなんて何が起こるのか予想もできない。たださえ、無差別空襲を繰り返し行い人を殺すのに躊躇のないような人間だと判断できるこの人物率いる大洗反乱軍に降伏したらこれ以上にひどいそれこそ目も当てられないことが起こるのではないか。私の脳はそう警鐘を鳴らしていた。こればかりは私の裁量でどうこうできる問題ではない。学園艦の存亡、いやここにいる市民全員の命運がかかった一大事である。私はすぐに緊急会議を招集した。さらにまた暴動が起きる可能性がゼロとは言い切れないので武装風紀委員の配備も指示した。一難去ったらまた一難というのはまさにこのことである。私は一体どうすればいいのだろうか。次々と無理難題が襲いかかってくる。昨日少し心身を休めたばかりなのにまたしても心が折れてしまいそうになっていた。私はその降伏勧告プロパカンダのビラを見て項垂れていた。

つづく

 

 


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