血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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30年後のお話とアンツィオのお話です。
アンツィオ降伏までに何があったのか……


第112話 アンツィオ編 会見

その日、私は大洗港にほど近いとあるバーに来ていた。遡ること25時間前、家に帰った私はパソコンを開いていた。いつもの日課で重要なメールなどが届いていないかチェックするためだ。いつもはダイレクトメールなどが多いが今回ばかりは違っていた。落合陽菜美からメールが届いていたのだ。開いてみると、明日新店舗を開店するための視察に社長の安斎千代美と共に大洗へ行き、さらに午後から私用で角谷杏町長と小山柚子町議会議員と会う予定があるが、夕方から暇になるので私含めて5人で酒でも飲みながら先日の話の続きをしないかと書かれていた。私はすぐに、ぜひ行かせてもらう旨を返信した。私はもともと酒に目がない。仕事中に飲むのは忍びないが私は雇われているジャーナリストではないので私を縛るものはない。話の内容的に楽しく飲めるかはさておき、たまには酒を飲みながら話すというのもいい。それに、もしかしたら酒の力で普段は決してこぼすことのない話を聞くことができるかもしれない。そんなことを期待しながら私は電車でバーへと向かったのだ。バーにはすでに安斎千代美ら4人が待っていた。そのバーは静かな雰囲気の味があるバーであり、女性のバーテンダーが切り盛りしていた。

 

「お!山田さん!こっちだ!」

 

安斎千代美が私が入ってきたのを真っ先に見つけて右手を振りながらこちらに笑顔を見せる。私も会釈をしながら微笑みを見せて挨拶をした。

 

「皆さん、こんばんは。お待たせしてすみません。」

 

私はいつものような様子を装いながらも心の中では酒を飲みたくてうずうずしていた。最近、話を聞いた後のまとめなどを作っており、酒を飲む時間がなかったので尚更である。

 

「やあやあ!待ってたよ!」

 

「お元気でしたか?」

 

「社長も私もお会いできること、楽しみにしていました。」

 

落合陽菜美と角谷杏と小山柚子とも挨拶を交わす。私が席に着くと、角谷杏はカウンターに立つ、バーテンダーの女性に声をかけた。

 

「いつもみたいにお任せで頼むよ。」

 

バーテンダーの女性はこちらをちらりと見ると私たちの顔を1人ずつ確認しながら短く言葉を紡いだ。

 

「全員?」

 

すると、角谷杏が私の顔を見ながら目でどうするか確認を取る。私は頷いてそれでいいという意思を伝えた。角谷杏は再びバーテンダーに声をかける。

 

「うん。全員それで頼むよ。」

 

「わかった。」

 

バーテンダーはそういうと、早速マドラーで酒を混ぜてカクテルを作り始めた。しばらくして、バーテンダーはこちらを振り返り、見るからに刺激的な真っ赤な色をした酒を持ってきた。

 

「お待たせ……ここオリジナルの名物……ハバネロクラブ……」

 

私はバーテンダーのハバネロと言う言葉を聞いて耳を疑った。名前を聞いただけで口中に辛味が広がったように感じた。私はそこまで辛いものが好きと言うわけではない。むしろ、苦手だ。私は助けを求めるように、隣に座っていた角谷杏の顔を見た。だが、角谷杏はまるで何てことないと言うような顔でグラスを弄んでいた。角谷杏は全員の手元に酒が置かれたことを確認するとグラスを持ちながら口を開いた。

 

「それじゃあ、まずは乾杯しようかー。みんなグラス持ってー。乾杯。」

 

角谷杏の声に合わせて私たちはグラスを軽く持ち上げて乾杯の声をあげた。さて、乾杯を済ませたのはいいが、私はしばらくその危険な色を見つめていた。この飲んだ瞬間に口から炎が吹き出そうな酒を口に含むのは躊躇われる。だが、周りを見てみると私以外は皆それを美味しそうに飲んでいる。見た目だけで案外、辛くないのかもしれない。そう思って私は冒険するような気持ちでそれを口に含む。その瞬間、私は目を剥き、思わず叫び声をあげた。

 

「ぎゃんっ!?辛い!!!」

 

私は咳き込みながらバーテンダーに手で水を求めた。バーテンダーは私をちらりと一瞥すると水とともにクリームソーダを持ってきた。

 

「特別にサービスだよ……これで辛さを和らげながら飲みな。」

 

「あ……ありがとうございます……いただきます……」

 

私は辛さに我慢できなくて慌ててクリームソーダにのっているアイスクリームを舌に押し当てた。それでも辛味が残る。舌が痛くて仕方がない。

 

「あははは。やっぱり、初めてだときつかったかー。ごめん。」

 

角谷杏が苦笑いを見せる。私は激しく咳き込み息を荒げながらなんとか頭をもたげた。

 

「だ、大丈夫です……」

 

私はそういうと、頭を真っ白にして何も考えずにただ黙々とクリームソーダとハバネロクラブを飲み続けた。辛味に悶えてはクリームソーダで辛さを和らげるというサイクルを繰り返しながら何とか全て飲みきった。だが、まだまだ舌が痛い。私はそのあと3杯のクリームソーダを頼んで何とか落ち着いた。

 

「山田さん。大丈夫ですか?」

 

「無理するなよ……?」

 

小山柚子と安斎千代美が心配そうな声をあげた。

 

「はい……何とか……」

 

「私たちはもう何度か飲んでるので慣れてますけど、初めてでこれは辛いですよね……気がつかなくてすみませんでした……」

 

落合陽菜美が申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。

 

「大丈夫です……心配しないでください……」

 

私は下品だがしばらくコップに入った水に舌を浸しながら休んでいた。やがて、落ち着いてきたので、早速だが私は仕事を始めた。

 

「あの……お楽しみのところすみませんが、そろそろお話を伺ってもよろしいですか?」

 

私が声をかけると角谷杏以外全員が姿勢を正した。

 

「そうですね。話はどこまで聞きましたか?」

 

「この間、冷泉さんたちに会った時にアンツィオ降伏までの話は聞きました。」

 

「なら、アンツィオがどのような経緯をたどって降伏するに至ったのかという話から始めましょうか。」

 

落合陽菜美は遠くを見ながら静かにあの地獄のような日々を語り始めた。

 

*******

 

あの日、私は災害対策会議が終わったあと、河村さんとともに資料を準備してアンツィオ市民に現状を伝えるために会見会場へと向かっていた。コツコツと靴音を2つ響かせながら歩く。絶対に会見を開くと威勢良く言ったはいいもののこの絶望的状況を伝えていいものなのか会見の時間が近づけば近づくほど内心迷いが生じていた。そんな迷いはとっくに捨てたはずなのに心の最奥で密かに渦巻いていた不安が再び蘇ってきていた。私はその不安を拒否するかのようにぶんぶんと首を振った。真実は隠すことなく、伝え、市民にも協力を仰ぐ。それこそこの非常時に私がやることであり、私が任された最大の仕事だ。私は私の信念に従って行動しよう。私はそう誓って会見会場に足を踏み入れた。会見会場にはすでに多くの記者たちが私を待ち構えていた。私は一礼してマイクの前まで歩みを進める。シャッター音とフラッシュが一斉に私に浴びせかけられた。私はマイクの正面まで来ると立ち止まって再び一礼をした。そして、真っ直ぐ前を見つめて口を開いた。

 

「昨日、午後12時頃すでにご承知のように数度にわたる爆発が発生しました。それにより、多大な被害が出ています。まず、被災されました皆様には心よりお見舞い申し上げます。さて、こうした事態を踏まえ、私たちは直ちに特別厳戒緊急事態を宣言し災害対策本部の上位機関特別災害対策本部を設置しました。本来、本学生徒会長が特別災害対策本部長に就任するべきところですが現状生徒会長が行方不明のため、生徒会からの要請を受け私が本部長に就任しております。市民の皆様の安全を確保し、被害を最小限に抑えるため、学園艦の自治機構として関係機関と連携しながら総力をあげて取り組んでまいります。市民の皆様におかれましても今後、ラジオ新聞テレビなどで注意深く情報収集に努めていただき落ち着いて行動いただきますようお願いいたします。また、特別厳戒緊急事態宣言が宣言されている間、同宣言の規定に基づき皆様の市民権を一時停止いたします。状況が好転するまでの間ご理解ご協力をお願いいたします。さて、次に被害の状況の説明をさせていただきます。ただいま入っております最新の情報によりますと、被害状況はかなり甚大なものになっており、インフラ設備は水道は使用できますがガスと電気は断絶され現在一切の供給がストップしています。復旧については全く目処が立っていません。復旧は相当な時間を要する可能性が高くなっています。また、今回の爆発の影響により、各所で火災が発生しています。消防からの報告によりますと特にインフラ設備群の中でガスタンク付近を中心に激しい大規模火災が発生しています。現在、消防が懸命な消化活動を行なっていますが鎮静化の見込みは立っていません。ガス、電気の断絶もインフラ設備群の大規模火災が原因と見られています。また、その他の地区でも火災が発生しておりましたが現在のところ鎮静化に成功しました。ただ、各地区でかなりの被害が発生していると報告があり、南市街地では1軒全焼、西市街地では4軒が全焼したとの報告が入っております。爆発による直接的な被害ですが、南市街地、西市街地、戦車演習場、階段前広場、校舎1号棟、第7都市公共施設群変電所、電話基地局、艦橋が被害を受けたという報告が上がっています。また、死傷者行方不明者も多く出ており、風紀委員会からの報告によりますと現在確認しているご遺体の数は学園内警備本部所轄が236名、南市街地警備分隊所轄が63名、西市街地警備分隊所轄が52名、総数351名でそのうちお名前が判明した方は20名です。また、ご遺体の安置所については本日付で本校体育館に開設しております。行方不明の方が全体で512名、負傷した方の所轄別人数は南市街地警備分隊所轄110名、そのうち重傷の方は53名、軽傷の方57名西市街地警備分隊所轄77名、重傷の方25名、軽傷の方52名学園内警備本部所轄98名、重傷の方43名、軽傷の方55名で総数は285名となっています。行方不明の方につきましては現在全力で捜索を行っています。また、現在の学園艦の状況ですが、船舶科によりますと艦橋、副艦橋が爆発により失われたこと、緊急時の機関室操舵システムの故障の影響により本艦は操舵を失い航行が不可能であるという結論に至ったとの報告が本艦艦長工藤から報告がありました。また、当時勤務していた副長以下艦橋員全員と連絡が取れず、非番だった船員以外の船員の多くと連絡が取れていないという状況であり、航行可能までにはかなりの時間を要すると予想されています。このような状況を踏まえ、現在この船は漂流状態にあると宣言されました。機関の状態ですが機関自体は原子力を動力としており、無事であると思われますがしばらく安全確認のため停止の可能性があります。しかし、現段階で原子炉の保守管理を掌る機関長と連絡がつかず、さらに機関室へと通じる通路もがれきでふさがれてしまい、現状の把握が困難を極め、詳細は不明です。救助の要請についてですが通信機器が今回の爆発により失われており、救助要請は困難であるという結論に至りました。現在の本艦の位置は天測を行った結果伊豆半島の石廊崎より20km南西、北緯34度26分51秒東経138度46分6秒の位置であることが判明しました。現在、船舶科では船員の捜索と国際信号旗を掲揚して救援を求めているところであると報告されています。被害状況の報告は以上です。続いて、なぜこのような爆発が起きたのかということについて報告申し上げます。すでに、市民の皆様の中で目撃された方も多くいらっしゃると思いますが、この爆発は航空機による武力攻撃によってもたらされたものです。武力攻撃を行なった機体は知波単所属の軍用機であると報告されています。もちろん、知波単から攻撃されるいわれはありませんが、一度攻撃を受けた以上これからも攻撃を受ける可能性があるので市民の皆様におかれましては十分に警戒してください。また、明日以降特別厳戒緊急事態宣言を根拠とし、各街区に最低5つの防空壕や待避所を作るための住民総動員を行います。ご協力お願いいたします。また、ご協力いただけない場合は特別厳戒緊急事態宣言を根拠とした拘束及び勾留措置を取らせていただく場合もありますのでご注意ください。さて、最後になりましたが食料等の生活必需品については学園艦の全員が一年生活できるだけの備蓄がありますのでご安心ください。私からは以上です。質問は後ほど広報班長河村が受け付けます。私は職務がありますのでこれで失礼いたします。」

 

私は一方的に淡々と状況を伝え、再び一礼をして会見会場を立ち去った。会見場は皆静まり返ってただパソコンをタイピングする音だけ響いていた。その後、河村さんが壇上に上がって質問を受け付けていた。会見会場から出た後、なんとなく後ろを振り返って会見会場を覗き込んでみたら、何本もの腕が天井に向かって伸びている。河村さんは記者たちの質問に一つ一つ丁寧に答えていた。河村さんにも情報は嘘なく的確に伝えるように指示をしている。河村さんならきっとうまくやってくれるはずだと安心して特別災害対策本部に戻っていった。あの後、記者たちの対応に追われてへとへとに疲れきって帰ってきた河村さんをねぎらい、情報収集と関係各所への指示に追われる1日がまた終わろうとしていた。だが、私にはまだやることがある。それは、遺体安置所に向かうことだった。ようやく今日、遺体安置所の開設の目処がたったのだが、昼間は被災者が犠牲者の遺体との再開の場である。私も被災者の1人ではあるが私のような行政側の人間が入る余地はない。だから、今日から深夜に犠牲になったペパロニや戦車隊の隊員たちの遺体を探すことにしていたのだ。私は特別災害対策本部から闇に染まった街を懐中電灯で道を照らして唇を噛み締めながら歩いた。校舎からしばらく歩くと体育館が見えてくる。体育館は真っ暗で闇に飲まれていた。まるで、犠牲者たちの悲しみと怒りが渦巻いているように感じた。体育館の中は電気が来ていないので真っ暗である。深夜なので職員も誰1人としていない。コツンコツンと私の足音だけが響いていた。体育館の重たい扉をあける。ほとんど何も見えない。入る前の礼儀として私は手を合わせて心の中で友人たちを探すために遺体を懐中電灯で照らすこととこのような深夜遅くの来訪を謝罪して一歩ずつ足を踏み入れた。懐中電灯で照らすとそこには小さな毛布に包まれた遺体とその人の遺品が入った袋が目に入って来た。さらに遠くを照らすと体育館の奥まで雑然と夥い遺体が並べられていた。そのあまりの数に口を手で抑えながら一番手前にあった小さな遺体の近くに座り込み、その近くにあった遺品類が入れられている袋に書かれているその遺体の特徴などが書かれた紙を覗き込んだ。そこには右手前腕のみと書かれており、発見場所は1号棟跡と書かれていた。その文字はあまりにも淡々として無機質に情報を伝えていた。1号棟といえば最後にペパロニが向かった場所である。私はその遺体を確認するためにその毛布をとった。すると、毛布の中には薄汚れて埃だらけになった肘から下の部分が現れた。それを見た瞬間私は思わずえずく。胃の中から胃酸が込み上げてくるのがわかった。それを必死に飲み込んで、それが友人なのかを確認しようと手にとった。その瞬間だった。心の中に何かが入ってきた気がした。心の中にこの人の最期が浮かんだ。この人はどのようにしてこのような姿になったのだろうか。訳もわからぬまま瓦礫に埋もれて死んだのだろうか。それとも逃げ惑っているうちに爆弾に巻き込まれたのだろうか。私は無意識のうちにその冷たい石のような腕を抱きしめた。その瞬間今まで押し込めていた感情が一気に溢れ出した。私は暗闇の中で滝のような涙を流しながら一人泣き叫んでいた。

 

つづく


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