血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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今日も反乱軍側のお話です。
30年後のお話と生徒会側のお話はもう少しお待ちください。
反乱軍側のお話のきりがついたときに投稿します。
目安としては30年後のお話はあと1〜2話更新後、生徒会側のお話は5話更新後以降になります
よろしくお願いします。


第108話 黒色の外交

朝になった。私はアンツィオへ行くために西住さんに朝早く叩き起こされ、渋々準備を開始した。低血圧な私は眠い目をこすりながら必要なものをビジネス用のバッグに詰め込む。朝食を食べて全ての準備が終了し、叩き起こされた時に会議室まで来て欲しいと言われていたのでいつもの会議室へ向かった。おそらく、出発前の確認を兼ねたミーティングを行うのだろう。会議室の前に着き、ノックをすると中から西住さんの返事の他にも複数の話し声が聞こえて来た。私は少し不思議に思いつつ扉を開けるとそこには西住さんの他に秋山さん直下さんも会議室にいた。

 

「あ、麻子さん!やっときた〜!もー!麻子さん遅いよ〜」

 

西住さんが少し頬を膨らませながら言った。私は目をこすり、頭を軽く下げ、ゆっくりとした速度でふらつきながら西住さんの隣の席に座った。好き好んでその席に座ったわけではない。その席しか空いていなかったので止むを得ずである。怖くて仕方なかったが眠気には勝てない。私は机に突っ伏した。

 

「いつも言ってるだろ……?朝は眠いんだ……朝は……辛い……」

 

すると、西住さんは私の頭を撫でる。私が身体をビクッと震わせると西住さんは一瞬ためらったように手を離し、再び私の髪に触れてくすくすと笑った。

 

「ふふっ、そっか。まだ、低血圧は改善されないみたいだね。仕方ないか。じゃあ、麻子さんはそのままでいいから耳だけこっちに傾けてね。」

 

秋山さんと直下さんはそれぞれ苦笑して西住さんの顔を見て話を聞く態勢を整える。私は、お言葉に甘えてそのまま話を聞くことにした。西住さんは一つ息を吐くと口を開いた。

 

「みんな、改めましておはようございます。今日はいよいよ、アンツィオとの和平交渉です。今回、アンツィオ高校へ飛んでもらうのはこの3人で全権は麻子さん、軍事関係の専門交渉官は優花里さん。そして、副使として直下さんに行ってもらいます。みんな、幹部会議で決議されたこの要求に則ってアンツィオから搾り取れるだけ搾り取ってきてください。ただし、無条件降伏は要求から削除しても構いません。ふふふふ、期待しています。何か質問はありますか?」

 

私は相変わらず机に伏せながら手を挙げた。

 

「もし、この交渉が決裂したらどうするつもりなんだ?」

 

西住さんは腕を組んで少し空を仰ぎながら考え、数秒してから正面を向き直って言った。

 

「その時はね……ふふふふ……アンツィオを灰にすることになるかな。何もかも燃やし尽くしてあげるの。街も人も何もかも灰にしてあげる……ふふふふ……」

 

ゾッとした。背中に冷たい汗を感じた。私の脳裏には火の海を逃げ惑い、焼かれ黒焦げの焼死体となる少女の姿と過酷な強制労働の末に使い物にならなくなったら銃殺される少女の姿が交互に浮かんだ。なるほどこれから行う交渉は進むも地獄、退くも地獄である。私は恐ろしくて歯をカチカチと鳴らしながら消えそうな声で呟く。

 

「そうか……わかった……」

 

「他には質問はないかな?」

 

西住さんは顎に手を当てて少し首を傾げながら一瞥する。秋山さんがそれぞれの顔を見回して他の質問が無いことを確認して口を開いた。

 

「はい。特にありません。」

 

西住さんは満足そうに微笑む。これでお開きにしようとしたが何かを思い出したかのように声をあげた。

 

「あ、そうだ。ちなみに交通手段はまず、知波単の輸送機で小松空港まで飛んで、高速バスで小松駅まで出てからJRで金沢駅まで行き、金沢港に停泊中の継続高校学園艦へ乗るという道のりです。小松空港に継続高校の子たちが迎えにきてくれるって言ってたから迷うことはないと思うよ。でも、くれぐれも気をつけて行ってきてね。」

 

会議はこれで解散になった。皆、一斉に会議室の外へと出て行く。私も立ち上がって廊下へと出ようとした。すると、西住さんが私を呼び止めた。

 

「ちょっと待って。麻子さん。」

 

「ん?どうした?」

 

「実は麻子さんに頼みがあるの。」

 

西住さんはそう言うと、ジュラルミンのアタッシュケースを2つ机の上に乗せて鍵を開けた。そこにはぎっしりと1万円札の束が詰め込まれていた。私は思わず感嘆の声をあげる。

 

「おお……これは……」

 

西住さんは私の声を聞いてくすくすと笑う。

 

「それぞれのケースに1億円ずつあります。これをミカさんたちに渡してほしいの。一つは戦車道チームへもう一つは継続の生徒会へお近づきの印として……ね……?」

 

「わかった。渡しておく。」

 

「うん。よろしくね。ふふふふふ。」

 

私は重いアタッシュケースを2つ引きずりながら出発の準備のために廊下に出て、研究室へと向かった。金の重みが手に伝わる。この金は一体どのようにして手に入れたのだろうか。恐らく普通ではない方法で手に入れたに違いない。人身売買か臓器売買かそうした闇のマーケットから手に入れたのだろうか。この金のために一体何人が犠牲になったのか。それを思うだけでゾッとしてくる。西住さんはこの金で継続高校を反乱軍派に引き入れようという算段なのだろう。確か継続も財政的には厳しいはずである。そこにつけ込むとはなんと悪辣だろうか。恐らく、継続はこれで反乱軍支持に大きく傾くことになるだろう。鼻の近くにニンジンをぶら下げられたら馬はそれを食べようと必死になるように金を目の前でちらつかされたら相当な金持ち以外は誰もがそれに飛びつこうとするだろう。金の魔力には誰も勝てないのである。西住さんはそうした人間の心理も全て分かって行動しているのだろう。

 

「つくづく恐ろしい悪魔だな……西住みほという女は……」

 

私はそう呟いて研究室の鍵を閉めて輸送機に乗るために外に出た。すると、外の幹線道路にはすでに輸送機が到着し離陸準備をしていた。私は知波単の職員に手荷物を手渡して輸送機に乗り込もうとした。その時だった。赤いマフラーをした短髪の少女が駆け寄ってきた。その正体はカエサルさんだった。

 

「待ってくれ!私も連れていってくれ!お願いだ!」

 

カエサルさんはタラップを登りかけた私に向かって頭を地面に擦り付けた。私はいきなりのことで困惑した。だが、すぐに頭の中の回路が繋がった。恐らく、カエサルさんはアンツィオ高校にいる友人の安否を確認したいのだろう。なるほど、ならばできる限りのことはすべきである。私はカエサルさんを連れて西住さんの執務室へと向かった。すると、西住さんは快諾してカエサルさんも一緒について行くことになった。ただ、カエサルさんは交渉会議には参加せず、安否を確認後速やかに継続高校のホテルに戻ることを条件に許可された。

やがて全ての準備が整った。ついに離陸である。一番前の席に私とカエサルさんが座り、私の後ろには秋山さんと直下さんが座った。機長からシートベルトをしっかりつけるように言われて私たちはそれを確認し、全員が装着していることを確認すると輸送機は滑走路代わりの幹線道路を走り始めた。しばらくすると身体が押さえつけられるような感覚になり、飛行機は地面を離れた。窓から外を見てみると眼下には大洗女子学園の様子が見て取れた。学園艦の両端部はまだ、街や校舎の姿がしっかりと残していた。しかし、中央部に目をやるとそこには何もなかった。真っ黒な色のない街だ。建物らしきものの跡だけがそこにはあり、その色のない街の中でも西住さんの支配地域に近いところに長屋のような建物がいくつも見られた。さらにそのもう少し先大体200メートルほど先に目をやると大きな煙突のある建物があり、煙が出ているのが分かった。それは絶滅強制収容所とそこで亡くなった犠牲者を火葬する煙だった。収容されている囚人たちの姿は見えないが、収容所は悲しみと怒りと狂気に満ちているように私は思えた。心臓が締め付けられるような感覚になった。あの輸送機から見た光景はいつまでもきっと死ぬまで忘れられないだろう。

さて、輸送機はどんどん上昇し、ある程度の速度になると大きく旋回して景色は海だけとなった。私は、手荷物として機内に持ち込んだバッグから綺麗に装丁された九箇条の要求書を取り出し、条文を一文字ずつ丁寧に眺めてため息をつきながら呟く。

 

「これは、もはや交渉じゃない……」

 

そもそも、今回の交渉はあくまで和平交渉だったはずである。しかし、実態はどうであろうか。これから持って行くこの要求書に記載されている要求は明らかにアンツィオに対して隷従を強いるものである。このようなものは和平交渉とは言わない。もとよりアンツィオは私たち反乱軍とあくまで交渉に臨むつもりだった。しかし、これは史上最悪の降伏勧告である。このような傲慢な要求を私はこれまで見たことがない。私もカバさんチームのみんなよりは詳しくはないものの高校日本史B世界史Bの知識くらいは頭に全て入っている。だが、歴史の教科書でさえこんな理不尽かつ傲慢な要求は目にしたことがない。私はこの交渉を成功へ導く自信は全くなかった。いくらおおらかで陽気な校風のアンツィオでもこのような屈辱的な要求を突きつければ怒り狂うことは間違いないだろう。交渉決裂の可能性は大いにある。しかし、むしろそっちの方がいいかもしれないと私はこの時ほんの少しだけ思っていた。捕らえられ、過酷な労働を強いられ使い物にならなくなったらゴミのように処刑されるくらいならば最後まで抵抗して僅かな可能性にかけるのもいいかもしれない。相手の自尊心を傷つけることでそのように仕向けることができればもう一度戦う気力を取り戻してくれるかもしれない。そんなことが脳裏によぎる。だが、同時にそうなった時のリスクが頭によぎった。そう、先ほどの西住さんの言葉を思い出していた。私は一体どうすればいい?私は身震いしてどうすればいいか葛藤を繰り返す。すると、隣に座っていたカエサルさんが心配そうな顔をして私の肩に手を当てる。

 

「大丈夫か……?顔色が悪いぞ……?」

 

「え……?あ…ああ……大丈夫だ……ちょっと寝不足でな。着いたら起こしてくれ。」

 

「そうか、それならいいが……わかった。ゆっくり休んでくれ。」

 

こんな悩みをアンツィオ高校に友人がいるカエサルさんに打ち明けるわけにはいかない。私は誤魔化しながら窓の方を向いて目を瞑った。朝早く起きたせいかすぐに夢の中へと落ちていった。

 

どのくらい時間が経ったのだろう。誰かが私を呼ぶ。その声は最初は遠かったのに徐々に近く大きくなっていく。さらに揺れも感じる。そして、私は夢の世界から引き戻された。目を開けると三人の顔がそこにはあった。

 

「冷泉さん!やっと起きたか……おはよう。着いたぞ。」

 

「あ……ああ、そうか。起こしてくれてありがとう。すまないな……」

 

「あはは。冷泉殿やっぱり寝ちゃいましたか。」

 

「ああ、朝早かったからな。」

 

「とにかく、早く降りましょう。次の運航に支障が出ます。」

 

「ああ、わかった。」

 

私はすぐにシートベルトを外して三人と一緒に輸送機の外に出た。そのあと、マイクロバスに乗って到着ロビーまで通されて手荷物を受け取り、玄関のようなところに出た。すると、そこには継続高校の制服を着て髪を二つ結びで纏めたおさげ髪の背の低い少女が[大洗女子学園御一行様]と書かれた札を手に立っていた。背が低いという観点から見れば私が言えたことではないが、とにかくかなり可愛い女の子である。私はその女の子に話しかけた。

 

「あの、大洗女子学園の者だが……」

 

「あ!こんにちは皆さん!金沢へようこそ!私はアキと言います。ここから先は高速バスと電車です。それでは行きましょうか。」

 

アキと名乗った少女は笑顔で私たちに挨拶した。

 

「アキさんか。世話になるがよろしく。大洗女子学園の冷泉麻子だ。」

 

「秋山優花里です!お世話になります。」

 

「直下璃子です。よろしくお願いします!」

 

「カエサルだ。世話になる。」

 

「はい。皆さんよろしくお願いします!それでは早速行きましょうか。もうすぐ小松駅行きのバスが出るみたいです。少し急ぎましょう。」

 

アキさんと私たちは一斉に走り出してギリギリバスに飛び乗った。その後、20分ほどバスに揺られ、特急列車で小松駅から金沢駅まで20分、その後学園艦のシャトルバスで30分ほど揺られた。久しぶりに血も火もない平和な世界、ゆったりと流れる街、楽しそうに笑う人々の笑顔。それは当たり前の日常で私たちが当たり前のように享受していたものだ。失って初めて気がついたかけがえのないものだった。自然と涙が流れてきた。そんな感傷に浸っているとあっという間に金沢港へ着いた。バスを降りて、学園艦に搭乗した私たちはまずは学園の応接室へと通された。

 

「少しこちらで待っていてください。ミカと生徒会長を呼びに行ってきます。」

 

そう言ってアキさんとはどこかへ去っていった。10分ほどしてアキさんは2人の女性を連れて戻ってきた。1人はなぜかカンテレを手にしていた。

 

「お待たせしました。改めてようこそ継続高校へ。こちらは、生徒会長の斎藤桃花さん。そして、こっちがミカです。」

 

「斎藤桃花です。よろしくね。」

 

「ミカだ。よろしく。」

 

「私は大洗女子学園の冷泉麻子だ。今回は世話になってしまってすまない。」

 

「秋山優花里です。ミカ殿、桃花殿よろしくお願いします。」

 

「直下璃子です。」

 

「カエサルだ。」

 

皆それぞれ挨拶が終わると、ミカさんがカンテレを弾きながら口を開く。

 

「みんなよろしく。ゆっくりしていってくれ。いつも動きっぱなしでは疲れてしまうからね。たまには休息も必要だよ。」

 

すると、それにツッコミを入れるように桃花さんが口を開いた。

 

「そうですね。まあ、ミカさんみたいに休みすぎも困りますけどたまにはいいかもしれませんね。それでは私はこれで。」

 

桃花さんは生徒会長だけあってやはり忙しいようだ。私の持ってきた西住さんからのお土産を渡すのはこの時しかない。私は桃花さんを呼び止めた。

 

「桃花さん。ちょっと待ってくれ。西住さん……うちの隊長だが、その人からお土産を渡すように言われているんだ。これなんだが……」

 

私はそう言って重たいアタッシュケースを机の上に出して鍵を開けた。

 

「これは……!」

 

「すごい……!」

 

「うわあ!お金だ!」

 

皆、感嘆の声をあげる。私はその声を気にもせずに桃花さんとミカさんの顔を一瞥しながら言った。

 

「お近づきの印で寄付したいそうだ。西住さんには今回は迷惑をかけるので是非とも受け取って欲しいと言われている。これで戦車道の新しい戦車の導入や学校の発展に役立ててくれ。戦車道チームに1億、学園にも1億、合わせて2億だ。」

 

あまりの金額に桃花さんは素っ頓狂な声を出す。

 

「2億も!?本当にいいの!?」

 

「ああ、もちろんだ。」

 

「それじゃあ、私は遠慮なく受け取っておくよ。」

 

「私もよ。これで学校の予算も楽になるわ。本当にありがとう。」

 

ミカさんはかなり図々しい性格のようだ。すでにアタッシュケースの蓋を閉めて取っ手を握りしめていた。それを見て桃花さんも素早くアタッシュケースを確保した。そんなことしなくても「やっぱりやめた。返して欲しい。」などとは言わないのに。やはり、金の魔力は恐ろしいもののようだ。2人とも目をギラギラさせて誰にも取られないようにアタッシュケースを抱え込んでいた。これで、継続高校は西住さんの手に落ちたも同然だ。彼女たちは西住さんに借りを作ってしまった。これで西住さんは継続高校を思いのままに操れる。 西住さんは一滴も血を流さずに継続高校を自らの味方に引き入れることにほぼ成功したといっても過言ではないだろう。西住さんの悪魔の辣腕には脱帽だ。さすがとしか言いようがない。この話題は私たちが今日宿泊するホテルで休憩を取った時にも話題になった。最初に口を開いたのは秋山さんだった。

 

「それにしても、必死でしたね。ミカさんも桃花さんも。あれは滑稽でしたよ。あははは!」

 

「そうなるのも仕方ないだろうな。もともと、継続も財政的には厳しい。戦車道チームなんかは常に金ばっかりかかる金食い虫だ。何としても金を手に入れたいという気持ちは分からなくもない。」

 

「それにしてもみほさんはいいところに目をつけたものです。さすがと言えますね。血を流さずに継続の権力と武力を手に入れたも同然なんですから。ふふふふふ。」

 

「そうですね。これは大きな収益ですよ。何よりも血を流さなかったことは大きいです。」

 

「そうだな。血を流さなかったというのは評価していいかもしれない。だが、ミカさんは策士で手強い。どう動くつもりなのか注意深く監視する必要があるな。ミカさんは外交に失敗したら敵になる可能性もある。あの人は恐らく恩を返すとかそういうことは考えない。あの人の気の向くまま動くという感じの人だ。継続に関しては決して盤石ではない。せめて、継続に大使館のようなものを置けたらいいのだが。」

 

「大使館ですか。西住殿に相談してみるといいかもしれませんね。」

このような会話を交わしてしばらくホテルで休憩がてら過ごした後、私たち4人は学園艦中央部の会議所に向かった。そこが今回の会議の会場である。中に入ると何個も会議室が並んでいた。その中の1室一番奥の部屋が和平交渉の会場だ。私は一つ深呼吸をして扉を開ける。中に入ると2人のアンツィオの生徒が待っていた。

 

「こんにちは。アンツィオ高校で今回交渉の全権を務める依田奈央です。」

 

「同じくアンツィオ高校副使の田上結衣です。」

 

アンツィオ高校の使者は手を差し出した。私たちはその手を取りながら挨拶を交わした。

 

「大洗女子学園反乱軍全権の冷泉麻子だ。」

 

「私は、軍事部門の専門交渉官、秋山優花里です。」

 

「副使の直下璃子です。」

 

「私はカエサルだ。私自身は交渉には加わらないが、アンツィオ高校に問い合わせたいことがあって来たんだ。」

 

カエサルさんの言葉に依田さんは首を傾げながらいった。

 

「何でしょうか?」

 

「人を探していてな、落合陽菜美っていう生徒を知らないか?」

 

「落合陽菜美!?」

 

「知ってるのか!?無事なのか!?生きてるのか!?かけがえのない友達なんだ!教えてくれ!」

 

カエサルさんは依田さんたちにすがりつく。

 

「知ってるも何も、その人は私たちの上司です。いやはや、まさかここで出会えるとは思わなかったですよ。陽菜美さんからも頼まれていたんです。大洗女子学園に親友がいるから安否を確認してきてほしいって……陽菜美さんはアンツィオ高校を危機から救おうと大変な任務を担ってくれたいわばヒーローですよ。今日だって本当は継続に来て直接あなたたちに聞きたかったみたいですが、数万のアンツィオ市民を救うための仕事で来れませんでした。それだけ陽菜美さんは偉大な人です。カエサルさん、大丈夫です。陽菜美さんは無事です。生きてます。安心してください。」

 

依田さんは優しく微笑みながら言った。それを聞いて安心したのか床にへたり込んでカエサルさんは大粒の涙を流しながら言った。

 

「よかった……本当に……よかった……」

 

私は久しぶりに心が温かくなった。カエサルさんの友人を心から心配する姿も敵であるはずのカエサルさんをアンツィオ高校の使者が温かく対応したことも戦争と殺戮で荒んだ心を癒していった。これはまさに敵ながらあっぱれである。さて、心が温かくなったところで私たちはカエサルさんをホテルに帰して本題に入った。だが、ここからは慈悲も何もない外交という名の戦争だ。私はここまでの道中考えに考えた結果、今回の交渉では感情を押し殺して冷徹で冷酷な外交を貫くことに決めていた。そちらの方が幾分楽になる。余計な慈悲が入ると辛くなる。それに、私自身の命のためである。この交渉、失敗したら私の命は無さそうだ。期待してくれているアンチョビさんやアンツィオには申し訳ないが背に腹は変えられない。私は西住さんに命じられた私の仕事をしよう。鬼になろう。そう決めていた。私はひとつ大きく深呼吸すると腕を組みながら口を開く。

 

「さて、それでは本題に入ろうか。話に入る前にこれを読んで欲しい。私たちの隊長から提示された交渉の条件だ。」

 

私は依田さんに要求書を手渡した。依田さんはそれに目を通してまっすぐ目を私の目を見て静かながらも怒りに満ちた声で言った。

 

「あなたたちは私たちアンツィオをバカにしているんですか?こんな要求到底受け入れられません。」

 

予想通りの反応である。この要求で「はい、そうですか。わかりました。」という者はいないだろう。

 

「そうだろうな。私たちとしてもこのまま受け入れられるとは思っていない。実は西住隊長からは無条件降伏の条項については削除してもいいと言われている。」

 

依田さんは私が理解を示し、無条件降伏条項の削除について同意したことに感謝の意を表した。

 

「そうですか。ご理解いただきありがとうございます。では、無条件降伏条項を削除してください。これでは交渉の余地もありません。」

 

「わかった。ならば、無条件降伏については削除しよう。それで、そちらの条件は何だ?もっとも、こちらとしては今提示した無条件降伏条項以外の条項の削除や変更に応じるつもりはない。その私たちが提示した要求の範囲内ならば応じる。」

 

私は静かながら強い口調でそう言った。すると、即座に依田さんは私に抗議を行った。

 

「そ、そんな!それでは交渉もクソもないじゃないですか!」

 

依田さんはかなり怒っている。冷静ではない。外交の担当者にしてはあまり有能とは言えないかもしれない。感情的になる人は比較的コントロールが楽である。このままどんどん追いつめて搾り取ろう。依田さんには申し訳ないが私の命のためである。依田さんには申し訳ないが決定的な事実を突きつけて切り崩しにかかるとしよう。

 

「負けたのに……か?」

 

「え……?」

 

依田さんは呆けた表情になった。私は更に畳み掛ける。

 

「ん?私の言っている意味がわからないのか?君たちは私たち大洗女子学園反乱軍に負けたのにまだそんなことを言っているのか?君たちは何か勘違いをしているようだが、君たちアンツィオは敗れて私たち大洗女子学園反乱軍が勝利したんだ。君たちはもう少し自分たちが置かれている状況を理解した上で行動した方がいいんじゃないか?君たちの命運は尽きたんだ。本来なら無条件降伏とすべきところを今回は条件付きの降伏に応じている。これは最大限アンツィオに配慮した結果だ。」

 

「そんな……あんまりですよ……」

 

大分ダメージを与えられたようだ。あともう一押ししておこう。この要求書を全て履行させるためには完全に心を折らなければならない。

 

「外交とはそういうものだ。私は、大洗女子学園反乱軍の全権としての責任がある。悪いが、こちらは君たちから搾り取れるだけ搾り取るつもりだ。それが嫌なら戦争を続けてもこちらとしては構わないぞ?君たちの抗戦意欲や体力が続けばの話だがな。私の目から見れば今のアンツィオにはそんな体力はとても残っていないと思うが……あ、そうそう。私の話を聞いて抗戦を決意したのならば一つ伝言だ。西住隊長はこの交渉がまとまらなかったら君たちの学園艦アンツィオを灰にしてやると明言している。アンツィオがこのまま戦争を続けるというのであれば私に止める権利はない。それは君たちの選択だからな。だが、その選択をするのであれば私たちの前に君たち自身と友達の焼死体を晒すことになる覚悟だけはしておくべきだ。明言しておこう。もしも抗戦するなら私たちは1週間以内にアンツィオの地上にある建物は全て焼き尽くす。今この瞬間も爆弾や焼夷弾は24時間体制で生産され続けている。アンツィオを焼き尽くすなど赤子の手を捻るようなものだ。全てを焼き尽くされてもなお勝利を信じて終わりのない戦争を戦うか、それともこの要求を全て呑んで降伏するか。どちらがいいのかより良い道を選択することだな。君たちにはあまり多くの時間は残されていないぞ。」

 

私は手を組み、机に置きながら淡々と厳しい言葉を並べた。会議室にはしばらく沈黙が続いた。

 

「わかりました……当局に問い合わせ検討するので今日のところは一度案件を持ち帰らせてください……その上で明日こちらの条件と回答を提示させていただきます……」

 

「わかった。明日また返事を聞こう。」

 

依田さんと田上さんは青い顔をして震えている。

 

「そんな……ひどい……私たちはどうすれば……これが……戦争……」

 

依田さんと田上さんは青い顔をして震えていた。私はそんな2人を横目に立ち上がる。

 

「では、また明日、ゆっくり話し合おう。君たちが懸命な選択をすることを祈っている……秋山さん、直下さん行こう。」

 

「は、はい。わかりました。」

 

「わかりました。冷泉殿。」

 

これでアンツィオの外交担当に多大なダメージを与えたはずだ。私はこの交渉の成功を確信していた。彼女たちは確実に降伏する。それは間違いない。アンツィオには悪いが、私が生き残るために犠牲になってもらうことにしよう。私たちは会議室の扉を開けて会議室を出た。その時に私は背中に鋭く刺さる視線を感じた。視線の方向を見ると田上さんが鬼のような形相で私たちを睨みつけていた。

 

「鬼畜な女悪魔め……」

 

田上さんの声が聞こえてきた。悪魔。そう言われても仕方がない。私はそれだけ人で無しなことをしているのだ。私は田上さんたちにとっては悪魔のほかに何者でもないだろう。私はいたたまれなくなって会議室の扉が閉まる直前誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。

 

「すまない……これが……戦争なんだ……」

 

1日目の和平交渉はこうして終わっていった。

 

つづく


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