血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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混乱させてすみません。
意外と更新できそうなので更新しておきます。


第101話 診療

みほは蕩けた顔をして次々と積み上げられる囚人たちの遺体を眺めていた。

 

「ふふふふ……哀れだなあ。生徒会になんかついて行くからこんなことになるんだよ?恨むなら自分の間違った選択を恨んでね。もし次の人生があるのならその時は選択を間違わないようにしないとね。あ、そうだ。みんなのお友達や家族もすぐにみんなのもとに送ってあげるから安心して。ふふふふ……あははは!」

 

みほは積み上げられた遺体のうち、一人の少女の遺体の頭を足で踏みつけながら蔑み、嘲笑った。ちょうどみほと同じくらいの年齢である。みほは悪魔のように高笑いしながら何度も何度も繰り返し遺体を踏みつけた。しばらく、まるで波止場に足をかけるかのように遺体に足をかけながら遺体の山を処理する作業を眺めていたみほだったがやがてその作業に対する興味を失ったのか、麻子の方に向き直りバインダーに挟まれた記録用紙を覗き込む。

 

「麻子さん。しっかり記録した?大体ここまでどのくらいかかったかな?」

 

「ん……?そうだな……大体ここまで1時間10分くらいだ。」

 

麻子は全く元気のない声で答えた。みほは顎に手を当てて少し考えながら口を開いた。

 

「えっと、今日は余裕を持たせて400人で4台のガストラックを使ったけど本当は1台で150人を一度に処理する性能を持つガストラックだから4台で一度に600人処理する性能を持つ。そうすると1日に何人処理できるかな?えっと……処理そのものは1時間、でも片付けに2時間くらいかかってまた次を集合から移送まで1時間くらいかかるとして……1回の処理が全部終わるのが4時間、1日に最多で6回かあ……これだけだとちょっと少ないな。1日に1800人の処理しかできないよ。やっぱり色々方法は組み合わせたほうがよさそうだね。これからどんどん囚人たちが増えるだろうし、特別処理もきっと増えるもんね……ふふふ……」

 

みほの言葉に囚人たちが人間であるという意識は微塵も感じられない。みほの関心ごとはいかに早く大勢を殺戮できるかという一点のみであるのだから当然のことである。麻子は淡々と計算して殺戮の効率化を図るみほを目の当たりにして何度目かの喉元を鋭い刃物で撫でられるような恐怖を味わっていた。

 

「西住さん。もういいだろ?私は本来、今日休みの予定だったんだ……休ませてくれ……」

 

麻子は一刻も早くこの目の前に展開される地獄から逃れたくてみほに願いを申し出た。どうせ意地悪なみほのことだ、この願いは却下される。麻子はそう思っていたが現実は違っていた。意外なことにみほはその申し出に対して許可を出したのだ。

 

「うん。もう大丈夫だよ。来てくれてありがとう。あとで結果をまとめたレポートを提出してね。私はもう少しここの様子を見ていくね。」

 

みほはそういうと赤星を呼んで、麻子が帰る旨を伝えて誰か看守を麻子の警護につけるように要請した。ここを麻子一人でうろつくのは自殺行為である。特に小柄な麻子は囚人たちに襲われればひとたまりもないだろう。麻子には囚人から襲撃を受けても仕方がない十分すぎる理由がある。一応拳銃を所持はしているが、もしものことを考えれば複数人で行動するのが妥当だった。麻子は小銃を手にした4人の看守に守られて強制収容所の出口に向かうことになった。麻子はよろしくと言う気持ちを込めてぺこりと頭を下げる。すると4人も同じように頭を下げてそれぞれ前に二人、後ろに二人の配置につき麻子の歩調に合わせて歩き始めた。しばらく歩いてちょうど先ほど病気の囚人たちが収容されていたところに差し掛かった。中からは相変わらず苦しそうなうめき声が聞こえてくる。麻子はそのバラック小屋から目を逸らして足早に立ち去ろうとした。すると、麻子の目の前に集団となって囚人たちが立ち塞がった。何事かと麻子は後ずさり、代わりに小銃を構えた看守が躍り出る。囚人たちも負けじと一人の少女が前に出た。彼女は麻子たちを一瞥すると麻子の目を見つめて訴える。

 

「収容所職員の皆さん……私たちが何をしたというんですか!何で私たちはこんな目に遭わなければならないんですか!私たちがどんな罪を犯したというのですか!ここにいる者たちは皆毎日の過酷な労働で体を壊した者ばかりです!それだけじゃない!私たちの知り合いでこの収容所で殺された者は沢山います!なぜ彼女たちは死ななければならなかったんですか!もうやめてください!もう私たちを殺さないでください!虐待しないで!私たちを解放してください!」

 

麻子は心を激しく揺さぶられた。このような状況で自分が殺されるかもしれないのに関わらずそんなことを訴えることができるなんてなかなか骨のある人物だ。だが、麻子にはどうすることもできない。麻子は銃を構える看守たちに銃を収めさせると、囚人たちに向かって頭を下げた。

 

「申し訳ないが、私はおまえたちを解放させる権限を持ち合わせていない。おまえたちの言い分はよくわかった。上に伝えておく。だが、こうして直接訴えることは今後一切やめろ。皆殺しにされるぞ。」

 

麻子はそれだけ言うとその場を立ち去った。その時、彼女たちは検討してくれることに対しての謝意を述べていた。だが、彼女たちは数日のうちに殺されるのだ。彼女たちの運命はすでに決定されている。麻子は彼女たちのために優しい嘘をついた。その選択は本当に正しかったのだろうか。麻子は心を引き裂かれそうになり、とにかく早く強制収容所の外に出ようと早歩きで門に向かった。大きな門が轟音とともに開く。麻子は再び4人に向かってありがとうの気持ちを込めてぺこりと頭を下げて、収容所の重たい門が閉まったのを見届けてから立ち去った。兎にも角にもこの陰鬱で悲惨な収容所から一刻も早く離れたくて早歩きで歩いた。麻子は歩きながらこの後の行動を考えていた。このまま、外で行動するのもいいが、あの虐殺を見てしまったのであまり気乗りしない。しかも、空を見てみれば今にも降り出しそうな空をしている。あの収容所のような陰鬱な空だ。今日は外にいるだけで収容所の雰囲気が伝わって来そうでとても外に出て行動をしようとは思えない。こうなってはもう麻子の頭の中の選択肢は一つしかなかった。麻子はそのまま研究室に直行して鍵を開けると電気もつけずに敷きっぱなしだった布団に潜り込んだ。布団に入ると何だかホッとする。布団の中だけが唯一気を使うことなく嫌なことも何もかも本当の自分を晒け出せる場所だった。麻子はうつ伏せで布団に顔を押し付けて誰にも聞こえないように叫ぶ。

 

「なんで!なんでだ!なんでこんなことになっているんだ!おばあ、沙織、五十鈴さん。助けてくれ……もう嫌なんだ……虐殺なんかしたくないのに……でも、命令を聞かなきゃ私が殺される……どうすれば……どうすれば……」

 

麻子は顔をくしゃくしゃにして泣いた。麻子の顔と布団は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。麻子はしばらくずっと顔を布団に押し当てていた。やがて、麻子の意識は遠のいた。麻子はそのまま眠りに落ちた。

 

麻子が起きたのは夕方だった。結局、夕方まで眠ってしまったらしい。時計の針はもう17:00を指していた。せっかくの休暇は結局何もしないまま終わってしまった。せめて本でも読もうとむくりと起き上がり、電気をつけて本棚を漁っていた時だった。遠慮気味に部屋をノックする者がいた。すっかり目が覚めていた麻子はもはやその来訪を忌避する必要はない。「はい。」と返事をして扉を開けた。そこには珍奇な格好をした4人組が立っていた。一人は軍帽に軍服を羽織り、一人は紋付の羽織りを身につけ、一人は弓道の胸当てをつけ、一人は赤いマフラーを身につけていた。カバさんチームの面々だった。

 

「全員揃ってどうしたんだ?」

 

麻子が尋ねると軍帽を被り軍服を着こんだエルヴィンが4人を代表して来訪の訳を話した。

 

「実は、最近カエサルの調子がおかしくてな。相談に乗って欲しくて来たんだ。確か冷泉さん、保健衛生の担当もしていただろ?」

 

確かに麻子は保健衛生の担当であるからエルヴィンたちの来訪の理由は正当である。だが、この研究室に患者のカエサルはもちろん他のメンバー誰一人として入れるわけにはいかない。こんなホルマリンの臭いが充満した部屋で臓器に囲まれながら診察をしては患者をいたずらに増やすだけのような気がした。幸いにも保健衛生担当だけあってしっかりとした診療室があるのでそこに行ってもらうことにした。

 

「ああ、そう言うことか。わかった。じゃあこの中は座る場所がないからあそこの一番奥の部屋に診療室という部屋があるそこに行ってくれ。私もすぐに行く。」

 

麻子は指で奥の方を指し示す。エルヴィンは麻子が指し示す方角を見て頷き、了解した旨を麻子に伝えた。

 

「わかった。手間をかけてすまないな。」

 

「気にするな。」

 

麻子はエルヴィンたちの姿を見送って研究室のキーボックスから鍵を取り出し診療室へと向かった。そして、診療室の鍵を開けてカエサルたちを招き入れる。患者であるカエサルを椅子に座って麻子自身もちょうど病院のような位置関係で椅子に座った。麻子は早速カエサルに対して問診を始めた。

 

「それで、一体どうしたんだ?いつどんな症状なのか具体的に話してくれ。」

 

カエサルはなぜか俯いて先ほどから一言も話さない。とうとうエルヴィンがしびれを切らして代わりに話し始めた。

 

「カエサルがおかしくなったのはアンツィオ高への攻撃成功の祝勝会の最中からだ。急に元気が無くなったんだ。最初は調子でも悪いのかと思ってた。でも、なんかそう言うわけでもなさそうなんだ。確証は持てないが……だが今までの病気の時とは全く違う。風邪やインフルエンザだった時なんかでも歴史のことを話している時だけは苦しそうにしながらも目を輝かせて話していたもんだ。でも、今回ばかりは違う。カエサルが大好きなローマ史を話しても上の空で明らかに様子がおかしいんだ。」

 

エルヴィンの話を聞いて、これは単なる病気というわけではなそうだと言うことは察しがついた。これは一度カエサルと二人だけで話した方が良さそうである。

 

「エルヴィンさん。一度カエサルさんと二人で話したい。全員一度退出してほしい。」

 

「わかった。」

 

麻子はエルヴィンたちが外に出たのを確認して震えるカエサルの手を取りながら優しく語りかけた。

 

「カエサルさん。誰かに知られるのが嫌なら私は秘密を守る。誰にも言わないから安心して話してくれ。何があったんだ?」

 

カエサルは俯きながらしばらく麻子の言葉に返答をしなかった。麻子はカエサルが話す気になるまでずっと黙って粘り強く待っていた。長い間沈黙が続いた。カエサルはずっと俯いていた。カエサルの顔からは疲労がうかがえる。

 

「実は……アンツィオに私の親友がいるんだ……ひなちゃんって言うんだけど……彼女戦車道をやっているんだ……祝勝会の日、知波単のパイロットに聞いたら、戦車倉庫とか戦車道関連施設も攻撃したって言われて……もし、ひなちゃんが……ひなちゃんが死んじゃったらどうしよう……」

 

麻子はカエサルがまだ話している最中にも関わらず思わず抱きしめた。カエサルは驚いた顔をしている。麻子は涙を流しながらカエサルの背中を撫でた。

 

「親友同士が敵同士ってわけか……沙織と敵同士なんて私なら耐えられない……辛かったな……私にできることならなんでも相談してくれ……いつでも時間を作ってやる……」

 

麻子の優しい言葉に泣いていたカエサルは涙を拭きながら何度も礼を言った。この時麻子はカエサルのためならなんでもしてやろうと思った。友達と言える人物があまり多いとは言えない麻子にとって友人が敵同士という事態はどういうことなのか気持ちが痛いほど理解できたからだ。しかし、この時麻子はまだ知らなかった。この麻子の決心がこの先麻子に命をかけた選択を迫るということを。

 


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