血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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久しぶりに本編です。
久しぶりのみほの狂気をお楽しみください


第100話 殺戮機械

夜が来た。麻子と華、そして沙織は研究室に戻ってこれからの方針について密談を行なっていた。時計は夜の19:00を指している。その時だった。何やら廊下が急に騒がしくなった。多くの人が階段を駆け上がる音が廊下に響いてくる。こんなことは珍しい。何事かと思っていると廊下を誰かが駆けてくる音が響いてきた。そしてその音はだんだん近くなり、麻子の研究室の前まで来て止みそれと同時に研究室の扉を叩く音が聞こえてきた。麻子が応答するとおもてに澤梓が立っていた。

 

「冷泉先輩!あ、五十鈴先輩に武部先輩もいますね。ちょうど良かったです。ちょっと来てくれませんか?」

 

麻子たちは身構えた。もしかして、もう計画が露呈したのであろうか。麻子は一つ唾を飲み込む。

 

「梓か。どうした?何か問題でもあったか?」

 

「いえ、特に問題は起きていません。ただ今日のアンツィオ焦土化作戦の祝勝会のお誘いですよ。隊長がまたご馳走してくれるみたいですよ。もちろん、最前線に配属されているみなさんも交代で食べにきます。隊長はそこのところは差別しないですからね。この時間はちょうど私たち幹部クラスと戦車隊と赤星さんたちそして今日の主役である航空隊のみなさんの時間です。まあ、航空隊の皆さんは多分全ての時間帯でいるとは思いますけどね。」

 

「そうか。そういうことなら行く。」

 

麻子は胸をなでおろしつつ沙織と華の方を見た。沙織と華はどうするべきか迷い明らかに戸惑った表情をしている。理由は簡単だ。今さっきみほの恐ろしい真の姿を伝えたばかりである。そんなことを聞かされて進んでみほの主催する祝勝会に行こうなどという者はRPGの勇者一行ならいざ知らず、現実世界ではいないだろう。沙織と華の反応は当然の反応であった。麻子はその後に言おうとした祝勝会に出席するか否かの確認の言葉を飲み込む。

 

「五十鈴先輩と武部先輩はどうしますか?」

 

梓は麻子の研究室を覗き込む。麻子は梓に部屋の中を見られないような位置に少し体を移動させて華たちの表情や部屋の様子から梓に察知されては大変だ。梓から研究室の中の様子を見えないように遮った。

 

「梓、すまないが私たちは今、西住さんと私たち研究員しか知り得ない極秘の実験の真っ最中なんだ。死にたくないならこれ以上ここにいることはお勧めしないな。」

 

梓は麻子の言葉を聞き、蒼い顔をして慌て始めた。そして、自分がここにきたことは絶対に誰にも言わないでほしいと強く懇願して急いで走り去っていった。麻子は無表情でそれを見送り、誰もいないことをきっちりと確認し扉を閉め、沙織と華の方を向き直る。

 

「危なかったな。私も久しぶりに死の恐怖を感じたぞ。梓は反逆者を取り締まる秘密警察部隊を率いているんだ。梓にこの計画を感づかれて捕まったら命がないぞ。良くても絶滅収容所送りだ。気をつけろ。私たちはまさに西住さんを止めるための研究、すなわち反逆を計画しているんだからな。」

 

華と沙織は麻子の警告に対してそれぞれ違った反応を示した。華は落ち着いた様子で受け入れ、「わかりました。」と返事をした。しかし、沙織は違っていた。沙織を見ると蒼い顔をして震えながらただ怯えた表情をして何度も頷いている。麻子もまた、華と沙織それぞれに対して違う印象を抱く。沙織に対しては怖がらせてしまったことを後悔して申し訳なく感じていた。しかし、華に対しては全く別の感情が芽生えた。それは恐怖だった。華のあまりにも強い何物にも動じない胆力が麻子には理解できなかった。麻子自身はもはや残虐は日常茶飯事で慣れてしまい、感覚が麻痺しているので何も感じなくても仕方がないことかもしれない。しかし、華は違うはずである。華はまだこの状況に慣れていないはずなのにまるで何も感じていないかのような顔をしている。それが怖くて仕方なかったのだ。しかし、麻子は表情に現さない。無表情のまま二人を見つめていた。

 

「それでだ。二人は祝勝会に参加するのはあまり気がすすまなさそうだな。」

 

麻子の言葉に二人は素早く反応する。

 

「そんなの当たり前じゃない!みぽりんがそんなことしてるって聞かされて冷静にご飯なんて食べられるわけないわよ!どんな顔してみぽりんとご飯食べればいいのよ!」

 

「そうですよ。みほさんが犯した罪はあまりにも酷い話です。こんな状態でご飯なんてとても美味しく食べられません。」

 

二人の気持ちはよくわかる。確かにみほの蛮行を聞かされて美味しく食事をできるなんて言う人はいないだろう。しかし、連れて行かなければ彼女たちの身の安全に関わる。反逆の兆候ありと認識されたら命の危機だ。反逆者として処刑される可能性もある。心苦しいが何としても説得しなくてはならない。

 

「気持ちはわかる。だが、行かないと二人の命は保証できない。怪しまれたらおしまいだ。西住さんは容赦ない。どれだけ仲の良かった友達であっても怪しいと思ったら処刑することなどなんとも思わない。むしろ西住さんは躊躇することなく笑顔で喜んで殺す。私は二人を西住さんの魔の手から守るためにここに呼んだ。だから頼む。頼りないかも知れないが私に二人を守らせてくれ。私を信じてくれ。」

 

麻子の必死の説得になんとか二人とも納得してくれたようだ。何も言わずに頷いてくれた。麻子は二人に何度も礼を言った。

 

「ありがとう。信じてくれて本当にありがとう。」

 

麻子は白衣を着たまま、廊下に出て二人に部屋から出るように促す。沙織と華は躊躇いつつ小さく足を踏み出した。二人が研究室の外に出たことを確認すると研究室の鍵をかけた。

 

「よし。それじゃあ行くぞ。くれぐれも普段通りに何事もなかったかのようにやり過ごすんだ。疑われないようにな。」

 

「わかりました。」

 

「わかってるわよ。麻子。」

 

麻子は二人に気を引き締めるように言って会場になっている大部屋へ向かった。足取りはとてつもなく重い。麻子の頭の中にアンチョビの悲痛な声と苦悶する顔が蘇る。今から麻子は交流するうちに掛け替えのない存在になっていたアンチョビが何よりも怒り狂い、憎むであろう行為をさせられるのだ。自分が生き残るための偽りの顔とはいえ、アンツィオ焦土作戦の成功とアンチョビたちの同胞たちが死んだことをみほたちとともに祝わなければならない。心臓を握りつぶされるようなとてつもなく大きな苦しみが麻子を襲った。本当ならばすぐにでも逃げ出したかった。でも、それはできない。逃げてもみほは地獄の果てまでも追いかけてくるだろう。さらにそれ以上に怖いことは逃亡したことへの報復として祖母の久子に危害が加えられる可能性があるということである。麻子はみほに今まで一度も祖母の存在を知らせたこともないのに名前から現在の状態に至るまで冷泉家の情報を、みほは麻子を攫い、脅して協力を迫った時点で全て知っていた。いったいどんなカラクリが働いているかは麻子に知る術はないが、少なくともみほには情報が筒抜けであることは理解できる。そのような状態ではとてもではないが逃走を図ることはできない。麻子は悔しそうに唇を噛みながらうつむき気味に廊下を歩いていた。長い廊下をしばらく歩くと階段が見えてきた。この階段を上って三階に行けば大部屋がある。三人は重い足で一歩一歩階段を上って行った。三階に着くと大部屋を目指す。大部屋の入り口は一番奥にあった。麻子はなるべくゆっくりとその廊下を歩いた。そして、部屋の前について唾を一つ飲み込み、沙織と華に目配せをすると扉を開けた。部屋の中にはもう大勢の仲間が集まっていて、主催者であるみほも、参加した仲間たちに挨拶と祝勝会に参加してくれたことへの謝意を伝えていた。みほには複数の顔を持っていた。無慈悲な軍人としてのみほ、冷酷であるが演説の天才で人々を煽動する力を持つ独裁者としてのみほ、そしてもう一つが優しい年相応の女の子としてのみほだ。みほはその三つの顔を駆使して人の心を操る天才でもあった。この祝勝会ではみほは年相応の女の子としての顔を見せている。皆を労り、優しく接している。みほは、麻子たちに気がつくと手を振って優しく笑いながら近づいてきた。

 

「あはは。麻子さん白衣で来たの?あ、みんなもいるんだ!いらっしゃい!ゆっくりしていってね。料理もたくさん用意したし、みんなの為に最高級の食材を使っているからたくさん食べていってほしいな。あ、麻子さん。デザートもたくさんあるからね。華さんは食べすぎちゃダメだよ。みんなの分もしっかり取っておいてね。沙織さんは料理上手だから評価が辛口だって聞くけど沙織さんも楽しんでね。」

 

「ああ。白衣は私の存在意義でもあるからな。お招きありがとう。お言葉に甘えて今日はたくさん食べさせてもらう。デザートもあるのか!楽しみだ。」

 

「料理、どれも美味しそうで目移りしちゃいます。」

 

「みぽりんの用意した料理の味、しっかり見させてもらうわ!」

 

みほは三人の反応を見て満足そうに微笑み、もうすぐ始まるからそれまであと少し待っていてほしいと伝えて離れていった。麻子はみほが自分たちのの反応で計画を察知しないか心配だったがその心配は杞憂に終わって、麻子は胸を撫で下ろした。しばらくすると、この時間帯に参加する予定の全員の参加が確認されたようで、みほが演題に立った。みほの顔は先ほどの優しい女の子の顔から演説の天才の顔に変わっていた。参加した皆はおもいおもいにおしゃべりをしていたが次第に参加者たちの声が小さくなっていく。そしてみほは完全に場が静まったことを確認すると口を開いた。

 

「私と意思を共にし、私のために命をも投げ出す親愛なる同胞諸君。今日、諸君は歴史的瞬間に立ち会った。我々がここ大洗女子学園にいや、いずれは全学園艦に本当の幸福をもたらすための歩みはまた一つ進んだ。我々はこの大洗女子学園から角谷杏政権という裏切り者を追放し健全なる政権を樹立することを目指し戦い、我々が理想とする真の幸福を目指すイデオロギーを大洗女子学園に浸透させる。それが我々の崇高な目的である。この戦いは正義の戦いだ。そして今日という日はそれを達成するため、それを阻む者たちに怒りの一撃が下された日だ。生徒会は我々が慈悲を持って降伏勧告を行ったにも関わらず、それに応じずいまだに抵抗を続けている。愚かなる生徒会は滅ぼすべき悪である。では、アンツィオはどちらか。私はアンツィオに援軍を求めなかった。彼女たちの懐事情を理解していたからだ。ならアンツィオは我々に支持を表明したのか?答は否だ。アンツィオは沈黙した。すなわち、我々の味方ではない。敵だ。憎むべき敵だ。なぜそんなことが言えるのか?答えは単純だ。アンツィオ高校の戦車隊隊長である、安斎千代美は敵の角谷杏とは友人であるという有様だ。アンツィオはいずれ我々を討たんとするだろう。つまりアンツィオも悪である!アンツィオは我々の崇高な目的たる健全な政権樹立を沈黙という名の拒否をした!我々を拒否したのだ!正しい道を拒否したものには指導しなくてはならない!不正な道を進んでいるのにもかかわらず、それがわからないものにはどんな犠牲が伴おうとも正しい道に戻さねばならないのだ!我々は愚かな現アンツィオを否定する!我々は脅威を取り除きアンツィオに本当の幸福をもたらす!我々はアンツィオに爆弾の雨を降らせ一度全てを焼き尽くしアンツィオのならず者を滅ぼし新しいアンツィオを我々の手で作り直すのだ!それが今回のアンツィオ焦土化作戦の目的である!この作戦は我々の崇高な目的を達成するための聖戦である!そして、今回その重大な任務を担ったのが……知波単学園連合航空隊の諸君だ!今回は彼女たちの奮戦をたたえ、感謝の意を表し、皆の交流を図ることが目的である。さて、この場でペラペラとこれ以上話すのはもうやめようと思う。今日は無礼講だ。皆、たくさん食べてたくさん交流してほしい。今まで、話したことがないもの同士も交流し、新たな友情が芽生えることも期待している。では、諸君手元のグラスの用意を……では、アンツィオ焦土作戦の成功を祝して乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

みほは言葉に抑揚をつけ大げさな手振りや身振りで全身全霊で人々に訴えかけた。その効果は覿面であった。演説は人々を熱狂させた。麻子も思わず熱狂に飲み込まれ、アンツィオ焦土化作戦を正当化しそうになってしまった。麻子は乾杯をしたコップに注がれたオレンジジュースを飲み干した。この祝勝会は立食パーティー形式で行われ真中に料理が置かれている。辺りを見回すと皆、おもいおもいにおしゃべりをして、祝勝会を楽しんでいた。沙織はうさぎさんチームに連れていかれ、華も知波単の生徒たちに話しかけられている。二人とも麻子の忠告をしっかり守ることができているようだ。麻子は安心して、せめてこの場だけは楽しもうと割り切り、料理を取りに向かった。さすが、みほ自慢の逸品を揃えただけのことはある。どれも最高に美味しくて頰が落ちそうになった。

 

「美味いな。」

 

麻子が食事を頬張っていると麻子のそばに人がたくさん集まってきた。どうやら白衣という珍奇な格好が人目を引いたらしい。皆、物珍しげに麻子を見ていた。私は見世物じゃない。そう言おうとした時だった。麻子に話しかける人物がいた。黒髪でちょうどみほくらいの髪の長さの少女だった。

 

「お疲れ様です。少しお話、よろしいですか?」

 

「ああ。お疲れ様。ああ。いいぞ。」

 

「ありがとうございます。知波単学園二年生、第二知波単艦上戦闘機航空隊の谷川勝子です。どうぞよろしくお願いします。」

 

「うん。よろしく。大洗女子学園二年で特殊研究室主任研究員の冷泉麻子だ。」

 

挨拶もそこそこに、谷川は興奮気味に今回の作戦についての感想を述べた。

 

「私、今回の作戦は零戦で参加したんですけど、とっても興奮しました!戦車道なんかと違って航空道はペイント弾を使用するので実弾を撃ったのは初めてなんです!」

 

 

「そうか。今回の戦いでは皆、奮戦して作戦は大成功したと聞いている。おめでとう。谷川さんはどんな戦いをしたんだ?教えてくれないか?」

 

麻子は表情一つ変えずに言った。すると、谷川は懐から一枚の航空写真を取り出した。

 

「私は、陸軍派の爆撃機の護衛と爆撃の後の任意目標に対しての機銃掃射が任務でした。アンツィオ上空までは爆撃機の護衛をしていましたが、アンツィオ到着後は高度をとって爆撃を見守った後、急降下して任意目標を探して攻撃しました。」

 

「なるほど。それで戦果はどんな感じだ?」

 

谷川はますます興奮した表情をして瞳をキラキラと輝かせて自分が果たした仕事を話す。麻子が戦果について尋ねると、谷川はよくぞ聞いてくれたという表情をして、航空写真を指差しながらまくしたてるように話した。谷川の興奮は最高潮に達した。

 

「はい!それがいい攻撃目標を見つけられたんですよ!上空を旋回して攻撃目標を探していたらちょうど爆撃した建物のあたりに、敵がたくさん集まっていたんです。もう急いでそこに向かいましたよ!他にとられちゃいけない。私の獲物だってね。それでババババッてやったんです!おもしろいものですよ。蜘蛛の子を散らすように逃げていく敵を機銃で撃ち殺すっていうのは。」

 

麻子は恐ろしくて仕方がなかった。目の前の少女はとても人を殺すような顔をしていない。むしろ優しげな少女だ。しかし、目の前の少女は敵を撃ち殺すのはおもしろいと言い放った。敵とはいえ生きた人間だ。生きた人間を殺戮することがおもしろいなど狂っている。

 

「そうか。本当にお疲れ様だったな。私は料理を取ってくる。また、機会があったら話そう。」

 

麻子は適当に言い訳をして谷川のそばを離れた。これ以上、アンチョビの同胞を殺し、それをおもしろいなどと言う人間のそばにいたくもなかった。麻子は少し早歩きで再び新しい料理を取りにいった。谷川から一刻も早く離れたかったからである。料理を取り終わり、再び皿を持ちながら食事をしているとまたたくさん人が集まってきた。一人にして欲しいという本人の思いとは裏腹に麻子と話をしてみたいと思っている人はたくさんいるらしい。麻子は話をしてみたいと集まってきた全員の願いを叶えた。しかし、その時間が麻子にとって苦痛であったことはいうまでもない。麻子と話したほとんどの人が狂っていたのだ。麻子のように自分の犯した罪を認め悔やんでいる連中ならまだ良い。だが、谷川のように自分のやったことを誇っている連中が多かったのだ。彼女たちの意識の中に生きた人間を殺しているという認識はなかった。まるでゲームを楽しむかのように自分は20人殺した、自分は数百人殺したと自慢していたのだ。しかし、彼女たちはもともとそのような性格であったかと言えばそういうわけでもなさそうな様子である。いずれも真面目そうだったり麻子と話している時は優しかったりと残虐な性格は微塵も感じられない人間がほとんどだった。彼女たちはまるで仕事でもするかのように人を殺していたのだった。彼女たちは任務の前に敵は人間ではないと徹底的に教育させられる。そして、その次に強制収容所での任務を経て実際に戦線に投入されるのだ。強制収容所は絶滅収容所であるから、毎日当然のように殺戮が行われる。徹底的な教育で殺戮に慣れさせる。それがみほの常套手段だった。彼女たちは知らないうちに洗脳されて一つの殺戮装置の歯車にさせられていたのである。そうして狂ったみほに忠実な僕たる人間が作られるのである。麻子は自らの狂気を自認しながらも戦慄を覚えた。彼女たちは現状を微塵もおかしいと思ってはいない。むしろ自分たちは正しいことをしていると思っているのだ。麻子は爆発しそうな感情をこらえ続けた。そしてなんとか爆発しずに祝勝会を乗り切ることができたのだった。祝勝会が終わった頃には麻子はすっかり疲れ切った表情をしていた。麻子も沙織も華もなんとか祝勝会を何事もなく乗り切ることができた。その後の麻子の記憶はほとんどない。半分眠った状態で研究室の隣の部屋を寝室に使ってほしいということといきなり色々あって疲れただろうし自分も休みたいので明日は休暇にすると華と沙織に伝え、研究室の扉をあけて衣服もそのままにベッドに倒れこみ死んだように眠ったのであった。

次の日の朝、麻子は休暇をいいことに朝寝坊を決め込んでいた。普段はみんなより少し遅い10:00くらいにみほに叩き起こされて渋々起きる麻子だが今日はそれよりも遅い時刻まで夢の中にいた。昨夜、華と沙織には眠た眼で休みだから自由に過ごして欲しいと伝えた。だから、今日は自分も大好きな睡眠を貪ってゆっくり過ごそうと考えていた。しかし、こんな日に限って麻子の研究室を訪ねる者がいた。廊下から足音が響いてきて麻子の研究室の前で止まり、三回ノックした。麻子はその時はあえて無視した。今日は休みである。応対したらどうせ面倒なことになりそうだと考えたからだ。しばらくすると今度は足音が去って行く音が聞こえた。なんとか追い払うことができた。

 

「悪く思わないでくれ……私は眠いんだ……」

 

麻子は眠たい目をこすり、もう一度眠り直そうと布団の中で丸くなる。再びウトウトし始めた頃、また同じような靴の音とノックが聞こえた。麻子はまたそれを無視した。麻子は意地でも起きたくなかった。今日は休みと設定した日である。休みくらい好きなように過ごさせてほしい。そう思って布団を頭からすっぽり被った。しかし、訪問者も諦めない。きっちり4分後に廊下に現れ、5分後に研究室の前に到達しノックしてくるのだ。ウトウトしては叩き起こされ、またウトウトして叩き起こされる。麻子にとっては拷問であった。そしてついにそれらのサイクルが100回になろうとした時、麻子は我慢の限界を迎え布団から這い出した。こんな拷問のようなことをする人物は麻子の思い当たる限りでは一人しかいない。麻子は眠たい目をこすりながら扉をあけてその人物と対峙した。

 

「やっと起きてくれたね。麻子さん。何度も訪ねてるのに気がつかなかったの?開けてくれないなんて酷いなあ。」

 

扉を開けるとそこにはみほが立っていた。みほはニコニコと笑う。麻子は何度も目をこすりながら半分寝たような状態で答える

 

「やっぱり……西住……さんか……何度も何度も……私は眠いんだ……ゆっくり寝かせてくれ……」

 

「ダメです。もうお昼だよ。さあ麻子さんちゃんと起きて。」

 

みほは麻子の額に氷を当てた。麻子はいきなり冷たい物体を頭に乗せられて思わず飛び上がった。

 

「ひゃっ!何するんだ……冷たいだろ……やめてくれ……」

 

「じゃあ起きてね。これ以上寝ぼけてると今度はもっと酷い目に合わせるよ。」

 

みほはドライアイスをトングのようなものに挟んで麻子に見せた。こんなものを額に乗せられて凍傷にされてはたまったものではない。麻子は渋々みほを部屋の中へ招いた。みほはくすくすと笑いながら部屋の中へ入った。

 

「それで、今日は何の用だ?」

 

麻子は不機嫌そうに椅子に腰掛けながらみほに尋ねる。

 

「ちょっと麻子さんに協力してほしいことがあってね。」

 

みほは困ったような表情をして数枚の写真をポケットから取り出した。

 

「なんだこの写真は。」

 

麻子はみほが取り出した写真を手に持って尋ねる。それは強制収容所の写真だった。そこには何十人もの囚人たちが虚ろな表情をして5段ベッドに押し込まれて寝ていた。いずれもついこの間まで同じ学校で学んでいた者たちばかりである。麻子はこの可哀想な囚人たちを見て心が締め付けられる感覚になった。

 

「この人たちはね、病気になったり怪我をしたりして働けなくなった人たちだよ。収容所では衛生状態は最悪だし、食事もろくなのが出ないから病気になっちゃう子が多くてね。それに体力もないから怪我をする子も多いの。それでね、これからもたくさん収容することになるだろうし、こういう子たちばかり置いておくわけにはいかないから処分(・・)しちゃおうと思ってね。それで麻子さんに協力のお願いに来たの。」

 

処分という言葉に麻子は戦慄を覚えた。要はこういうことである。みほは病気や怪我の影響で労働に使えなくなった人間を殺そうというのだ。そのようなことは許されない。この可哀想な囚人たちをなんとか救う手段はないだろうか。麻子は少しの間考える。そして、一つの策を思いついた。薬を使って治せばいいのだ。麻子の研究室には医薬品もたくさんある。それを使えば治すこともできる。麻子はみほに異を唱えた。

 

「そんなの、治してやればいいじゃないか。治せばまた労働力になるだろう?」

 

「ううん。ダメ。もともと殺す予定だった人たちのために貴重な医薬品を使うなんてもったいないよ。敵に医薬品を渡すより私の味方で戦っている子たちに薬をあげたいな。協力……してくれるよね?」

 

麻子の提案はあっさり拒否された。みほはもう囚人たちを殺す気満々のようだ。もはやみほの考えを変えることはできない。虐殺の協力などしたくもないが断れば自らの命はない。麻子は何も言わずに頷いた。

 

「麻子さんありがとう!それでね、なるべく大勢を早く効率的に殺したいの。だから、麻子さんにはデータを取って欲しいんだ。どの方法が一番効率がいいのか麻子さんはデータをもとに私にレポートを提出して欲しいの。今日は、トラックに出来る限りたくさん詰め込んで一酸化炭素で殺すガストラック方式をやるよ。あのアイザッツグルッペンが用いたやり方だね。」

 

「きょ、今日やるのか!?まだ、心の準備ができていないからまた違う日にしてくれ……」

 

麻子は今回行う虐殺のやり方を聞いて少しでもその悲惨な光景を見る時間を引き延ばしたかった。しかし、みほは面白そうに笑いながら麻子の要求を拒否した。

 

「ふふふ。麻子さん、自分であんなことしておきながらまだそんなことを言っているの?興味本位で生きたまま解剖したのに?」

 

「それは……」

 

「麻子さん。あなたはもう私と同じなんだよ。私を怖がって命令だから仕方なくって子たちはたくさんいるだろうけど、麻子さんは違うよね?私の命令じゃなくて自分からすすんで解剖した。だから麻子さんは心の準備なんて必要ないよね?」

 

みほは麻子の耳元で囁いてふふふふと笑った。麻子は頽れて項垂れる。麻子は自らの過去の行動を悔やんだ。自らの過去をちらつかされた麻子はみほに抵抗する気力をすっかり無くしていた。

 

「わかった……今日やる……」

 

麻子は消えそうで泣きそうな小さな声で呻いた。麻子の返事を聞いたみほは満足そうに笑う。

 

「それじゃあ、早速収容所に行こう?」

 

みほは麻子の子どものような小さな手をしっかりと握ると麻子の手を引いて収容所に向かった。麻子は引っ張られるがままよろよろと付いていった。しばらく歩くと有刺鉄線が張り巡らされた強制収容所が見えて来た。ちょうどそのあたりに来ると収容所独特の臭いが漂ってくる。死んだ囚人たちの死体を火葬する臭いと、死体や血が腐った臭いが混ざった臭いだ。ここの臭いは慣れない。嫌な臭いである。ここの臭いを嗅ぐと心が沈み、足取りが重くなる。麻子は無意識のうちにみほに握られていない左手で鼻と口を押さえていた。みほはというと、特に気にすることなく平気な顔をしてずんずん進んでいく。そして、収容所の門の前に着くと、みほは門に立つ守衛に収容所の所長である梓に用事がある旨を伝えた。しばらく待つと重たい門が唸り声を上げて開けられた。みほと麻子が中に入ると再び唸り声をあげて門が閉じられる。みほはそれを見届けるとさらに中を進んでいき、収容所の事務関連を取り扱う管理棟の建物付近までやって来た。

 

「ここで梓ちゃんたちと待ち合わせしてるの。ちょっと待ってて。」

 

みほは麻子にそう伝えると握った麻子の手を離して建物の中に入っていった。2分ほどしてみほの顔が管理棟の玄関の扉から覗き、麻子に向かって手招きをした。麻子は頷くと管理棟の中に入った。みほに手招きされて中に入った麻子を三人の人物が迎えた。収容所所長の梓と顧問の小梅、そしてもう一人、黒森峰の戦車服を着て焦げ茶色の髪をベリーショートにした少女がいた。彼女は黒森峰の援軍が到着した時に行われた歓迎会や昨夜行われた祝勝会で目撃はしたが麻子にとっては初めて話す人物だった。

 

「紹介するね。この子は黒森峰女学園二年生の直下璃子さん。私が黒森峰にいた頃は反逆者収容所の看守をやっていて、最終的には看守長まで務めたとっても有能な子なの。ここでは、看守とそれぞれのブロックの責任者たちを取りまとめる管理部長と梓ちゃんを補佐する副所長の任に就いてるの。」

 

直下の噂は度々麻子の耳に入ってきていた。噂によると直下はサディストで毎日囚人たちを鞭で殴りつけ、囚人たちの叫び声を聞いては愉悦に浸っているらしい。さらに言えば、この強制収容所の実質的な支配者は彼女であり、みほの命令だけでなく今までこの収容所では彼女の命令によって殺害された囚人たちも多いという。これもまた噂であるが彼女の狙いはみほの政権で幹部として扱われることであるとされている。黒森峰の生徒の中で幹部として扱われているのは今のところ小梅だけである。実は直下は今回、幹部として扱われなかったことに不満を抱いているという。直下にとっては今回みほのために援軍として駆けつけた功績で幹部になれると思っていたのにそれが叶わず昇進はしたものの年下の梓のもとで働くことになってしまったのだ。推測の域を出ないが、恐らくこの待遇は梓が立派な所長になるように支えてあげてほしいというみほの思惑があったはずだが直下にはみほの思惑など分からなかった。そのために次の人事で確実に幹部になれるようみほに喜ばれる方法として囚人たちの虐殺を進んで行うことにより幹部になることを画策していると言われている。

 

「黒森峰女学園2年の直下璃子です。よろしくお願いします。」

 

直下はみほに紹介されると進んで前に出て微笑みながら手を差し伸べた。

 

「ああ。よろしく。」

 

麻子は差し出された直下の手を取った。直下の手は温かかった。とても噂のようなサディストとも思えなかったし、この虐殺機構の歯車の一つに加えられた人間であるとは信じられない。しかし、麻子が抱いた明るい印象は小梅と梓の言葉で見事に崩れ去った。

 

「直下先輩、囚人たちに毎日嬉々として鞭打ち刑をやっているんです。鞭で打たれた囚人たちの悲痛な叫び声を聞くたびに幸せそうな笑みを浮かべて……その姿は私でも怖いくらいです。」

 

「直下さん。黒森峰時代も同じようなものだったんですよ。毎日毎日囚人たちを鞭で虐めては恍惚として楽しそうだったの。」

 

小梅は梓の説明に自らの経験を補足した。すると直下は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いや〜、囚人たちを鞭で殴ってるとなんだか心がスッとして癖になっちゃってるんだよね。まあなんというかストレス発散みたいな感じかな?」

 

噂は本当だったのだ。直下は悪びれる様子はなかった。梓が怖いくらいだというのだからその姿は相当異様な姿なのであろう。だが、みほは直下のような人材を求めていた。そうした囚人たちに容赦のないサディストである直下はみほにとって貴重な人材である。

 

「ふふふ。直下さんは本当によくやってくれていると思う。だから次の人事では期待しててもいいよ。」

 

みほは直下にとって何より嬉しい言葉を口にした。みほから次の人事ではほぼ確実に昇進するという言質を取れたのだ。麻子の目から見ても直下が明らかにそわそわしているのが見て取れた。

 

「ありがとうございます!これからもどんな職務でも頑張ります。」

 

直下は両方の拳をぎゅっと握って力を込める。みほは直下の反応を見てとても満足げだった。

 

「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。」

 

みほの一声で先ほどの和やかな空気は一変した。一気に冷たい空気に変わった。直下が今日の虐殺の方法について改めて説明を行った。その声は氷のように冷たかった。

 

「本日は病気や負傷によって働けない囚人たち400名を処分します。やり方としてはガストラック方式を取ります。ガストラックまでの誘導を同じく囚人のブロック長たちにやらせます。終了後の処分も同じくです。これ以降この作戦をX-1作戦と呼称します。それでは西住みほ隊長の命令書へのサインを持って正式な命令とし行動を開始します。」

 

直下はみほにナチス式の敬礼をして命令書を差し出した。みほもナチス式の敬礼で返し、命令書を受け取ると懐からペンを取り出して何のためらいもなく"西住みほ"と一気にサインを書いた。

 

「強制収容所所長澤梓並びに強制収容所副所長兼統括管理部長直下璃子。本件の執行を命令する。x-1作戦を迅速かつ確実に執行せよ。」

 

直下はみほからサイン付きの命令書を返され受け取ると再びナチス式の敬礼をして外に出て行った。麻子はなぜか直下のこの後の行動が見たくなり、みほに一緒についていってもいいか尋ねてみた。するとみほはそれじゃあ一緒に観にいこうと麻子と梓、そして小梅を連れて外に出た。外に出ると囚人たちがざわついていた。当然である。収容所に普段はいない麻子とみほがいるのだ。囚人たちにとって何か良くないことが起こることは誰の目から見ても火を見るよりも明らかな事実であった。しばらく歩くとあるブロックの一画に直下の姿があった。直下は黒い革手袋をはめて囚人たちに猛犬をけしかけながら整列させていた。囚人たちのリーダーブロック長たちが直下を補助している。ここが例の写真がとられたブロックらしい。みほが言っていたように病気にかかっているようで他の囚人たちにも増して弱っていた。そして5分ほど経って整列が終わるとまるでオーケストラの指揮をするかのように右と左に囚人たちを分けていた。「はい右。左。右。右。左。左。」といった具合である。しばらくすると振り分けが完了して右側の囚人たちが解散させられた。今回は左側に分けられた400人の囚人たちが死の旅に向かうようだ。全員が少女だった。麻子と同級生くらいの者もいたしそれよりもまだ幼い中学一年生くらいの者もいた。直下は彼女たちの前に立ち右手に鞭を、左手に猛犬のリードを持ちながら囚人たちの前で話し始めた。

 

「おまえたちは病気にかかっている。しかも他の奴らよりも重症だ。だから、これから病院に移送する。トラックを用意するから速やかにE-3ブロックへ移動し乗り込め。」

 

直下の言葉に病院へ連れて行ってもらえると信じた囚人たちは喜んでいた。中には直下に対して感謝の言葉を述べる者もいた。麻子は囚人たちが可哀想で見ていられなかった。思わず目をそらした。ブロック長たちの先導でE-3ブロックに連れてこられた囚人たちはトラックの前に整列させられた。そこには4台ほどのトラックがエンジンを止めた状態で止まっていた。このトラックは虐殺のために自動車部に特別に改造させたトラックである。しかも、ディーゼルエンジンを利用しているため発生する一酸化炭素濃度も最も高い。まさに虐殺専用ガストラックだった。今回はこのガストラックが本当に効率よく殺害できるかを実証実験も兼ねていた。さて、直下は点呼を取り全員集まったことを確認すると満足そうに頷き口を開いた。

 

「よし、全員集まったな。全員診察するためには服を脱ぐ時間も短縮しなくてはいけない。時間が勿体無いから今ここで全員服を脱げ!下着も全部だ!」

 

なぜここで服も下着も全部脱がなくてはいけないのか、囚人たちは不思議そうな顔をしながらも素直に命令に従った。一刻も早く病気の苦しみから解放されたかったのであろう。全員が服を脱いだことを確認すると、直下は中に入るように命じた。囚人たちはブロック長たちに「行ってきます。」と告げてトラックの中に入る。これ以上入りきらないくらいぎっしりと詰め込まれた。ブロック長はトラックの扉を閉めてかんぬきをして鍵をかけた。みほはこの一連の光景を眺めながら恍惚とした表情をしていた。そして全ての準備が整ったことを確認して俯いていたブロック長たちに自らの同胞に引導を渡すよう命じた。トラックのキーを手渡してエンジンをかけて一酸化炭素によるガス殺を行うように命じたのである。

 

「ふふふ。さあ皆さんの手で皆さんの仲間たちを殺してあげてください。トラックのエンジンをかければ貨物室に排気ガスが充満します。皆さんの手で安楽死させてあげてください。ふふふ。あははは!」

 

ブロック長たちはキーを手にしてそれを見ながら固まっていた。ブロック長たちもトラックに乗せられた者たちは本当に治療に連れていかれるものだと思っていたのだ。それがまさか自分が虐殺に加担させられることになるなどとは想像だにしていなかった。今まで光を求めて暗くジメジメした陰鬱な強制収容所で共に生きて外に出ようと励ましあって生きてきた仲間たちを殺すという事実に直面して動けないでいた。体がそれをすることを拒否していた。しかし、みほは拒否する者たちを許さない。みほは懐から拳銃を取り出してブロック長の頭に突きつける。

 

「早くしてください。5分以内です。それ以上時間をかけるようなら皆さんもここで射殺します。ふふふふ。」

 

ブロック長たちはガタガタ震えていた。彼女たちブロック長を救ってやりたかったが麻子には何もできない。いや、違う。自分の保身を優先して何もしようとしなかったのだ。麻子は目を逸らし、下を向いていた。すると、一人のブロック長がものすごい叫び声をあげてキーを掴むと一台のトラックに近づき運転席に乗り込んでキーを回した。それを皮切りにブロック長たちは全員泣きながらキーを回す。エンジンが唸り声をあげて、一酸化炭素を囚人たちが詰め込まれた荷室に送り込む。

 

「麻子さん。全員死ぬまでどのくらい時間がかかるかな?詳細に記録してね。」

 

不意に声をかけられて麻子はピクリと体を震わせて頷く。麻子はバインダーに綴じた記録用の紙を記入を始めた。みほは何も言葉を発することなく興味深げにじっとトラックを見つめていた。余りにもトラックが動かないので、囚人たちがざわつき始めた。何かがおかしいと感じているようだ。だが、おそらく出発が遅れているだけなのだろうと理解したのか特に暴れたりなどという行動はなかった。約20分は特に囚人たちに変化はなかった。だが、20分経過した時だった。トラックの中から頭痛とめまいを訴え始めた。その変化を見て、みほは悪い笑顔を浮かべた。

 

「ふふふ。苦しんでる、苦しんでる。」

 

このあたりに来ると囚人たちは気がついた。自分たちは騙されたのだと。囚人たちは扉を開けようとバンバン扉を叩いた。

 

「騙された!あいつら私たちを殺すつもりよ!」

 

「出せ!出せ!この悪魔め!」

 

「お父さん!お母さん!助けて!」

 

「助けて……お願い……殺さないで……」

 

そんな声が4台のトラックのあちらこちらから聞こえて来る。麻子はその悲痛な声に耐えきれず耳を塞ぎながらこんな時、悪魔になったみほはどんな顔をするのだろうかとみほの顔を覗き込むとみほは両頬に手を当てて恍惚とした表情をして腹を抱えて笑い転げ、この狂気を楽しんでいた。

 

「ふふふ。今更気がついてももう遅いよ。もっと叫んで喚いて死ぬ最後の瞬間までたくさん私を楽しませて。ふふっ。いいよ、命乞いしてくれると胸が高鳴って本当にゾクゾクして来るなあ。ふふふ。あははは。」

 

みほは顔を紅潮させてガストラックを見つめていた。30分経った頃にはそうした声もだんだん小さくなってきて40分経過した頃にはすっかり聞こえなくなった。そして、致死に達する1時間が経過した。中からはもう何も聞こえない。ただエンジン音が唸っているだけである。

 

「エンジンを止めて、荷室を開けてください。」

 

ブロック長たちは力なく立ち上がるとトラックの扉のかんぬきを抜き、荷室の扉を開けた。荷室の中に充満していた排気ガスが一気に外に飛び出して来る。麻子の鼻も排気ガスによって刺激された。その独特の臭いにむせながらトラックの中を見ると荷室の中からつい数十分前まで生きた少女であった山が力なくバラバラと地上に向かって落ちて来る。トラックの中を見て見ると誰一人動くものはいない。

 

「ふふっふふふふ。私に逆らうからこんなことになるんです。選択を間違うからこんなことになるんです。ふふふ。あははは!あなた達はみんな無価値な存在。無価値は死ななくてはいけないんです。あっははは!さて、ブロック長の皆さんは、トラックの中に入ってこの死体(ゴミ)の処理を開始してください。」

 

みほの命令で遺体を外に出す作業が開始された。ブロック長たちは涙を流しながらトラックの中に入り二人一組で遺体を次々と外に運び出した。遺体はどんどんうず高く積み上がっていき大きな山を作り上げる。息をしているものは誰一人いなかった。みほはその光景を見ながら真っ黒な笑顔を浮かべていた。

 

つづく




収容所組織図と職務
職員

所長
収容所の最高責任者

副所長
所長の補佐官

統括管理部長

囚人と看守の管理と設備の管理の責任者

看守長

看守のリーダー

看守


囚人

ブロック長

看守の補佐をする囚人たちのリーダー

直下さんの名前は
Twitterユーザー名(スクリーネーム)@makinotakasaさんに考えていただきました。ありがとうございます。

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