血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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今回は長めです。
会議が開かれるようです。この会議では何が決まるのか……?
この世界のカルパッチョはものすごく優秀な方です。もちろん。原作も随分優秀ですが、それ以上かも……?




第98話 アンツィオ編 災害対策本部第一回会議

カルパッチョの声に教室は静まり返り、静寂が訪れ、皆が一斉に彼女に注目する。カルパッチョはふうっと息を長く吐くとやおら立ち上がって腰を最敬礼45度の角度で曲げた。

 

 

「まず、皆さんに謝ります。今日は皆さんにご心配とご迷惑をおかけして本当にすみませんでした……何があったのかは後でちゃんとお話しします。今回の議題に関係があることですから……」

 

 

災害対策本部本部長カルパッチョと職員たちの間にしばらく無音が続いた。誰もが皆、厳しい表情をしていた。通常時にはなんでもない行動も緊急事態時ではそういうわけにはいかない。少しの行き違いが誰かの命の火を消し去ることにも繋がるのだ。カルパッチョのとった行動はそれだけに絶対にしてはいけない行動だった。自分が皆に被災者を第一に考えて行動しろと言っていたのに自分が守れていなかった。カルパッチョは自分を恥じた。怒られるのは当たり前のことだ。カルパッチョはこの中の誰かに頰を張られる覚悟はできていた。目を強く瞑りながらずっと頭を下げていた。3分ほど経った時、誰かが口を開いた。

 

 

「私が悪いんです……私が、落合さんを無理やりこの災害対策本部本部長なんていう重責を押し付けてしまったから……本当なら貴方も被災者のはずなのに私は……私は……生徒会役員なのにその職務を……落合さん、本当にすみません……すみません……」

 

 

口を開いたのは河村だった。河村は泣きそうな声で謝罪の言葉を繰り返す。それに対してカルパッチョも同じように自分が悪いと謝罪の言葉を口にした。カルパッチョと河村はそれぞれ自分にこそ責任があると主張した。責任の押し付け合いは色々な組織によくあるが自分に責任があると言い合うのは珍しいものだし、責任を取ろうとする姿はなんとも格好のいい勇気ある行動である。しかし、それが際限なく続くとなれば別の話だ。カルパッチョと河村の責任の主張し合いは工藤の怒声で強制的に終了させられた。

 

 

「二人ともいい加減になさい!陽菜美ちゃん!貴方のすることはこんなことなの?何のために私たちを集めたの?誰も怪我したり死んだりしなかったなら大した問題じゃないじゃないの!これから気をつければいいことじゃない!無駄な話をしていないで早く話を進めなさい!いつまで経っても肝心な話が進まないわ!時は有限なのよ?」

 

 

工藤の指摘は最もである。カルパッチョと河村は皆に無駄な時間を使わせたことを謝罪した。

 

 

「すみません……ご指摘の通りです……」

 

 

「本当に皆さんすみませんでした……」

 

 

二人はまた何度も頭を下げた。このままでは謝罪だけで時間が過ぎ去りそうだ。工藤は頬杖をつき呆れた表情をしている。

 

 

「もう謝罪はいいから、早く話を進めて。」

 

 

工藤に促されてようやく会議が本題に入った。カルパッチョは河村に座るように促し立ったまま説明を始めた。

 

 

「では、皆さん。本題に入らせていただきます。まず、一つ目の議題学園艦が現在置かれている現状についてです。これについてはまず、私が知っている情報について全てをお話ししたいと思います。単刀直入に言います。みなさん落ち着いて聞いてください。現在、この学園艦は武力攻撃を受けています。」

 

 

カルパッチョと職員たちの間にまたしばらくの静寂が生まれた。彼女たちの頭の中ではカルパッチョが口にした武力攻撃という言葉が理解できていないようである。言われた言葉の意味自体は理解できる。しかし、それが学園艦で起きているということはどういうことだろうか。この人は冗談でも言っているのだろうか。そんな表情をしていた。しかし、カルパッチョはいたって真面目な顔をしている。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。その瞬間、カルパッチョの思いもよらない話にようやく理解が追いついたのか河村以外の会議参加者は騒然とし始めた。

 

 

「え……?」

 

 

「武力攻撃って一体……」

 

皆、この一連の爆発のことをガス漏れか何かの事故だと思っていたからなおさらである。突然、武力攻撃を受けていると言われて受け入れられないでいるようだ。風紀委員長の稲村風花が皆の声を代表してカルパッチョに尋ねる。

 

 

「武力攻撃って……一体何なの……?落合さん、この学園艦に何が起きているの……?貴方は何を知っているの……?」

 

 

カルパッチョは再びふうと息を長く吐いて天井を見上げた。そして、数秒間経ったあと首を元の位置に戻して話し始めた。

 

 

「皆さん。とりあえず静かに落ち着いて聞いてください。私たち、アンツィオ高校の学園艦であの時何が起きていたのか、私が見ていた範囲と知っている範囲に限定されてしまいますがお話しします。私はあの時、階段前広場にいました。その時はちょうどお昼でしたから、戦車道が出店している露店の手伝っていました。ちょうどお昼時にあの爆発が起きたのです。そこまでは皆さんよく知っていると思います。しかし、この話には続きがあります。爆発が起きた後、私は校舎が爆発したという誰かの叫び声を聞いて倒壊した1号棟に向かいました。ちょうど爆発が起きる直前に1号棟に向かった友達がいたからです。1号棟には何が起きたのか現状を知りたがった生徒たちが大勢集まっていました。その時でした。1機の飛行機が遠くから現れて私たちに向かってパイロットの顔が見えるほどの超低空で飛んできました。その飛行機は旧日本軍の零戦のような機体でした。そして……その飛行機は……私たち目掛けて……機銃掃射を始めたのです……パイロットは私たちとちょうど同じくらいの年齢の女の子でした。私は何とか難を逃れましたが大勢がその場で命を落としました……私はその時に何故そのような行動をとったのかわかりませんが機体の所属を確認しようと試みました。そして、機体の横側と垂直尾翼に描かれている校章でその学校は判明しました。武力攻撃を行った学校……私が確認した限りの情報ですが知波単所属の飛行機でした。」

 

 

カルパッチョが知波単という学校名を出した時である突然ガタンという音が聞こえた。何事かとカルパッチョが、音のした方を見ると工藤が青い顔をして震えている。

 

 

「工藤艦長……?どうかしましたか?」

 

 

「い、いいえ……何でもないわ……続けて……」

 

 

いつも冷静で何事にも動じない工藤の声が震えている。ただ事ではないことは明らかだ。

 

 

「そんなわけありませんよね?明らかにいつもの工藤艦長の様子とは違いますよ。何かあるなら遠慮なく話してください。」

 

 

すると、工藤は困った表情をした。そして、深くため息をつくと震える右手を左手で抑え込みながら口を開いた。

 

 

「実は、知波単には私の妹がいるの……工藤淑乃……知波単船舶科の2年生で学園艦副長よ……まさか、こんなことが起きてるなんて……しかも、あの爆発を引き起こしたのが知波単だったなんて……私は……私は……妹と……なんで……?どこで何が間違ったの?どうしてこんなことに……?」

 

 

工藤は取り乱して泣き出してしまった。当たり前である。自らの肉親と敵同士になったと知って誰が冷静でいられようか。カルパッチョは取り敢えず落ち着くように促す。

 

 

「工藤艦長。落ち着いてください。まだ、私の目で校章を確かめたにすぎません。もしかして私の見間違いってことだってあり得ます。私もあの混乱の中、目視確認したに過ぎないわけですから。」

 

 

「そうよね……まだ、確定したわけじゃないものね……ごめんなさい……少し取り乱しすぎたわ……続けてちょうだい。」

 

 

カルパッチョの言葉に工藤はようやく落ち着きを取り戻す。知波単から攻撃を受けたことは十中八九確実だったが、これ以上工藤を追い詰めるのは得策とは言えない。苦し紛れのごまかしに過ぎないが工藤にはそうした言葉も救いになったようだ。カルパッチョは胸をなでおろした。カルパッチョが話の続きをしようと口を開きかけた時、手を挙げる者がいた。保健衛生班班長石井だった。

 

 

「あの、少しいいですか?」

 

 

「はい。石井さん。どうぞ。」

 

 

「あの、なぜ今回の武力攻撃?が他校の仕業であると言えるのでしょうか。例えば、これほど大規模な攻撃であるとするならばテロリストや例えば日本が他国と戦争状態に陥った結果の他国からの攻撃ってこともあり得ます。その根拠を示していただきたいです。」

 

 

「わかりました。まずは、テロリストからの攻撃という可能性ですがそれはほぼありえません。根拠としては現在、運用可能な旧式の戦闘機は学校もしくは博物館それと個人の資産家が所有しているものしかないという点です。確かに、海の底や東南アジアのジャングルを探せばスクラップ同然の残骸を見つけることは可能でしょうが、それをまた使えるように修復するのは至難の技です。ほぼ無理と考えるべきです。そして、他国からの攻撃ですが、これもほぼありえないでしょう。現代という時代、軍事施設でもない民間施設、しかも学校を攻撃するなどそんなことしたら国際社会が黙っていないことは目に見えています。その国にとっては自殺行為です。指導者たちもそんな自殺行為はしないでしょう。さらに、私が見た機体はいずれもかなり前のプロペラが付いた旧型タイプの機体です。それは確信を持って言えます。そのような機体を、いまだに使用している軍隊は世界のどこにもないでしょうし、仮にあったとしてもそのような古い機体をいまだに使わざるをえない国が先進国である日本に戦争を仕掛けるとは思えません。」

 

 

カルパッチョは石井の疑問に理路整然と答えた。しかし、前代未聞の事態に次から次へと疑問が浮かんでくる。次は風紀委員長の稲村から疑問が出た。

 

 

「なるほど。確かにそう考えるとテロや他国からの攻撃は考えられないわね。でも、落合さんが言うように武力攻撃を仕掛けたのが知波単だったとしたら私たちはなぜ知波単に攻撃を受けたの?それがどうしてもわからないわね。」

 

 

「それについては説にすぎませんが一つだけ考えられる可能性があります。資料を見てください。」

 

 

カルパッチョは、皆に資料を見るように促す。そこには現在、起きている大洗女子学園における戦争についての表と図が載っていた。

 

 

「これは……」

 

 

「信じられない……こんなことって……」

 

 

誰もが驚きの声をあげる。当たり前である。そこには大洗女子学園生徒会からもたらされた生々しい戦闘の状況が事細かに記載されていたのである。

 

 

「この資料は大洗女子学園という学校の生徒会からもたらされた情報を私の記憶にある限りできるだけ詳細に記載したものです。信じられないと思いますが、私たちアンツィオ高校戦車隊は前から大洗女子学園生徒会、以降生徒会軍と称しますが、彼女たちから救援を請う緊急電文を受け取っていました。彼女たちの情報によれば、戦車道の名門一族西住流の次女西住みほ率いる戦車隊を含める生徒、市民合わせて12000人、学園艦の2/3が武装蜂起したと情報がもたらされました。彼女たちのことは以降反乱軍と称します。詳しい戦闘の経過についてはまた時間があるときに見ていただきたく思いますが、図2をご覧ください。勢力図が載っていると思います。反乱軍支持が代表的なところに限定すれば聖グロリアーナ、マジノ女学院、そして今回武力攻撃を仕掛けたとされる知波単学園この3校が支持しています。そして、生徒会軍は今のところ支持しているのはサンダース大学付属高校のみです。では、我々アンツィオ高校戦車隊はどう返答したか。我々は一切無視したのです。それが、私たちが考えに考え抜いた戦闘を忌避して巻き込まれを阻止する1番の方法と考えていました。しかし、その考えは間違っていたみたいです。その結果、反乱軍からは危険視されたのでしょう。中立を宣言していないということはいつでも参戦して敵に回る可能性がある。そう考えればそうならないうちに叩き潰しておくか、侵略してしまうべきだと。いかにも目的のためならあらゆる手段を尽くす反乱軍らしい手法です。私たちの完全な失策でした……」

 

 

カルパッチョは資料に目を落とし俯く。風紀委員長の稲村は腕を組みながら言った。

 

 

「なるほど……それなら知波単が攻撃した理由の説明がつくわね。でも、今は貴方の目視確認でしか知波単っていう証明ができないとなるとそれが確実であるとは言えないから対策のしようがないわよ。困ったわね。」

 

 

すると、今度は調査班班長で三年生田代茉莉花が手を挙げた。

 

 

「そのことなんだが、我々調査班での被災者への聞き取り調査と文献調査を行った結果によると落合本部長が目撃し、今しがた報告したことはかなり信頼性が高い話だ。被災者への聞き取り調査によるとかなり多くの人が飛行機から何か投下された後に爆発したことと落合本部長と同じように零戦みたいな小型の飛行機に追い回されて機銃掃射を受けたという報告が何件も上がっている。更に、被災者に旧日本軍の戦闘機や爆撃機が載った全集を見せてみたところ皆一様に確かにこのような感じの塗装でこのような形の飛行機に追い回されたという証言も上がっている。現在これらの旧日本軍の小型戦闘機を持っている学校は全日本女子航空高校と知波単学園のみだという事実が最新の2012年版の報告書で判明している。そう考えると知波単の仕業だとしても説明はつく。とはいえ、それが確実に零戦みたいな旧日本軍の戦闘機だったかどうかはわからない。何しろ逃げている途中に見た人ばかりだ。見まちがえや記憶違いもあり得るだろう。もしかしたら、万が一にも生徒会軍による攻撃という可能性もあるだろう。夢中で逃げている最中にグラマンと零戦の判別ができるとは到底思えないしな。グラマンを持っている学校はサンダース、更にドイツ戦闘機も含めるならば黒森峰にも戦闘機はある。もし、万が一生徒会軍の攻撃だったら相手はきっと話が通じる相手だろう。だから、代表者同士、中立学園艦で会見することで解決の一端を見出せる可能性もある。しかし、反乱軍側からだった場合はこの資料から考えるに、恐らく交渉より先に手が出る相手だ。理性的に話し合うのは難しいだろうな。写真でもあって確実に判別できれば対策のしようもあるだろうが……」

 

 

「確かに見間違いの可能性はあります。冷静さを失っているでしょうし。でも、私はおそらく、反乱軍側の攻撃であると踏んでいます。生徒会軍側はもし、攻撃するとしても事前に宣戦布告や最後通牒を行ってくると思いますし、第一何事にもフェアを重んじるサンダースがこんな卑怯な奇襲攻撃を行うなんて私はどうしても考えられません。とにかく写真ですね。写真があれば、これからの行動方針もだいぶ定まってきますから何としても手に入れたいです。今や何かあったらすぐにスマホを向ける人間は多いですから、もしかして誰かが写真か動画を撮っている可能性はあります。調査班は写真か動画を撮った人を見つけてください。」

 

 

「わかった。引き続き調査を続行する。」

 

 

「もちろん、被害の調査も並行して行ってくださいね?むしろそちらの方が最優先です。」

 

 

「もちろんだ。落合本部長、次の話を進めてくれ。」

 

 

「はい。とりあえず、私から言える報告をまとめると、この学園艦は武力攻撃を受けているということ。そして、それらは他国やテロリストによるものではなく航空戦力を保有している学園の可能性が高いということ、調査班の聞き取り調査から全日本女子航空高校か、知波単学園の可能性が特に高いということ、この3点を報告します。私からは以上です。それでは、皆さんからの報告もお願いします。まずは、風紀委員長の稲村さんからお願いします。」

 

 

 

 

カルパッチョは席につき稲村に促す。稲村は小さく頷くと立ち上がり、一礼して報告を始めた。

 

 

「風紀委員では3年生と2年生を中心に遺体の収容任務と死傷者数の把握、そして身元の確認作業を行ない、1年生は治安維持を行なっています。ただ、死者の把握と身元確認作業はかなり難航しています。何しろ状態がひどい遺体が多くてね。腕だけとか脚だけとか……それに電気が来ていないから夜は確認作業が行えないし、更に過酷な現場でPTSDになってしまう子も多くて……当たり前よね。亡くなった人たちには申し訳ないけど私だって吐き気を感じることがあるもの。あの血の匂いは現場で体験した人しかわからない。PTSDの症状でかなりの数の風紀委員が戦線離脱したわ。そのせいで人出が圧倒的に足りない。あとは、遺体安置所で検視を行う医師も全く足りなくて全然作業が進まない。このままじゃ遺体が腐敗してしまう前に全ての確認作業を行うのは難しいかもしれないわ。できたらでいいから人材が欲しいわね。もちろん、先生たちも協力してくれてるけどそれでも全然足りないわ。それで現在確認している遺体の数は学園内警備本部所轄が236名、南市街地警備分隊所轄が63名、西市街地警備分隊所轄が52名、総数351名でそのうち名前が判明した方は20名、行方不明者は全域に避難命令を出したおかげで大幅に減って512名、行方不明者の所轄別人数はいまだ集計が終わっていないため算出できていません。負傷者の所轄別人数は南市街地警備分隊所轄110名、そのうち重傷者53名、軽傷者57名西市街地警備分隊所轄77名、重傷者25名、軽傷者52名学園内警備本部所轄98名、重傷者43名、軽傷者55名で総数は285名です。行方不明者につきましては現在全力で捜索を行っています。また、新しい情報が入り次第みなさんにお知らせします。また、治安維持に関しては被災者の皆さんの協力もあって比較的治安は事件前と変わらず維持されていると言えるでしょう。」

 

 

稲村は丁寧語と女性語を織り交ぜながら報告した。稲村は過酷な現場を経験している。とにかく人手が足りないから人が欲しいと必死の表情で訴えていた。その件に関しては解決策ならある。しかし、その策に関して風紀委員に話すべきか否かカルパッチョは迷っていた。なぜなら、今回投入できる人員は今まで風紀委員が取り締まって来たマフィアたちである。両者に確執があるのは間違いない。カルパッチョは迷いつつもおもむろに手を挙げた。

 

 

「えっと。人員に関してですけど、一応当てはあります。」

 

 

「え?本当!?なら、是非ともお願いしたいわ。」

 

 

「いや、風紀委員に預けるのはいいんですけどね。実は、その人員っていうのが……マフィアの皆さんなんですよ。それでもいいっていうなら……」

 

 

カルパッチョが発した"マフィア"という単語に皆ギョッとした表情をして少しだけ身構えた。今までのマフィアの行動からすれば当たり前の反応ではある。カルパッチョは"やはりそういう反応になるよね"とでも言いたげな苦笑いをつくった。

 

 

「まさか……落合さんはマフィアとつながっていたんですか……?」

 

 

この中では一番年下の河村が声を震わせて顔を引きつらせながら恐る恐る尋ねる。河村の目は恐怖に満ちていた。他の者もカルパッチョが実はマフィアの仲間でこの学校を崩壊させるために事件を起こしたのではないかと疑いの目を向けていた。

 

 

「まさか。そんなわけはありません。河村さんがどういう意味でマフィアとつながっているとするかはわかりませんが、少なくとも私は暴力なんて大嫌いなんです。確かに、私は戦車道をやっています。しかし、それで人をボコボコにしたいだとかそんなふうに思ったことは誓ってありません。私はただスポーツや武道としてやっているに過ぎない。抗争とかがしたいわけじゃありません。だから私はマフィアなんていう暴力集団と繋がっていたことなど一度もありませんよ。ただ、一度だけマフィアの接点をやむを得なく持ったことはありますが……」

 

 

「やっぱりあるんじゃないですか!」

 

 

河村は泣きそうな目をする。すると、今度は風紀委員長の稲村が少し低い声で迫る。

 

 

「なぜ、マフィアなんかと接点を持つことになったのかは知らないけれどその話が本当なら貴方を見過ごすことはできないわね。言動によっては拘束することもあるわよ。気をつけなさい。いくつか質問するから正直に答えてちょうだい。」

 

 

カルパッチョは沈黙したまま首を縦に振った。

 

 

「それじゃあ、一つ目の質問。あなたがマフィアと接点を持ったのはいつ?」

 

 

「今朝ですよ。」

 

 

「今朝!?ど、どうしてまた……」

 

 

「単純な話ですよ。私は捕まったんです。マフィアの縄張りに間違えて入ってしまって。」

 

 

「「捕まった?!」」

 

 

カルパッチョ以外の全員が驚きの声をあげる。そして、今度は他の者からも質問が飛ぶ。しかし、風紀委員長の稲村がそれを落ち着かせて代表で質問した。

 

 

「なんでそんな危険な場所に入ったの?よく無事に帰ってこれたわね。」

 

 

「別に入りたくて入ったわけではありませんよ。石井さんには昨日話したと思います。夢で戦車道の友達に会ったと。」

 

 

「ええ。言ってましたね。」

 

 

「それで、石井さんはきっと私にお別れを言いにきてくれたのではと言いました。だから、私は戦車道の子たちが事件で命を落としたであろう場所に行って花を手向けて慰霊をしてきたんです。それが義務だと思ったから。でも、そのあと私は戦車道の後輩に再開したんです。アマレットっていう子なんですけど、その子、実は亡くなったかもしれない私の友達と同じ戦車に乗っていた子なんです……その子は私の友達を探していて……でも、私はその子に亡くなったかもしれないって言えませんでした。優しい嘘をついたんです。きっと大丈夫だって。それで、罪悪感とどうすればいいかわからないという気持ちで押しつぶされそうになって……それで気がついたらマフィアの縄張りに……」

 

 

「それで今朝いなかったのね……辛かったわね……疑ったりしてごめんなさいね……最後に一つだけ、マフィアには何かされなかった?」

 

 

カルパッチョはその質問に対してすぐには答えられなかった。恥ずかしすぎるのだ。縛られて、鉄の棒で顔を2度と見れないように潰すと脅され怖くなった結果、失禁し裸にされたなど恥ずかしくてとても口にできない。そんな状況なら誰でもそうなるということはわかってはいるがカルパッチョは年頃の少女である。この屈辱的なことをこんなに大勢の前で告白することは酷だ。カルパッチョは真っ赤な顔をして俯く。その様子を見て、稲村は席を立つとカルパッチョの身体を包むように抱きしめた。

 

 

「もしかして……恥ずかしいことされた?もし、言いたくないなら言わなくてもいいのよ。聞いちゃってごめんなさいね。」

 

 

すると、カルパッチョは首をブンブンと強く横に振り、稲村の耳元に口を寄せると消え入りそうな小さな声を絞り出す。

 

 

「縛られて……大人しくしないと顔を潰すと脅されて……それで……その……漏らしてしまって……それから……裸にされて……」

 

 

今度は稲村がカルパッチョの耳元に口を寄せて口を開く。

 

 

「酷い目にあったのね……女性としての尊厳を汚すのは許せないわ……それで、着替えはしたの?」

 

 

カルパッチョは首を横に振る。

 

 

「どうして?」

 

 

「だって……みんなも帰れてないのに私だけ帰るなんて申し訳ないじゃないですか……」

 

 

「貴方、本当に優しいのね……」

 

 

「あの……稲村さん。彼女に一体何が……」

 

 

稲村は、その声に顔をあげると首を横に振った。聞いてはいけないという無言のサインだった。他のメンバーはハッとした表情になると首を縦に振る。

 

 

「でも、なんでそんな目に遭わされたのに、マフィアを人員に使おうと?」

 

 

カルパッチョは一度唾を飲み込むと胸を張って答える。

 

 

「彼女たちマフィアは本当はいい人たちだからです。」

 

 

カルパッチョの言葉に稲村は驚いていた。まさか、被害に遭ったカルパッチョの口からそんな言葉が発せられるとは思わなかったのだろう。戸惑った表情をしている。しばらくそんな表情をしてから稲村は何かを悟ったように複数回頷くと優しい微笑みを浮かべた。

 

 

「落合さん……本当に優しいのね……マフィアの肩を持つなんて……そうそうできることじゃないわ……」

 

 

「いいえ。私は肩を持っているわけでもなければ気を使ってそんなことを言っているわけでもありません。私は本気で言っています。彼女たちはいい人たちであると。」

 

 

すると稲村はカルパッチョに怒りとも言える感情をぶつけてきた。声を荒げてカルパッチョに迫る。

 

 

「そんなバカな!そんなことあるわけがないわよ!あの野蛮な奴らが本当はいい人ですって?」

 

 

稲村の怒りもわかる。自分たちが取り締まってきたことが全て否定されたようなものであるからだ。しかし、カルパッチョは意見を曲げない。落ち着くように稲村をたしなめる。

 

 

「稲村さん。ちょっとだけ私の話を聞いてくれませんか?」

 

 

「いいわよ……聞こうじゃないの。なぜ、貴方がマフィアの肩を持つのか。」

 

 

「ありがとうございます。私が、マフィアに捕まったあと、私を助けてくれたのは同じマフィアの一番上の人でした。その人はジェノベーゼさんという人です。」

 

 

「ジェノベーゼ!?ジェノベーゼってあのジェノベーゼ一家の頭領!?」

 

 

誰もがカルパッチョの出した人名に驚きの声をあげた。ジェノベーゼはそれほど有名なマフィアとして学園艦中にその名を轟かせていたのだ。

 

 

「彼女は言いました。自分たちは本当はこんなことをするために集まったわけじゃないと。自分たちはただ居場所が欲しかった。だからこのジェノベーゼ一家を作ってみんなでワイワイ騒ぐ集団を作ったんだと。そして、彼女は嘆いていました。そして今の彼女たちがなぜ悪いことをするのかそれを教えてくれました。彼女たちは他のマフィアとの抗争で暴力を覚えてそれを誇示することが自分を示すことだと思っているんだと。彼女は私に全てを打ち明けたんです。自分たちの弱みを自分たちからさらけ出したんです。さらに彼女は私から今この学園艦に起こっている現状を話したら自分たちも何かできたらいいのにって言いました。それで私は確信しました。彼女たちに居場所と暴力以外のこと、自分たちにも人の役に立つことができるということを教えてあげれば必ず更生できると。だから、お願いします!彼女たちを受け入れてくれませんか?彼女たちにチャンスを作ってあげられませんか?」

 

 

カルパッチョは熱弁を振るう。こんなに熱く語ったのは久しぶりのことだ。すると、今まで頑なにマフィアを否定していた稲村がふうっと深いため息をついて口を開いた。

 

 

「仕方ないわね。わかったわ。貴方に免じて受け入れましょう。」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「ただし、今回受け入れるマフィアがまた何か問題を起こしたらその時は厳重処罰よ。貴方も責任を問われるかもしれないわよ。それでもいいの?」

 

 

「構いません。私が全ての責任を負います。あと、彼女たちを呼ぶときはマフィアっていうのはやめてあげてくださいね。その人が呼ばれたい名前で呼んであげてください。マフィアって呼べって言われたら別ですけど。」

 

 

「わかったわ。貴方は本当に優しい人なのね。」

 

 

稲村は穏やかな顔で微笑んだ。カルパッチョも穏やかに笑う。全員の心の中に温かな何かが芽生えていた。カルパッチョはパチンと掌を鳴らすと次の話題に切り替える。

 

 

「さて、話を元に戻しましょう。えっと、稲村さんの報告は以上でいいですか?」

 

 

「うん。いいわよ。」

 

 

「それじゃあ次の報告は保健衛生班の石井さん。お願いします。」

 

 

「はい。ご報告いたします。私たち保健衛生班は文字通りの活動、負傷者の治療に関する医療機関のサポート、元医療従事者の発掘。そして感染症などの防疫の任務その他には遺体安置所の運営に関する任務に当たっています。それで、現段階では特に感染症の報告は入っていませんが、遺体が腐敗していくと感染症が発生する恐れがありますので厳重に警戒を呼びかけます。それと、医療従事者の発掘についてですが、今のところ10名が名乗り出てくれました。正看護師が3名、准看護師が6名、引退した医師が1名です。アンツィオ総合病院に問い合わせたところ今のところ総合病院勤務ではない診療所の医師も含めて現役医師を総動員しているので人手は足りているということだったので全員遺体安置所の方に回しました。遺体安置所については検視などが全く進まないので開設見込みが立ちません。先ほど、風紀委員長からの報告でもありましたが、夜は作業できませんし、医者や歯科医師も必死で遺体の検視を行なっていますが……以上です。」

 

 

遺体安置所、やはりこの問題はどこの班でも共通の課題らしい。特に、検視を行う医師や身元確認のための歯科医師の人数が足りない。こうした専門職の仕事は一般の人がやれるものではないので絶対数が少ないだから作業は遅々として進まないのだ。それが、遺体安置所の解説を妨げていた。だが、身元の確認についてはもしかしたら、被災者たちの情報から判明することもあるかもしれないという期待と一刻も早く遺族や知人のもとに返してあげたいという願いから遺体安置所開設の許可を出すことにした。

 

 

「わかりました。ありがとうございます。遺体安置所の件ですがとりあえずは現段階でも開設を許可します。一刻も早く被災者の方々に引き渡してあげたいです。検視などについては遺族や知人が見つかってからでもいいわけですから。そのようにお願いします。」

 

 

「わかりました。」

 

 

「では、次は調査班お願いします。」

 

 

「調査班は先ほど少し報告をしたので手短に。調査班は先ほどのような被災者からの聞き取りと被災状況の把握に務めている。被災状況だが、インフラ設備は水道は使えるがガスと電気は使えない。原因はガスについては火災、電気は変電所が破壊されたからだろう。復旧についても全く不明とのことだ。復旧は一朝一夕で終わるものではないので相当な時間を要することを覚悟すべきだろうな。火災は消防団からの報告によるとインフラ設備群の中ではガスタンク付近を中心に激しく燃え盛っている。鎮静化の見込みは立っていないとのことだ。他の地区の火災はなんとか鎮静化したとの報告を受けた。ただし、かなりの被害が出たとの報告だ。南市街地では1軒全焼、西市街地では4軒が全焼したらしい。爆発の被害だが南市街地、西市街地、戦車演習場、階段前広場、校舎1号棟、第7都市公共施設群変電所、電話基地局、艦橋が被害を受けたとの調査結果が私の手元には上がっている。以上だ。」

 

 

「わかりました。ありがとうございました。調査班は引き続き調査の続行をお願いします。火災の件については消防団に任せます。彼女たちなら勇敢に立ち向かってくれるはずですし、私が口を出すとかえって邪魔になるかもしれません。次は、生活班の高梨さん報告お願いします。」

 

 

「生活班の高梨です。生活班では、学園生活や避難生活のサポートと備蓄の管理を行っています。備蓄に関してですが、さすが美食のアンツィオといわれるだけあります。1年分の非常食の備蓄があるのでしばらくは何とかなりそうです。それから、避難所の運営についてですが、被災者の協力もあり、今のところ大きなトラブルなく運営ができています。生活班では、いずれ落ち着いてきたら避難所の運営は被災者のボランティアの皆さんに委任して、私たちは、避難所の人たちが自宅に戻れるようにサポートと整備を行っていく方針です。今のところ生活班の報告は以上です。」

 

 

「報告ありがとうございました。生活班もそのまま進めてください。それでは、次は船舶科の工藤艦長報告お願いします。」

 

 

工藤はすっかり元の"工藤綾乃艦長"に戻っていた。力強く立ち上がると、はっきりとした口調で胸を張って報告した。工藤綾乃という人物は苦難に立ち向かい、どんな嵐にも耐えきる大木のように強い女性であった。まさに、この学園艦の運航業務を担う長としての学園艦艦長にふさわしい人物であった。

 

 

「では、報告させてもらうわね。さっきは取り乱してごめんなさい。陽菜美ちゃんには報告したけれど、船舶科では艦橋、副艦橋が爆発で吹き飛ばされたため、本艦は操舵を失い航行が不可能であるという結論に至りました。しかも、当時勤務していた副長以下艦橋員全員と連絡が取れていません。ほかの船舶科のメンバーとも非番船員以外の船員の多くと連絡が取れません。また、この船には機関室でも操舵が可能でしたが、そこもつい3日前に故障してしまったため使えません。完全な漂流状態です。ちなみに、機関自体は原子力を動力としており、無事であると思いますがしばらく安全確認のため停止の可能性があります。なぜ、”可能性がある”という曖昧な表現であるかというと、原子炉の保守管理を掌る機関長と連絡がつかず、さらに機関室へと通じる通路もがれきでふさがれてしまい、現状の把握が困難であるためです。救助の要請についてですが助けを求めようにも通信機器が破壊されたためそれもかないません。さらに、天測を行った結果現在の本艦の位置は伊豆半島の石廊崎より20km南西、北緯34度26分51秒東経138度46分6秒の位置であることが判明しました。現在、船舶科では船員の捜索と国際信号旗を掲揚して救援を求めているところです。ただ、人が住む島からも40km以上離れているので発見される可能性は何とも言えません。船舶科からの報告です。」

 

 

船舶科の報告は各班の班長達に大きな動揺をもたらした。まさか、ここまで深刻な状態であるとは思ってもみなかったのであろう。カルパッチョはその様子を見て、努めて明るい声を出した。そうでもしなければカルパッチョでさえ心が折れてしまいそうである。

 

 

「工藤艦長。ありがとうございました。船舶科のことは工藤艦長に全てお任せしますからよろしくお願いします。さて、一通りの報告は終了しましたね。本来であれば、消防団も参加するのですが今回は消防活動と救助活動に専念するため不参加です。それでは、皆さんからの報告は以上ですね。何か質問がある方はいますか?」

 

 

カルパッチョの問いかけに一人だけ手を挙げる。河村だった。

 

 

「あの……会長たちや生徒会役員の情報は何かありませんか……?」

 

 

この問いには、風紀委員長が答えた。風紀委員長は悲しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

 

「生徒会室があった、艦橋付近は学園内警備本部が捜索してるけれど残念ながら情報は入っていないわ。」

 

 

「そうですか……」

 

 

「役に立てなくてごめんなさい……私たちも全力で探すわ……」

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

「元気出してくださいね。私にも、行方不明の友達がいます。みんな、境遇は同じです。ほかに質問などはありませんか?」

 

「私から質問していいか?」

 

 

調査班の田代が手を挙げていた。カルパッチョは手のひらを田代の方に向ける。

 

 

「はい。どうぞ。」

 

 

「先ほど、落合本部長はこの学園艦は武力攻撃を受けているといったな?」

 

 

「はい。言いましたね。何かありましたか?」

 

「いや、もしも、武力攻撃だとしたら一回きりで終わるとは考えられない。これから先、ますます苛烈になって繰り返し襲撃される可能性がある。そうしたとき、この学園艦はそれに反撃もしくは迎撃するだけの戦力はあるのか?」

 

 

カルパッチョは隠すことなくはっきりとした口調で答えた。

 

 

「いいえ。ありません。少なくとも、航空戦力はなったはずです。あるのは、私たち戦車道の戦車のみです。しかし、今回の空襲で戦車倉庫もかなりの被害が出たので、戦車が無事かどうかも……」

 

 

 

「そうか……それはかなりまずいな……対策は何かあるのか……?」

 

 

「防空壕を掘るくらいしか……」

 

 

「防空壕……いったいいつの時代よ……生きている間にそんな言葉を使うなんて思わなかったわ……」

 

風紀委員長の稲村が遠い目をしながら呟く。誰もがどうすればいいかわからず頭を抱えていた。すると、今度は総務班の依田奈央が手を挙げた。依田は手に学園艦六法という学園艦の統治に関わる諸法をまとめた書物をめくりながら言った。この学園艦六法は各学園艦で毎年発行するように義務付けられている代物だ。

 

 

「あの、もうこうなってしまったからには緊急事態宣言からさらに格上の特別厳戒緊急事態宣言に切り替えた方がいいのでは?学園艦六法によると以下のように定められています。えっと……確かここに……あった。これだ。はいこれです。ここの第12条に根拠となる条文があります。”災害対策本部の班長以上の職にある者の2/3が承認したとき、特別厳戒緊急事態宣言を出すことができる。特別厳戒緊急事態宣言が出された時点で、災害対策本部は特別災害対策本部に格上げされ、本部長は学園艦艦長、生徒会長、もしくは委任された者が就任し、学園艦居住のすべての市民の市民権を停止し総動員することができる。”」

 

 

「なるほど。確かに条文上ではそう書かれていますけど、そんなことしていいんですか……?だってこれが作られたのって戦時中昭和17年の8月ですよ?今の生活と一気に変わってしまいますけど……今まで自由気ままに過ごしてきた分、反発がすごいことになりそう……」

 

 

カルパッチョの指摘通り、確かにその規定が作られたのは昭和17年の8月1日になっている。この時代と現代では、そもそも人権という考え方が違うだろう。そんな時代錯誤な規定を根拠に自由に行動する権利を停止して総動員してしまってよいものなのだろうか。それは、アンツィオ高校の本来の理念に反するのではないだろうかとカルパッチョは思っていた。確かに、この学園艦のモデルになったイタリアはこの規定が作られたころ、ムッソリーニ政権で全体主義であったが、今の学園艦をそんな恐ろしい世界にしてしまっていいのだろうか。カルパッチョは戸惑っていた。すると、依田は胸を張って言った。

 

 

「大丈夫ですよ。こんな時だからこそ、みんなで一体となって乗り越えていかなければならないんです。みんなわかってくれますよ。」

 

 

「うーん。そうですか……?」

 

カルパッチョは心配そうな目をする。すると、この話に興味を持つ者がいた。風紀委員長の稲村だった。稲村は、この規定を履行するようにカルパッチョに強く求めた。

 

 

「私は、その規定を履行することを強く主張するわ。そっちの方が今は風紀の取り締まりもしやすくなるし。」

 

 

「私は、あまり気乗りしません。だって自由を縛ることになるんですよ?」

 

 

「でも、防空壕とかは掘らないといけないでしょ?その時に自由参加だと苦労するわよ?」

 

 

「それはそうですが……考えておきます。」

 

 

「仕方ないわね。頭の片隅にでも置いておいて。」

 

 

稲村と依田は残念そうな顔をした。稲村と依田の意見もわかる。確かに、強い権限の下、市民の行動を縛れば統治は楽になる。しかし、それは最終手段だ。今は、その選択をしたくはない。人としての自由を縛ってはいけない。そうした考えがカルパッチョを思いとどまらせた。

カルパッチョは他の者からの意見や質問を募ったがその他の者から質問や意見は特になかった。カルパッチョは一通り周りを見回すと一度頷いて、次の話に話題を移した。

 

 

「では、次のお話に入らせていただきます。次は、これらの事実を公表するか否かです。私としては、公表するべきだと考えていますが、いかがでしょう。というのも、こちらの資料をご覧ください。これは、船舶科の艦長に代々伝わる危機管理の鉄則が書かれているものだそうですがこちらには、”逃げるな、隠すな、嘘つくな”とあります。この状況を被災者の皆さんに説明して、協力を求める。これこそ、いま必要なことだと考えますが、どうでしょうか。皆さんの意見を求めます。」

 

 

「広報班は特に異論はありません。会見はいつでも開けます。ただ、治安維持などの観点から言うとどうなんでしょうか稲村委員長。」

 

 

「風紀委員としては、確かに混乱が広がるのは困るけれど、公表せずに信用がなくなって暴動とか起きた方が怖いから基本的には公表することに賛成するわ。でも、公表するならその後の混乱のリスクも考えて、やっぱり特別災害対策本部の設置を検討すべきよ。この発表のタイミングならきっとみんなわかってくれるはず……」

 

 

稲村は再び特別災害対策本部を設置するよう進言してきた。カルパッチョはやはり渋る。

 

 

「それは……そうですけど……」

 

 

すると、稲村は対カルパッチョ戦略の大幅な変更をしてきた。脅しにシフトしたのだ。稲村はカルパッチョに公表の反対をちらつかせて揺さぶりをかけてきた。

 

 

「別に、嫌ならどうしてもやらなくてもいいけど、こんなにも意見の隔たりがあるとこれから先色々なことで厳しくなりそうね……」

 

 

「そ、そんな……今、私たちの間で仲間割れしたら被災者はどうなるんですか!?」

 

 

カルパッチョは少し大きな声で稲村に迫った。すると稲村は微笑みながら言った。

 

 

「だったら、認めてちょうだい。それが被災者の為よ。」

 

 

「わ、わかりました……決議をとることを認めます……」

 

 

カルパッチョは遺憾ながら認めざるを得なかった。カルパッチョはついに、折れた。すると、さっそく総務班班長の依田が決議をとった。

 

 

「それでは、皆さん早速ですが決議をとります。特別厳戒緊急事態宣言を宣言し、特別災害対策本部設置に賛成の方は起立してください。」

 

 

すると、意外なことにカルパッチョ以外全員が立ち上がった。カルパッチョは絞り出すような小さな声で尋ねる。

 

 

「皆さん……本当にそれでいいんですか……?」

 

 

「それがみんなの意思ってことです。みんなこの状況ならやむを得ないって思っているんですよ。さあ、落合さんもあきらめてください。」

 

 

それが皆の意思であるならば仕方がないことである。カルパッチョはあきらめて立ち上がった。結局議決は全会一致で可決された。依田はそれを確認する。

 

 

「それでは、正式に可決されましたので手続きに関する書類を作成します。」

 

 

 

 

カルパッチョは深くて長い溜息をつきしばらく沈黙した後に口を開く。

 

 

「それで、公表については皆さん異論ありませんか?」

 

公表について特に異論は出なかった。カルパッチョはまたしても大きなため息をつく。

 

「ありがとうございます。特別厳戒緊急事態宣言の件、残念ですが仕方ないですね……本当はみんなの自由をなるべく縛りたくはなかったですが……でも、それがみんなのためだって言うなら仕方ないです……皆さんの判断を信じます。それでは、総務班の依田さんたちは手続きの書類と報告に関して紙面にまとめてください。広報班の河村さんたちは会見を行うと放送部と新聞部に伝えて、会見の準備を行ってください。では、最後に一つ、実は生徒会が作成したと思われる災害対策本部運営マニュアルが見つかりました。これから、総務班で仕事の再分割と新たな班の編成を行う予定です。もちろん現在行っている業務に支障が出ない範囲で行いますから安心してください。また、掲示でお知らせしますからその時はよろしくお願いします。それから、総務班の皆さんは工学科に招集をかけておいてください。船舶科の操舵室の修理とガス、変電所の修理に関する要請を行います。それでは、会議は以上です。皆さんありがとうございました。各々の業務に戻ってください。」

 

 

「広報班、了解しました。すぐに会見の準備を行います。」

 

 

「総務班も了解です。」

 

 

長かった会議は終わった。皆、ぞろぞろと部屋を退室する。カルパッチョは疲れた表情をして椅子に腰かけていた。

 

「改めて報告を聞いているとかなりひどいわね。それにひどく疲れたわ……」

 

 

「お疲れ様です。」

 

 

河村だった。河村は水が入ったペットボトルを手にしている。カルパッチョは河村からペットボトルを受け取る。

 

 

「日和ちゃんありがとう。ねえ、日和ちゃん本当にいいの?特別厳戒緊急事態宣言を出して市民の権利を停止するってことは全部私の思い通りにできるってことよ?みんな不安じゃないの?私が権力を乱用してもしかしたら自分の身が危なくなるリスクだってあるのに……」

 

 

「あの、落合さん。私たちは落合さんを信じているんです。だって、突然こんな大役を私から押し付けられても引き受けてくれて……だから、落合さんなら権力を乱用することはない。私欲ではなく正しくみんなの為に使ってくれる。そう信じているんですよ。だから、落合さんになら任せられるんです。実は私も、本当はみんなには自由に暮らしてほしいって思っています。落合さんと同じ思いです。みんなの自由なんて縛りたくない。でも、そんな幸せな平和はすでに終わってしまったんです。壊されてしまったんです。だから、仕方ないですよ。それが私たちの生きる道なんですから。みんなの自由を犠牲にしてでも、私たちは亡くなった351名の分まで生きないといけないんです。だから……だから……辛いですけど一生懸命頑張りましょう。私たちは決して一人じゃないですから。」

 

 

河村はボロボロと大粒の涙を流しながらカルパッチョを励ます。カルパッチョは優しく微笑んで河村を抱きしめる。

 

 

「うん。わかってる。ありがとう。私、しっかりしなくちゃね。さあ、会見の準備を始めましょうか。今日中に絶対に開くわよ。」

 

 

「はい!」

 

 

河村は力づよく返事をして資料をまとめ始めた。カルパッチョはそれを頼もしげに見つめている。カルパッチョは自分の頬を両手でパンとたたいて気合を入れた。

 

 

つづく




次回は3/4の21:00を予定しています。よろしくお願いします

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