血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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今回のお話はアンツィオのお話です。
みほが命令した空襲の下で何が起きていたのか……
*投稿予約の設定をミスして今日になってしまいました。
活動報告では明日の予定でしたが1日早まります。
混乱させてしまい申し訳ありませんでした。



第94話 アンツィオ編 悲劇のはじまり

アンツィオ高校で悲劇が起きたあの日。あの日もいつも通り普通の日だった。ただ、真っ青に晴れて雲ひとつない空が印象的だった。カルパッチョはいつものように身支度を整え自分の寮を出るとアンチョビの部屋を覗いてから学校へ行く。それがカルパッチョが学校に行く前の日課になっている。

 

「ドゥーチェ?居ますか?」

 

カルパッチョはアンチョビの寮の扉を叩くが反応は無い。それどころか人が居る気配が一切感じられない。やはりアンチョビは今日もまだ帰ってきていないようだ。

 

「ドゥーチェ……一体どこに行ってしまったのですか……?優花里さん……貴女は一体何者なの……?ドゥーチェをどこに連れ去ってしまったの……?ドゥーチェを……ドゥーチェを返して!」

 

カルパッチョは、泣きそうな表情で声を震わせながら叫んだ。カルパッチョの声が寮のコンクリートに反響して吸い込まれる。カルパッチョはしばらくそこに立ち尽くし、涙が引っ込むのを待った。しばらくして涙が引っ込んだことを確認してからカルパッチョは学校に登校する。カルパッチョは深く重いため息をついた。カルパッチョの顔色は血色が悪い。ある事実を知ってから眠れないのだ。

話は少し前に遡る。優花里たちの歓迎会を開催したあの日、カルパッチョたちは優花里が残した置き手紙を読んで、アンチョビたちは用事が済んだらすぐに帰って来るものだと思っていた。だから、その日カルパッチョは皆に各々寮に戻って学校へ行く準備をするように伝えた。カルパッチョはアンチョビたちが帰って来るのを待っていたがアンチョビたちは学校に行く時間になっても帰ってこない。仕方がないので、カルパッチョも自分の寮に戻って学校へ向かった。結局その日、アンチョビと優花里たちは帰ってくることはなかった。次の日もその次の日も、待てど暮らせど優花里たちもアンチョビも帰ってくる気配がない。カルパッチョは最初、アンチョビが自分たちで何かできるように訓練をするためにあえて帰ってこないのではないかと考えた。しかし、2週間経ってもアンチョビは帰ってこない。これはおかしい。あまりにも長すぎる。カルパッチョは自分のクラスの担任教師にアンチョビと転校生の優花里たちが突如として行方不明になった旨を伝えどうするべきか相談した。するとその時、担任はカルパッチョの思いもよらぬことを言い放ったのだ。それは秋山優花里の名前を出した途端だった。教員はそんな生徒はこの学校にはいないと言った。そんなはずはない。しっかり調べて欲しいと言ったが今も昔もそんな名前の生徒は在籍していないし、今年度転校生が来ると言う予定も実際に来たという事実もないと言われた。カルパッチョはこの時、優花里たちは戦車道の試合のために偵察に来たスパイだったのだろうと思った。しかし、スパイだと考えるには不自然な点が多すぎであった。もしも優花里たちがスパイであるなら送り込む人物は優花里だけもしくは他の生徒一人でいいはずである。それにも関わらず優花里たちは複数人で現れた。それに、あの宴会で優花里たちは一切戦車道のことを口にしなかった。情報を聞き出したいのなら話題にくらいあげるだろう。つまりスパイではない可能性が高いということだ。スパイではないのに、優花里たちは自分の身分を偽ってアンチョビたちに近づいた。優花里たちの正体と目的は何であろうか。カルパッチョは秋山優花里という正体も目的も不明で不気味な存在に、背中を鋭い刃物で撫でられるような戦慄に襲われた。ダラダラと嫌な汗が身体中を伝い、カチカチと歯を鳴らした。カルパッチョは歓迎会の日に起きたできごとを思い返しながら懸命に頭を働かせた。するとカルパッチョの頭にある可能性が浮かんできた。それは、優花里が誘拐したのではないかという可能性である。カルパッチョはすぐに頭の中でその可能性を愚かな考えだとして否定しようとした。しかし、否定しようとすればするほど優花里が誘拐したという可能性が確かなものになっていった。実は宴会をしていた時、誰も見ていない空白の時間があったのだ。それは、寝ている時である。しかも今回はなぜかいつの間にか寝ていた。みんな揃って一斉になるというより宴会の途中で眠ってしまったのだ。さながら酔っ払いが酒を飲んでいる最中に意識を失う。そんな感覚だった。例えば気を失ったのを23時としても朝まで約8時間の空白時間がある。その隙にどさくさに紛れて優花里たちがアンチョビを連れ去ることは十分可能だ。また、優花里たちが転校生だと偽ってアンチョビに近づいただけでなく優花里が残したアンチョビと一緒にいることをほのめかすような置き手紙がなおのこと優花里がアンチョビを誘拐したのではないかという疑いに拍車をかけた。状況証拠とはいえもはや疑いの余地はない。認めたくはないが認めるしかない。ほぼ間違いなくアンチョビは優花里たちに連れ去られたのだ。しかし、カルパッチョには優花里たちがアンチョビを連れ去った理由がわからなかった。一体何が目的というのだろう。身代金目的ではないのは確かである。もし、身代金目的ならば金銭の要求までにこんなに時間をあけるとは考えられない。だとしたら、恐らく誘拐すること自体が目的であろう。犯行の動機は別にあるはずだ。優花里はアンチョビを誘拐した後どうするつもりなのだろうか。まさか、甚振るつもりではないだろうか。心配で仕方がない。そんなことを考えているとあっという間に時間が経った。最近は、アンチョビがどうしているのかなど色々考え込んでしまって眠れない日も多いのである。

さて、この日もカルパッチョはほとんど眠れていない状態でアンチョビの寮を訪ねていたのだった。カルパッチョはアンチョビのことを考えながらぼんやりとして歩いていた。

 

「カルパッチョ!」

 

不意に後ろから自分を呼ぶ声がした。カルパッチョは疲労で血色の悪い顔で後ろを振り向く。

 

「ペパロニ……おはよう……」

 

「カルパッチョ!どうしたんすか?元気ないっすね?」

 

「ううん……何でもないよ……」

 

「そうっすか。ならいいっすけど。」

 

ペパロニは豪快に笑った。別にペパロニは呑気なわけでもなければアンチョビのことなどどうでもいいというわけでもない。実は、カルパッチョは戦車隊の他のメンバーにはアンチョビが優花里に誘拐された可能性があるという事実を伝えなかった。徒らに不安や優花里たちに対する怒りを煽るのは得策ではないと思ったからである。ペパロニたちにはアンチョビは自分たちを試すためにどこかにいると伝えていた。だから自ずとカルパッチョはアンチョビ行方不明事件を一人で抱え込むことになった。カルパッチョは下を向いて歩く。ペパロニは心配そうな顔をしてカルパッチョを見つめていた。

 

「カルパッチョ、本当に大丈夫っすか?何かあったら言うっすよ。」

 

「うん。ありがとう。」

 

そんなことを話していると学校に着いた。ペパロニとはクラスが違うのでカルパッチョとペパロニはまたお昼に会うことを約束して各々クラスに向かった。いつも通りの日常が始まろうとしていた。しかし、運命の時は刻一刻と迫っている。カルパッチョはそんなこと知る由もなかった。

お昼になった。カルパッチョはペパロニが主として経営している戦車道チームの出店に向かった。アンツィオには資金がないため、お昼は各クラブが資金を少しでも稼ごうと出店を出している。戦車道も例外ではない。砲弾を買うための資金にも事欠く始末だ。学校から支給される予算は限られているので全て自分たちで稼がなくてはいけない。戦車道の隊員たちは懸命に働いた。

 

「おーい!カルパッチョ!」

 

ペパロニはカルパッチョの姿を認めると手を振った。

 

「あ、ペパロニ…」

 

カルパッチョも微かに笑って力なく手を振り返した。

 

「カルパッチョ。昼、食ったっすか?」

 

「ううん。まだ。でも、今日はやめておこうかな。ちょっと食欲ないの。」

 

「昼飯食わないと元気でないっすよ!わかったっす!リゾットなら食べれるっすか?」

 

「うん。リゾットくらいなら食べれるかもしれない。」

 

「ならちょっと待ってるっす!ちょっくら家庭科室で作ってくるから。」

 

「わざわざありがとう。」

 

ペパロニは駆け出していった。それがカルパッチョが見るペパロニの最後の姿だった。

カルパッチョは他の戦車道の隊員たちに体調が悪いからと断ってベンチに座っていた。また頭に色々なことが浮かんでくる。だが、今日はいつもと違った。何故だかわからないが妙な胸騒ぎがしていた。何故か今日に限って何か悪いことが起きるような気がした。その予感は的中した。不意に爆音が聞こえてきた。何事かと辺りを見渡すとカルパッチョの頭上を超低空で飛行機が飛び去っていった。

 

「飛行機があんなに低く飛ぶなんて……珍しいな。」

 

カルパッチョはそう呟き再び色々と思考し始めた。すると突然、東西南北あちこちから爆発音とお腹に響く地響きを感じた。カルパッチョは勢いよく立ち上がると辺りを見回す。

 

「え?なに?何が起きたの?」

 

「こ、校舎が爆発したぞ!」

 

誰かが声を震わせながら叫んだ。その後もしばらく謎の爆発音が続いた。その度に悲鳴や叫び声が聞こえて来る。

 

「校舎……?校舎で何が……行かなきゃ……ペパロニが……」

 

カルパッチョはそう言うと脇目も振らずに駆け出した。先ほど、ペパロニはカルパッチョにリゾットを作るために校舎に向かった。ペパロニの身が心配だった。ペパロニの姿が早く見たかった。きっと大丈夫。カルパッチョは自分にそう言い聞かせた。空からは何処かから飛んできた石や焦げたり、ちぎれたりした書類が降ってきている。やがて、カルパッチョは校舎があったはずの場所に着いた。人がたくさん集まっているが校舎の姿が見えない。校舎はこんなに低かっただろうか。そう思いながらカルパッチョは人垣をかき分けて集団の先頭に出る。カルパッチョの目の前には土煙のようなもので煙っていてよく見えないがうっすらと無残な校舎の残骸と瓦礫の山が広がっていた。直感的に何か大変なことが起きたのだということはわかった。

 

「何……これ……一体何が起こったの……?」

 

カルパッチョは隣で呆然と立っていた生徒に声を震わせながら尋ねる。その生徒は力なく首を横に振りながら微かの声で呟いた。

 

「わからない……ただ……」

 

隣にいた生徒がそう言いかけた時だった。その声をかき消すような爆音が後方から聞こえてきた。カルパッチョが何事かと振り向くと後方から飛行機が超低空でこちらに向かって飛んで来ている。カルパッチョは目を見張った。爆音はその飛行機のエンジン音だった。その飛行機は旧日本軍の零戦のような飛行機だった。飛行機の鼻の部分のプロペラ越しに人影が見えた。飛行帽を被ったパイロットの顔がわかるくらいの超低空で飛ぶ飛行機というのは圧巻だった。その飛行機のパイロットはカルパッチョと同い年くらいの少女である。少女は精悍な顔つきで辺りを見回しニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。その時だった。飛行機の両翼から何かが連続して飛び出した。カルパッチョは戦車道の経験からそれが何であるか瞬時に理解した。あれは間違いなく機銃弾だ。あの弾丸はこちらを狙っている。カルパッチョは周りの人間に咄嗟に叫ぶ。

 

「みんな!逃げて!」

 

その声が皆に聞こえていたかはわからない。カルパッチョは弾が当たらないように神かそれに近い何かしらの概念に祈りながら無我夢中で建物の陰に滑り込む。

 

(お願い!助けて!まだ死にたくない!お願い!)

 

カルパッチョは心の中で祈り続ける。飛行機から発射された機銃弾は情け容赦なく、まるで大雨のように降り注ぎ、地面を抉る。カルパッチョの三十センチほど先にも突き刺さる。ほんの少しの差が生死を分けた。飛行機は何度も機銃掃射を繰り返したが不思議なことにカルパッチョには一発も当たることなく難を逃れることができた。機影がカルパッチョの横を通る。カルパッチョは顔を上げて何処に所属している機体か確認を試みた。翼と胴体に丸い迷彩で知の字に波が描かれた校章があった。間違いない。カルパッチョは確信した。

 

「あれは……知波単……まさか……」

 

カルパッチョは機体を見つめながら呟く。コックピットに目をやるとパイロットの少女は面白そうに笑いながら再び辺りを見回していた。カルパッチョとパイロットの目があう。飛行機は通り過ぎたと思ったら上空で大きく旋回してこちらに機体を向けた。殺される。そう思って、カルパッチョは目をぎゅっと瞑った。しかし、どうしたことか銃弾は一発も飛んでこない。そのまま飛び去っていった。カルパッチョは安心したのか糸が切れたように膝から崩れて失禁した。カルパッチョのタイツが濡れる。カルパッチョはしばらくそのまま座り込んで呆然としていた。辺りにはたくさんの人が折り重なるように倒れていた。カルパッチョは四つん這いになって近くにうつ伏せで倒れ込んでいる生徒に近づいた。

 

「もう行ったよ。大丈夫だよ。」

 

呼びかけるが返事がない。身体を揺すっても動かない。どうやら身体に力が入っていないようだ。身体に触れるとぐしゃりとした気持ちが悪い感触がした。何だろうかと思い、手を見るとべっとりと血がついていた。

 

「血……?この人、怪我してるの……?早く応急処置しなきゃ……」

 

カルパッチョは、うつ伏せに倒れている生徒を仰向けにした。するとその生徒は顔を血で真っ赤に染めて目を開けたまま死んでいた。

 

「きゃあああああ!し、死んでる!?」

 

よく見るとその生徒の額には小さな穴があいていた。機銃が貫通した穴である。地面には血溜まりができていて、この娘の命を奪ったと思われる凶弾が地面にめり込んでいた。彼女は状況から見て即死だろう。カルパッチョは恐怖で震える。いくら戦車乗りだといっても戦車道は戦争ではないのだから本物の死体など見たこともない。カルパッチョは怖気付いてしまった。その場で固まってしまって動こうにも動けない。辺りを見てみると同じような状態の死体ばかりだった。周りには肉片と血しぶきが飛び散っている。カルパッチョはあまりに悲惨な光景に耐えられなくなってその場で蹲り嘔吐してしまった。カルパッチョの心に理不尽な死をもたらした者への怒り悲しみ憎しみの感情が複雑に絡み合って渦巻く。カルパッチョはとにかく誰か生きている人はいないかと叫んだ。

 

「誰か!誰か!聞こえたら手を挙げて!お願い!」

 

すると6人が手を挙げた。残りは死体か動けないほどの重傷者もしくは気を失っている者ということになるだろう。状況は絶望的であると言えた。しかし、カルパッチョは諦めていなかった。カルパッチョは、ドゥーチェアンチョビならこういう時どう行動するか考える。そして決断した。

 

「助けなきゃ……まだ、死んだって決まったわけじゃないわ……生きている子がいるかもしれない。」

 

カルパッチョは嘔吐物で汚れた口を手で拭い、立ち上がってとにかく気を強く持とうと手を強く握りしめる。カルパッチョは戦車道の授業で培った救命・応急処置を実行した。ただ、今回は要救助者が多すぎる。心苦しいがトリアージを使うことにした。トリアージとは患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定して選別を行うことを言う。カルパッチョは戦車道のチームがルール無用のタンカスロンに参加した時、もしもギャラリーに流れ弾が着弾した際の対応方法としてトリアージを学んでいたのだ。習った時はこんなもの学んでも使う場所は来ないだろうと思っていたが、まさか本当に使う事態が学校にいる時に訪れるなんておもってもみなかった。カルパッチョは先ほどの手を挙げた動ける者たちを集めて、ありったけの紙を集めるように指示を出して、できたら赤、黒、緑、黄色のペンを持ってくるように頼んだ。しばらくして、6人は手にいっぱいの紙とそれぞれの私物のペンを持って戻ってきた。カルパッチョはそれを見て苦い唾を一度飲み込むとキビキビと指示を出した。

 

「これからトリアージという方法で要救助者の選別を行います。歩行の可否、負傷の有無、呼吸の有無、1分間の呼吸回数、意識レベルの確認を行ってください。死亡は黒ペン、重傷は赤ペン、軽傷は緑です。また、1分間の呼吸回数が30回に満たず、意識がある場合は黄色ですが、今回は簡易的なものだから、もし軽傷、重傷などの判断が難しい場合は全て重傷にしてください。二人一組で行います。それではみなさんお願いします。」

 

「この人たちを見るんですか……?この血だらけのこの子たちを……?正気ですか……?」

 

一人が泣きそうな声をあげる。カルパッチョは頷いた。

 

「気持ちはわかるわ。でも、この子たちにとって私たちは最後の希望なの。死の淵からお医者さんたちに引き継いであげられるのは今は私たちしかいないの。私たちは医療を施すことはできないわ。でも、少しでも可能性を広げられるかもしれないの。私たちがやらなければ助けられる命も助けられないの。私は後悔したくない。だからお願い。」

 

そういうとカルパッチョは率先して目の前に倒れている血だらけの生徒の心音や呼吸の有無を確認し始めた。カルパッチョは顔を犠牲者の血で真っ赤に染めながら淡々と作業を行う。一通り終わると大きな声で言った。

 

「黒!」

 

カルパッチョは紙に黒のペンで丸をつけるとそれをその生徒の右手首に巻きつける。そしてまた、作業を始めた。次も、また次もカルパッチョは「黒!」と言った。やはり亡くなっている生徒が多いようだ。しかし、その中でたまに「赤!」という声も聞こえた。6人はハッとした。助けられる命があるかもしれないという一筋の光に6人の生存者たちと覚悟を決めたようだ。二人一組で作業を行った。

結局、死亡の黒が235名、重症と軽傷の判別が不明で赤にしたものを含めて赤が10名、赤ほどではないが治療を要する黄色が2名、軽傷の緑が5名という結果になった。ネクタイを外し、怪我をしている者の傷口を圧迫するなど自分たちにやれることは全てやったつもりだ。あとは、専門家に引き渡すほかない。カルパッチョたちは救助隊の到着を待った。しかし、救助隊はなかなかやってこない。既に1時間は経過している。カルパッチョは焦燥感に苛まれた。その間にも命のタイムリミットは刻一刻と過ぎていく。実際に先ほど一人の重傷者が心肺停止になって死亡した。とにかく早く救助に来てくれることを祈った。

 

「遅いな……早くしないとみんな死んじゃう……」

 

カルパッチョと6人の生存者たちは重傷者に声をかけて励まし続けた。すると、遠くの方から声が聞こえてきた。

 

「こちらはアンツィオ中部地区消防団です!誰かいませんか!」

 

カルパッチョは声のする方へ駆け出した。助けを呼びに行くためだ。しばらくすると100名ほどのヘルメットとつなぎを着た集団に出会った。

 

「こっちです……!早くきてください……!」

 

カルパッチョは頭を下げて息を切らしながら言った。

 

「どこですか!」

 

カルパッチョは場所を伝えようと頭をあげる。すると、消防団の隊員は青ざめた顔をしてカルパッチョの顔を両手で掴む。

 

「どうしたんですか!その血!」

 

カルパッチョは頰を拭う。するとべっとりと赤い鮮血がついた。先ほど、心音などの確認をした時に付着したらしい。

 

「私にけがはありません。この血は重傷者の血です。止血などを試みたので多分その時に。」

 

隊員は安心して胸をなでおろしつつも厳しい表情でカルパッチョに尋ねる。

 

「そうですか。貴女に怪我がないなら良かったです。それで、その人がいるのはどこですか?」

 

「1号棟付近です!」

 

「1号棟ですね!急行します!」

 

およそ100名のヘルメットとつなぎを着用した生徒の集団はカルパッチョを先頭に迅速に行動した。カルパッチョが先導する救助隊の姿を見た6人の生徒たちはようやく安心できたのか泣き崩れる。

 

「消防団の者です!皆さん、怪我はありませんか?」

 

一人の少女がカルパッチョたちに声をかけた。カルパッチョは凛として首肯した。

 

「はい。7人全員ありません。」

 

この少女は生徒を組織した生徒消防団の一員のようだ。普段なら主に教員や市民などの大人たちが消防の現場任務にあたり、生徒が実際に動員されることはない。生徒が動員されるということは相当な被害があり大人だけの部隊では間に合わないということだろう。被害の酷さが窺いしれる。

 

「わかりました。とにかく、状況のお話を伺います。代表者の方、お一人お願いします。」

 

「はい。わかりました。私が説明します。」

 

カルパッチョは色々と質問を受けた。カルパッチョは丁寧に応対する。

 

「それではまず、貴女のお名前と生年月日を教えてください。生存者の仮登録を行います。」

 

「落合陽菜美です。1995年12月19日生まれです。」

 

カルパッチョが消防団の少女に告げると少女は無線をとってカルパッチョの本名と生年月日を無線の向こうの相手に告げた。すると登録完了と声がして3桁の番号が言い渡された。少女は「了解しました。」と言って、紙に番号をメモしてカルパッチョに手渡す。

 

「わかりました。ありがとうございます。貴女の仮番号は527です。この紙を忘れずにお持ちください。状況の説明をお願いします。」

 

「死亡者236名、軽傷者との判別不明を含む重傷者9名、準緊急治療者2名、軽傷者5名です。簡易的なトリアージは終了し、負傷者の圧迫止血を行なっています。」

 

消防団の少女はバインダーに挟まった紙にカルパッチョの話を聞きながら何やら記入している。消防団の少女は記入が終わると隊長と思われる少女に紙を手渡した。その少女はバインダーを受け取ってしばらく紙を見て整列した消防団員に大声で訓示した。

 

「簡易的なトリアージは終了しているらしい、右手にそれぞれトリアージタッグに準じて色のペンで丸がつけられている!赤文字から優先に搬送しろ!その後は黄色、緑だ!比較的要救助者の人数が少ないので60名はあちらの校舎の捜索にあたり、40名は路上の要救助者と遺体の収容に勤めろ!遺体は物ではない。遺体になっても人間なんだ!丁重に扱え!いくら多いからといって粗末に扱う者は許さない!だが、作業は迅速に!遺体が綺麗なうちに一人でも多く収容するぞ!以上だ!それでは怪我に気をつけながら取りかかれ!」

 

隊長は訓示を終えると、カルパッチョたちの手を取りながら感謝の言葉を述べた。

 

「ご協力ありがとうございます!それではここは私たちが引き継ぎます。皆さんは先ほどお渡しした紙を持って3号棟へ向かって生存確認の本登録手続きを行ってください。」

 

「よろしくお願いします。」

 

そう言った瞬間である。カルパッチョは、安心して糸が切れたように手足を投げ出して座り込み動けなくなった。立ち上がろうにも力が入らず立ち上がれない。すると、隊長の少女は優しげな微笑みを浮かべてカルパッチョの背中をさすりながらカルパッチョを労った。

 

「貴女のおかげで救助活動が大分楽になりました。ありがとうございました。大変だったでしょう。どうぞしばらくの間休んでいってください。建物の陰にいてくだされば救助の妨げにはなりませんから。」

 

カルパッチョはお言葉に甘えさせてもらうことにした。しばらく、休んでいこうと建物の陰に腰をおろす。すると消防団の隊長はカルパッチョに聴取した消防団の隊員を呼ぶ。

 

「この子が動けるようになるまで一緒にいてあげてくれ。」

 

カルパッチョは驚いて首を横に振る。

 

「私のことは気にせず、どうか救助にあたってください。」

 

カルパッチョはそう言ったが消防団の隊長は気にするなと言って消防団の隊員を隣に座らせた。すると、消防団の隊員も張り詰めた糸が切れたのだろうか。凛とした表情をしていた彼女は校舎の方を見やりながら泣き出しそうな声で口を開いた。

 

「一体……何が起きているんでしょうね……突然の爆発にたくさんの死者……この事故は一体……」

 

救助隊員の視線の先には崩れかけた見るも無残な校舎があった。校舎にも血しぶきが飛び散り、校舎の近くにあった春に見事な花を咲かせるソメイヨシノの木には犠牲者の腕や脚がぶら下がって血肉の花を咲かせていた。その光景はまさに地獄そのものだった。

何が起きたのか。そしてこれから何が起きるのか。カルパッチョは全てを知っている。この話を目の前の隊員にするべきなのか、カルパッチョは迷っていた。カルパッチョは無言で校舎の方を見る。カルパッチョの目に本当の地獄が飛び込んでくる。カルパッチョは地獄に咲く血肉の花を見てゆっくりと視線を地面に落とす。カルパッチョは小さな声で言った。

 

「これは事故じゃありません……」

 

「え……?どういうことですか……?」

 

「私は……見ていました……この空襲を……」

 

「え……?空襲……?」

 

隊員はカルパッチョが言っている意味がわからないという顔をしている。カルパッチョは目を伏せていた。すると、カルパッチョのそばに立ち、救助をする消防団の指揮を執っていた隊長がカルパッチョに言った。

 

「落合さん。私たちが知らない何かを知っているな?話してくれないか?」

 

カルパッチョは頷くと苦しそうな表情で話し始めた。

 

「はい……私は見たんです。あれは事故じゃない。私たちは機銃掃射されたんです。知波単の飛行機に。」

 

「知波単……あの戦車道の知波単が機銃掃射……それは間違いないのか?嘘をついているとは思えないがとても信じられない……」

 

カルパッチョは首を縦に振った。

 

「ええ、間違いありません。主翼と胴体そして尾翼にそれぞれ知の字に波の絵が描かれた校章がありました。間違いなく知波単です……パイロットは私と同じくらいの歳の女の子でした……その子は……私たちを撃って……笑っていました……まるで機銃掃射を楽しんでいるようでした……」

 

「じゃあ、この遺体は全部……」

 

「はい……そうです。貴女たちが想像している通りです。例えばこの子の額を見てください。穴があるでしょう?これが機銃弾が貫通した跡です。それで、これが機銃の薬莢と恐らくこの子の命を奪った銃弾です。爆発も恐らくは知波単の爆撃機が空襲したと推測されます……」

 

カルパッチョは先ほど仰向けにした遺体、近くに落ちていた薬莢、そして血溜まりの中から拾った目の前の少女の命を奪ったと思われる銃弾を用いながら説明した。

消防団の隊員は手を強く握り声を震わせながらカルパッチョに尋ねる。

 

「爆撃……?機銃掃射……知波単はなぜ、こんなことを……?私たちに恨みでもあるの……?」

 

カルパッチョは空を仰いで校舎の瓦礫を見ながら語った。

 

「全ての始まりは、私たちアンツィオ戦車隊に大洗女子学園生徒会から一通の電文が届いたことでした。その電文には大洗女子学園に於いて西住みほが蜂起したので助けてほしいとありました。昨年の戦車道全国大会で滑落した乗員を助けるために戦車を放棄した西住みほが黒森峰から他校に転校したという話は聞いていましたが戦車道を長年やっていなかった大洗女子学園にいたということは驚きでしたし、何よりも西住みほがなぜ大洗女子学園で武装蜂起したのか気になりましたが、私たちにはどちらを支援するにしてもお金がなかったのでその電文は黙殺しました。ドゥーチェは大洗女子学園の生徒会長と昔からの知り合いだったらしく行きたがっていましたが、私は副隊長でみんなを守る立場の人間として戦闘に巻き込まれて攻撃対象になるリスクを説明して断念してもらいました。その後も事あるごとに大洗女子学園の特に生徒会側から救援を請う電文が届き続けました。生徒会側は全校生徒の3分の2に当たる12000人それに加えて聖グロ、マジノ、そして今回私たちを空襲した知波単と戦わなければならないという絶望的状態に陥り、西住みほ側は虐殺を繰り返しているとのことでした。そんな情報を聞いて私たちはとにかく双方どちらにも属さず巻き込まれないように徹底的に黙殺し続けていました。誰も殺したくなければ殺されたくもありませんでしたから……それで何とか私たちは巻き込まれることなく平和にやり過ごせる。そう思っていたんですが……それがまさかこんな結果を招くなんて……」

 

カルパッチョは悔しそうに拳を握った。

 

「そんなことがあったのか……話してくれてありがとう。今からこのことを本部に災害対策本部に連絡する。すまないが、ちょっと待っててくれないか。別途何か指示があるかもしれない。」

 

「わかりました……」

 

カルパッチョは下を向きながら小さな声でそう言った。

しばらくして、消防団の隊長はなぜか青い顔をして戻ってきた。カルパッチョの心に不安な気持ちが渦巻く。隊長は躊躇いがちに口を開いた。

 

「落合さん……さっき、戦車道の副隊長って言ってたよな……?」

 

「そうですが……それが何か……?」

 

「落ち着いて聞いてくれ……戦車倉庫と戦車道チームが屋台を出店していた階段前広場から複数の遺体が発見されたと他の救助隊から連絡があった……身につけていたものを見るとどうやら戦車道チームの子の可能性が高いらしい……それで戦車道チームの中で唯一連絡がついている落合さんに遺体安置所になっている体育館に来てもらって遺品から身元の確認を行ってほしいそうだ……ただ、損傷が激しい遺体も多いから無理してくる必要はないとのことだが……どうする……?」

 

カルパッチョは両手を顔に当てた。ぷるぷる震えている。涙をこらえているようだ。カルパッチョは押し殺すような声にならない声で泣いた。しばらくしてカルパッチョは顔をあげて言った。

 

「わかりました……行きます……」

 

カルパッチョの顔は凛としていた。消防団の隊長は頷く。

 

「わかった……行ってこい……」

 

「はい……行ってきます……あの、一つお願いがあります……」

 

「なんだ?」

 

「私の大切な親友でもあり、戦車道で一緒に戦う戦友でもあるペパロニを見つけてください。本名は唐井沙羅です。すごく明るくて楽観的で一緒にいるととても楽しい子です。お願いします。助けてあげてください。」

 

カルパッチョはそう言い終わると立ち上がって遺体安置所になっている体育館に駆け出していった。カルパッチョの目には涙が光っていた。

 

つづく




今回、ペパロニとカルパッチョの名前は井の頭線通勤快速様が名付け親です。素晴らしい名前をありがとうございました。

カルパッチョ→落合陽菜美
ペパロニ→唐井沙羅

また、今回の「空襲」の描写は日本軍機が行った空襲の詳しい情報が見つからなかったため米軍の空襲をモデルとして使いました。
250キロ爆弾による空襲の描写(今回のお話には詳しく書かれていませんが第92話に記述があります。)は豊川海軍工廠への空襲の体験談を参考に機銃掃射は湯の花トンネル列車銃撃事件をはじめとする小型戦闘機の空襲を私の祖父の体験談を参考に構成しています。

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