アレから一週間が経過した。私は一人で廊下を歩いていた。辺りを警戒しながら。いつ、あの人が襲い掛かって来るか分からない。
「ふおおおお!神風ええええええ‼︎」
直後、後ろから声がした。パッと振り返りながら防御姿勢に入るが、後ろにあるのはラジカセだった。
「っ⁉︎」
と、思ったら前から誰か、というか司令官に抱きつかれた。
「きゃああっ⁉︎」
「神風は可愛いなぁああああああ‼︎」
「ちょっ、司令官⁉︎ダメよ!こんな人の通る所で………!」
「じゃ、俺の部屋に行こう。そこで妹的にもペット的にも性的にも愛でてやろう」
「せ、性的⁉︎な、何するつもりよ⁉︎」
「行こうか!俺達のエデンへ!」
「エデンはあんたの頭の中でしょ⁉︎ていうか、良い加減にしなさい‼︎」
「っ⁉︎」
私はカッとなって司令官を力任せに背負い投げした。司令官は投げられながらも、腰を曲げて足を着地し、ブリッジの姿勢になると、そのまま立ち上がって逆に私を持ち上げて抱えた。つまり、私の頭は下になって腰を抱えられている。
「ああああ!攻撃したのに逆襲される神風たん萌ええええええ‼︎」
「ちょっ、離しなさい!」
「嫌だよ。神風が投げたからこうなったんじゃん」
「っ!」
な、なんでこんな人の運動神経が良いのよ………!あ、軍人だからか……。
「あ、パンツ見えた。今日のパンツにも可愛く名前が書いてあるね」
「っ⁉︎み、見るな変態!」
「いやいやいや、袴が捲れるから仕方ないっちゃ仕方ないんだよ。あー、股間から良い香りがするんじゃー。ねぇ、この中に頭突っ込んでも良い?」
「このっ………‼︎離せって言ってるじゃない‼︎」
「あふんっ⁉︎」
私は手を離させせようと、脚を振り回した。が、司令官は手を離すことなく、踵が鼻の頭に直撃した。司令官は私を抱えたまま後ろにひっくり返り、私も司令官の上に落ちた。
「ごふっ……!い、今のは効いた………‼︎」
「ち、ちょっと……!なんで手を離さなかったのよ……⁉︎」
「だって、あの状態で手を離したら神風が怪我するだろ………?」
「ーっ!」
こ、この人はズルい………‼︎変態の癖にちゃんとそういう所に気が回るとか反則よ………。お陰で嫌いになれない。
顔を赤らめて俯いていると、なんか下半身がスースーしてる事に気付いた。
「………?」
下を見ると、司令官が私の袴を捲ってパンツを眺めていた。
「っ!ば、バカ‼︎」
「顎が痛い‼︎」
司令官の顎を蹴り飛ばし、私は立ち上がった。
「もうっ、最低‼︎」
そう怒鳴りつけて、私は自分の部屋に向かった。………何と無く気になって後ろを見ると、司令官は微動だにしない。
「………一応、明石さん呼んどいてあげよう」
執務室に向かった。
++++
明石さんに司令官を医務室に運んでもらい、ベッドに寝かせた。艦娘の本気の一撃を顎に喰らい、意識が飛んでいるらしい。
「気絶してるだけで外傷はありませんね」
………艦娘の一撃を喰らって外傷がないのはどうかと思うけど。この人、本当に体力お化けだなぁ。
「自分で気絶させておいて助けを呼びに来るなんて、神風ちゃんも変わってますねー」
「そ、それは………!怪我させた本人が呼ぶのは当たり前ですよ。でも、絶対に謝りませんからね!元はと言えば司令官の自業自得なんですから!」
「それは別に良いと思いますよ。実際、自業自得ですし。ていうか、ここ一週間ずっとじゃないですか?この人に何があったんですか?」
「そんなの私にも分かりませんよ………」
本当にどうしたんだろう。やっぱり、妹にして、なんて頭のおかしい事言っちゃったから、かなぁ………。
「でも、神風ちゃん。気をつけた方が良いですよ」
明石さんに言われ、私はドキッとした。それは分かっている。仮にも私の上司にいる人間だし、あまり暴力を振るってると、解体されてしまうかもしれない。例え正当防衛でも、上官に手を挙げたのは事実だ。もう少し我慢できるようにならないと………。
「提督の事を医務室に運ぶようになって、一週間ですよね?」
「………はい」
「提督の対物理ダメージ耐性が上がって来ています」
「………はい?」
わけのわからないことを言い出した。
「最初に提督が神風ちゃんにボコボコにされて運ばれて来た時は顔の形が変形する程でしたが、運ばれてくる度に腫れ上がった箇所が減って来ています。今日なんて気絶以外は無傷ですから。このまま行けば、提督にはあらゆる物理ダメージは効かなくなります」
何それ怖い。サイヤ人か何かなのかしら?
「い、いやまさかそんな………」
口では否定してみたものの、事実、司令官の身体に傷はない。私の頬に冷たい汗が流れた。
「このままいくと、あと一〜二週間後には艦娘の拳での攻撃では、提督にダメージを負わせることは出来なくなってしまいますよ。そうなると、神風ちゃんは今以上にやり放題されてしまうのでは……?」
「……………」
想像するだけで鳥肌が立ったわ今。
「あ、あかっ……明石さん………!私、どうすれば………‼︎」
「長門さんや武蔵さん、日向さん達のような脳き……素の体力も鍛えてる方に修行してもらうか………」
修行って………バトル漫画ですかこれは。しかもセクハラ上司を倒すための修行ってすごい斬新ね。
「もしくは、物理ダメージ以外で提督を黙らせるか、ですね」
「………超能力でも使えるようになれって言うんですか?」
それは流石に無理でしょう?
「違いますよー。あくまで提督の体にダメージを負わせる考えなんですね?」
「だ、だって!あんな風に迫られたら動きを封じるしか……!」
「いえいえ。そんな物騒な事しなくても動きは止められますよ?」
「………どうやって?」
「精神的ダメージとか」
「………?」
「例えばですね………」
明石さんは私の耳元でどうやってダメージを与えるか呟いた。
「………です」
「……え?そんな方法で、ですか?」
「はい。効果は抜群だと思いますよ?」
「……………」
疑わしいけど、そこまで言われたら試してみるのも良いかもしれないわね。自意識過剰みたいであまり好きな手ではないけど。
すると、ちょうど良い事に司令官が目を覚ました。
「おおう……痛て……顎が、顎が砕けるかと思ったぜ……」
「大丈夫ですか?提督」
明石さんがコップに水を注いで司令官に手渡した。
「悪いね、明石。どのくらい寝てた?」
「ほんの20分くらいですよ」
「遠征とか出撃は?」
「遠征はまだですけど、出撃メンバーは帰って来て、念の為待機していただいてます」
「なら、今日はもう休みでいい。怪我した奴らは入渠だ」
「了解しました」
そういえば、司令官が私にセクハラするようになってから、医務室で寝てる事が増えたので、明石さんが秘書をするようになっている。
明石さんも完全に仕事に慣れた様子だし、息はバッチリ合ってるように見えた。司令官も仕事してる時はキリッとしてるし………何か気に食わないわね………。
あれ?待てよ?明石さんが秘書艦で、司令官が私にセクハラしに来るということは、少なくとも明石さんは私へのセクハラを黙認しているということになるんじゃ………。
色んな意味でムカついて来てムスっとしてると、司令官が私を見ているのか気付いた。
「………あっ」
「自分で怪我させといてお見舞いに来てくれる神風たんマジで可愛いーーーー‼︎」
「ちょっ、きゃあっ⁉︎」
しまった!司令官の前で油断するなんて………!
司令官にギューッと抱き締められ、私は司令官の顔を掴んで引きはがそうとするが、剥がれない。
すると、明石さんが「今、今」と口パクで言ってるのに気付いた。そうね、試すには絶好の機会だわ。私は抱き締められながら言った。
「し、司令官!」
「何?脇の下の匂い嗅いでも良いって?」
「ちっがうわよ‼︎」
私はツッコミを入れてから耳元で叫んだ。
「あんまりそういう事してると、嫌いになるわよ⁉︎」
直後、司令官はピタッと止まった。まるで時間が止まったかのようにピクリとも動かない。
と、思ったら声が聞こえて来た。
「………………マジ?」
「ま、マジよ………!」
どうだ、効果の方は………効かなかったら明石さんは後で尋問してやる……逆な効いたら不問にしてあげよう。
すると、司令官は静かに離れた。何よ……まさか本当に効果あり?ほのかに喜んだ直後、司令官はベッドの横の棚の上に置いてあったボールペンを掴み、芯を出して自分の首に押し当てた。
「って、ちょちょちょッ、待ちなさい!」
慌ててその手首を掴み、首元から引き離した。
「な、何やってるのよあんた⁉︎」
「神風に嫌われるなら死んだほうがマシだああああああ‼︎」
「き、嫌わない!嫌わないから落ち着いて!」
なんで一々自殺したがるのかなこの人は⁉︎って、明石さん!笑ってないで止めなさいよ!
「………嫌わない?」
「嫌わないから………。けど、少しは弁えてよね。あんなにベタベタ触られるのはどんな女の子だって嫌なんだから!」
「…………はい、すみませんでした」
………まったく、これじゃあわたしが姉みたいじゃないの……。