「…………俺は一体、何の約束をしてんだ」
翌日、俺は仕事しながら全力で後悔していた。なんだよ、妹になるって……義理の妹って事?何にせよおかしいだろ………。あんなんじゃ、少なくとも神風にはドン引きされただろうなぁ………。兄が欲しいとか言ってくれたが、何故あの時の俺は、俺に合わせて兄貴が欲しいと言ってくれたと考えなかった?あそこは艦娘に甘えちゃいけない所だろ。どんだけ妹欲しかったんだ俺。
いや、今からでも遅くないか。断ろう。問題は、向こうも性癖を晒してくれてるということだ。恥ずかしい思いまでしてくれたのに、断るのは少し申し訳ない。
どうしたものか、両腕で挟むようにして頭を抱えてると、コンコンとノックの音がした。
「………どーぞ」
「さ、失礼するわね……」
返事をすると、神風が入って来た。あー、まぁ丁度良いな。とりあえずお断りしよう。
そう思って口を開きかけた時、先に神風が声を発した。
「お、お兄ちゃん。お疲れ様。差し入れにクッキー作って来てあげたわよ」
「いただきます」
断るのはまたの機会にしよう。
俺は立ち上がって、ソファーとテーブルの方に移動し、紅茶を二人分淹れた。
神風も俺の向かい側に座り、テーブルにクッキーを置いた。
「いただきまーす」
「いただきます」
クッキーを一枚摘み、口の中に運んだ。
「どう?美味しい?」
「ん、美味い」
「良かったぁ」
「……………」
「……………」
無言でクッキーをかじり、たまに紅茶を飲む。
………あ、あれ?兄妹ってどんな感じなんだ?何すりゃ良いんだこれ?俺が望んでた妹との生活ってどんなんだったっけ?なんだ、これ……なんか、こう……違うな。
神風もどうしたら良いのか分かってないのか、顔を赤らめたままモジモジしていた。
良し、こうだ。過去の妹キャラのルーツを辿ろう。例えば、その、何。俺妹から?確か、あの妹は運動も勉強も出来て、モデルもやってるにも関わらずオタクだったな。
「神風」
「な、何?」
「秋葉原とか、行きたくないか?」
「別に行きたくないけど……」
「そ、そうか………」
「うん」
「……………」
「……………」
そうじゃん、別に神風はオタクじゃないじゃん。俺妹はダメだな。他の妹モノのアニメか………いや、この際、妹モノじゃなくても良いか。
他のアニメだな。エロマンガ先生……はそもそもラノベ作家じゃねぇし、絵師てもねぇしな……。あれ?これマジでどうすりゃ良いんだ?
「あ、あの、お兄ちゃん?」
「ん?」
「私もどうすれば良いのか分からないし……とりあえず、お互いにしたい事をまとめてみましょう」
「したい事?」
「私はお兄ちゃんに要求する事、お兄ちゃんは私に要求する事をそれぞれ言うんです。それが、兄妹のする事になるのでは?」
「………なるほど。じゃあ、少し待ってて」
俺は業務用机の上に束ねてあるいらない紙を二枚手に取った。
「うし、とりあえずこれに書きおろすか」
「………それはちょっと恥ずかしいんだけど」
「大丈夫、俺が保管しておくから。他の奴には絶対見られない」
「………お兄ちゃんに見られるのが、一番恥ずかしいんだけどなぁ」
「どうせ後で見せるんだから良いだろ」
「………むぅ、やむを得ないか……」
え、何そのキャラかわいい。武人系の妹キャラも探してみるか。
俺はとりあえず自分の欲望を書き下ろしてみた。
『妹としたい事
・宿題を教えてあげたい。
・背中を足で踏んでマッサージしてもらいたい(その際、スカートの中を覗きたい)。
・雨の中、出掛けた先に傘を持って迎えに来てもらいたい。
・「お兄ちゃんとけっこんするー!」って言われたい。
・夜中にトイレについて行ってあげたい。
・一緒に風呂に入りたい
・着替えてるところに遭遇して、「変態!」と罵られたい。
・ていうかもう愛でたい。
・背中をなぞりたい。
・脇腹をつつきたい。
・胸のことを相談されて「揉めば大きくなるよ」って提案したい。
・で、揉みた』
そこで俺は紙をくしゃくしゃに丸めた。
「っ⁉︎ し、司令か……お兄ちゃん⁉︎どうしたの⁉︎」
「いや、ちょっとやり過ぎた」
危ない危ない。ドン引きされるところだった。ただでさえ異常な状態なのに、こんな所でさらに性癖バラしてたまるか。大体、艦娘に宿題とかねーし。
新たな紙を取りに行って、もう一度書き直した。
で、10分後、とりあえずお互いに書き終えたようなので、紙を交換した。さて、神風の要望とは何だ?
『お兄ちゃんにしてもらいたいこと
・頭を撫でてもらいたい。
・肩に頭を乗せて眠りたい。
・怖い話を見たとき、一緒に寝て欲しい。
・ダラダラしてるところを叱りたい。
・部屋の掃除を手伝ってあげたい。
・マッサージしてあげたい。』
こんな感じだった。所々、消しゴムで消してある箇所を読みたくなる俺は、やはり変態なのだろうか。いや、俺は断じて変態ではない。これくらい、みんな良く考えるはずだ。
神風は俺の顔を覗き込むように見て来た。
「ど、どう……でしょうか………?」
「いや、うん。これくらいなら別に。そっちは?」
描き直した俺のやつも、ほとんど似たようなものだ。じゃ、早速どうするか。
「じ、じゃあ、その……マッサージしましょうか?」
マッサージはアレか。俺がパンツの部分を消した奴。あれ書いてたら即憲兵だった。
「ああ、頼む」
ソファーの上に寝転がった。その上に、神風は跨ぐように座った。
「あの……流石に踏むのは良くないと思いますので、押してマッサージさせていただきますね」
「えー、踏まれたかったのに?」
「え?今なんて?」
「何でもなーい」
あぶね、口が滑った。まぁ、跨がれるのでも良いか。
………いや、待てよ?これ、俺が背中を小刻みに動かす事によって、神風のお尻の感触を味わえるんじゃないか?ってバカ。俺は何を考えてる。妹と言っても基本は部下だぞ。死ね、俺。
「じゃ、やりますね」
「んっ」
肩甲骨の辺りを親指でグリグリと押した。おっ、中々……気持ち良い………。何が気持ち良いって、腰の上の尻の感触と小さなお手てが一生懸命俺の背中を刺激しようとしてる辺りがもうね。
「どう?お兄ちゃん」
「気持ち良い……」
「本当に?良かった。もっとガンガン行くわね!」
「お尻の感触が………」
「っ!も、もう!えっち!」
あ、やばっ。声に出た。でもその罵り、可愛くて最高です。まぁ、声に出してしまったお陰で、神風は膝立ちになってしまったが。
次は背中を手のひらで押され、あまりの心地よさに眠気が襲って来る。
「ん。もう大丈夫、ありがとう神風」
「うん。それで、その……」
「? どした?」
「頭、撫でてくれると……」
「……………」
あれ?神風ってこんなに可愛い子だったの?すごく甘えて来るし、でも羞恥心は忘れないし………普段のしっかり者の神風を知ってるから、ギャップ萌えしてるだけか?いや、にしてもこれは………。
「お兄ちゃん?」
「お、おう!悪い……!」
呼ばれて、慌てて神風の頭を撫でた。サラサラの髪に指が透き通り、なんかすごい良い香りする。頭を撫でられ、若干恥ずかしさはあるのか、顔を赤くしながらも決して抵抗しない神風の表情も、また可愛さがある。
「………んぅっ」
「っ」
変な吐息を漏らすなよ。ムラムラするだろうが。あー畜生、どうしようこれ。神風が可愛すぎて生きるのがツライってこういう事か。すごい共感する。畜生、可愛いなぁ畜生。
すると、神風がふと時計を見た。もうお昼の時間を回っている。
「お兄ちゃん、お昼は食べた?」
「まだ」
「じゃあ、作って来ますね」
「え、いやそれは流石に………」
「良いの良いの。任せて?」
「………それなら、他の奴に見られると不味いし、執務室のキッチン使って良いぞ」
「本当に?ありがとう」
「エプロンはあそこの棚に入ってるから」
神風は鼻歌を歌いながら、エプロンを取りに行った。
いやいやいや、待て待て落ち着けや俺。な?お前は大人だ。大体、妹と言ってもこれはごっこ遊びの妹みたいなモンだろ。あんな年端のいかない女の子にそれはねぇって。弁えよう、俺。
………よし、大丈夫!落ち着いた。そう思って、神風の方を見た。エプロン姿の神風が立っていた。
「なん、だと………⁉︎」
に、似合い過ぎるだろ………。
俺の中で、何かが吹っ切れた。