書き溜めが終わり次第平常運転に戻ります。
「セルリアンなら、たった今チベスナさんたちが退治したと思いますよ」
そう言って、チベスナが俺の横に並ぶ。
チベスナの言葉に、目の前にいるイヌ科のフレンズ――リカオンはその灰色の耳をぴくりと動かす。
「えぇ、アナタ達がですかぁ? う~ん……あの大きさじゃあ、並のフレンズじゃ太刀打ちできないと思うんだけどなぁ……」
チベスナをさらっと流し見して俺をじっと見つめながら、怪訝そうに呟くリカオン。
……彼女は誰あろうセルリアンハンターの一人だ。一番の新米っぽいけど、けっこう頑張ってたような記憶があるが……そっか、ハンターが出張るレベルのセルリアンだったのか、さっきのヤツ。そういえば自分の体格より大きなセルリアンはハンターに任せるとかそういう話があったっけ……。今まで何とかなってたから感覚がマヒしてた。
……ところでこの反応的に、チベスナが戦力になったとは思えず、ならチーター(俺)が独力で二メートル級のセルリアンを討伐したのか……? と思っているらしいな。
無理もない。チベスナが戦えるとか、長いこと一緒にいた俺ですら思わないし……というか長いこと一緒にいたからこそ思えないし。コイツ真正面からセルリアンと戦ったら、多分〇・五メートル級のセルリアンでも敗走しそうだし。
が、チベスナの方はそんなリカオンのリアクションが不満だったらしい。
「ちょっと! こっちを見るといいと思いますよ! チーターはともかくチベスナさんをバカにしてるんですか!」
「チーターはともかくってなんだよオイ俺のことバカにしてんのか?」
「だって、チベスナ? じゃ絶対無理ですよぉ……」
騒ぐチベスナに、リカオンはたじたじな様子だった。
うん、そこはリカオンが正しい。ていうか別に俺だって正攻法で倒したわけじゃないしな……。
「罠を張ったんだよ」
というわけで、俺はこれ以上リカオンを困らせないうちに事情を説明することにした。
リカオンは助かったとばかりにこちらの方を見て首を傾げる。
「罠、ですか?」
「ああ。そこのチベスナを湖の上に浮かべて、セルリアンがそれにつられたところで俺が後ろからドン」
あとは水の中で動きが鈍ったセルリアンの核をこう、と俺は踏みつぶすジェスチャーをしてみせる。リカオンの方は納得するやら感心するやらで『ほー……』とため息を漏らすだけだった。
「すごいですね……。ハンターでもないのに戦い慣れてるというか。チベスナもしっかり役割を果たしてるみたいですし」
「おお! よく分かってるじゃないですか! そう、この作戦はチベスナあってのもの。作戦のかなめは言ってみればチベスナさんだと思いますよ!」
あ、コイツ調子に乗り出した。
「アナタはなんというフレンズだと思いますよ? そういえば名前を聞いてなかったと思いますよ」
「あ……申し遅れました。わたしはリカオンです。一応……」
そう言うとリカオンはもったいつけたように一拍あけて、
「……セルリアンハンター、やってます」
それに対するチベスナのリアクションは、
「へぇー。セルリアンハンターですか。うわさでいるらしいということは聞いてましたけど、初めて会ったと思いますよ」
…………めっちゃあっさりしてた。
いや、そんな感じでいいんだセルリアンハンター相手にして。ヤバイセルリアン相手ならこのフレンズたち、みたいな扱いなんじゃないの? もうちょっとこう……思わぬ有名人を見つけてわー! 的なリアクションが正解なのでは……?
……ハッ、まさかコイツ、増長している……? セルリアンを倒すのに慣れすぎて、『言ってもチベスナさんも既にその領域には到達していると思いますよ』みたいな感じで傲り高ぶっているんじゃないか……!?
……あ、あり得る。チベスナのアホさ加減を考えれば、流石にそこまでといかなくとも『まぁチベスナさんも同業者の端くれですし』くらいのアホ発言くらいは吐きかねない!
「そ、それだけですか……」
「それだけと言われても……」
チベスナは困惑するリカオンに逆に困惑したような表情になって、
「セルリアンハンターなら、チーターも似たようなもんだと思いますよ。そんなに珍しいものでも……」
「…………へ?」
一瞬、何を言われたのかちょっと理解が追いつかなかった。
……が、やがて脳みその処理が追いつき始めると、チベスナが何を言ったのかようやく理解できてきた。コイツ……俺でもセルリアン退治できてるからハンターもそんなに……みたいな感じになってやがる!
俺がハンター並に凄いとかじゃなくて、ハンターの方を落としてきやがった!
「え、えぇ!? チーターさんが……?」
「そうだと思いますよ。並のセルリアンなら蹴り一発で倒せますし、さっきくらいのセルリアンでも少しも怖気づかなかったと思いますよ。そしてもちろんチベスナさんも……」
「い、いやいや待て待てリカオン誤解だ、」
「すごいですよ!」
そしてお前もチベスナの言ってることを真に受けてるんじゃねぇ!
「さっきくらいのセルリアン、わたしでも相手するのに苦労するくらいなのに……少しも怖くないなんて」
「だから待てって!」
俺は少し声を張り上げて、止まらない誤解の連鎖を断ち切る。
このままだと誤解の連鎖が連なりまくってヒグマの耳にこの話が届いて色々と面倒なことになりかねないからな。リカオンのテンションっていうかフレンズのおとぼけ加減を考えるに大いにあり得る展開だ。
だが、俺の前世はヒトである。分かり切った未来を目の前にして流され続けて、いざ窮状に陥ってから『どうしてこうなった……』などと呻く愚鈍など犯さないのである!
「勘違いしてもらっちゃ困るが、セルリアンが怖くないなんてのは大嘘だぞ」
大きな声を出して注目を集めた俺は、少し声のトーンを落とし、噛んで含めるように二人に言う。
「当たり前だろ、セルリアンに食われたら元の動物に戻っちまうんだ。俺達フレンズにしてみれば死……俺は怖いよ、セルリアンは怖いものだ」
「…………」
「だからこそ、万全を期すんだ。強いからセルリアンも怖くないし突撃! なーんて超人みたいなヤツじゃないんだよ俺は。あとそこの調子乗ってるチベスナも」
調子乗るとすぐに調子のいいことを言っちまうが。
「分かったか? だから俺達はなんでもないフツーのフレンズとして、旅の途中に出くわしたセルリアンを少しでも安全に潰してるだけでだな……」
「………………同じだ……」
「ん?」
そこで、リカオンが何やらぽつりと呟いた。
まぁ、俺達がハンターみたいに特別な戦闘力や闘争心を持ち合わせているすごいフレンズじゃなくて、あくまで普通のフレンズの範疇で頑張っているだけだということは理解できたと思うし、とくに問題はなかろう。
そんな風に考えている俺に、リカオンは目を輝かせながらこんなことを言った。
「ヒグマさんの言ってたことと、全く同じこと言ってます! 凄いです、チーターさん!」
………………。
……どうして……。
「どうしてこうなった……」
そんなこんなで。
俺の『恐怖を知った上でその対象を狩る』という考え方に何やら師ヒグマと近しいものを感じたらしいリカオンは感激して、ハンターの仲間達に紹介したいと俺達を引っ張ってきたのだった。冗談じゃないよね。
「それで……お前らが、例のセルリアンを倒したっていうフレンズか?」
遊園地のベンチに座っていたそのフレンズは、立ち上がってリカオンから事情を聞くと、こっちにそう水を向けてきた。
「一応な。俺はチーター。こっちは……」
「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ」
主導権を握るべく、珍しく先手を打って挨拶する。いつもは大体チベスナの名乗りに便乗して、その後招きネコの手に気付いて……って感じだからな。今回はチベスナに任せてたら話が拗れそうなので俺がメインで話を進める。
……ん? 招きネコの手?
あっ! またやってる……! 先に名乗ることに意識を集中させてたからついうっかり……!
「……? どうしたんだチーター?」
「いつものことなので気にしないでいいと思いますよ」
「そ、そうか……」
……はっ。よかったまだ話は進んでないよな。
「ええと、わたしはヒグマだ」
「キンシコウです。リカオンがお世話になったみたいで……」
「ええ!? 会って話しただけですよぉ」
「ふふ」
キンシコウに手玉に取られるリカオンを眺めているとそのリカオンの視線がヒグマに向いた。本題、ということらしい。
「それでリカオン。なんでそいつらをわたしたちのところに連れてきたんだ? 例のセルリアンがいなくなったから確かに今は暇だが、またいつセルリアンが出るとも……」
「まぁまぁヒグマさん、そう言わずに。ヒグマさんは絶対チーターさんと仲良くなった方が良いですって!」
「どういうことだ……」
いつになく(俺はいつものリカオンを知らないが)積極的なリカオンにたじたじとなるヒグマ。
……うーん、やっぱり雲行きがあやしくなってきた気がするぞ。早めに断ち切っておいた方が良い流れだ。
この流れを放置してると、ヒグマのなんかに触れそうな気がする。
それが『調子に乗って自分の実力を過信している危なっかしいフレンズがいる』という逆鱗にせよ、『わたしと同じ志を持った有望なフレンズがいる』という琴線にせよ、どっちにしろややこしいことにしかならない。
前者だったらまだちょっと気まずい感じになる程度で済むが、後者だったら本格的にめんどくさい。
なので、俺はピンポイントにこの流れを断ち切れそうな言葉を選んでいく。
「俺達、パークを旅してるんだ。ここにも遊びに来てて……」
「遊びに? セルリアンが出てると聞いてじゃなかったのか」
ああやっぱりそう伝わってる……。事前説明もなくただ『セルリアンを倒しててスタンスもヒグマさんと似てる人なんですよ』みたいな感じで紹介されたら誰だってそう思うわ。危ない危ない。
「違う違う。セルリアンとかちあったのはたまたま。さっきも湖にあったスワンボートで遊ぼっかなとか考えてた真っ最中だったし」
「そういえばチベスナさんは乗りましたけどチーターは乗らずじまいだったと思いますよ。あとでいきましょう」
「それはいいけどまだ話の途中だからな」
マイペースかお前は。……マイペースか。
「確かにここは色々あるが……遊ぶ、か。考えたこともなかったな……」
「ヒグマ達はここを縄張りにしてると思いますよ?」
「いや違う」
「わたし達は連絡があったらパークのどこにでも行くので、決まったなわばりはないんです。言ってみれば常に旅をしているようなものですね」
「なるほど。今のチベスナさん達と似たようなものだと思いますよ。チベスナさん達の本来のなわばりはへいげんちほーですけど」
ハンター達、決まった縄張りがないのかぁ……。ていうか、ハンターって三人だけなのか? アニメじゃ説明されてないだけで各地方にいるもんだと思ってた。
「しかし、ハンターなんて初めて会ったと思いますよ。うわさには聞いてましたけど」
「……会わないで過ごせるならそれに越したことはないぞ。わたし達がいるってことは、セルリアンの危険があるかも知れないってことだからな」
脳天気なチベスナに、ヒグマは少しだけ目を伏せて言う。……あーハラハラする。チベスナがなんか余計なこと言いそうでこわい。っていうか既にちょいちょい余計なことは言ってる気がする。
「と、とにかく俺達はパークを旅してるだけで、セルリアンを狩ってるわけじゃないんだ。こっちのチベスナのバカが調子に乗って、そっちのリカオンが真に受けちゃっただけでさ……俺達自身は、フツーに危ないことからは逃げられるくらいに弁えたフレンズだから、その、な?」
「バカとはなんですか! 今までだって色んなセルリアンを退治してたと思いますよ! へいげんちほーではたくさんのセルリアン相手に飛び込んでいってましたし、さばくちほーでもおあしすの中にいたセルリアンを囮作戦で倒したと思いますよ。こうざんでも転がってきたセルリアンから水場を守りましたし、さっきだって……」
「お前ら……」
余計なことを言い切ったチベスナを見て、ヒグマの表情が曇った。あああ! ヤバイヤバイ!
「違うんだよ! それは……あれだ! そうしないと困るからしょうがなく! しょうがなくなんだよ! ヘラジカ達の住処が壊されそうだったり、放っておいたらオアシスが壊されそうだったり、倒さないと水場が壊れそうだったり、さっきも早く倒さないと遊園地のものが壊されるかもしれなかったから……ハンターに連絡するやり方とかも分かんなかったから仕方なかったんだ! もしハンターがどうにかしてくれるって状況ならやらなかったよ! もちろん!」
そこまで一息に言い切った俺は、それからヒグマの表情を伺ってみる。ここまで言えば、琴線にも逆鱗にも触れることはないと思うが……。
「……。そっか。…………なんか色々、ごめんな」
そんなヒグマは、何故か申し訳なさそうにそう言うだけだった。そしてそのあとはなんかしょんぼり俯いてしまっておられる。
…………ん? なんでそんなリアクション? そこはちょい不満そうにしつつも『ちゃんと分かってるんならいいんだ。気をつけろよ』とか軽いお小言で済ませるところだろ?
……。
今の俺の言動を思い返してみよう。
……本当は危険は怖いけど何かを守るためにしょうがなく。ハンターがちゃんと守ってくれてれば戦うつもりはない。ハンターがいなくてもきっちり守りたいものは守れた。
……こう言われたヒグマは、どう思うだろうか。
『わたしがしっかりしてれば、こいつらは危険を冒さずに済んだのに』……そんな自責に苛まれたりしないだろうか?
…………あああああああああ!!!!!! これ完全にヒグマの心に思いっきり突き刺さりまくるヤツだああああああ!!!!!!!!!!
二次創作だと増員されがちなハンターですが、当SSでは三人だけという解釈でいきます。
アニメを見る限りでもゆうえんち付近からさばくちほーとキョウシュウエリアを東西横断してますしね。
◆支援イラスト◆
ハヤサカ提督様より。ありがとうございました!
twitterにも掲載されているのでそちらも是非ご覧ください。
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