「フィールドはここにしよう」
呆然としているチベスナを引き摺りながら、俺はアニメでも使われていたステージのような場所を指さす。
ところで、ここっていったい何のためにあるアトラクションなんだろうな。何か映画のセットみたいではあるが……撮影機器があるわけでもなし。
確かアイスクリーム屋の幟とかあったし、ひょっとすると時代劇っぽい設定のショッピングモールとかなのかもしれないな。
あるいはフレンズと記念撮影できるとか、そういう感じか。もしくはテーマパークによくあるお城のアトラクションという線もあるな。和風なのがアレだが。
「ちょ、ちょっと待ってください。本気でチベスナさんもやるのですか? ちょっと考え直した方がいいと思いますよ」
「案ずるな。我に秘策あり、だ」
「言ってる意味が分からないと思いますよ……」
文句を言うチベスナを俵みたいに抱え上げると、俺はそのままステージに立つ。同時に、ヘラジカとシロサイもステージに上ってきた。二人とも、両手はフリーで何の得物も握られていない。確かヘラジカは角を模した薙刀、シロサイは同じく角を模した突撃槍を出せたと思うんだが……まぁ、出さないのも当然か。決闘とはいえ、本気のバトルってわけじゃないしな。武器とかまで出してくるほど本気じゃないってことだろう。
「ふぅむ……初めてやる形の戦いだが、負けんぞ! なぁ、シロサイ!」
「はい! もちろんですわ! やってやるですのー!」
審判役は……あ、ヤマアラシがスタンバってる。そういえばアニメのときもやってたんだっけ? ああいうことするの好きなのかなアイツ。
「ち、チーター、早く下ろした方がいいと思いますよ。もう戦いが……」
「いや……
「!?」
驚愕で息をのんだチベスナをさておいて、俺は二人のフレンズに向き直る。……二人は既に臨戦態勢に入っていた。やる気満々だよこいつら。これだから脳筋は……。
そんな二人に向き直る俺(と抱えられているチベスナ)を見て準備万端と見たのか、いつの間にかステージに上っていたヤマアラシはバッと伸ばした手を振り下ろしながら言う。
「では――ヘラジカ様とシロサイ対チーターとチベスナ、始め! ですぅ~」
……気が抜ける合図だなぁ……。
そんな始まりとは裏腹に、ヘラジカとシロサイはすぐに動いた。
「でぇぇええええええええええいっっ!!」
「サイサイサイサイ! 覚悟なさーい!」
まぁ、動いたっつっても二人して真っ向から猪突猛進なんだが。……アニメやらで大体行動パターンに察しはついてたから驚きはないけど、それでもこうしてデカいフレンズが二人して向かってくると圧迫感すごいな……。
まぁ、二人とも俺からしたら止まって見えるがな!
「動くぞ、チベスナ!」
「はっ? 何言っグエ!」
俺は足に力を集中させ――地を駆けた。
即座に瞬間が拡大し、俺の目を通した世界は急速に遅延していく。
狭いステージの中で二人のフレンズの攻撃射程は、確かに一見してみると広いように見える。悲観的に考えれば、このステージに二人の攻撃の隙間はないようにも。だが、スローモーションの世界でじっくり観察してみれば、違った結論も見えてくる。
まず――二人がかりで俺という一人のフレンズを狙ってくるから、ヘラジカとシロサイはお互いにかち合わないよう注意しあいながら俺を攻撃するしかない。そして、お馴染みの猪突猛進スタイルゆえ、態勢的にも攻撃範囲はさらに制限されてしまうのだ。
だから、この状況……見かけほど、逃げ道は狭くない。むしろ広いくらいだ。この俺が――すれ違いざまに攻撃を加えられるくらいに。
「シっ!」
「きゃ!?」
俺はシロサイの脇を通り抜けるついでに、軽く蹴りを入れて二人の背後に回る。
それから、一瞬遅れて世界の速さが元に戻った。
ふう、と俺は軽く息を吐き、脚を馴らすみたいにしてその場でステップを踏む。
疲労は、やはり思ったよりない。ステージは大体四メートル四方。俺が全力で走り回れるのが少なめに見積もって大体〇・五キロくらいだから……まぁ、しばらくは走り回っても大丈夫ということだ。
「この分なら大丈夫そうだな」
「……チ゛ベ゛ス゛ナ゛さ゛ん゛は゛大゛丈゛夫゛じ゛ゃ゛な゛い゛と゛思゛い゛ま゛す゛よ゛…………うぷ」
「もうちょい我慢しろ」
チベスナに適当に言いつつ、俺はヘラジカ達を観察してみる。遅れて俺達が背後に回ったことに気づいたらしい二人は、やはりまだまだ余裕そうだ。ヘラジカはともかく攻撃を入れたシロサイも平然としているあたり、アイツ頑丈だなぁ……。
「む……チーター、いつの間に私達の後ろに!?」
「す、すごいですわ!」
フフフ……どーもどーも。
「……チーター、照れてるんじゃないと思いますよ」
「うるせぇ」
褒められてちょっと照れくさくなっていたら、依然顔が青っぽいチベスナが水を差してくる。だって素直に褒められるってうれしいじゃない。
と、そんな俺達の姿を見ていたギャラリーの一人――カメレオンが、ハッとなって声を上げる。
「あ、あれは!」
「ん-、なになに? カメレオン何か知ってんのー?」
「あれは……なるほどぉ、そういう作戦でござるかぁ……」
「カメレオン、さっさと言うですぅ」
「あれはきっと、チーターの作戦なのでござるよ!」
……お。もったいぶってたわりにちゃんと的を射ているじゃん。
「なにぃ!? どういうことだカメレオン! すぐ説明してくれ!」
決闘の最中だっていうのに戦闘態勢をといてカメレオンに解説を求めるヘラジカ。横にいるシロサイも完全に解説を聞くモードに入ってしまっていた。……あの、君たち、一応まだ戦闘中だと思うんだけども……。…………横のチベスナも既に興味津々って感じだし。
あれか? あれなのか? ここで『今のうちにあっちを攻撃しちゃえば』とか思っちゃう俺がダメなのか?
そんな風に懊悩している俺を置いて、カメレオンは満を持して俺の作戦を解説しだす。
「了解でござる! ……そう、このタッグバトルという形式自体が、チーターの作戦だったのでござるよォ!!」
「なっ、なにぃ!?!? ………………それはどういうことだ??」
……分かってないならなんで大げさにリアクションしちゃったんだ? お前頭で理解する前に雰囲気でふわっと反応しちゃってるよな?
「つまり、タッグバトル……そしてタッグの片方が戦えなくなったら負けというルールにしておいて、自分はチベスナを抱えて素早く動き回ってシロサイを集中的に攻撃しているのでござる! チーターは速いからそうすれば攻撃されずにシロサイが少しずつ弱っていくという寸法でござるよ!」
「な……なるほど! それでだからどうなんだ?」
だから分かってないならなんでなるほどって言っちゃうんだよ! カメレオンが不憫だろ!
「そ、そうするとヘラジカ様がどれだけ元気でも、チーターを攻撃できず、徐々にシロサイが弱ってしまって、いつの間にかヘラジカ様が負けてしまっているのでござる」
「な、なんだとぉ!? すごいなぁそれは!」
「そ、そんな作戦があったんですの……! カメレオンもよく見抜きましたわね!」
「フッフッフッ……忍の技でござるよォ……しかし見切ったからにはもはや怖くないでござる! ヘラジカ様! こっちも対抗してシロサイを抱えるでござる! そうすればもはやヘラジカ様に弱点はないでござる!」
「おぉ! やるなカメレオン! よぉし! チーター、ちょっと待っててくれ。今シロサイをおぶるからな」
「お、おう」
いや、もう十分待たされてるんだけど……と思いつつ、しょうがないので待っててやる。
…………しかし、意外と早く見抜かれたなぁ。確かカメレオンは早い段階から透明になって斥候したいって言ってたらしいし、ヘラジカの群れの中では比較的戦略眼に長けているフレンズなのかもしれないなぁ。
……
「さぁ、再開するぞ。準備はいいか?」
「うむ! 待たせたな! ここからは私達の独壇場だぞぉ!」
ほくそ笑みたい気分を抑えながら問いかけると、無事にシロサイを抱えたヘラジカはそう言って自信満々に胸を張る。その拍子に少しよろめいたが……まぁ流石に倒れはしなかったか。
「……じゃあ、俺も遠慮なく行かせてもらうぞ!」
すべての策が無事に
それを迎え撃つようにして、ヘラジカもまた歩を進める――――。
…………そして数分後。
「ぜぇ、ぜぇ…………くっ、な、なんだか凄い疲れるぞ…………な、なぜなのだ……?」
「へ、ヘラジカ様、大丈夫ですの? 今日はちょっと体調がよくないのでは……」
案の定、ヘラジカはバテバテになっていた。
無理もない、あんな西洋鎧をがっちり着込んでいるシロサイを背負って、走り回る俺を追い掛け回して全力疾走していたのだから。
俺はチベスナ――即ち女子中学生くらいの重さを抱えてるだけだし、ヒトだったころならともかくフレンズの身では女の子の体重くらいはちっとも重くないが、流石に鎧となるとそうもいかないだろう。なんてったって当のシロサイ本人が、鎧の重さのせいでヘバるくらいだしな。
そう。俺の作戦とは、タッグバトルにしておいてチベスナを抱えて戦うことにより、ヘラジカを無視してシロサイばかり攻撃すること…………ではなく。
そんな戦略を真似したヘラジカを、シロサイの重みでダウンさせることなのであった。
ヘラジカは馬鹿だし、ほどほどに最初の戦法で優位をとった後に自慢してやれば、絶対のっかると思ったのだ。まぁ、その前にカメレオンに気づかれて真似が早まったのは想定外だったが。
ヘラジカが真似するのが早いか、俺がヘバるのが早いかの勝負だったが……無事に俺が勝てたようだ。
「……! ヘラジカ様、疲労で行動不能! この勝負、チーターとチベスナの勝ち、」
「まっ、待つでございますわ!」
……と。
判定をしようとしたヤマアラシを遮るように、シロサイがそう言ってピッと指をさす。……なんだろうと思ったら、俺…………いや、チベスナか?
「行動不能というなら、チベスナもすっごい力尽きてますわ! この勝負、引き分けだと思いますの!」
あ。
「……ええと、この勝負――ヘラジカ様とチベスナ行動不能により、引き分け、ですぅ~」
………………。
……う、うーん。策士、策に溺れたかぁ……。
「なーにが策士策におぼれるですよ! こっちは陸にいながらおぼれ死ぬところだったと思いますよ! 川もないのに!!」
「チベスナ、川で溺れたことあんの?」
「…………そうは言ってないと思いますよ!」
決闘が終わった後。
どうにか持ち直したチベスナは、こんな調子でご機嫌斜めだった。悪いな。あれが一番簡単に切り抜けられる方法だったんだ。あとお前の他人事スマイルがムカついた。
それと、ヘラジカは流石にシロサイが重すぎたのか、未だにダウン状態だ。まぁヘラジカだしあと三〇分も休んでれば元気になりそうだけど。
「しかも、せっかくだから撮影するつもりだったのに急だったから撮りそびれたと思いますよ! せっかくのバトルだったのにもったいないと思いますよ!」
ちょっと心配なのでヘラジカの様子を窺っていると、チベスナはなおも文句を言っているようだった。……そういやコイツ、
「あ、ハシビロコウ、ありがとうと思いますよ」
「……………………」
ハシビロコウが無言のままにチベスナにカメラを手渡す。ああ、アイツに渡しておいたのね。でもハシビロコウはカメラの使い方を知らないから撮影できなかった、と。
「…………確かにそれはちょっと勿体ないことしたな」
顎に指を添えながら、俺は呟いた。
せっかく比較的安全に戦えるチャンスだったんだ。もうちょっと準備しておけば、色々と演技の参考になる資料が手に入ったかも知れないのに。
「さつえい? なんのことだ? そういえばさっきもチベスナが言っていたが……」
「そういえば、ヘラジカたちには説明してなかったな……。撮影っていうのは、このカメラを使って、」
と。
そこまで言いかけたところで不意に、何やら
なんだろう…………今まで嗅いだことのない匂いだ。それでいて、とても不安になる――首の後ろから嫌な気分がぞぞぞっと背骨を下っていくような匂いだった。
思わず口から唸り声が出そうになるのを文明人の矜恃で抑え込んだところで……いつの間にか、周囲の空気が一変していることに気付いた。
いつの間にか陣地の外に出て様子を窺っていたらしいカメレオンが急いで戻ってきて、こう言う。
その言葉に、俺の説明不能の違和感は完璧に裏付けられてしまった。
「…………大変でござる! セルリアンがこっちに向かってきているでござるよぉ!」
次回、「単眼の襲撃者」。
シリアスっぽい風味が出てますが、当SSは基本バトル少なめです。ただヘラジカが