畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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五七話:嘗て在った栄華

「到着、と」

 

 急かすチベスナの後を追いつつ、歩くこと数分。

 俺とチベスナは、無事に目的地――キョウシュウアーケードに到着した。サバンナ地方という見渡す限りの大自然の中で、異彩を放つ人工物群。

 その入り口だろう、『キョウシュウアーケード』と書かれたアーチ型の看板が、俺達のことを出迎えてくれた。

 

「だいぶ浮いてると思いますよ」

「ほんとだな……お、これって」

 

 その看板の下に、遮断機のようなものを備え付けたゲートがある。横にはおそらく駐車券でも発行する為の機械が。

 不思議に思って地面を足で普通に擦ってみると……草や土に埋もれてはいるがここはもともと車道……みたいだな。折り重なった枯草や砂の下から、すぐにコンクリートの地面が出てきた。おそらく、このゲート周辺は普通に整備されていたのだろう。

 とすると……。

 

「遮断機の向こう、アーケードを構成してる建物群の脇にある空き地……あそこがもしかしたら駐車場なのか?」

「チーター。ちょっとチーター。今日は多いと思いますよ。わざとですか?」

「遮断機ってのはこの棒のこと。駐車場ってのは……そうだな、このソリを置いておくための場所。それが、ここからじゃ分からないがアーケードを作ってる施設たちの脇にありそうだなって」

「なるほど」

 

 チベスナにとりあえず納得させつつ、俺は遮断機をくぐって敷地内へと入っていく。ちなみにわざとではないので許せ。

 

「ふーむ……」

 

 なんとなしに唸りながら駐車場と先ほど目した場所に立って、鬱蒼としている草を蹴りはらってみると……ヒビ割れたコンクリートの地面が顔を出してきた。それと、半壊している車を止める為の石みたいなのも。やはりここが駐車場ということで間違いないようだ。

 ヒビが入っているのは劣化というより、根が張っているせいだろうな。いやまぁ劣化も大いにあるとは思うが。

 

「んじゃ、ソリは此処に置いておくか」

「ええっ? 持っていかないんですか?」

 

 振り返って、同じように遮断機をくぐってきたチベスナにそう言うと、チベスナは想定してませんでしたとばかりに面喰ってみせた。いや、さっき駐車場の説明で『ソリを置いておくための場所』って言って、お前『なるほど』って言ったよな? なら流れ的にそういう話になるかもくらいは思うよな? さてはお前あんまり話が理解できてなかったな?

 

「そりゃそうだろ。見た感じ、アーケードは二階建てだから階段上るのにソリ持ってくのも面倒だし……それに買い物の時とか邪魔だからな」

「えー」

 

 チベスナはソリを曳くのがすっかり気に入ってしまったらしく、庇うように持ち手を掴んで抗議の構えをとっているが……正直、ここは譲れない。というのも、ソリを曳きながら買い物すると一度に大量の品物を手に入れることができてしまうから、買い物が捗り()()()しまうのだ。

 『まだまだ入ると思いますよ』などと言ってぬいぐるみを無限に放り込むチベスナの姿が目に浮かぶ……。だが、ソリがなければチベスナも少しは自重することだろう。

 

「しょうがないと思いますよ……。チーターはチベスナさんの寛大さに感謝するといいと思いますよ」

「お前が妥協してるみたいな雰囲気出すの釈然としねぇ」

 

 まぁそれは今に始まったことじゃないが。

 

「んで、肝心のアーケードだが……」

 

 言いながら、俺はソリを駐車場跡に置いたチベスナと共にアーケードを改めて見上げてみる。

 アーケードというとどうしても、道の両側に店が並んでいて、その上を屋根が覆っている……みたいなスタンダードなアーケード商店街をイメージしてしまうのだが、これはそれとはまた趣が違った。

 全体的なヴィジュアルが洋風……というのももちろんそうだが、構造的には二階建てのアーケード商店街といった感じ。ただし一階と二階では違う店が入っているのが大半らしく、一階部分にかかっている西洋風の突出看板(学校の教室前についてるヤツ)とは別に二階部分にも同じような看板がかかっているのが何か不思議だった。

 まぁ、正直俺の総括としては単純なもので、

 

「ほー、けっこうオシャレなんだな」

 

 の一言で片付くレベルだったのだが。

 

「なんか他では見ない感じだと思いますよ?」

「な。正直ジャパリパークのアトラクションでこういうのってないと思ってた……」

 

 首を傾げるチベスナに、俺も頷く。……いや、ジャパリカフェとかもけっこう小洒落てたか? もうそこまで覚えてないが。

 

「ここなら色んなものがありそうですね。ぬいぐるみはどこだと思いますよ?」

「どこだろうなぁ」

 

 あたりを見渡してみるが、どうも看板は劣化していて文字がかすれていたり、そもそも看板自体落ちてしまっている店も少なくなく、どこに何があるのかはぱっと見た感じよく分からない状態だった。

 うーん、此処はこれまでのアトラクション同様、基本に忠実に行くか。

 

「よし」

「おっ、チーター、何かいい案思いつきましたか?」

「とりあえず案内図探そう」

 

 分からないことはたいていどこかに答えが書いてあるもんだからな。ヒトが作ったものは特に。

 

の の の の の の

 

さばんなちほー

 

五七話:嘗て在った栄華

 

の の の の の の

 

 というわけで、案内図探し。

 とはいえ場所が分からない時に必要な案内図が分かりにくいところに置いててあるはずもなく、探し始めてすぐ、案内図は見つかった。というか、普通に入り口近くにあった。ただ……。

 

「……うーん、字が掠れてるな」

 

 看板が壊れてるくらいなのだから、案内図が無事であるとも限らないわけで。というか、そもそもあるかどうかも定かではないわけで。

 一応読める部分もあるにはあるのだが、どうにもいくつかの店の部分は読めなくなってしまっていた。危なかった、これで道が入り組んでるとかだったら最悪迷子になってるところだった。

 

「それで、ぬいぐるみは? ぬいぐるみのお店は分かったと思いますよ?」

「お前そればっかだな」

 

 待ってろ待ってろ。

 

「え~と、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ……っと」

 

 テディベア専門店……はチベスナが行ったら『種類が少ない』って文句言いそうだし後回し。フレンズバー……バー!? しかもこれ店名からしてフレンズ経営!? フレンズが経営してる店とかあったんだ、ジャパリパーク。フレンズに任せて大丈夫なんだろうか……飲食店で……。

 

「チーター?」

「あ、すまん。ちょっと目移りしてた」

 

 思考が脇道にそれかけていたのを察知したチベスナに肩を叩かれ、俺は我に返る。

 耳を抑えながら案内図を再度確認……。

 

「あ、あったあった。ラッキー」

「本当だと思いますよっ!?」

「嘘吐いて何になるよ」

 

 えーと、店名は『ぬいぐるみ専門店 アニマルランド』。あ、さっきのテディベアの店の上なのか。ぬいぐるみ系で抱き合わせにしたんだろうか……。マーケティング的に噛み合うのか噛み合わないのかよく分からん組み合わせだ。

 

「アニマルランド、って店らしいぞ、」

「早速行こうと思いますよ!」

「うわっわっ」

 

 店の場所を指さす俺の手をひき、チベスナは先へ進んでいく。いやお前、いま店の場所一秒たりとも見てなかったよな……。

 思わず一瞬つんのめったが、なんとか俺は体勢を立て直す。今のコイツは俺が転んでもそのまま引きずっていきそうだ。

 

「……というか、なんのぬいぐるみが欲しいんだ?」

「えー……色々だと思いますよ」

 

 不意に気になったので問いかけてみたが、チベスナの返事は相変わらずぼんやりしていた。色々て。というか、もともと動物だったチベスナが同じ動物を模したぬいぐるみを欲しがるというのも考えてみれば妙なんだけどな。

 まぁそこは感性がある程度ヒト化していると考えれば不思議でもない……のか? フレンズのそこらへんの感じ方はよく分からん。

 

「まぁ、別にそこはいいと思いますよ! 到着!」

 

 歯切れが悪くなった回答を押し流すように、チベスナは立ち止まる。腕をひかれてた俺は急にチベスナが止まるもんだから思わずつんのめって、もう片手を振ってバランスをとる。あぶねえ……。

 

「ったく……」

 

 そうしてから見てみる店は――ほぼ廃墟だった。

 扉が閉まっているのではという俺のひそかな懸念は杞憂に終わったが、中は長い年月でそこそこ散乱しており、ついでに照明も落ちてしまっているため薄暗い。こういう『雑然とした廃墟』っていうのは今までにない経験だなぁ。

 

「さあ、さっそくぬいぐるみ集めをすると思いますよ!」

 

 チベスナはそう言って、ぬいぐるみ店――の一階にあるテディベア店に足を踏み入れる。

 遅れて、俺も懐中電灯で前を照らしながら中に入っていく。あ、チベスナにぬいぐるみ店はここの上だって言ってなかったな。

 

「ジャイアントパンダ、ヒグマ、ホッキョクグマ……ハイイログマ、エゾヒグマ、カムチャッカオオヒグマ、コディアックヒグマ、メガネグマ!? なんですかここ! クマばっかりだと思いますよ!!」

「そりゃそういう店だもんなぁ」

「チーター!?」

「怒るな怒るな。ぬいぐるみ店はちゃんと別にあるから」

 

 さらっと言った俺に目を剥くチベスナを宥めつつ、部屋の隅の方にある階段を懐中電灯で照らす。……しかし暗い。懐中電灯がないと全然何があるのか分からないんだが……チベスナは大丈夫そうなんだよな。元動物の生態の差って理不尽だよなぁと思う。

 

「じゃあここはどこなんだと思いますよ?」

「テディベア専門店。ぬいぐるみ店はこの上な。お前話も聞かずに突っ走るからさぁ……」

「この上ですね? 先に行ってると思いますよーっ」

「…………」

 

 階段を目視するや否や、チベスナはやはり最後まで話を聞かずに走り去っていった。三回くらい床が抜けて一階に落下しないかな、と本気で思った。

 

「で、ここがアニマルランドか。あ、そうだチベスナ。荷物多すぎても困るから、ぬいぐるみは一〇個までにしとくんだぞ」

 

 チベスナに遅れて、俺も階段を上ってぬいぐるみ店に合流。しかし照明が完全に死んでるとなると、だいぶ雰囲気違うなぁ……。……うっ、こうしてみると懐中電灯に照らされたぬいぐるみもなんか不気味に見えてくる……。

 

「はいチーター、これを」

 

 と、微妙に気が滅入りつつも店内を見回していた俺にチベスナがどさっと何かを渡してくる。反射的に受け取ったが……かなりの量だ。一抱えくらいあるぞ、これ。無論、数はこれだけで多分一〇以上。

 

「…………おいチベスナ」

「いま忙しいので後でにしてほしいと思いますよ。えーと、あとこっちの……おお!? このでっかいのは何だと思いますよ!? ぜひともほしい……」

「チベスナぁっ!!」

「ひっ! 急に吠えるのは反則だと思いますよ!」

 

 いや吠えるわ! ここで吠えなきゃいつ吠えるんだよ!

 

「個数! 制限の! 意味! ねぇじゃん! 一〇個って言ったよな!? これでも譲歩したぞ!? ジャングル地方で話したときよりも! なのに 次の瞬間この有様はどういうことだよ! あとなんでナチュラルに俺を荷物持ちにした!?」

 

 俺が腕に抱えたぬいぐるみを揺らすと、チベスナも渋い顔をして言う。

 

「むー……しょうがないと思いますよ。せっかくこんなにいいものなのに……」

 

 そう言いながら、チベスナは俺の腕の中からぬいぐるみを幾つか棚に戻していく。俺が荷物持ちなのは変わらないのか……まぁいいけど。別に俺は見たいものないし。

 

「このでっかいの……やはり魅力的だと思いますよ」

 

 言いながら、チベスナは一抱えもするヒョウだかなんだかのぬいぐるみを抱えていた。このぬいぐるみを抱えてなきゃいけないせいで微妙に光を当てづらくって何を持ってるんだかいまいち分かりづらいんだよな。

 まぁそれはともかく……。

 

「そのでっかいのはぬいぐるみ三個分としてカウントする」

「ええ!?」

 

 チベスナは面食らってこっちの方を見るが……おいやめろ。そんな絶望的な表情でこっちを見るんじゃない。

 

「何でですか! 一個は一個だと思いますよ!」

「いやだってスペースとりすぎないようにって個数制限したのにデカイヤツを入れたら個数制限した意味がないじゃん」

「やだと思いますよー! ちょっとでっかいくらいがなんだと思いますよー!」

 

 チベスナの方は、すっかり徹底抗戦の構えに入ってしまった。うーむ……。確かに、平原の頃から凄いこだわってたからなぁ、チベスナ……。ここは少しくらい譲歩しても……。

 ……いやいや! この地方に入る前から個数制限の話はしてたし、その理由だって言ってたんだ。数も既に譲歩してるんだしこれ以上譲歩するのはよくない。

 しかしなー。こうなると説得するのも大変だしなー。うーむ……。……あ、そうだ。

 

「まぁまぁ、そうムキになるなよチベスナ……」

「チーター、耳がなんか企んでるっぽいと思いますよ」

「そいつはお前の勘違いだ……」

 

 ぬいぐるみを脇に置いて耳を押さえつつ、

 

「なあチベスナよ。『今日のところは』今回のルールで行かないか? 別に今日しかサバンナ地方に来ないってわけじゃないし、それに旅はこれからも続くんだ。とりあえず今日は厳選したいいぬいぐるみだけ持ってくことにしよう」

「む……」

「その代わり、だ。今日目星をつけておいたぬいぐるみを忘れない為に、ぬいぐるみを集めて記念撮影しておこうじゃないか。そうすれば欲しいぬいぐるみも忘れないし、一度はぬいぐるみに囲まれて満足できるだろう?」

「おお! さすがチーター、名案だと思いますよ」

 

 ふっ、チョロい。

 実際には問題を先送りにしてるだけで現状では一切何も妥協していないのだが、そのへんを斟酌するのはチベスナには難しかろう。

 俺は耳から手をどかしつつ、

 

「そうと決まれば撮影だ。暗いから傘と懐中電灯で照明がわりにして……と。チベスナはぬいぐるみ集めとけ」

「もう集めたと思いますよ」

「早っ!?」

 

 懐中電灯をダクトテープで傘に取り付けてから見てみると、チベスナは空いたワゴンの上に所狭しとぬいぐるみを並べ終わっていた。まさか既に持って帰りたいぬいぐるみを見繕っていたというのか……? コイツ、どれだけのものを俺に持たせるつもりで……。

 

「よいしょっと。準備万端だと思いますよ」

 

 チベスナはワゴンの前に腰掛けると、そう言ってこちらの方を向いた。

 

「こういうときはピースするといいらしいぞ」

「ぴーす?」

「こういうの」

 

 俺は片手でピースサインを作ってみせる。そういえば、ヒトのいないパークには写真撮影って文化もないわけで、当然ピースサインもないわな。

 

「初めて知ったと思いますよ……。ピースですか。こんな感じだと思いますよ?」

「そうそう」

 

 右手でピースしてみせるチベスナに頷きながら、俺はカメラを取り出してチベスナに向ける。しかしピースサインも似合わない顔してんなぁコイツ……。基本表情に乏しいから、こう動きが伴うポーズをされるとなんかミスマッチ感がすごい。

 

「じゃあ撮るぞー。はいチーズ」

「チーズ!」

 

 ぱしゃり。

 ……うわあ、すっごいドヤ顔だ。表情はそんなに動いてないのにひたすらドヤ感が漂ってる。なんでだろう……あ、ピースしてるからだ 元々無表情なくせにドヤってることだけはよく分かる顔してたのにそこにさらにピースが加わったことでチベスナのドヤ力が急上昇してるんだ。ドヤ力ってなんだ。

 

「どんな感じになったと思いますよ?」

「こんな感じ」

 

 そんなこんなで持っていくぬいぐるみの選別を終えて仕上がりを確認するチベスナに、俺は今撮った写真を見せてやる。

 

「おおー、ちょっと暗いですけど、まぁぬいぐるみは綺麗に映ってると思いますよ」

「照明まで準備したからな」

 

 ちゃんとフラッシュも焚いたし。

 

「これであーけーどの目的は達成したと思いますよ! この後どうします?」

「おいおい、何言ってんだ」

 

 早速終わったムードを出し始めるチベスナに、俺は不敵な笑みを浮かべる。もうキョウシュウアーケードでの目的は達した? 馬鹿言っちゃいけない。まだまだ、必須項目が終わってないんだよ。

 

「そのぬいぐるみ達を泥から守る『盾』。その選別が、まだだろう?」

 

 あと時間的に今日泊まる寝床もな。




GBによるとキョウシュウアーケードはゆきやまちほーのちょっと奥まったところにありそうなのですが、流石にゆきやまちほーにアーケードは
利便性的に考えてないだろう……ということで、初期設定ゆえのブレと考え当SSでは日の出港からそこそこ近いさばんなちほーにあると設定しています。
捏造設定ですので明日サバンナで広めちゃダメですよ。

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