「わたくしはカバ。このあたりを縄張りにしているフレンズですの」
さっと髪を手でかき上げながら、ライダースーツを身に纏ったその女性――カバはそう言った。
……うーん、こんな美人さんなのに呼び方がカバ。なんとも……いやそれは中身がヒトだからこそ思う邪念なのかもしれんが。
「アナタ達は――見ないフレンズですわね?」
そう言って、カバは物珍しそうに俺達を見る。
その姿は、ところどころ毛先が赤みがかった黒髪の、二〇代前半くらいの女性そのものだ。ところどころに赤いラインの入った漆黒のライダースーツに身を包んでいる。その手足は鮮やかな赤色に染まっていて……いるが、今はところどころ泥にまみれている。
「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。こっちはかんとくのチーター」
「監督じゃないがチーターだ。よろしく」
言いながら、俺は招きネコの手で挨拶をする。
まったくコイツは本当に何度言っても監督扱いをやめないな……、…………って待て! 今監督扱いの方に注意がそれてて気づかなかったが、手が招きネコじゃん! 何で気付いてないんだ俺は!?
「チベスナにチーターですわね。アナタ達、このあたりでは見ないフレンズですけどどうしてさばんなちほーに? 散歩かしら」
「チベスナさん達は旅をしていると思いますよ」
「旅? そういえばそれ、見たことない形をしていますわね……」
「『ソリ』というと思いますよ! じゃんぐるちほーのみんなに手伝ってもらってできたと思いますよ。かなり大変な道のりでした……。むーびーすたーであるチベスナさんの活躍なしにはとてもとても……」
「まぁ……大変だったのね。でも、完成してよかったわね」
「ええ!」
……ハッ、俺が意識を飛ばしている間になんか話が進んでる気がする。
っていうかカバ、チベスナの調子に乗った言動を見ても呆れたり困ったりせず受け流してるぞ。アレ、かなり器がデカいタイプのフレンズなのか……? ……いや、チベスナの本性をまだ知らないだけっていうのもあると思うが。
「俺達これから『キョウシュウアーケード』ってとこに行くんだが、その前に水を補給したくてな。だからあの丘の水場を目指してるところだったんだ」
再起動を果たした俺は、そう言って二人の会話に混じっていく。
……そういえば、あっさり流してたがカバがいるってことは此処がサバンナ地方で確定ということになるな。しかもカバが別に慌てている様子がないということは、別にサバンナ地方のこの気候はおかしな話でもないってことか。
「あの丘の水場……ああ、ちょうどわたくしの寝床ですわね」
「え、そうなのか?」
「ええ。基本的に、わたくしはあそこにいるんですのよ」
ああー……。……ってことは、気付いてなかったがあそこ、アニメでかばんとサーバルがカバと出くわした場所ってことか。……あれ。っていうか、『基本的にあそこにいる』んだったら、なんで今この場所にいるんだ?
「ただ、雨季の時期は水場が増えるので、こうして散歩もするんですのよ」
「なるほど。そういうこともあるのか」
カバは水場が主な生息地。水場の近くにしかいられないが、それは裏を返せば水場が増えればそれだけ行動範囲も広がるってことなのか。言われてみれば、季節ごとに地方の環境が大きく変化するんだったら、フレンズの行動もそれに応じて変わるのは当たり前だわな。
こないだジャガーに聞いた話だと、ジャングルも雨季になると川の形が変わったりするらしいし。アニメではごく短い期間しか一つの地方に留まってなかったからあまり意識することはなかったが、フレンズ達の生態――というか生活リズムも、季節によって様々なのかもしれない。季節が変わったタイミングで別の地方に行ったりとか。
……そういえば、ジャパリパークってジャパンを名に冠してるのに日本……いわゆる温帯的な四季があるエリアって、かなり珍しいんじゃないだろうか。サバンナとか砂漠とか雪山とかあるし……。平原や森林あたりはまだ四季もありそうだが。
「よければ、寝床までわたくしが案内して差し上げましょうか?」
「いいのか? 道は一応分かってるし、散歩の途中なら別に俺達に合わせなくても……」
「いいんですのよ。ちょうど戻ろうと思っていたところでしたし、それにここ数日はセルリアンが出ているそうだもの」
一応遠慮してみたが、カバはそう言って笑みを見せてきた。
……カバ、アニメじゃ厳しいことも言ってたが、やっぱ基本的に面倒見いいよなぁ。こうして実際に接してみるとそれがよく分かる。
ともあれ、セルリアンが出ているというのであれば安全のためにもカバには一緒にいてもらった方がいいだろう。俺のスピードなら完全に食らう前に気付ければ無傷で撃退できるにしても、流石にこの草の海の中じゃ相手するのもめんどくさいしな。
「んじゃ、お願いするかな。チベスナもそれでいいよな?」
「もちろんいいと思いますよ」
というわけで、カバも同行することに。
……しかしこうして並び立ってみると、なんとなく威圧感があるな、カバ。確か野生のカバってけっこう獰猛……みたいな話があった気がするが、そこからきてるんだろうか。
アニメでもひそかに強キャラ臭を漂わせていた気がするし、そういうヤツが同行してくれるのは素直に心強い。
「それでは、よろしくお願いしますわね、二人とも」
強力な威圧感とは裏腹に瀟洒に微笑むカバと共に、俺達は水場のある小高い丘まで向かっていった。
「ところで二人とも」
歩き始めて少ししたところで、カバがそんな風に話を振ってきた。
「なんだ?」
「あーけーどに行くと言っていましたが……わざわざほかのちほーからやってきてそこに行くなんて、珍しいわね」
「ああ……」
怪訝そうな表情を浮かべるカバに、俺は納得した。確かに、フレンズが興味を持ちそうな場所といったら楽しいものがあるところとか、ジャパリまんがいっぱいあるところとか、そういうのだろう。今までフレンズと交流してきたからそこのところはなんとなく分かる。
「ふふん。そこは当然、あーけーどにはぬいぐるみがたくさんあるからだと思いますよ!」
「いや、違うから」
ぬいぐるみが大量にあるだろうというところは間違いないけど、別にそれが理由でアーケードに行くわけじゃないから。
「単純に、サバンナ地方でほかに巡れそうな場所がないからだよ」
「あら? さばんなちほーには色々とありますわよ? 川もいっぱいありますし、泉や山、渓谷だって……」
「そういうのは別に巡らなくても道中普通に見れるだろ?」
現に、アーケードに行くまでの道でもちょっと外れれば山とか見えるっぽいしな。そこの観光は目的じゃないしあと山はソリで行くの大変そうなので行かないが。
「俺達の旅の目的は基本的にアトラクションやパークの施設なんだよ」
「そうなんですの……変わったフレンズなんですのね」
「いや、そうでもないと……いやそうなのか?」
中身ヒトだしな……。そういう意味では変わったフレンズだっていうのは否定できないと思う。うん。
「チーターは別に変わってないと思いますよ? ちょっと神経質で根に持つタイプですぐ疲れて凝り性だと思いますけど」
「それ全然フォローになってねぇからな」
「ふふっ、似た者同士なのね」
そんな俺達を見て、カバはそう言って笑った。
あ! チベスナと同類扱いにされた! っていうかカバお前、それチベスナの方も変わったフレンズ認定してるってことだよな!
「カバそれどういう意味ですか? 失礼だと思いますよ?」
「お前もさっきから失礼かましてんだよなぁ」
「でも、色んなところを旅するなら、セルリアンにはしっかり気を付けるんですのよ」
チベスナの抗議もどこ吹く風といった調子で、カバは警告する体制に入っていた。コイツ、器が大きいっていうよりはどこまでもマイペースなのかもしれないな……。面の皮が厚いっていうか。いや、世話焼きであるのは間違いないだろうが……なんか今までにないタイプのフレンズだ。
「さっきも言いましたけど、ここ数日セルリアンが増えてるのよ。このあたりはそんなに大きいのは出ないのですけど、それでもたまーにとても大きなものが出てくることがありますから……もし見かけたら基本逃げるんですのよ」
「ふふん! 大丈夫だと思いますよ。チベスナさん達、今までいろんなセルリアンの群れと遭遇してきましたが、全部倒したどころかセルリアンの群れから色んなフレンズや場所を守ってきましたので!」
チベスナは胸を張るように言うが……うん、正直否定はできんな。
実際、平原地方、砂漠地方、高山地帯と立ち寄った先でけっこうシビアなセルリアンとの戦闘を切り抜けてきているわけだしな……。まぁ、俺自身別にセルリアンの脅威を理解してないってわけじゃないしむしろ積極的に逃げたいくらいなんだが。
「……本当ですの? だとしてもあんまり無茶はしちゃダメよ。食べられたらおしまいなんだからね」
「はーい」
言い含めるように言うと、チベスナも自分を想っての言葉だとは分かったのだろう、比較的素直に返事をした。
しかし素直ではない俺は、そんなカバの様子を見てふと気になるものがあった。
「……と言ってるカバは大丈夫なのか? 俺達は基本二人で行動してるから安全ではあるが、カバって別に誰かと群れを組んでるってわけでもないだろ」
ジャパリパークの掟は、自分の身は自分で守ること。
その言葉通りカバは一人で暮らしているようだが、そのわりにはセルリアン事情に詳しいというか……。水場周辺に陣取って暮らしてるなら、セルリアンが増えてるってことも分からないんじゃないか? 『基本逃げる』を順守するなら自分の生活圏でセルリアンが増えてれば住処を移さざるを得ないし、一人で暮らしているならセルリアンが増えてるって情報を手に入れるのもだいぶ遅くなりそうだし。
それを『増えてる』って言いきれるということは、かなり広範囲で活動しているか、自分の住処周辺で発見したセルリアンを見つけても逃げずにボコボコ殴ってるということになるんじゃなかろうか。
俺の読み通り、カバは俺の言葉にちょっとバツが悪そうな顔をして、
「ジャパリパークの掟は『自分の身は自分で守ること』、ですもの。自分で倒せる範囲をきちんと見極めていれば問題ないのですわ」
と、軽く開き直っていた。いいのか、それで。
「と、ともかく! ……そろそろ水場ですわよ。この坂を上って――」
あ、話を逸らしたな。
軽くジト目でカバの方を見やった、その時。……俺の嗅覚が、それを捉えた。
この匂い――セルリアンが近くにいる……あ、カバの後ろの岩陰! しかも……!
「カバ! 後ろだ! セルリアンが! しかもけっこうデカイ!」
岩陰からのそりと現れたセルリアンの大きさは、直径二メートルほど。原色のようにどぎつい青一色だ。高山で対峙した岩雪崩セルリアンと大体同じくらいだが……!
「あら、本当ですわ、」
……位置取りが悪い! カバはまだセルリアンの方へ振り返っている最中だというのに、セルリアンは既にカバの方へ向かってきている。これは、援護せねば――と身を深く屈ませたところで、
「ね!」
カバの裏拳が『炸裂』した。
……炸裂、というのは命中という意味ではない。手榴弾が炸裂したとか、ああいうのと同レベルの『炸裂』だ。つまり。
ぱっかーん! と。
カバの裏拳の一撃で、セルリアンは粉々に吹き飛んだ。
「へ…………?」
カバはセルリアンをついぞ見ることなく、なんてことないように拳を振るった。その拳から立ち上っているのは、サンドスター……なんだろうが、俺には拳のあまりの威力に煙が立ち上っているようにしか見えなかった。
え、いや、待て待て待て。
だって今、アレだったろ? 完全に正面からセルリアンを殴ってたぞ? 核を叩くとかじゃなくて……。
つまり今の、真っ向からセルリアンの身体を突き破って核を叩き潰したとかそういう……それもただの裏拳で……。
「さ! 早く行きますわよ! 今の話は忘れなさい!」
照れくさそうにさっきの話――自分の言ってたことがブーメランになってた件――を流そうと必死なカバだったが…………。
「あっ、はい、忘れます……」
「チーター、どうしたと思いますよ?」
「いいから……」
うん。俺の心配は、余計なお世話だった。
カバなら問題ないよな。
超巨大セルリアンとかじゃない限り、コイツがやられるビジョンが見えないもの……。
※カバ姉貴はヘラジカ様やジャガーさんと同じくらい推しフレンズです。
※ちなみに、チーターはドン引きしてますがアイツの蹴りも本来カバと同じくらいのアレです。