ちなみに、サバンナ地方にも乾季と雨季があるそうですよ(GBより)。
五四話:乾湿併せ持つ平原
朝早くに出発した甲斐あって、サバンナ地方に到着したのは太陽が真上に登り切るよりだいぶ前だった。
「おー、ここがサバンナ地方の入り口かぁ」
「とうちゃーくと思いますよ!」
「…………んん?」
サバンナ地方とジャングル地方の境目のゲートに立って、俺達は口々に感慨の思いを言っていく。
サバンナらしい木と干からびた倒木(このあたりはまだジャングル地方のはずなのだが)が疎らに散った道の先には、コンクリート製の、明らかに人工物だと分かる橋があり、その先には遮断機や守衛室のようなものがあった。
そこまでは、いい。
俺の目を惹いたのはその先、サバンナ地方の光景である。
俺の記憶が正しければ、サバンナ地方……いや『さばんなちほー』の光景といえば黄金の大地のような一面の枯草、そして照りつける太陽……というイメージだったのだが、これはどうだろうか。
サバンナとジャングルを隔てるゲートの向こう側には、青々とした背の高い茂みが広がっていた。そして、泥と水草からなる『水辺の匂い』も。
挙句の果てに、厳しいはずの日差しは今や雲に隠されてすっかり曇天模様である。何気に、俺が晴れ以外の天気に出くわすのは初めてかもしれない。今までずっと晴れっぱなしだったからな。
……ここまで見聞きしておいて今更だが、これっておかしいよな? サバンナ地方ってもっとこう……枯草メインだったよな? なんでこんな湿地みたいな感じになってるんだ? 湿地的な気候って水辺地方が担当なんじゃないのか?? いやサバンナ地方も平原地方も重複してるところはあるし担当が被ってても別に問題なさそうだが。
「え、あれ……方角間違ってないよな」
俺は慌てて地図と方位磁針を取り出してみる。サバンナ地方はジャングル地方の東側にあって、ゲートは一か所しかない。で、ここは間違いなくゲートだから……うん、ここがサバンナ地方。
でもサバンナ地方にしてはあまりにも緑が多すぎ……あれ?
「チーター、どうしたんだと思いますよ?」
「え、いや……ここ、ちょっと緑が多すぎないか? サバンナ地方だよな?」
「何言ってるんですか? サバンナ地方はそういうものなんじゃないですか?」
…………う、うーん。チベスナから見たら確かにそうなんだろうが……。……何かセルリアン騒ぎが起こってたりするんだろうか……?
「でも、サバンナって確かもっと乾燥してたような……」
「乾燥って、砂漠みたいな感じですか?」
「いやそこまでじゃないが」
一応枯草くらいは生えてたしな……って、待てよ?
乾燥して日差しの強い地帯だったなら、そもそも『黄金の大地』……なんて御大層な表現ができるほどの枯草が生えてるのはおかしいよな。だって乾燥しているってことは、枯草になる為の『草』そのものが生えるほどの水が供給できないってことなんだから。
本当に乾燥
「……ひょっとして、これで正常なのか……?」
乾燥している時期の前に、こんな風に湿っている時期がある……そういう可能性も、十分あり得る。
アニメじゃ日数とか経過時間についてはけっこう曖昧な感じだったが、そういえばよく考えたらサバンナ地方にいたのは一日だけだったような気がする。
一日……だよな。うん。一話は何度か見たから多分合ってると思う。
「だからさっきからどうしたと思いますよ?」
「いや、なんでもない。とりあえず行ってみないことには始まらないしな」
仮に現状が異常だったとして、セルリアンかなんかによる異常っつっても、気候が変化するなんてセルリアンの影響ってだけじゃ説明つかないしな。
あるとすればサンドスターかなんかがおかしくなった可能性だし、それなら危険度も少ないだろう。そう考えると、まずは中に入って調べてみてもいい気がする。
「ともかく、先に進もう」
言いながら、俺はサバンナ地方へ続く橋を渡っていく。
虎穴に入らずんば……というわけではないが、サバンナ地方に行かないことには俺の目的も達成できないしな。
ちなみに、俺が今回掲げている裏の目的というのは非常にシンプルで……そのものずばり、『サーバルに会うこと』だ。
俺自身もかなりミーハーな目的を掲げている自覚はかなりあるが、ぶっちゃけサーバルと実際に会ってみたい……というよりは、サーバルとチベスナをかち合わせてみたい、という好奇心の方が強かったりする。
この畜生フレンズとサーバルのような聖人フレンズが出会ったら、いったいどんなことになるのか? ……気にならないといえば、それは大嘘になる。
あとは、どうもアニメを見る限りサーバルって何か知ってそうな雰囲気がある気がするし、そのへんに探りを入れてみようかなというのが少し。物語云々を抜きにしても、『サーバルキャットのフレンズ』はなんかこう……世界においてかなり重要なポジションにいるっぽいしな。聞くだけ損はないだろう。
まぁこっちは知らない可能性も十分あるのでついでのおまけみたいなもんだ。
「うー……」
そんな俺の秘めたる目的はさておき。
横でソリを曳くチベスナは、そんな鬱陶し気な声をあげていた。
「どうしたねチベスナ」
「どうしたもこうしたもないと思いますよ」
しれっと言った俺のセリフに、チベスナは辟易した様子で言い返した。同時に、スボ! という音を立ててチベスナの足が泥濘から引き抜かれる。
「この! 泥! 鬱陶しくて仕方がないと思いますよ!」
「ああ、確かになぁ」
チベスナの言う通り、おそらく雨あがりであろうサバンナ地方の地面は全体的にぬかるんでおり、足を踏み入れるたびにこう……足首のあたりまで地面に埋まって、非常に鬱陶しいのだ。しかも泥が足につくし。
それに加えて膝くらいの高さまで草が生えているので……とにかく歩くのに邪魔! あと太もものあたりに草が擦れる! おいこっちはミニスカニーソなんだぞ! 絶対領域にピンポイントに攻撃してくるのはやめろ!
「……なんでチーターはそんなにあっさりしてるんですか!? 神経質だからこういうの一番いやそうなのに!」
「今さりげなく失礼かましたなオイ」
だが、不快感をおぼえるというのは確かにその通り。俺は文明的なフレンズだからな。
だが、文明的なフレンズだからこそ、目の前の不満に対し文句を言うだけでなく、どうすればその不満から回避できるのか、不満を克服できるのか……そういうことを考えるのである。つまり。
「足を持ち上げたタイミングで一度靴を消して、踏み込む直前に再発現すれば泥も落せて不快感もあんまりないぞ」
という細かい作業をしているのであった。
「なんですかそれ!? そんなの歩きながらできるんですか!?」
「最近、何かとサンドスターの扱いに慣れてきてなぁ」
もちろん、普通に歩きながらは流石にできない。足を突っ込んで、引き抜き、また前に踏み込むというわりとゆっくりめな動作の中かつ、ソリを引っ張っていてスピード遅めなチベスナに合わせながらだからこそできることだ。
あと、チベスナの不快感の原因は多分靴を毛皮として認識してるっていうのも大きいんだろうな。じかに泥が足にくっつくような感覚があるんだろう。
もっとも、チベスナのサンドスターの扱いじゃ下手に靴と認識したら靴の中に泥が入って大変なことになりそうだが。
「チーター、チベスナさんにも教えるといいと思いますよ」
「多分お前じゃまだ無理」
「ええー! けちー!」
いや、ケチじゃねぇから。
「だってお前、まだ指だけ光らせられないだろ? サンドスターの扱いってそういうことだからな……。あと今移動中だから教えるのめんどくさいし。ソリに乗せてってくれるんなら教えてやるが」
「じゃあいいと思いますよ」
ソリに乗せるのを条件にしてみたところ、チベスナはあっさりと引き下がった。そこまで俺一人に楽をさせるのが嫌だというのか。別にいいじゃんほんの五〇キロ弱くらいだよ。
「……しっかし、ここまで水が大量にあると水場の有難味が薄れるよなぁ……」
言いながら、俺はあたりに視線を走らせる。
地面がぬかるんでいたり、草が茂っているのもそうだが……それ以外にも、そこらじゅうにちょっとした川が流れていた。かなり細いので川というよりは繋がって流れができている水たまり……と言った方がいいかもしれないが。
「というか、これを汲めばいいのでは? チベスナさんもうお水がないし喉も乾いてきたと思いますよ」
「駄目だな。濁ってるし」
水たまりというだけあって、その水は川とはくらべものにならないくらい汚い。
しかも深さもだいぶ浅いので、汲んだらどうやっても泥が中に入ってしまうだろう。そんな汚い水……チベスナは多分飲んでも腹は壊さないと思うが、単純に味がまずいからな。
水がまずいと水分補給の楽しみも半減だ。そういう意味でも、やっぱりちゃんとした水場で水を飲んだ方がいい。
「もう少し我慢しろ。水場はあっちだし」
幸い、水場らしき場所については既に目星はついていた。
あそこにある小高い丘。茂みに紛れていて分かりづらいが、その隙間から川が流れているのが見えるのだ。ということは、あの上に水源があるとみて間違いないだろう。
「チーター、よくそういうの分かると思いますよ……」
「ま、俺はけっこう目がいいからな」
チーターのフレンズの目のよさ様様、である。
「………………」
「………………」
と。
馬鹿話をしていた俺達は、ほぼ同時に動きを止めた。
理由は簡単、膝くらいまである草……その一部が、風も吹いていないのに不自然に揺らめいたからだ。おまけに、明らかに小動物どころではない大きさのものが動いた物音も聞こえていた。
俺達はおそらく、ほぼ同時に思い至っていたのだ。この茂み、もしも小さなセルリアンがいたなら姿かたちは当然ながら分からないし、匂いも草や泥の中に混じって消えてしまうかもしれない……と。
「(チベスナ、ソリはここに置いておくんだ。壊したら敵わない。それと、俺が草を刈って視界を確保するからセルリアンなら速攻で叩け)」
「(分かったと思いますよ!)」
小声でやりとりした後、俺はグッと両足に力を溜める。草ごしに見る風の流れが、少しずつゆっくりに――、
「そこにいるのは、だぁれ~?」
――なる直前。
草の茂みをかき分けて、一人の女性が顔を出した。
それを見たチベスナが、思わず小さく悲鳴をあげる。
「うわっ……なんか出たと思いますよ!」
「……なんか出たとはなんですの。なんか出たとは」
あ、カバ。
今章からは本格的にサクサク展開を進めていく予定です。
毎ちほー八話とか一〇話とかかけてたら一年かかっても終わらないので……。
(と言いつつ早速