「……チーター、悪かったと思いますよ。機嫌を直したらいいと思いますよ」
「別に。俺は機嫌とか悪くねぇし」
「なぁんだ。それならさっさとその紛らわしい態度をやめるべきだと思いますよ。まったく」
「……………………………………………………」
そんなこんなで、俺とチベスナはシロサイの案内でヘラジカの縄張りまで無事に辿り着いていた。何やら途中で進路が曲がりくねっていたお陰で意外と位置自体はそこまで遠くなく、ちょっと(フレンズ基準で)急いだのもあって大体二時過ぎくらいには到着した。まぁ、太陽の高さからの類推だから正確な時間じゃあないが……。
「お二人とも、そのくらいに。ここがヘラジカ様の縄張りの本拠地です。日中はわたくし達、ここにいるのですわ」
「……そういや、どうしてシロサイは今日俺達が迷ってた場所にいたんだ? あそこ、けっこう縄張りから遠かったけどよ」
俺は気を取り直して問いかけてみる。するとシロサイは恥ずかしそうにしながら、
「実はあそこはわたくしの寝床の近くでして……。いつも寝ながら日向ぼっこしているのですが、その、気持ちいいとたまに寝坊してしまうことがあって……」
ああ、なるほど。そういうことか……それで恥ずかしそうにしてるわけか。まぁ別に悪いことじゃねぇしここはスルーしておいてや、
「それで今日も寝坊したというわけですね?」
「……はい」
一切遠慮なく踏み込んだチベスナに、シロサイは恥ずかしそうに頷く。別にフレンズなんだから寝坊くらい恥ずかしくない……と思うが、プライドの高い姫騎士的に、寝坊するのは自己管理の面でダメという判定なんだろうな。
「ま、お蔭で俺達は迷子から解放されたんだし。シロサイの寝坊に感謝だ」
このままだとアルマジロみたいに丸まってしまいそうなシロサイをフォローしつつ、俺は塀で囲われた、合戦における陣地みたいな感じの場所へと足を踏み入れる。
ここに地図があるといいんだけどな……。
あ、入れ替わるように丸くなったチベスナのことはフォローしない方針で。別にさっきのことを根に持ってるわけじゃないけどな?
「ん?」
中には数人のフレンズが屯していた。
その中でも一番目を惹くのはやはり、中心にいる巨大な鹿角(のような髪)の少女。一目で分かる。あれがヘラジカだろう。
「やぁ、遅かったじゃないかシロサイ。横の二人は? ……一人は見覚えがあるな。確かチベスナだったか?」
立ち上がったヘラジカは、思っていたよりも背が高かった。元動物の巨大さに比べれば全然だが、俺よりも背丈はありそうだ。
「ええ、お久しぶりだと思いますよ」
「ああ。久しぶりだ! それで、そっちのフレンズは? 見ない顔だが……」
「初めまして。俺はチーター。よろしくな」
そう言って、俺は招き猫のように手をグーにして挨拶――――ハッ!? またしてもついやってしまった!
「うむうむ。よろしく。確か、チベスナはじゃぱりしあたーを縄張りにしているんだったか。……チーターはどうしたんだ?」
「ああ、気にしないでいいと思いますよ。たまにこうなるんです」
自己嫌悪に陥っている俺を置いて、ヘラジカは話を進めてしまう。
「まぁそれはいいか。さて、チーターに我が縄張りの仲間達を紹介しよう! こっちがカメレオン」
「せ、拙者パンサーカメレオンでござる……よ、よろしくお願いするでござる……」
「で、こっちがヤマアラシ」
「ご紹介にあずかったアフリカタテガミヤマアラシのヤマアラシ、ですぅ」
「こっちはオオアルマジロ」
「いやーよろしく! オオアルマジロだよ!」
「そしてこっちがハシビロコウ」
「……………………」
「で、最後にこっちがシロサイ」
「ヘラジカ様、わたくしはもう知り合いでございますわ」
「はっはっは、すまないな。つい、勢い余ってな!」
「自己紹介は勢い余るものじゃないのでは? きちんとペース配分すべきだと思いますよ」
「細かいことなど気にするな! それで、チベスナはじゃぱりしあたーを縄張りにしているが、チーターの縄張りはどこなんだ? チベスナと一緒か? それとも…………もしやライオンのいる城ではあるまいな……?」
「俺は文明人俺は文明人俺は文明人………………ん? ああ、違う違う。俺は旅をしてるんだ」
何やら、剣呑な勘違いをしだしたヘラジカに軽く言って、俺は旅の事情を説明する。
島を旅している途中でジャパリシアターに寄ったら、チベスナに監督認定されて一緒に旅をすることになった――という話。シロサイはこの話を聞いて俺にちょっと同情的な視線を寄せていたが、ヘラジカは――。
「そうそう、チーターは武者修行の旅をしているそうですわよ」
「武者修行だとぉ!? それはいいなぁ!」
……シロサイの放った余計な一言に反応してその他一切の事情を忘れているようだった。
っていうかシロサイ、本気で余計なこと言いやがったなお前……!
思わず毛が逆立った俺をよそに、ヘラジカはとってもワクワクしてますと言わんばかりの表情で両手を広げ、俺の方に一歩歩み寄る。
「ならばチーター! 是非とも私と決闘しよう! うん! それがいい!!」
「断る!!」
あ、しょんぼりした。
「……なんでだ?」
眉を八の字にして、ヘラジカは首を傾げる。コイツ群れのリーダーとしての威厳とかあったもんじゃないな……こんなんでよくヘラジカ様とか呼ばれてるもんだ。
……あ、違う。後ろの連中も同じように首傾げてる。コイツら全員知能が同レベルなんだ。
「否定しなかった俺も俺だが……別に武者修行って厳密には違うんだ。行く先々で戦ったりする旅をしてるってわけじゃないし……」
「なにぃ!? ではいったい他に何をすると言うのだ!? 木を突進でへし折ったりか!?」
「そんなことできるのはお前しかいねぇ!」
リアルヘラジカは怖いよね……じゃなくて!
「強いて武者修行として表現するならば、言うなれば……感性を磨く武者修行なんだよ。色んなところで色んなものを見て、楽しんで、感性を磨いていくわけだ」
「???」
…………言葉が難しすぎたか。
「チーター、ちゃんとチベスナさんにも分かるように言わないと駄目だと思いますよ」
「いやお前は分かっとけよ!」
しれっと言ってくるチベスナに、俺は思わず言い返した。
…………いや、よく考えたら俺、島を一周するとしか言ってないしコイツが分からなくても当然……? っつか、コイツは俺が何する為に旅してるとか気にならなかったのか? 全く聞かれなかったが。
……まさか、なんだかんだのうちに本当に映画撮影の旅にするつもりだったのか……? …………ありえないと言い切れないところが怖い。
ともあれ、ここらではっきりさせておいた方が良いだろう。余計な勘違いが芽生えたら、解消するのもめんどくさいし。
「つまり……俺のやってる武者修行は、身体じゃなくて心を鍛えるモンなんだよ」
だからヘラジカと決闘をしたりはしない。……痛いの嫌っていうのももちろんあるが。でもそれを言うとチベスナがここぞとばかりに俺を馬鹿にしそうなので言わないのだ。
「そう……なのか。それは残念だ…………。ところで、心の武者修行とはいったいどんなことをするのだ? そっちはそっちで興味があるぞ」
「具体的に言うと映画撮影だと思いますよ」
「そっちは脇道だよ!!」
お前がゴリ押ししてるからなし崩し的に撮ってるだけだっつの。俺が撮りたくて撮ってるわけじゃない。
「(今認めましたよ。脇道扱いとはいえ、旅の目的の一つに加わってたと思いますよ。このまま行けばゆくゆくは……むふふ)」
何やらブツクサ言ってるチベスナはさておき、俺は誤解されないうちにヘラジカにさっさと具体例を教えてやる。
「ま、特に何するってわけでもないんだけどさ。強いて言うなら……色んなことを『体験』したいと思ってる。日差しの暑さ、風の涼しさ、色んな地方の色んな気候、アトラクション、フレンズ達……色々な」
「ほう。なら私との決闘も是非体験しよう!」
「あ゛」
あ゛。
……そこで、俺は自分の失言に気付いた。
やべぇ……こういう言い方されたら、断る理由がねぇ……!!
俺は、チラリとチベスナの様子を窺ってみる。確かになーみたいな感じで感心していた。クソッ……怖いからやだって言ったら絶対に馬鹿にされる。
前に視線を向け直す。
目の前では、ヘラジカが目を輝かせながら俺の回答を待っている。ぐう、論理的にも心情的にも断りづれぇ……! とはいえまだ野性解放もできないのにヘラジカとバトるのは……。
「なぁいいだろう? きっと素晴らしい勝負になる。絶対に損はさせない。私とお前ならば、絶対に最高の勝負になるはずだ。なぁ、いいだろう?」
そんなことを考えている最中にも、ヘラジカはぐいぐいと俺に詰め寄ってくる。必死かお前は。
……くっ、前門の虎後門の狼、ならぬ前門のヘラジカ後門のチベスナだ……!
進退窮まった俺は、必死に脳細胞を駆け巡らせる。
明らかに手加減とかできないヘラジカと戦って野性解放なしで痛い思いをせずに切り抜けられて、なおかつチベスナを図に乗らせない方法――――、
「あ」
その瞬間。
前世が、この窮状に叡智を授けた。
「分かった。いいだろう」
「お? やるのですか? チーター、ヘラジカと戦っちゃうのですか?」
不敵な笑みを浮かべながら言うと、チベスナは興味津々と言った様子で俺に飛びついてくる。この無邪気さ、いっそ腹が立ってくるレベルである。
「ただし、縄張り暮らしのお前達と違って俺達はスタミナが命に直結する。それは分かるよな、ヘラジカ?」
「ううむ……?」
「(ヘラジカ様! ほら、サンドスターとかでございますわ)」
「ああ! なるほどぉ」
……ぎ、ギリギリ分かったってことにしておこう。
「だからここは……ルールを決めた決闘を提案する!」
「ルールを決めた決闘!? なんだそれは!?」
ふふ…………案の定食いついてきたな。単純突撃馬鹿め。そして周りのギャラリーの反応も上々、と。これは……行けるぜ。
「よくぞ聞いた。ルールを決めた決闘とは! その名の通り、ルールを決めておかないと危ないし疲れるから、戦えなくなる以外に『これをしたら負け』というルールを決めて戦う決闘だッ!!」
「チーター、なんだかノリノリだと思いますよ」
「黙らっしゃい。こういうの雰囲気が大事なんだよ」
勢いで格好良くルール説明したら、多少微妙なルールでも雰囲気に流されてOKしてくれそうだし。
「して、そのルールとは……?」
案の定、ヘラジカは武者震いでわなわなと震えながら、俺の次の言葉を待つ。これは……完全に、もらったぜ。
「ルールは単純……俺が提案する決闘は、『タッグバトル』だ!」
「たっぐばとるだとぉ!?!?!?」
「……………………」
「……で、たっぐばとるとはなんだ?」
……やっぱりかよ! ほんと期待を裏切らない馬鹿だな!
「タッグバトルってのは、自分以外に一人仲間を加えて、一緒に戦うことだ。そして今回は……タッグのうちの一人が疲れたりして動けなくなったら、その時点でそのタッグの負けとする!!」
どーん! と効果音が出そうな雰囲気を意識して、俺は両手を腰に当てて宣言する。
「なるほど……ではそのタッグのお役目、このわたくしシロサイが! 彼らとはまんざら知らない仲でもありません。せめてこの手で……!」
「おぉ! そうかそうか! シロサイがタッグなら私も心強いぞ!」
ふっ……やはり来たなシロサイ。ここまでは予定通りだ。あと、来る途中で教えてあげた格好良い感じの台詞、その様子だと気に入ったようだな。
んで。
「そしてもちろん…………このタイミングで俺が指名するのは、お前だ!! チベスナ!」
「え゛っ」
いきなり(ってほど読めない展開だったわけじゃないと思うが)の展開に、チベスナは細い目をほんのり丸くする。
くっくっく、死地に赴くなら、一緒に逝こうぜ、相棒……!
最後のシーンのチベスナは、『シロサイ対サーバル! ですぅ』のときのサーバルみたいな顔をしているとお考えください。