「まったく、チーターはしょうがないと思いますよ」
呆れたようにそう言って溜息を吐くチベスナに、俺は何も言えなかった。実際何度かチベスナは俺に警告してたんだよな。ことごとく俺がそれをスルーしてたってわけで。
いや、こうざんでの疲れに比べればまだまだ余裕、って感じの意識があったんだよな。実際には全然大丈夫じゃなかったわけだが……。
「面目ない……」
「ほんとに反省するといいと思いますよ」
そう言われて項垂れる俺は今、チベスナの背中に負われて水路跡を辿りロータリーまで移動していた。
サンドスターの消耗によって疲労が限界を超えた俺は一回その場で昏倒、その後目を覚ました俺はたまたま近くを通りかかったラッキーからジャパリまんをもらって少し回復したのだが……とりあえず今日は作業するわけにもいかないということで、まずは寝床探しを始めた。しかしながら俺は疲れすぎてていまいち動けず、しょうがないのでチベスナが俺を背負って移動するということになったのだった。
ちなみに、タオル類は放棄した。正確には持って行くにも俺を背負っているとかさばりすぎるし、回復した後にまた回収すれば良いので一旦置いてきた、という方が正しいが。
「まさか自分がこうまでチベスナの世話になるとはなぁ……」
「おっ、チベスナさんのことを馬鹿にしていると思いますよ?」
バレたか。
でもまあ、こうしているとチベスナと二人旅をしてよかったなとちょっと思う。二人旅じゃなければ一人であのまま立ち往生を余儀なくされてたわけだし、旅の道連れがチベスナだったからこんなにも助けを借りることに葛藤を抱かないんだと思うし。普段コイツの世話を色々としてるのでいざ自分が世話をするとなると照れとかが出るかと思ったりもしたのだが……そういうことは全くない。
無だ。無。下手するとおぶさったまま一眠りできそうな具合である。さすがにこの状態のまま寝たらチベスナがぶーぶー言いそうなので寝ないが。あと、最低限ナビゲートはしないとコイツジャングルで遭難しかねないし。
「とりあえず、寝床を探さないとな」
…………さっきの水道施設で休めばいいのでは? と俺も最初は思ったのだが、どうもあそこ、入り口が閉ざされてて……。流石にチベスナ一人で頑強な扉や施設の壁を破壊することはできなかったらしく、『違う場所で休もう』という方針に相成ったのであった。
ただ、これには一つ問題があり。
「でも、早くしないと日が暮れちゃうと思いますよ」
時間的余裕。これが、今の俺達には圧倒的に足りていない。
というのも明け方にアルパカと別れてから数時間かけて水道施設に到着して、これまた数時間かけて工作にいそしんでいたので既にもうあたりは日暮れの様相を呈しているのである。
最悪木登りしてそこで寝るということになりそうなのだが、それだとチベスナの寝相では確実に落下するのでどうしたもんか……という。
「えーと……地図によると、このへんには施設らしい施設はないんだよな」
ここで、ジャングル地方の『サファリ要素を前面に押し出す』という特色が俺達を苦しめる。施設がないということは必然的に野宿ということ。普段ならそれでもよかったのだが今はタオルもないし俺は疲労困憊という感じなので、なるべくそれは避けたい。
「むむむ……こうなれば、かくなる上はチベスナさんが穴を……」
「……ま、それは最終手段だな」
チベスナの発言を頭ごなしに否定できない程度には、追い詰められているのである。というか俺の身体がまるで動かないというのがヤバイ。何気にこれは今までで最大のピンチではないだろうか……? ラッキー、どうせならジャパリまんあと三個くらいほしかったよ……。
「ともかく」
そうこうしているうちに、ようやく目の前にはロータリーが。空は既に赤から紫へと色を変えつつあるし、もうそろそろ懐中電灯をつけないとまともに歩くことも難しそうだ。
「ロータリーに着いたか。この後どうしたもんかなぁ……」
地図を見る限り、一応ジャングル地方にもアトラクションがないというわけではないんだよな。ただ、何のアトラクションなのか全く見当もつかないんだが……。なんだろう、このジャングル地方に点々と散らばってる『ブンブン』って施設は。駐車場か何かか? というか何語なんだ???
「んー……まあまずは行ってみるか。どうせあてもないんだし。チベスナ、ここの地図の……ブンブン・ミサトってとこまで歩いてってくれ」
「了解したと思いますよー」
「お?」
と。
とりあえずの方針を決めたところで、茂みの向こうから声が聞こえてきた。反射的にそちらの方を向いて……ついでに懐中電灯でそっちの方を照らしてみると、薄暗がりの中にたたずんでいた少女の姿が鮮明に浮かび上がる。
毛先の白い焦茶色の斑点が前髪に浮かび上がった金髪を肩くらいまで伸ばした猫耳の少女だ。白いブラウスに首元のファー、斑点と同じ色の蝶ネクタイ、丸い輪の中に点が入った独特の斑点模様をしたミニスカート、そして同じ模様をしたドレスグローブとニーハイソックス。
大体高校生から大学生くらいの年齢に見えるその少女は、頭をかきながらこちらのことをぽかんと見ていた。
コイツは……ジャガーだな。
「わたしはジャガー。よろしくね」
その後、普通に合流した俺達とジャガーは、そう言って招き猫の手で挨拶する。久々に見たがやっぱネコ科フレンズ共通の挨拶なんだよな、それ……。
「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。こっちはかんとくで休憩中のチーター」
「監督じゃないが、休憩中のチーターだ」
そう言って、俺は招き猫の手に呼応するように招き猫の手で……ハッ! しまったまたやってしまってる!
「…………だいじょぶ? なんかおぶられてる上に頭抱えて唸ってるけど、怪我してるの?」
「ちょっと疲れてるだけなので気にしなくていいと思いますよ」
……その言い方だと俺が疲れて精神的に参っちゃってるみたいになるんだが。
「そんなことより、チベスナさん達は今ぶんぶん・みさとってところに行こうとしてると思いますよ。このちほーのフレンズならそこまで案内するといいと思いますよ」
「お前、いつもながらほんと図々しいよな」
「ん? いいよー」
そしてジャガーも快諾するんかい。……コイツも聖人枠だったか。
「でも……」
しかしそこで、ジャガーは困ったように眉をひそめて言う。
「そこ行ってどうするの? もうじき夜だけど、あのへん何もないし面白くないと思うけどなー」
「…………何もない?」
そんなジャガーの一言に、俺は思わず反応してしまった。
何もないってことは……ないだろ? ブンブンってのがどんな施設かは知らないが、少なくともそこに施設はあるわけで。しかもチベスナのブンブン・ミサトって発言に反応できてるあたりそこにブンブン・ミサトがあるのは間違いないんだから。
「うん。あー、何もないっていうのはちょっと違うかも。正確には、色々木が積んである山みたいなのがある、かな。まあちょっとついてきてみてよ」
そう言いながら、ジャガーは俺達を先導していく。
流石にネコ科動物だけあって、ジャガーは夜目が利くらしい。懐中電灯で足元を照らしながら進んでいく俺達とは対照的に、ジャガーは明かりもなしにずいずいと先へ進んで行ってしまう。
「そういえばそれ何? なんか光ってるけど」
「これですか? これはかいちゅーでんとーって言うと思いますよ! ここのすいっちを押すだけで光が出ると思いますよ」
「へぇ! すごいねぇ。まほうみたいだよ」
「ふふふん。そうでしょうそうでしょう」
話していると、チベスナがそう言って鼻高々とする。……どうでもいいけどなんでお前がそこでそんなに威張ってるんだろうか。
あと、ジャガーはどこで魔法って言葉を知ったんだろうな。ジャパリパークってそういうファンタジー的な用語とはあんまり縁がないような気がするんだが(まぁサンドスターとかの概念が既にファンタジーなのはともかくとして)。
「へいげんのお城で手に入れたと思いますよ」
「へえ、ってことは二人とも、へいげんちほーから来たの? 遠くまで来たねぇ」
「チベスナさん達は映画撮影の旅をしていると思いますよ」
「映画撮影はオマケな」
隙あらば映画撮影を本筋にしようとしやがって……。
「俺達、パークを一周してるんだ。で、ジャングル地方にやってきたのはよかったんだが……俺がバテちゃってさ。それで今こんな感じに」
「あー、なるほどねー。へいげんちほーってことは……あの山登ってきたってことでしょ? あそこ大変そうだもんねー。わたしは行ったことないけど」
歩きながら、ジャガーはこっちに顔だけ振り返って労をねぎらってくれる。そうなんだよ、非常に疲れたんだよ……。まぁこうなってる直接の理由はそこではないんだが。
「それで、さっき聞きそびれちゃったけどそこまで何しにいくの?」
「ああ、ちょっと寝床を探しにな」
ジャガーの問いに、とくに隠すことでもないので俺はあっさりと答える。
「俺もチベスナも昼行性だから、夜は寝るんだ。だが今は俺がこんな調子だから、建物があるところでゆっくり休みたいなって……」
「あー……そ、そうなんだ……」
……ん? 何かジャガーの受け答えの歯切れが悪いような。
そして。
「はい、ここがぶんぶん・みさとだよ」
…………そこに至って、俺はジャガーの言動の意味を理解した。
そこには、確かにブンブン・ミサトがあった。見た感じ、
「…………壊れてるな」
それらは見る影もなく壊れていた。
経年劣化か、あるいは外的要因による倒壊か……理由は不明だが、ブンブン・ミサトは完全に崩れており、ジャガーの言う通り完全に『木を積んでる山みたいなの』の様相を呈していた。これでは、寝床にするのは難しいだろう。
「はぁー……これでは駄目だと思いますよ。とてもじゃないですが寝られるような場所じゃないと思いますよ」
肩を落としてチベスナが言う。……俺も同感。ここで寝るんだったら、まだ木の上で寝た方がマシだ。チベスナは落ちるが。
……とはいえ、現実問題ここがダメとなると、別のブンブンも怪しいしな……。どうしたものか……。
「……なあジャガー、このあたりで外敵から身を守りやすくて、雨風もしのげる場所ってどこか知らないか?」
困った俺は、ジャガーに水を向けてみることにした。
現地のフレンズなら、何かしらのヒントを持ってるかもしれないしな。人工の施設はもう心当たりゼロだが、ひょっとしたら天然の家みたいなものがある可能性だってあるのだ。聞いてみて損はない。
そんな思惑の俺に対してジャガーは、
「ああ、それならいいところを知ってるよ! この先にどうくつがあるんだ。今の時期は誰も使ってなかったと思う」
と、願ってもない情報を授けてくれた。チベスナはいまいちピンときていないようだが、俺からしたらまさしく渡りに船だ。
「マジか! それってここから近いか? よかったら案内してほしいんだが」
「それくらいならお安い御用だよ。チーターたちはそろそろ眠いかもしれないけど、わたしは夜行性だからね」
ジャガーはそう快諾して、笑みを浮かべながら招き猫の手をしてみせる。本当に助かる。洞窟の中なら音が反響するから外敵が近づいてきてもすぐに気づけるし、そもそも外敵がやってくる方向も限られるからかなり安全度が増すからな。
「ようやく一安心ですね、チーター」
「だな」
「じゃ、行こうか。暗いから足元とセルリアンには気を付けてねー」
二人で頷きあう俺達に、ジャガーはそう声をかけて歩き始める。
俺を背負ったチベスナも、その後ろを慌てて追いかけた。
今回はとある旅番組で学んだ知識を参考にしています。(ブンブン/ジャングルに洞窟)