道中描写が長くなりすぎて独立した話にせざるを得ませんでした……。
「……お」
水路跡を歩くこと、数十分ほど。
流石にちょっと疲れてきたなーなんて思っていた俺達の目の前に、ジャングルではありえない施設が飛び込んできた。灰色の、コンクリートで形成された四角い建造物――これでもかというほど人工物の趣を漂わせたそれはまさしく、今は動かぬ水道施設そのものだった。
「ようやっと着いたか。よっと」
施設を目視した俺は、そう言って水路跡の底から飛び上って地上に戻る。さすがに水路脇は普通の土の地面ではなくコンクリートで固められていて、そこが周りの大自然と妙なアンバランスさを醸し出していたが……そこがなんとも風情を感じる。なんか自然に覆いつくされた人工物って、ロマンがあるよな。
「チーター、あんまりさっさと行かないでほしいと思いますよ。あとそろそろ疲れてませんか?」
「……ああ、悪い悪い。ようやっとソリが作れるかと思うと気が逸っちゃってな」
横並びになったチベスナに謝りつつ、
「あと、まぁちょっと疲れてきてはいるが、もう目の前まで来てるし大丈夫。さっさと木を斬って作業に取り掛かろう」
「本当に大丈夫ですか? チーターのことだし心配だと思いますよ」
……そこまで心配されると、なんとも言えなくなってしまうのだが。
というかそこまでチベスナに心配されるほど、高山での俺はダメダメだったのだろうか? 俺的には普通にしてたつもりだったんだがなぁ……。なんかチベスナの中で『俺=すぐバテるヤツ』みたいな方程式が出来上がってしまっているような気がするぞ。
「心配いらん。今朝もジャパリまん食べたしな」
そう言って胸を叩きつつ、俺はだいぶ目の前に迫ってきた水道施設の方を見据える。
さあ、今はそんなことより、ソリ作りの方に専念しよう。
というわけで、水道施設に到着した俺達はまず作業場の確保を始めた。
といっても、この作業は特にやることもなかった。既に敷地には木を一〇本くらいは乱雑に並べても普通に俺達が寝転がっていられるほどのスペースはあったのだ。だから俺達がやったことと言えば、その敷地に積もってた落ち葉を隅の方へ寄せておいたことくらいである。
そうして作業場所を確保できたら、次は木の伐採だ。
これも、とくに問題はなかった。というか、俺もチベスナも湖畔でこの作業は経験済みだしな。チベスナはもちろん、俺も『どれだけサンドスターを節約して木を斬れるか』みたいなチャレンジをする余裕すらあった。
ちなみに、今回は人差し指一本だけを光らせて木を一刀両断するのが最高記録だった。頑張れば爪の先だけで木を斬ったりもできそうな気がするんだが……生憎流石にそこまでサンドスターの扱いには長けていないのだ。いずれはできるようになってやるが。
「木はこのくらいで大丈夫だと思いますよ?」
五本ほど切り落とした時点で、チベスナが原木を抱えながら問いかけてくる。
うむ。まぁ一発で成功できるとは思っていないので、必要に応じてまた木を切り取りに来ることになると思うが――ま、今のところはこのくらいでいいだろう。
「さあて、さっそく作業を始めるぞ」
木を敷地に持ち運ぶと、適当に転がしておいてそのうち一本を掴みとる。…………さらっとやってるけど、片手で長さ一〇メートルくらいはある木を持ってるのってヤバイよなあ。
「俺は設計図を見てるから、その間チベスナはこの原木の枝を削って、丸太状にしてくれ」
「まるたじょう? なんのこっちゃと思いますよ??」
「あー……そうか」
丸太っていう概念を知らないのか。仕方ないな……。
「この木の幹……太くて真っ直ぐな部分あるだろ。これだけきれいに残す、ってことだ。脇に生えてる枝とか葉っぱは全部とる」
「なるほど! 分かったと思いますよ!」
チベスナはこくりと頷くと、さっそく作業に取り掛かり始めた。
その間に、俺はビーバーの書いた設計図を見てみる…………が。
「こ、これは……」
正直、俺はビーバーのことをなめていた。まさか、これほどまでに高度な構造のものを設計できるとは…………。
いやまぁ、釘も何もないのに梯子っぽいものを作ってたり櫓的なログハウスを作ったりしている時点でなんかもうよく分かんない境地に達していることは分かっていたのだが、それはそれとして。
何せこれ…………俺には知識がないのではっきりとしたことは断言できないのだが、寄木細工のそれと同じような構造をしているのだ。多分。
こう、原木一本から何枚か木の板を作って、それに溝を彫って組み合わせられるようにして、それを順番に重ねていくことで相互に木の板が組み合って外れないようにしている……みたいな感じらしい。
それに外付けでソリの接地部分を取り付ける、と。木の歪みも考慮に入れてるとかでなんか使う木の切り方とか木の板を組み合わせる向きとか細かい指定があるのが面倒だが……これなら、俺でもまだできなくもないと思う。
というか、アニメでも記憶が正しければプレーリーがささっと作った木の家が普通に建ってたから、多分木の歪みとかサンドスターのお蔭でなんとかなるんじゃなかろうか。そんな気がする。それに、家ならともかく今回の場合はソリだしな。
「チーター、さっきから黙ってるけどどうかしたと思いますよ? 何か問題でもありましたか?」
そこで、チベスナが俺の方に声をかけてきた。
そっちの方を見てみると、俺が設計図を熟読しているうちにチベスナはあらかたの枝を取り終えていたようだ。うむ、見た感じ変な感じもしないし、これなら使えそうだな。
「いや、問題はない。ただビーバーすげぇなって思っただけだ」
俺はそのうちの一本に手刀を構えながら、
「綺麗に切ってくれて助かる。こっから先は俺がやるから――見物してな!」
「んー? んんー???」
そうしてカッコよく作業を開始した俺だったのだが……十数分後、全くカッコよくない感じで首をひねる有様になっていた。ちなみに、俺の横では一部始終を眺めていたチベスナの方も同じように首を傾げている。
というのも……。
「おかしいな……切り方は間違ってないと思うんだが」
木の板を切り出し、そしてそこに木の板同士をはめ込むための溝を彫るところまではできたはず……なんだが、どういうことか、肝心の木の板同士が上手く組み合ってくれないのであった。なんかこう、底を作って、右側の側面を組み合わせたのはいいんだが、後ろ側の側面を組み込もうとしたら……上手くいかない、みたいな。
おっかしいなー。一応設計図通りのハズなんだがなー。ビーバーが描いた設計図だから何センチとかじゃなくて『
「チベスナさんも一緒に見てましたけど、どこも間違ってなかったと思いますよ? これはビーバーが間違っていたのでは?」
「いや、アイツに限ってそれはないだろう」
アイツがそういうミスをするとは思えん。というか、ソリは実際に一回作った代物だしな。それを図面に起こすのを、アイツがしくじるとは思えない。何せこれよりずっとすごいログハウスまで作ったんだ。ありがちなヒューマンエラーの付け入るスキはないだろう。
「でも、実際これ上手くはまらないと思いますよ?」
「てことは、俺がなんか間違ってるってことなんだよ。どこだ……どこが間違ってるんだ?」
設計図とにらめっこしながら、俺は木材を手に取って確認してみる。……分からん。何がどうなってんだかさっぱり分からん。
「うーん……どうしたらいいと思いますよ?」
「しょうがない……一から作り直すかぁー」
そもそも、俺の手先が器用になっているとはいえ、ちょっと前までは動物に毛が生えた程度の器用さだったんだ。高山での休憩が多かったお蔭で改善されてはいるが、ビーバーやプレーリーの職人技にはまだ足りていない。そういう意味で、部品自体が歪んでた可能性もあるからな。
だから精査しても分からないようなミスに拘泥するよりは、さっと諦めて最初からやり直した方が効率的だ。幸い木材ならこのへんに大量にあるし、数をこなしていくうちに俺の経験値も順調に上昇するという寸法よ。
「ええー、一からですか? チベスナさん疲れたと思いますよ」
「なんで殆ど何もしてないお前が疲れるんだ……」
いやまぁ、俺もそこそこ疲れてはいるけども。でも高山と違って歩き回ってるわけじゃないから、まだやれる気がする。
「チーターも休憩した方がいいのでは?」
「あー……、まだ大丈夫だ。もうちょいやってる。チベスナはこのダメになった木材使って字を彫る練習でもしてたらどうだ?」
そう言って木の板を渡すと、チベスナはそっちの方に集中しだした。やっぱりチョロいぜ。
さーて、俺は作業の続きといきますか。
なんかこういうの、日曜大工をやってるみたいで楽しいな! 前世じゃ一度もやったことなかったが!
「…………う、うーむ…………」
なんて言っていられたのも最初のうちだけで。
色々やってみたのだが、どうにもまだ俺は木の板を真っ直ぐ切れていないらしく、最初の一、二面はちゃんと組めるのだが、三面、四面となるとその分の歪みでズレが生じて、上手く組み合わせられなくなってしまうようだった。
まぁ、原因が分かっただけでも進歩というものである。原因が分かればどうすればいいかという方策も考えることができるからな。
「チーター、大丈夫ですか? もうけっこう切ってると思いますよ? チベスナさんはそろそろ飽きてきたと思いますよ」
「お前はほんとに……」
二人の旅の為のアイテム作ってんだぞ、オイ。確かに仕事がないから暇になるのも無理はないと思うが、もうちょっとオブラートに包めよ。……チベスナには無理な相談か。
「とりあえず、今回も失敗。さあ、もう一回木を斬りに行くぞー」
「えー……また行くんですか?」
よっこいせ、と立ち上がると、チベスナは渋い顔をする。
「じゃないと木材がないだろ。この作り損じの端材で作れるはずもなし」
「ちょっと休憩を入れたいと思いますよ」
「お前殆ど横で文字書く練習してただけじゃねぇか」
「そうじゃなくて、チーターが……、」
いつになく渋るチベスナの手を掴んで行こうとした、そのとき。
よろり、と。
俺の視界が、傾いた。
・こうざんでの度重なるスタミナ切れ
・サンドスターを使っての作業は意外と疲れる
・中途半端にじゃんぐるちほーの旅路が楽だったのであんまり休憩せず
・慣れない日曜大工が楽しくて疲労を忘れる
→サンドスターがもう……