畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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四三話:踏破する霊峰の主

「チーター、こっちで合ってるんですかー?」

 

 歩きながら、チベスナは俺の方へ振り返り振り返りそんなことを言う。

 

「ああ、地図の通りならこっちの道で間違いないよ」

 

 チベスナが確認しているのは、道順の話だ。

 何せ山にいる間はコンパスが馬鹿になっているせいで方角が太陽とか星とかを見ない限り定かではないという有様だからな。チベスナが心配になるのも無理はないというものだ。

 まぁ山沿いに歩いているから方向を間違うということはあり得ないのだが、そのへんの話はチベスナには理解が難しかろうということで最初から話していない……というのと、

 

「でも、行けども行けども山しか見えないと思いますよ」

 

 このロケーションのせいで、チベスナの不安が倍増しているようだった。

 俺達の現在地は、おそらくドーナツ型の高山地帯の中心近くだろう。というのも、このまま馬鹿正直に最短距離という名の連続登山をしていてはどう考えても身が持たないので、一旦下山して山の麓を歩いていくスタイルに切り替えたのである。

 実際のところ、道なき道を歩くわけなので進んでいる方向が合っているかどうか心配になるのは分かる……が、山という巨大な目印を頼りに進んでいるので、通り過ぎた山の数を数え間違えるみたいな馬鹿なミスをしない限りは問題ない。

 

 まぁ……。

 

「……ふぅ。このへんで少し休憩しておくか」

「了解だと思いますよ。あ、さっきの石を彫るやつ教えてほしいと思いますよ」

「あいよ」

 

 道なき道を歩くということは、けっこう険しい道を歩くということでもあり。

 とにかくよく疲れて、休憩を入れることが多くなったので、かかる時間としてはどっこいどっこいのような気もしなくもないが……。

 まぁ、頑張ればあと二日後くらいにはジャングル地方に入れる程度にはなっているはずだ。多分。…………ほんと、高山地帯に入ってから急にペースが落ちたよな……。平地が恋しい。マジで。

 

 なんてことを言いつつ、適当なサイズの石を見繕っていると……。

 

「おょ? 何してんのぉ、こんなとこで」

 

 そんな、妙な訛りをした少女の声が聞こえてきた。

 

の の の の の の

 

こうざん

 

四三話:踏破する霊峰の主

 

の の の の の の

 

 声に反応して視線を上げてみると、そこに佇んでいたのは……もこもこした少女だった。

 クリーム色の髪を肩くらいの長さまで伸ばしている。そんなイメージはなかったのだが、前髪は右目が隠れるくらいに長く、もみあげ部分は……なんというか、古墳時代の日本人のもみあげみたいな感じで結んであったりと、かなり全体的にもっさりしている。

 服装も首元のファーにサマーセーター、もこもこした生地のホットパンツ、タイツ、ブーツの全てが白系の色なので、パッと見はほんとに毛皮にしか見えない。

 あー……アルパカって、こんな感じの外見だったんだな。

 いや、アニメ見てたのでどんな外見か知ってはいるんだが、何分こっちに来てからそこそこ経ってるもんだから俺の中でアルパカのイメージがぼんやりし始めていたのだ。お蔭で『あーそうだったこういうヤツだった』みたいな、知ってるんだけど意外……という感覚を味わうハメになった。

 話に関しては今もしっかり覚えてるんだけどなぁ……。

 

「何って……手先の器用さ訓練だが」

 

 と、俺はそう言いながら、アルパカの方へ向き直る。

 そう、アルパカ。

 アニメでも登場した、色々とクセの強いフレンズである。アルパカといえば、ジャパリカフェの店主(?)をやっているというイメージがかなり強いのだが……。そのアルパカがどうしてこんなところにいるんだろうか。新しい茶葉でも収集しているんだろうか。

 というか、ジャパリパークで茶葉を栽培してるところがあるんだろうか。少なくともカフェを開こうというくらいには茶葉も集まるんだと思うが……あれか、ラッキーが栽培しているのかもしれないな。

 

「手先の器用さ訓練ん? 何それぇ、面白そぉだねぇ!」

「ふふん。これがけっこう奥が深いと思いますよ。さすがはチベスナさんのかんとくなだけはあると思いますよ」

「はぇ~すっごいねぇ」

 

 ……なんかすごい田舎のばあちゃんと会話してるような気分になるな、これ。『見ろよこれ、スマホだぜスマホ』って見せびらかしてもばあちゃんは全然何が凄いのか理解してくれないみたいな感じで。

 

「そぉだぁ。わたしはアルパカ。今としょかんにかふぇ? の作り方教えてもらいに行こうと思っててねぇ」

「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。こっちはかんとくのチーター」

「監督じゃないが」

 

 ネコ手招きをしつつ、

 ……いやしつつじゃねーよ! なんでしてんだよ! くそ!

 

「…………なんか元気ないけど、どぉかしたのぉ?」

「いつものことなので気にしなくていいと思いますよ」

「そっかぁ~」

「それで、そのかふぇというのはなんだと思いますよ?」

 

 ……はっ。気付いたらいつもの流れで自己紹介が終わってた。

 

「かふぇっていうのはねぇ……おちゃを出してもらう小屋なんだよぉ。ほっと一休みできるいいとこなんだぁ」

「それは確かにいいなぁ……」

 

 俺はしみじみとしながら、そう呟いた。

 実際に高山を歩いてみて分かる、休憩所の有難み。疲れたときに椅子に座って紅茶を飲んで一息できるだけで、どれほど疲労が癒されることか……。アルパカには是非ともジャパリパークにカフェを広めて、ジャパリカフェをチェーン展開してもらいたいと思う。流石にそれは無理か。

 

「おぉ~、チーターも分かるぅ?」

「分かる分かる」

「チーターはとりあえず一休みしたいだけでは?」

 

 うっ……確かにそれもあるが。しかしそれだと俺が怠け者みたいじゃないか。違うから、俺の場合はスタミナが足りてないだけだから。

 

「逆にチベスナは分からないのかよ? カフェで紅茶を飲んで一休み……優雅だと思うぞ? ムービースターっぽいんじゃねぇか?」

「チベスナさんも分かると思いますよ!」

 

 ちょっと切り口を変えて煽るように言ってみると、チベスナはあっさりと掌を返してきた。うむ、チョロいぜ。

 ……というかチベスナ、多分紅茶がどんなものかも知らないと思うんだがそんな見栄で分かる感出してていいのだろうか……。

 

「確かにねぇ、おちゃ飲んで一休みするととっても気持ちがいいらしいんだよぉ。あたしもまだ飲んだことないんだけどねぇ」

 

 あはは、とアルパカは笑いながら言う。いやいや、飲んだことないのになんでそんな。…………そういえばアルパカがカフェをやろうと思った理由って知らないな。

 そういえばさっき、図書館にカフェの作り方を教えてもらう最中とか言っていたが……。

 

「アルパカはなんでカフェを作ろうと思ったんだ?」

「ん? んとねぇ、あそこの山のあたりって、隣のちほーに行くとき、よく通るじゃない?」

「……そうなのか?」

「チベスナさんはよく分からないと思いますよ」

 

 知らないのかい。

 チベスナ、高山のあたりの出身だろ…………と一瞬思ったが、平原は高山の北西だから、ジャングル地方に続く南西とは同じ地方でも方角が全然違うんだな。それならこのへんの土地勘がなくても仕方ないか。

 とはいえ全然理解が得られなくても、アルパカは全く気にせず続ける。

 

「あのあたりで一休みできたらぁ、とても素敵だな~って思ったんだぁ」

「おお……」

 

 そういえば、そんな理由だったっけ?

 アルパカ、優しいヤツだな……。あともう少し俺が生まれるのが遅かったら、確実に世話になっていたと思う。かばんが生まれた後は絶対遊びに行こう。そしてケーキの作り方を教えてあげよう。ミルクレープくらいなら多分俺でも作れるし。

 

「そしたらある日、あっちの山で小屋を見つけてねぇ。お茶を小屋で出すとかふぇっていうのになるって聞いて、あたしもかふぇやってみたいなぁって思ったの」

「立派だなぁ……」

 

 誰かの為になることを思いつくことができても、それを実際に行動に移すのは簡単そうに見えて実は意外と難しいものだ。根本的に自分の為にならないことに労力を払って、苦労をして……それはかなり億劫な話になるわけで。俺ならまず無理だ。控えめに言って尊敬するよ。マジで。

 

「……ん? 待てよ?」

 

 そこで俺は、一つの疑問に思い至った。

 アルパカがカフェという概念を聞いて、それをやってみたいと思ったのは……まぁいいだろう。だが、そもそもそのカフェという概念をアルパカに教えたフレンズというのは……いったい誰だ?

 博士と助手というのはあり得ない。もしそうならわざわざアルパカが図書館に行く理由がない。ラッキーという可能性も……ないだろう。アルパカにそれを教える理由がないし。

 となると別のフレンズということになるのだが…………誰が教えられるだろうか? カフェがジャパリパークで絶えて久しいこの状況で、アルパカにカフェのことを教えられるフレンズが果たしているのだろうか……?

 

「ちなみに、アルパカはどのフレンズからそのカフェの話を聞いたんだ?」

「んぇ? 誰だったかなぁ~……確かこーんな小さいフレンズだったと思うけどぉ」

「小さい……フレンズ?」

 

 誰だろう……。やっぱ博士と助手か? 紅茶が飲みたいがために変装とかしてアルパカをそそのかしたのかもしれないな。可能性はある。アイツらけっこう知恵が回るし。

 

「今度会ったら、お礼が言いたいなぁ。いーっぱいお茶ごちそうしてねぇ」

「俺も、それらしいフレンズに会ったら声をかけておくよ」

「おぉ~! ありがとぉ~ありがとねぇ~」

 

 俺の言葉に、アルパカはにへらととろけるような笑みを浮かべる。まぁ、会えるかどうか分かんないけどな……。

 

「それで、チーターとチベスナはどぉしてこんなとこで座ってたのぉ?」

「よく聞いたと思いますよ!」

 

 バッ! と、そこでチベスナは勢いよく石を翳して言う。

 

「チベスナさん達、ここで手の器用さの訓練をしていたんだと思いますよ!」

「だからそれ何なのぉ?」

 

 当然の疑問である。

 

「えーと……チーター!」

「はぁ……よく理解してないのに勢いで身を乗り出すからこういうことになるんだよなぁ」

 

 結局、解説役は俺がやらねばならないらしい。俺はチベスナから石を受け取ると、指先を光らせて石の表面にさっとジャパリパークでよく見る『(、,)』のマークを彫りこむ。

 

「おぉ~! それ、ジャパリまんのマークだねぇ。よくできてるねぇ」

「こんな感じで、フレンズの技を器用に使ったりして手先を器用にする訓練だ。あとほかにも文字を書いたり、絵を描いたり……」

「よく分かんないけど、変わったこと思いつくねぇ」

 

 あ、理解を放棄された。

 

「まぁ、それを休憩がてらやってたわけだ」

「チーター、高山に来てから休憩が多いんだと思いますよ。まぁチベスナさんは寛容なので全然構いませんが」

「おょ? どぉして休憩が多いのぉ? こんなとこちょちょいじゃないのぉ?」

「ちょちょいだったらよかったんだけどなぁ……」

 

 何度か死ぬ思いをしてんだよなぁ……。

 

「はぇ~、大変そうだねぇ」

 

 しかしそんな俺の思いも届かず、アルパカはのんきそうに眉尻を下げる。本当に大変なんだよ。なんで高山には砂漠みたいなトンネルがないんだろうねほんとに。いや探せばあるのかもしれないが。

 

「でもそれならなんでこんなとこ通ってるのぉ? 遠回りした方がよかったんじゃないのぉ?」

「そうなんだけどなぁ……」

「チベスナさん達は、旅をしていると思いますよ」

 

 言葉を濁す俺に、チベスナの方が答えを言ってくれた。

 

「ジャパリパークを見て回る、映画修行の旅だと思いますよ」

「武者修行な。しかもそれも言葉の綾で実際は観光旅行な」

 

 映画修行とか完全に目的がお前寄りになってんじゃねぇか。

 

「細かいことはいいと思いますよ。……で、色んなちほーを回っていく途中で、チベスナさんの前の巣にも寄ることになったんだと思いますよ。チベスナさんの巣はこうざんにあったので」

「で、俺はもともと平原地方向きのフレンズだから……こうしてヘトヘトになってたってわけだ」

「なぁるほどねぇ~。そりゃお疲れだねぇ、よしよし」

 

 頭を撫でられた。やめい、耳がくすぐったいわ。

 

「でも、そういうことなら何か力になりたいねぇ……あ、そぉだぁ」

 

 しっぽで手を払っていると、アルパカは何かを思いついたように手をぽんと叩く。何を思いついたんだろうか……?

 

「それなら、二人ともあたしが背負って運んでってあげるよぉ。このくらいの山なららくしょーで越えられるからねぇ」

 

 え…………。

 ……ま、マジか!?

 渡りに船ならぬ、山越えにアルパカだ……!




アルパカの口調再現が…………難しい。っていうか無理ですねこれ(いつもの)。
アルパカの口調って『だよぉ』か『だゆぉ』か、どっちがいいんでしょうね。

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