畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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感想数が三〇〇を超えました。みなさんいつもありがとうございます。超励みになってます。
今回はなんでもない旅の一幕。こういう話を積極的に入れていきたい……。


四二話:積重する研鑽

「…………チーター、またですか?」

「ぜぇ、ぜぇ、仕方ないだろぉ……」

 

 翌日。

 俺とチベスナは二人で木陰に寝転がっていた。

 太陽は既に俺達の真上に陣取っていて、控えめに言ってとてもつらい。

 

 トキがいれば今頃もっと楽にこうざんを抜けることができていたのだが……これについては、ちょっとした一幕があったのだった。

 

の の の の の の

 

こうざん

 

四二話:積重する研鑽

 

の の の の の の

 

「あら、おはよう二人とも」

 

 岩ごしに小鳥のさえずりを聞いて目を覚ますと、岩の上に立っていたトキが反応した。俺はそんなトキに招き猫の手で応え……む、右腕が動かん。

 何事かと思って視線を手に落とすと、どうもチベスナが俺の右腕……というか胴体の上に寝そべっているようだった。やっぱコイツの寝相壊滅的だな……。

 ああ、俺以外のヤツが下敷きになってればカメラでこの動かぬ証拠を撮影してチベスナに寝相が悪い決定的証拠を突きつけることができたというのに。もったいない。

 

「おはようトキ。……おいチベスナ起きろ。そして俺の上からどけ」

「むうおはようございます二人とも。……およ? チーターいつの間にそんな体勢で寝てると思いますよ?」

「お前の寝相が悪いんだよ!」

 

 チベスナが起きたので腕を動かしてチベスナをどかしながら、俺はとりあえずそう言っておいた。こいつ頑なに自分の寝相の悪さを認めないな……。

 

「まぁそれはいいとして。これからどうすると思いますよ?」

「いいとするなよ……」

 

 腕とか下敷きにされるとしびれるんだよ……。まぁすぐに治るけども。

 で、えーとこれからの予定だっけか。

 

「これからは下山をする。もう十分アトラクションも回ったし、見どころも大体制覇した。ジャングル地方に行くのが当面の目的だ」

「了解したと思いますよー」

「だが…………」

 

 ここで一つ、問題がある。

 地図を見る限り、俺達の現在地は大体高山の西側、若干中心寄りと言った感じだ。高山はここキョウシュウエリアのほぼ中心部分(サンドスター火山の周囲を取り囲むような形)に位置していて、俺達が目標とするジャングル地方はここから南西に向かわなければならない、のだが……。

 この高山地帯、完全な円形のエリアというわけではないのである。

 しかも何の因果か、若干南西方向に長く伸びるように歪んでいるので……その分高山を歩く距離が長くなるのである。ここから見る限りでも山三つくらい越えないといけねぇし。

 

「なぁトキ、ジャングル地方まで俺達を運んでくれないか?」

 

 やむなく、俺はトキに助力を依頼してみる。さすがにこんな険しい山道を越えるなんてやってられなさすぎるからな。

 が、

 

「…………悪いけど、そのお願いは聞けないわね」

 

 と、トキのそんな言葉によって最後の頼みはあっさり消えてしまったのだった。

 ……いや、ダメって言われたら素直に受け入れるしかないんだけども、マジか……マジかぁー……トキからは普通にOKもらえて、いかにチベスナを説得するかみたいに考えてたから、まさかここで躓くとは思ってなかったぞ……。

 

「そうなのですか? チベスナさんはお願いしてもいいと思ってましたが……」

「ごめんなさいね。でもわたし、仲間を探しているから」

 

 トキは相変わらずの無表情でふっと笑みを浮かべてみせて、

 

「あなた達を見ていたら、前よりずっと仲間を探してみたくなったの。もう、今すぐにでも飛び立ちたいくらい。だから、あなた達とはここでお別れね」

「そういうことなら……仕方ないかぁ」

 

 言いながら、俺は肩を落とす。

 無理強いはできないからなぁ。一応なんとかトキ……赤い……ですけど………………名前が思い出せないけどトキの仲間がいるのは知ってるが、どこにいるかまでは知らないし。諦めて地道に歩くか……。

 

「じゃあ、わたし行くわ。今度はもっとじっくり歌のことでお話したいわね」

「話だけなら全然いいぞ」

「また会おうと思いますよー!」

 

 手を振りながら、俺達は空を飛んでいくトキのことを見送るのだった。

 

の の の の の の

 

 で、今に至る。

 

 徒歩で行くことにしたのはいいものの、やっぱり道のりは険しく……案の定山一つ越える前に疲労によりダウンしてしまっていた。

 ちなみに今日初めての休憩ではなく、既に何度目かの休憩だ。高山に限らず小まめに休んでいるので俺達にとって休憩はいつものことなのだが……高山に入ってからは頻度と一回あたりの長さが明らかに増えている気がする。

 そのせいか、チベスナも若干呆れ顔だ。しょうがないだろスタミナがないんだよ。

 

「まぁのんびり行けばいいと思いますよ。チベスナさんは寛容ですので」

 

 寛容…………? それはお前の普段の態度を踏まえて言ってるのか? というか本当に寛容なヤツは自分のことを寛容とは言ったりしねぇ。

 それはともかく。

 

「まぁ体力的にのんびり行くしかないのは事実なんだが。……うぬぬ」

「……何してるんですか?」

「手先を器用にする訓練」

 

 手元を覗き込んできたチベスナに、俺は手を止めて、持っていたものを見せる。

 けっこう休憩する時間も長いので、その間の時間がもったいない俺は手先を器用にする訓練をやっているのであった。

 といっても、とくに特殊なことはしていない。メモ帳に色々と書いているだけだ。今までも休憩時間のたびにやってたから、これ自体は特にチベスナが気にするほど珍しいことではない。ただ、おそらくチベスナの目を惹いているのは――、

 

「でもこれ……『文字』じゃないですよね?」

 

 そう言って、チベスナはメモ帳にかいてある『もの』を指さす。

 そこに書いてあるのはチベスナの言う通り文字ではない。というか、『書いて』というよりは『描いて』と言った方がいいかもしれない。

 チベスナは俺が()()()ものに添えるように書いた文字をたどたどしく読んでいく。

 

「ええっとこれ……ち、……へ?」

「『ベ』だな」

「ああ。ち、べ……すな。チベスナ……チベスナさんですか、これ?」

「正解」

 

 そう。

 俺が描いていたのは、チベスナの似顔絵だった。

 ほっそりした目、ふわっとした眉、何考えてんだかいまいち分かりづらいようでけっこう分かる表情……あと髪型。チベスナの主な特徴はだいたい押さえている。我ながらけっこう似てると思う一作である。

 チベスナはそんなイラストを見て感心しながら、

 

「おー。これがチベスナさんの絵ですか。けっこう似てると思いますよ。こう……きりっとしたクールな感じが」

「俺にはふてぶてしい顔にしか見えないけど」

「なんてことを言うんだと思いますよ!」

 

 さらっと言うと、チベスナは憤慨して俺の描いたイラストの目尻のあたりを指さす。

 

「ここ! こことかチベスナさんのクールな魅力をさっぱりとあらわしてると思いますよ!」

「お、おう……」

 

 一応イラストの腕を褒められてるのでなんとも言い返しづらい。まぁ、チベスナはイラストとか見たことないから審美眼についてはなんとも言えないんだがな。

 ちなみに、俺の自己採点だとフツーの中学生相当のイラスト力だと思う。まぁ、モデルが特徴的だから誰が見てもすぐチベスナの似顔絵だと分かると思うが。

 

「でも、いつの間にこんな隠し芸まで習得してたんだと思いますよ、チーター。さすがかんとくだけあって抜け目ないと思いますよ」

「監督ではないけども」

 

 言いながら、俺はメモ帳を閉じる。

 

「文字だけ書いてても流石にマンネリだからな。色々と違う刺激を与えていったほうが指先の器用さも改善するんじゃないかと思って」

 

 だがお蔭で、字の綺麗さについては相当上達している実感がある。というか、体感ではもうそろそろ前世の器用さに肉薄してきている頃かもしれない。まぁ高山に入ってから休憩多かったし、ここにきて上達速度が上昇するのは必然ではあるのだが。

 そして手先の器用さが上達しているということは……さらなる段階に足を踏み入れることができるということでもある。

 

「そうだ。チベスナもせっかくだし手先の器用さ訓練、やってみるか」

 

 そう言って、俺は近場にあった大きめの小石を拾い上げる。大きいは大きいが、所詮は小石。手のひらサイズが精々……といった感じの風情である。

 その小石を手に持つと、俺は人差し指をぴんと立てる。

 

「何をするんだと思いますよ?」

「まぁ見てろ。…………えいっ!」

 

 言いながら、俺は人差し指に力を入れて、ザッ! と小石の表面を走らせる。ざーっと書いていくと…………。

 

「おお……? これは…………」

 

 小石の表面に、無事『チーター』という文字が彫り込まれた。

 しかも、無理やり削り込んだような雑な字体ではない。普通に文字で書いたような、表札か何か……というと流石に言い過ぎだが、そのくらい自然に文字の形に彫り込むことができた。

 

「……石に文字を彫っただけですか? これのどこが器用さの訓練になるんだと思いますよ?」

「言いおるなチベスナ……」

 

 けろっと言ってのけるチベスナに、俺は思わず眉をひそめる。

 ほうほう、そこまで言うならチベスナにもやってもらおうではないか。

 

「ほれ、この石にチベスナって彫ってみ」

「言われずともやってみせると思いますよ。このくらいムービースターであるチベスナさんにかかればちょちょいのちょいです」

 

 とかなんとか言っていられるのも今のうちだぞ。あとムービースター関係ないからな。

 そんな風に考えつつ見守る俺の前で、チベスナも作業を開始する。まずは指先だけにサンドスターを集中させるのだが……。

 

「……む。むむ? あれ、これ…………」

 

 手を光らせるところまでは普通にできたチベスナだが、そこから光る範囲を指先に収めるのができないらしい。人差し指をぴんと立てていた俺とは対照的に、手を中途半端に開いた状態から頑張って人差し指を立てようとぷるぷるさせたところから事態が進展しなくなってしまう。

 そうだろうそうだろう、身体を光らせるのには二種類のやり方があって、一つはその部分の筋肉を強張らせるようなイメージで力を集める方法、もう一つは体を一つの容器とイメージしてサンドスターをその中で動かすようなイメージで力を集める方法があるのだが、これは後者のやり方じゃないとなかなか難しいのだ。

 後者のやり方は多分サンドスターというものを概念的に知っていないと理解すらできないだろう。これは俺が転生者ゆえのアドバンテージというヤツだな。

 逆に言えば理論さえ教えてしまえばチベスナもそのうちできるようになるのだが、コイツはさっき俺のことをカチンと来させたのでしばらく教えてやらん。

 

「ええい! まどろっこしいと思いますよ!」

 

 そんなことをしているうちにチベスナはしびれを切らしたらしく、手全体を光らせたまま作業を開始したらしい。まあ、それも一つの選択ではある。が、この作業の難関はそこだけではないのだ。

 

「えいっ!」

 

 ザザザッ! とチベスナは勢いよく小石の表面に指を走らせる。が――、

 

「……あれ?」

 

 後に残ったのは、真っ二つに割れた小石の残骸である。ついでに言うと、かなり断面の荒れ方もひどい。

 

「……ちょっと! どういうことだと思いますよチーター! 同じようにやったのにこの違いは! わなです! だまされたと思いますよ!」

「何一つ騙しちゃいねぇよ」

 

 飛びついてきたチベスナの頭を掴んで抑えつつ、

 

「そこがこの作業の難点、だな」

 

 俺は人差し指を立てて解説を始める。

 ちょっと屈辱的な経験をへて人の話を聞く気になった(いつもこうだといいんだが)チベスナも、割合素直に正座して清聴モードに入った。

 

「チベスナ、平原の売店のこと覚えてるか?」

「はい。ぬいぐるみが欲しかったと思いますよ」

「まだ覚えてるのか……」

 

 っと、話がそれかけた。

 

「こほん。その時、俺がティッシュの箱を爪で斬って開けてたのは覚えてるか?」

「なんですそれ?」

「そこは忘れてるのか……」

 

 まぁチベスナなんてそんなもんだよな。うん。

 

「そういうことがあったんだよ。で、その時俺は爪でティッシュの箱を開けたんだが……箱だけでなく、中身のティッシュまで少し斬ってしまったんだ」

「あ! 覚えてますよ! チーターが中身のティッシュで楽しそうに遊んでたのを!」

「そこは忘れろ!!」

 

 なんでそういうとこだけ覚えてんだよお前!

 

「……こほん。で、その理由はだな……フレンズの技は、強すぎるんだよ」

「はぁ」

 

 チベスナはいまいちピンときてなさそうな顔と声で頷いてみせる。まぁまぁ、これだけで理解してもらえるとは俺も思っていない。

 

「基本、ティッシュの箱は適当に鋭いものでぴっとやれば、簡単に斬ることができる。だがフレンズの技は、その『適当に鋭いもの』よりずっとよく斬れるんだよ」

「ああ、なるほど。それは分かると思いますよ」

「今回の場合も同じ」

 

 ようやく理解が追いついたらしいチベスナに、俺は結論をつきつける。

 

「石を彫るには、普通はさらに硬くて鋭いものを使えばいい。だがフレンズの技は…………その『さらに硬くて鋭いもの』よりずっとよく斬れるんだよ!」

「な、なんですってーっ!?」

 

 驚愕の真実(というわけでもない)である。

 いやまぁ、フレンズの身体能力ヤベェなって話ではあるんだけどな。昨日も何気に身長と同じくらいの岩を普通に運んでたし。俺は途中で疲れたが。

 

「だが、今回の場合はちょっと斬れればいい。そうするとフレンズの技を普通に使うと、今度は『斬れ過ぎる』という問題が出てくる。それが今のチベスナだ」

「なるほど……よく分かったと思いますよ。で、どうすればいいんです?」

「解決策は二つある」

 

 俺は指を二本立てながら、

 

「一つは、力を弱くすること。サンドスターの消費を抑えるってことだな」

「チーター」

「……ま、今のお前にはこの方法は難しい」

 

 翻訳(いいなおし)を要求されたので、とりあえず結論だけ言うことにした。まずサンドスターの扱い方の話とかになっちゃうからな。しかし、コイツは純正のフレンズなのについ一〇日くらい前までサンドスターの扱いとかちんぷんかんぷんだった俺よりサンドスターの扱いを知らないんだよなぁ。そんなんで大丈夫なのか。

 

「本命はこっちだ」

「なら先にそっちから言えばいいと思いますよ。まったく」

 

 ……。

 

「やっぱ言うのやーめた」

「ごめんなさいと思いますよ! 気になるので続きを言うといいと思いますよ!」

 

 コイツほんとこういうとこ学習しないよな。

 

「で、話を戻すが。こっちは単純で、距離を離すこと」

「距離を?」

「おおざっぱに言えばな。こう……石を持つ手を遠ざけて、指がギリギリ当たるか当たらないかのところで手を振るわけだ。すると爪がいい感じに掠る」

「するとどうなるんです?」

「ちょっとだけ削れる」

 

 我ながら頭の悪いやりとりしてんなー……。

 

「たとえばこの石だって、思いっきり地面に押し付けて引っ張ったら、深い跡ができるだろ? でもギリギリのところをキープすれば、どれだけ力を込めたところでできる跡は細くて浅い」

「あ、ほんとだと思いますよ」

 

 俺の説明を聞きながら実際にやってみたチベスナは、地面にできた跡を見て新事実を発見したかのような表情を浮かべる。うむ、やっぱり実践しながらだと理解も早いな。俺はやってみろとは一言も言ってないが。

 

「それで、チーターはどっちをやってたと思いますよ?」

「それは見れば分かるだろ。両方だよ」

「反則だと思いますよ! どっちかにしないとチベスナさんができないと思いますよ!」

 

 それは知ったこっちゃない。

 

「ま、両方っていっても一つ目のやり方は力を指先だけに留めるための方法だから。二つ目のやり方さえできればチベスナでもまぁできる」

「ほんとですか? なんだかすごい大変だと思いますよ……」

「これで分かったろ。お前が何気なくこき下ろしたアレがどれほどの苦労の末に成り立っているのか……」

「……チーター、怒ってます?」

「全然」

 

 怒ってないよ。

 

「話がずれにずれたが、これをやると指先の感覚がすごく重要になってくるわけだ。だから器用さの訓練にはもってこいってわけ」

「なるほどー」

「そしてこれは! 単なる下準備の一つにすぎない!」

「おおっ」

 

 大仰に言うと、チベスナはさっそく石彫りをやろうとしていた手を止めて俺の方を見る。

 うむ。そもそも手先の器用さを鍛えているのは、別に文明人としての矜持だけが理由ではない。それなら箸でも作って小石を摘み上げる練習でもしてた方が有意義だしな。

 わざわざ指先の、それもフレンズの技に応用可能な器用さを鍛えていた理由。それは……。

 

「『ソリ』。…………ついに、作るぞ!」

「おおおっ」

 

 チベスナはぱあっと顔を明るくして、

 

「どこでですか?」

 

 と、あたりを見渡しながら言った。

 当然ながら、登山道にいろんな木材を並べる作業場になりそうな場所はちょっとない……即ち。

 

「……高山、抜けてからかな」

 

 結局、山を越えるのが最優先というわけだ。

 はい、じゃあ休憩して体力もぼちぼち回復したし、また移動始めるかぁー。




トキの仲間と聞いてショウジョウトキがぱっと出てくる人はけっこうコアなファンだと思うんですけど!

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