畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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四話:白銀の姫騎士

「部下じゃありませんわ」

 

 あっ、さっそく否定された。

 

 ――という感じで、ばったり遭遇したフレンズ……シロサイは、相変わらずなチベスナにもしっかりと切り返してくれた。ひとまずツッコミ役のようなので、俺としては肩の荷が半分くらい降りた気分である。

 

「第一、わたくしの主はヘラジカ様ですわ。前にも話したでしょう?」

「えー。いいじゃないですか、主が一人くらい増えても問題ないと思いますよ」

「問題ですわ」

「うん、問題だろうな」

「チーターまでー!!」

 

 いやだってこの娘、姫騎士みたいな感じでプライド高そうな性格っぽいし。

 と頷いていると、そこでようやくツッコミから意識を解放されたのだろう、俺のことを本格的に認識したシロサイは、チベスナの相手もそこそこに俺の方に歩み寄ってくる。

 

「わたくしはシロサイですわ。アナタは……」

「……ああ。俺はチーター、今日、ジャパリシアターでそいつと知り合って旅をすることになったフレンズだ」

「まぁ、旅ですの」

 

 シロサイはお上品に口に手を添えて、驚いた表情を浮かべる。

 

「それは…………」

 

 それからチベスナの方をチラ見して、

 

「…………大変だと思いますが、頑張ってくださいまし」

「ちょっと待ってください! 今の間はなんなのですか!? 失礼だと思いますよ!」

「残念ながら当然のリアクションだ。自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「またまたチーターまでー! ひどいと思いますよー!!」

 

 びえーと喚くチベスナには悪いが、喚き方が古典的過ぎてちょっと笑った。

 

の の の の の の

 

へいげん

 

四話:白銀の姫騎士

 

の の の の の の

 

「…………なるほど、それで、そのヘラジカってフレンズ達と一緒に過ごしているわけか」

 

 そのあと、俺達は立ち話もなんだしということで三人で近場の木陰に座り込み、少し話し込んでいた。

 俺にとってはチベスナに続いて二人目のフレンズ、そしてアニメ版に登場したフレンズとの初めての遭遇ということもあり、非常に感慨深い思いがしていた。

 そう、()()()()()()()()()、である。

 というのも、話を聞いてみたところ、このシロサイはヘラジカを中心とした集団で生活しているらしいのだ。正確には同じ巣というわけではないらしいが、いつも日中は一緒に集まって過ごしているんだとか。

 他のメンツはオオアルマジロ、アフリカタテガミヤマアラシ、パンサーカメレオン、ハシビロコウらしい。アルマジロとヤマアラシは一瞬『いたっけ?』と思ったが、思い返してみれば多分いたはずだし、カメレオンとハシビロコウはよく覚えている。

 そのうえ、ヘラジカを中心とした群れ……ということは、やはりこの世界はアニメ版の時代なのだろう。アプリ版の時代――つまりヒトと出会える確率が非常に低いというのは残念だが……ま、今はそんなことはどうでもいいか。それより、俺の持つ知識がそこそこ使えるかもしれない、という方が重要だ。知識は何よりのアドバンテージになるからな。

 

「ええ」

 

 と、そんな風に考え込んでいると、シロサイは俺の言葉に相槌を打ち、誇らしそうに言う。

 

「ヘラジカ様は、とてもお強いフレンズなのですわ」

「ふふん、それならチベスナさんも……」

「チベスナはちょっとこのカメラでもいじってな」

 

 渡されたカメラに夢中になって静かなチベスナはさておき。

 

「それで、ヘラジカ様がライオンと知り合って、戦いたいと言うようになったのですわ。でもライオンは戦う気がないようで……それで、最近合戦を挑むようになったのですが……その、天気が悪かったりとかで、なかなか勝てず」

「…………なんか大変そうだな……」

 

 えーと、確かライオンとヘラジカの合戦って、五〇回くらいやってたよな? で、確か一回一回の間隔はそれなりに空いていたはず……多分二、三週間に一回くらいだと思う。となると、アニメ版の時代ではあるが、大体一年か二年くらい前って感じの時期になるんだろうか?

 できれば、巨大セルリアンを倒した後の時期のがよかったなぁ……。何かと安全だろうし。

 ともあれ、具体的な時期まで分かったのはありがたい。まぁ、ヘラジカ達がいるって分かった時点で、アニメ版からそう外れた時期でもないってのは分かっていたが。

 

「そうですわ。もしよろしければ、アナタがたも打倒ライオンを手伝ってくださいませんこと? きっと皆さん歓迎いたしますわ」

「それは遠慮させていただくと思いますよ」

 

 と、普通に勧誘をキメてきたシロサイに、意外にもカメラをいじっていたはずのチベスナの方が即答した。……いや、俺も最終的には断るつもりではあったんだがな、お前カメラいじりはどうしたよ。

 

「チーターはチベスナさんのかんとくですから。一緒に旅をするので、アナタ達のお手伝いはできないと思いますよ」

「あら、そうですの……。残念ですわ」

「まぁまぁ、チベスナ、そうにべもなく断らなくてもいいじゃんか」

 

 残念そうに言うシロサイを引き留めるように、俺は口を挟んだ。

 

「な、なんですかチーター。まさかヘラジカ達の仲間に加わると……?」

「そうじゃない。忘れたのかチベスナ、俺たちの今の目的は地図探しだ。ヘラジカの縄張りに地図があるかもしれないんだし、とりあえずヘラジカの縄張りまで行かせてもらった方がいいだろ」

「ううむ……た、確かに」

 

 俺の説明に、チベスナはうなり声をあげていた。

 やはりフレンズにそうした『先々のことを考えた打算』は難しいのだろうか? …………自分の心が汚れたもののように見えてくるぞ。俺もそういうの控えた方がいいかな……。

 ともかく。

 

「というわけでさ、俺達、ジャパリパークを旅するために、まずは地図を探してるんだ」

「地図、ですの?」

「ああ……地図が分からないか。地図ってのは、ジャパリパークを空から見た図が書いてある紙のことだよ。ヘラジカの縄張りにないかと思ってな」

 

 俺がそこまで説明すると、シロサイはぽんと掌を打って頷き、

 

「なるほど、そういうことでしたら、わたくしが縄張りまでご案内いたしますわ。此処からだと、少し遠いですけれど……」

「ぜひ頼む。こっちにゃ土地勘ゼロのフレンズと、案内能力ゼロのフレンズしかいないもんでな」

「案内能力ゼロとはなんですか! 訂正を求めると思いますよ!」

「実際ゼロじゃねぇか! さっきのやり取りを忘れたとは言わせねぇ!」

「…………忘れればいいと思いますよ」

「強引か!」

 

 ひでぇ話だ。

 

「……ふふふ。どうやらチーターとチベスナはとても仲がよろしいようですわね」

「どこがだ!」「全然だと思いますよ!」

 

 全く同時に言い返すと、シロサイは少しぽかんとした後に苦笑して、

 

「ほら、やはり仲良しですわ」

 

 ……こういうの腐れ縁っていうと思うんだが。まぁ、我ながらハイスピードで腐ったなとは思うけども。

 

「それで、二人はどうして旅を? 縄張りを変えたいんですの?」

 

 話を変えたシロサイは、そう言って首を傾げた。

 ……そうか。普通フレンズって縄張りを動かないんだったか。そりゃ、旅をしたいなんて考えるのは真実ヒトくらいしかいないだろうな。何気に話していなかった部分でもあるので、チベスナも首を傾げ――

 

「それはもう、映画撮影の旅だと思いますよ」

 

 ――るだろうという俺の予測を裏切って、チベスナはあっさりと即答した。

 

「いやいやいやいや! 待て待ておい、そもそもお前は俺の付き添いだろうが!」

「そうだったんですのー……」

「ほら!! シロサイ信じちゃってるだろ!」

 

 まぁ、聞かれなかったのを良いことに詳しい説明をしなかった俺にも責任の一端はあるけどさ……。

 

「……はぁ。特別な理由なんてないよ。単純に、パークの色んなところを見て回りたいと思っただけだ」

「なるほど…………つまり、武者修行でございますわね?」

「…………まぁ、そんなもんかもな」

 

 観光、という概念は多分フレンズにはピンと来ないだろうし……ということで、俺は適当に頷いておく。色々と知見を深める旅と考えれば、ある意味武者修行っていうのも間違いじゃないだろうしな。

 

「ですが、チベスナさんと出会ったことでそんな目的のない旅に、映画撮影という明確な目的が芽生えたと思いますよ!」

「正確には、お前にカメラの使い方を教えてやることな」

 

 ついでに目的のない旅ってのは余計なお世話だ。

 

「この間もそれ言ってましたけど、えいがって具体的にどんなものなんですの?」

 

 と、そこでシロサイが首を傾げながら問いかけてきた。イントネーションも微妙におかしいし、フレンズは映画って概念を知らないのかもな。まぁ、この島で映画を見れそうな施設なんて例のジャパリシアター以外になさそうだし、

 

 

「ああ、映画というのはですね」

 

 シロサイの疑問に、チベスナが真っ先に応える。

 

「ジャパリシアターで見れるものですよ。いろんなフレンズがかっこよくきめて悪いセルリアンをやっつけたりれんあいかんけーにはってんすると思いますよ」

「よく分かりませんわ……」

「むぅ、一回で理解した方がいいと思いますよ」

「いや、お前の説明じゃ一回で分かる方が珍しいわ」

 

 自分の説明下手を棚にシュートする勢いのチベスナに、思わずツッコミを入れた。というか、『ジャパリシアターで見れるもの』って認識なんだな……ってことはコイツ、カメラにおさめた動画とかもジャパリシアターで見れば『映画』になっていると考えていた可能性があるのか……?

 

「えー……でも、チーターはちゃんと一回で分かりましたと思いますよ?」

「それは俺だからだよ。つか、俺も俺でけっこう変わったタイプだしな……」

 

 中身が元ヒトだし。

 ともかく、チベスナの代わりに俺が説明をしてやる。

 

「映画っていうのは、簡単に言うと『自分たちで演じた漫画』だ。……漫画って分かるか?」

「バカにしないでほしいですわね! 知っていますわ。ジャパリ図書館で読んだことがありますの。とっても面白かったですわ。あれを……自分たちでやるんですの?」

「ああ。その模様をこのカメラで撮る。で、色々細工をすると、それが映画になるわけだ」

 

 そう説明してやると、チベスナとシロサイは興味津々といった様子で頷いていた。

 …………いや待て!? シロサイはともかくなんでチベスナまで感心してんだよ!

 

「まさか、ジャパリシアターの外でも『映画』が見られるとは……さすが、チーターはなかなかやるかんとくだと思いますよ」

「ええ。わたくしも映画を見てみたいですわ!」

 

 こんなことで褒められてもなぁ……となんか複雑な気分になりつつ、俺は頬を掻く。しかし意外とシロサイの食いつきがいいなぁ。こんなことならジャパリシアターで映画をカメラで撮っておくべきだったな。……いや、普通に犯罪だけど、この時代ならもう犯罪とかそういうのは考えなくてもいいだろうし。

 とそんなことを考えていると、ふとチベスナが声を上げる。

 

「あ、そうです」

 

 …………なんか閃いたみたいだな。

 

「……なんですチーター、その身構えた感じは。失礼だと思いますよ」

「そりゃ失敬。何を思いついたんだ?」

 

 俺が問いかけると、チベスナは気を取り直したように頷き、とても楽しいことを思いつきましたと言わんばかりの笑みを口元にうっすら浮かべて言う。

 

「ええ。せっかくですから、ここでシロサイと一緒に映画を撮ってみたらいいんじゃないかと思いますよ」

「映画を?」

「わたくしと……ですの?」

「もちろんチーターはかんとくだと思いますよ。チーター初かんとく作品ですよ」

 

 〇〇初監督作品って言い回し、お前よく知ってるなぁ……。

 …………じゃなくて! いや、無茶ブリもいいところだぞそれ!? 大体脚本演出何もかも決まってない状態からいきなり作れって言われても……。

 

「さぁ! かんとくの腕の見せ所だと思いますよ、チーター!」

「チーター……! やっていただけますの……?」

 

 い、言われても…………。

 

 ……………………クソ! こんな無邪気な視線を向けられたら断れるわけねぇじゃねぇか!

 

「分かったよ! 分かった、やってやるよ! そのかわりちょっとだけ時間をくれ。脚本はすぐにポンと出せるわけじゃねぇしよ」

「もちろんですわ!」

「なるはやにしてほしいと思いますよ」

 

 ………………この畜生は……!

 

の の の の の の

 

 木陰があった。

 

 ブレザーを身に纏った少女が、腕を組みながら木にもたれかかって瞑目していた。まるで、誰かを待っているかのように。

 否――実際に、彼女は人を待っていた。

 

 すっ……と、少女の目が静かに開かれる。待ち人が来たのは、それと同時だった。

 

「よぉ、景気はどうですの……じゃない。景気はどう、だ?」

 

 若干お嬢口調がぬぐい切れていない西洋鎧の少女――無論、言うまでもなくシロサイ――が、木陰からゆっくりと現れる。まるでそこから突然出現したかのように前触れのない登場だったが、木によりかかった少女は腕組をしたまままるで動揺しない。

 いや、正確には()()()()()()だった。実際には声をかけられた瞬間耳がぴくんと反応してしまっていた。

 

「良いように見えると思いますか? 西の酒場でだい……だい?」

「(大規模な制圧!)」

「……があった。ここも時間の問題だと思いますよ」

 

 少女――というかチベスナはつっかえつっかえに教えられたセリフを読み上げる。途中で忘れてしまって画面外からチーターの声が入って、しかもそれを前提にセリフを飛ばして読み上げてしまっているのはご愛嬌だ。

 なお、言うまでもないことだが実際の台本はハードボイルドっぽい口調である。『だと思いますよ』とかそういう口癖は全く出てこない。

 

「ふ……俺たちも、ねんぐのおさめどきなのかもしれないですわ……じゃなかった。しれないな」

「らしくねぇじゃねぇかと思いますよ、シロサイ。こんなのはいつものことです。さ、がんまんの……がんまんの」

「(底力を見せてやろうぜ!)」

「ぜ!」

 

 完全にキメ台詞を外部委託しきったポンコツガンマンは、そう言ってシロサイとがしっと手を掴み合う。

 そこには、熱いガンマン同士の友情があった――ちゃんと舞台と脚本が整っていれば。

 

の の の の の の

 

「駄目だこりゃ」

 

 そこで一旦カットして、俺はそう呟いた。多分今の俺は死んだ目をしてると思う。

 何が駄目って、まず脚本が……致命的に合ってない。なぜ俺はコイツらを使って草原のど真ん中で微妙に西部劇っぽい空気の話をやろうと思ったんだろうか。チベスナの『なんかカッコイイものにした方がいいと思いますよ』というリクエストに応じてしまったせいか。

 

 さらに、チベスナ。アイツセリフ全然覚えねぇでやんの。いやまぁ台本もなし練習もほとんどなしでセリフを覚えられるとは流石に俺も思ってないけど、にしたって……なぁ? せめて口調を抑える努力くらいはしろよ。

 『ぜ!』じゃねぇんだよ。俺でセリフを補完した気になってんじゃねぇよ。

 

「何がダメなんですか? けっこうおもしろかったと思いますよ、初めてのえいが」

「ええ! とても楽しかったですわ。これならチベスナがむーびーすたーになりたがる理由も分かる気がしますわね」

「はっ!? まさかライバル出現……!?」

「いえ、わたくしは騎士ですので」

 

 なんてやりとりからまた脇道にそれた二人を見て思う。

 目が肥えてない二人からしたらアレでもありなんだろうけど、どうせならもうちょっと手の込んだヤツが作りたいよなぁ……。ヘラジカの縄張りはなんかそういうのに使えそうな設備も残ってそうだし、向こうについたらもう一回、今度はヘラジカ達も巻き込んで作ってみるか?

 

 

「……チーター? 何か楽しそうな顔をしてますね。チベスナさんにも教えるといいと思いますよ」

「あん? 別に楽しいことなんか考えてねぇけども……。ただ、シロサイがこんな乗り気なら、ヘラジカ達とも一緒に映画を撮ってみるのもいいかなってさ」

「おお! 名案だと思いますわ!」

「そうですね! 是非そうしてみるといいと思いますよ!」

 

 俺の提案に、二人はやはりのりのりで賛成してくれた。

 ただ、そこでチベスナは口元に手を当て、何やらおちょくるような笑みを浮かべて言う。

 

「シロサイに負けず劣らず、チーターもけっこう乗り気みたいですね? 素直になったほうがいいと思いますよー」

 

 …………。

 ………………っ!!!!




「そうだったんですのー……」って言ってる時のシロサイは絶対あの有名な例の顔っぽいアホヅラをしてると思います。

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