「はっ!」
俺は弾かれたように頭上を見上げる。
そこには……今まさにこちらに飛んできたばかりといった感じの紅白衣装を身に纏った大人しそうな雰囲気のフレンズ――トキがいた。
トキもセルリアンの発生には気づいているらしく、その落ち着いた瞳が当惑したように揺らいでいるのが、ここからでも見て取れた。――というのは、チーターの視力ゆえだろうが。
状況の変化を理解した俺は、即座にトキの存在を計算に入れて、現状を乗り切る策を考える。
この状況の難点は、高所でセルリアンが発生しているという一点に尽きる。
セルリアン相手に上をとられるというのは、けっこう致命的なのだ。何故かというと、セルリアンの核はだいたい上の方についているから。セルリアンを下から迎え撃つには、向かってくるセルリアンを飛び上って回避して核を攻撃するしかなくなる。
今回の場合はそれをすると、もれなく回避したセルリアンがそのまま水場に直撃して水場を破壊してしまうというバッドエンドがやってくる。……いや、俺ならセルリアンを回避しても、水場に直撃する前に核を攻撃できるとは思うんだが、それにしたって隣接している二匹くらいまでが限度だ。
だからなるべくそうなる前の時点でセルリアンを片づけなくてはならない。
チベスナに関しては俺が蹴っ飛ばせば可能だが、そうなると俺自身が移動する手段がなくなってしまう。ここにトキが加わったのが、今の状況だ。
この盤面なら――。
「チベスナ! 蹴っ飛ばすぞ!」
即座に決断した俺は、そう言ってチベスナに向かって脚を構える。
「えぇ!? またですか!? チベスナさんあれ嫌だと思いますよ……っていうかチベスナさん一人じゃどうにもならないと……」
「心配するな! 我に策あり、だ!!」
ぶつくさ言うチベスナを足の上に乗せて、俺は高速で足を振り切る。いつもよりも割り増しで本気を出したからか、チベスナは『あぁぁぁぁ……』という情けない声をあげながらセルリアンの上の方まで吹っ飛んでいった。
ワンパターンだろうが、俺の蹴りでチベスナを運搬するのが一番早くて楽なのだからしょうがない。そして、チベスナ一人を行かせるわけでもないのだ。何せ……。
「トキ!!」
「はっ? なんでわたしの名前を……」
「そういうのは後回しだ! 今はとにかく、あのセルリアンを倒してくれ!」
チベスナが飛んでいった先を最後まで確認する間も惜しんで、俺はトキに頼み込む。これでトキが協力を承諾してくれれば、上側はトキとチベスナの二人。そして下側にはもしもの為の保険として俺がスタンバイできるわけだ。
そして三人体制で挑むのであれば、いくらセルリアンが一〇匹以上いるとはいえ、水場を守り抜くのだって難しいことじゃない。……いやまぁ、上から二人が叩いて、下にいる
「……ええ、分かったわ。このままだと水場が大変なことになりそうだもの」
トキは割合素直に頷くと、そのまま今にも崩れ出しそうなセルリアンの方へと飛んで行ってくれる。
さあて、後はおそらく出るであろう二人の取りこぼしを、俺が水場に衝突する直前で全部始末すればいいだけ、だな……!
………………それが相当、大変なのだが!!
上空の方では、チベスナとトキの奮闘が繰り広げられていた。
流石は悪路に強いチベスナ、俺によって斜面に無理やり蹴りあげられても特に足を踏み外すことなく着地し、セルリアンのすぐ真上の位置に陣取ることに成功していた。
「うわぁぁぁ近くで見るといつもより大きいと思いますよ!? 大丈夫なんですかこれ!」
「石が見えてるもの、多分大丈夫じゃないかしら?」
サイズ感に動揺するチベスナとは裏腹に、トキはだいぶ落ち着いた様子だった。チベスナより肝が据わっているのか、空を飛んでいる分精神的に余裕があるのか……多分両方なんじゃないかと思うが。
ともあれ、二人はすぐに行動を始めた。
「ええい、やってやると思いますよ!」
「そういえばアナタ、どこかで見たような顔ね……?」
チベスナは輝き始めた手を振りかぶり、今にも零れ落ちそうなセルリアンを真上から叩く。続いて、ぱっかーん! という小気味のいい音と共にセルリアンの身体が粉々になってフッ飛んでいった。トキも空を飛びながら核に蹴り(というか引っ掻き?)を入れては、セルリアンを爆発四散させていく。
セルリアン側がチベスナ達に反撃してくる可能性を少しだけ危惧していた俺だが、どうやら岩雪崩セルリアンは根本的に下方向にしか向かおうとしないらしい。どういう理屈かは不明だが、チベスナ達が一方的に攻撃できるというのならそれに越したことはないしまぁいいか。
ただ……。
「くっ、流石にちょっと数が多すぎると思いますよ! ……あ!」
「まずいわ、取りこぼしが……!」
いくら二人がかりとはいえ、半ば発生が完了した時点からではいくらなんでも撃滅が間に合うはずもなく。
それでも大幅に頭数を減らすことには成功していたのだが、結局三匹くらいは発生が完了し、斜面を転がり落ち始めていた。
チベスナは――あの調子じゃ間に合いそうもないな。トキは急降下して一匹を倒そうとしているようなので、俺が二匹を担当すればいいわけか。二匹……二匹かぁ。
ちょっと疲れ気味ではあるが…………諦めるという選択肢は、ないよな……!
「ふっふっ……」
とんとん、と。
その場で足踏みをして、今まさに俺の方に雪崩れてくる岩雪崩セルリアンを見ながら、俺は覚悟を決める。
距離があったのでサイズ感が分かっていなかったが――なるほど、これは確かに、チベスナが驚くわけだ。
目の前に迫ってくる岩雪崩セルリアンの大きさは、大体直径二メートル前後。今まで相手をしてきたセルリアンとはやはり一味違う。真正面から戦おうとすれば、相当厳しい戦いを強いられるのは間違いない。だが――それなら、真正面から戦わなければいい話で。
瞬間、世界の速さが急速に低下する。
万物がスローになった世界の中で、俺は思い切り跳躍する。ジャンプ力は大したことないチーターだが、それでも常人の倍以上は余裕で飛び上がれるわけで。
跳躍した俺は、スローになった岩雪崩セルリアンの目(?)を蹴って頭上に立つ。普通のフレンズなら、今まさに迫ってくるセルリアンにこんな曲芸じみたことできるわけないと思うが――このへんはチーターの強みだな。
そして。
「っっ、おらぁ!!」
思い切り下に向かって脚を振り切ると、鋭い刃のような切れ味を持った蹴りが隣接している二匹のセルリアンの核をほぼ同時に切り裂いた。
ぱっかーん! という小気味のいい音を聞きながら、世界の速さが元に戻っていく。
「あー……疲れた」
着地に尻もちをつきながら、俺はあたりを見渡してみる。……うむ、見た感じ、セルリアンが転げ落ちたときに一緒に落ちてきた石とかで多少散らかってはいるものの、概ね大きな破壊は起こってないみたいだな。よかったよかった。これで安心して水場が使える。
「チーター! 大丈夫だと思いますよ?」
「あー、大丈夫大丈夫。怪我一つないよ」
斜面を滑り降りてきたチベスナに手を振りながら答えると、チベスナはほっと安心したようだった。
そしてすぐに、トキの方も空から舞い降りる。
「お疲れ様。わたしはトキ。アナタ達は……?」
「うぇっ。アナタは……まさかこんなところで出会うとは」
トキが自己紹介すると、チベスナは露骨に嫌そうな表情をしていた。……そういえば、前にトキに遭遇したみたいな話してたもんな。トキの方は覚えてないみたいだが。
「あら、アナタわたしのこと知ってるのね。そっちのフレンズもわたしのこと知ってたみたいだし……アナタ達もしかして、わたしのファン? ……むふ」
「わー! 違う違う! 違うと思いますよ! 前にこの近くに住んでたので知ってたんだと思いますよ! こっちもそうだと思いますよ!」
「なんだ……そうなの」
トキは残念そうに肩を落とした。……なんか申し訳ねぇな。
「ともかく! チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナ。こっちはかんとくのチーターだと思いますよ」
「監督ではないけどな」
言いながら俺もトキに挨拶――あっ! また手が招き猫の形に! 完全に油断してた…………。
「二人ともよろしく…………あれ、チーターはどうしたの?」
「いつものことなので気にしなくていいと思いますよ」
くそう……そういえばツチノコのときとか全然意識してなかったけどひょっとして俺、普通に挨拶できてたんじゃなくて招き猫の手完全にスルーしてただけなんじゃないか……? ぐわあ、追い恥ずかしさが!
「チベスナはここに住んでたフレンズなのね。最近見なかったと思うけど……」
「チベスナさん、へいげんに引っ越してたと思いますよ。最近チーターと旅を始めたのでせっかくなのでここに足を運んでみたんです」
「そうなの。最近はセルリアン騒ぎが多いから、ここにはあんまりフレンズが集まらないのよね……」
「そうだったんですかー」
……なんか気づいたら話が進んでた。
しかし、セルリアン騒ぎねぇ。やっぱり噴火の後はセルリアンが多かったりするんだろうか。なんだかんだまだ俺が生まれたサンドスターの噴火から数日しか経ってないしな。
「それで、水場に行った後何をしようか考えてたんですけど、アトラクションもあんまりないし、じゃんぐるちほーに行こうかなと思っていたと思いますよ」
「そうなの……」
チベスナが事情説明をすると、トキはそう言って思案顔になった。
……ん? 何かまずい気がする。そういえばトキは上空から地方の全域を眺められるわけで、ひょっとするとアレに気づいてしまうかもしれない……!
「な、なぁさっさと水汲んで下山しよう。下りてちょっとしたらいい時間になってるだろうし、」
「それなら、この山で面白そうな形の場所を見たわ」
ああー…………。
「ほう! それはなんですか? チーター! 地図を!」
「はいはい……」
言いながら、俺は地図を広げてみせる。
「ええと、ここが俺達のいる山」
「わたしが面白そうな形の場所を見つけたのは…………ここね」
そう言って、トキは俺達のいる山の山頂付近を指さした。
そこに書いてあるのは………………『バンジージャンプ台』の文字。
…………もちろん、俺もこのバンジージャンプ台の存在に気付いていないわけではなかった。わけではなかったのだが、この存在をチベスナに伝えてしまうと、チベスナは確実にやってみたいって言い出すだろう。
だが、ジャパリパークの施設は基本的に老朽化しているものだ。もし仮にバンジージャンプを行ったところで、ゴムがちぎれる……なんて事態になってしまったら。
フレンズだし死ぬことはないかもしれないが、山を転げ落ちることになるわけだから捜索するのがとてもとても大変だ。それに、単純に死ぬことはないとしてもサンドスターは消耗するだろうしとても危ない。
だからこそ、あえて存在を隠していたのだ。断じて俺がバンジー怖いとか思っていたわけではない。
「おお、チーター! ここはなんだと思いますよ?」
「……バンジージャンプ台、だな」
「山頂ならそんなに遠くないと思いますよ! チーター! さぁチーターさぁ!」
「……そう、だな」
「アナタ、ここに書いてあることが分かるフレンズなのね。わたしもついて行っていいかしら? 何があるのか見てみたいわ……」
「もちろん、いいと思いますよ!」
…………ああこれ、もうなんかバンジー台に行くのは避けられない感じになってるな…………。
くっ、余計なことをしてくれる……!
タイトルの『唄方』は最初『歌姫』にする予定でしたが、
色々なアレを鑑みた結果こっちを選びました。歌姫ってキャラじゃないですしね。