で、チベスナの古巣を訪ね終えたあと、この地方で何を……というかどこを観光するのかって話だが。
「とりあえず、他にもいろいろと案内したいところがあると思いますよ」
と、チベスナは楽しそうに言った。
案内したいところね……。……まぁ、最悪迷子になっても頂上まで登って方角を確認してから下山すれば問題はなかろう。相変わらず方位磁針は馬鹿になっちゃってるので、いちいち方角確認に時間がかかるのが辛い……。……というかこれ、下山した後ちゃんと使えるよな? 使えなかったらわりとピンチなんだが。
「で、どこに行くんだ?」
「それはもう、さっき話した水場とかおいしい実がなる木とかだと思いますよ」
「おお」
それは素直に行ってみたい。
「ここから歩いてすぐだと思いますよ。チーターの足でもたぶんそんなにかからず着きますし」
「なんかそう言われると複雑だな……」
一応、速度がウリのフレンズだからな俺。ただちょっと地形が悪いだけでさぁ……。
「そういえば、木の実ってどんなのがあるんだ?」
「どんなの……小さくて赤い木の実だと思いますよ。甘酸っぱくておいしいです。ジャパリまんには劣りますが」
「それでもジャパリまんが勝つのか」
そう考えると凄いな、ジャパリまん。確かに色んな味があるから飽きないしな……。あれに飽きたっていう博士と助手はいったいどれだけのジャパリまんを食べてきたのか……食いしん坊なのか? いや、単に長生きしてるだけってこともあるかもしれないが。
「でも、たまに食べたくなる味だと思いますよ。フレンズはジャパリまんだけで生きているわけではないのです」
「行くのに異存はないよ」
こっち来てからというもの、ジャパリまん以外で口に入れたのって多分水とドラゴンフルーツくらいだしな、なんかレア感あるし食べに行くのは別に構わない。……そういえば俺、こっちに転生してきてからほぼ毎日ジャパリまん食べてるのに、全然飽きないぞ。まぁ転生してきてからまだ数日しか経ってないが、数日間毎日同じようなものを食べても飽きないってのは地味に凄いよな……。
色んな味があるってことも大きいと思うが、それにしたってジャパリまん、万能すぎるんじゃなかろうか。流石に多くのフレンズに愛されている(と思う。多分)だけのことはある……。
「じゃあ、さっそく出発だと思いますよ!」
ジャパリまんの秘められた凄さに感嘆しつつ、俺はチベスナの先導でこうざんを再度歩き始める。
……今度は雲行きが怪しくなったらすぐに止めよう。
という決意があったものの、流石にチベスナも記憶が思い出されたのか、はたまた近場だったからか、とくに迷ったりすることはなかった。もっとも……、
「ぜぇ、ぜぇ」
「チーター、木の実食べますか? まだそこそこ残ってると思いますよ」
「いい……大丈夫……」
その道中は、
たとえば道中で木の実をとりにいっていたのだが、それがかなり急な斜面の真ん中くらいのところにあり。低木だった――多分、キイチゴかなんかの仲間なんだと思う。山の植生とか全然詳しくないのではっきりとは分からんが――ので斜面を登りさえすれば簡単に取れる感じではあったものの、そもそもその斜面を登るのが死ぬほどキツかった。
なんだよ斜面の角度が四五度超える急斜面って。サンドスター使って両手両足の指を地面にめり込ませながら進んだので、何度も落下するという最悪の事態は免れることができたが……すっごい疲れた。このやり方は今後もう二度としないと誓うくらいに疲れた。サンドスターを消費するとダメだなほんと……疲れ方が尋常じゃない。
「えーと、次は水場だっけ?」
「ですね。安心してください、水場はそんなに足場が悪くないと思いますよ」
「チベスナ基準だと信用できん……」
ぶつくさ言いつつ、俺達は崖沿いの道を歩いていく。左手は崖の壁面、右手は断崖絶壁……という感じだ。一応道幅は三メートルくらいあるものの、右を見れば眼下遠くに森が見えたりする感じなのでなんとも……左の方に寄って歩いてしまう。
一応、今歩いている道はほどほどに整備されているので、おそらくパークにやってきた客用の登山道だとは思うが……どこが劣化してるか分かったもんじゃないからな、ジャパリパーク。突然道が崩れていて、『仕方がないから崖でも登りますよ』みたいな展開にならないとは言い切れないのだ。
……しかし、キツイキツイと言いつつ、ここまでの道もなんだかんだで人間時代なら登ろうと考えることすらない道のりだったんだろうなと思うと、フレンズの身体能力のありがたみを感じざるを得ない。多分普通の登山客なら一泊二日くらいのスケジュールを立てて登る山だと思うんだ、ここ……。
「しかし、今日はあんまりフレンズがいませんね?」
歩きながら、チベスナがぼんやりと首を傾げた。
確かに……なんだろうか? 今まではぶっちゃけ道中でフレンズと会ったりすることってあんまりなかったからなぁ。平原地方はすぐに抜けたし、砂漠地方ではそもそも生物と出会うこと自体がまれだったし。
「普段は、ここらへんにはフレンズがいるのか?」
「こうざんですのでそこまで多くはないですけど、この先にあるのは水場ですからね。こんな晴れた日には、水を飲みに来るフレンズやその帰りのフレンズとよくすれ違ってたと思いますよ」
「ふーむ……」
なるほど、それは確かに妙な話かもしれない。いや、実際にチベスナが高山から出て行って平原地方に移り住んだっていうケースもあるわけだし、他のフレンズも各々別の場所に旅立っていったので今は過疎地域になっている、という可能性もないわけじゃないが……。…………その可能性はちょっと考えるだけで悲しくなるのでやめにしよう。
……あ。そういえば……、…………いや、
「ま、どのみち水分補給の為にも水場にはいかなきゃいけないわけだし、さっさと行っちまおう。ひょっとしたら水場にいっぱいフレンズがいるのかもしれないしな」
「ですねー」
のんきに頷くチベスナを横に、登山道を歩いていく。一応地面にヒビが走ってないかとかを注意深く観察してはいるものの、今のところそういった前兆は全く見られない。というか、けっこうしっかりしていそうだ。やっぱり自然物は壊れにくいのかもしれない。自然ってすげぇわ。
と、そんなどうでもよさげなことに感心していると、不意にチベスナが口を開く。
「水場に行った後はどこに行くと思いますよ?」
「んー……下山かね」
俺は少し悩んだ後、そう答えた。
もう山はこりごりだしな……。未だに方位磁針は馬鹿なままだし。とりあえず下山して方角をちゃんと示してくれるか確認しなくては。示してくれなかったらそのときは本格的にどうにかする方法を考えないといけないし。
そう思っての返答だったのだが、チベスナは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー……もうちょっと山で遊びたいと思いますよ」
「つっても、他に見るようなところなんてないだろ」
昨日も言ったと思うが、基本的に高山にはアトラクションが少なめなのだ。あったとしても山を越えないといけないから、非常に疲れる。チベスナの里帰りを真っ先に持ってきたのだって、他に見るようなところがないからっていうのがでかいしな。
「むー……」
「それに、もう昼時だ。今から別のアトラクションを探して楽しんでたりしたら、山の上で日が暮れそうだし」
「別にそれでもよくないですか?」
「寒いんだよ!」
高度が高いとそれだけで寒くなるっていうのに、さらに夜になられた日には、俺は多分凍えてしまう。タオルがあるのでまだマシかもしれないが。
「タオルがあるのにですか? チーターは寒がりだと思いますよ」
「タオルはハンモックにしちまうからなあ……」
掛布団代わりにする分もあったら楽だったんだけどな。生憎そこまで持ち運びしてたら本当にソリが必要になってくるのでそれは無理なのだ。これでも一応平地なら野外でも特に風邪引いたりしないから、寒さ耐性は上がってると思うんだが。
「しょうがないですね、それなら今日は水場に行った後は山を下りることにすると思いますよ」
「すまんな」
一応、俺の都合で旅程に制限が入るわけだからな。まあ、明日起きた後に何かしらアトラクションに連れて行ってやるのもよかろう。
……などと話しながら歩いていると。
「お、水場だと思いますよ!」
チベスナの言葉通り、目の前に水場が広がっていた。
登山道は行き止まりになっており、道幅は八メートルくらいまで広がっている。左手の崖から湧き水が出ているらしく、それが地面に溜まって泉を形成しているようだ。右手に広がる山の下の光景も、こうしてみると見晴らしのいい景色って感じだし、確かに山のフレンズからしてみればここは憩いの場にぴったりのロケーションだろう。
まぁ、パークの施設じゃない自然にできた名所みたいな感じなので、交通の便に関してはあまりよろしくないところが玉に瑕だが。ここまで来るの超大変だったし。
……ただし、そんな憩いの場にも多少の違和感がある。
具体的に言うと、憩いの場であるはずなのに水を飲んでいるフレンズが誰もいない。もっと言えば、此処で一休みしているフレンズすらいない。……行き帰りのフレンズもいなかったことを考えると、流石に異常だよな。
「おかしいですね……? いつもは場所取りになるくらいだったと思いますよ」
「……そうだな、何か妙だ」
さっきまでは、トキがいるからそれを警戒してほかのフレンズも逃げたのでは……みたいな、まだ洒落になるオチを考えていたのだが、どうも様子がおかしい。何か背筋がぞわぞわとするような感覚がある。
この感じは……、
「!」
何気なく上の方を見上げた俺は、思わず息をのんだ。だってそこにいたのは――、
「まずい、セルリアンだ!」
――くそ! どうりで匂いで分からないわけだ! たった今発生したばかりな上に、立地的に風が吹いてこないからこっちに匂いが届かなかったのか! しかもあそこにいる茶色いセルリアン……一匹どころじゃないぞ! 五、六…………うわ、一〇匹以上いる!
「チベスナ、逃げるぞ!」
「えっ、戦わないのですか?」
「馬鹿! 状況をもっと考えて……いや待てよ」
確かに今俺は山登りとかで疲れていて本調子じゃない。その上あの茶色いセルリアン――岩雪崩セルリアンとでも呼ぶか――は上から大量に降ってくるので対処が難しく、しかもこの場もそんなに広い場所じゃないから逃げ場もない……という状態だが。
ここで逃げたら…………もしかしなくても、水場、壊れるんじゃね?
まだそれで済めばいいが、最悪この道ごと崖が崩壊して~みたいなことになったら……俺達はもちろん、周りのフレンズも困るわけで。何よりここの水を当てにしてたから俺もチベスナも既に殆ど水がない。それは流石にかなりマズイ。
まぁチベスナが戦うって言っているのはそういうことを考えてのことじゃなくて、単純に今までわりとあっさりセルリアンを退治しまくってるから、それで余裕だと思ってるんだろうが。
「よし、いいだろう」
これが、既に完全に発生し終えていれば後はもう流れ落ちるだけだろう。
だが、今は幸いにもセルリアンが発生している真っ最中。ほんの数秒程度だが、まだ何かやりようはあるはずだ。たとえば、すぐにでもあそこまで二人で登れる方法があれば。発生した瞬間で隙だらけのセルリアンを簡単に蹴散らせるはず……。
だが、一人ずつだと難しい。何せあの数だからな、一体でも取りこぼしたら水場は崩壊するし、場合によっては道すら崩落する。確実に取りこぼしをなくすためには、二人がかりで攻撃するしかないのだが……。
な、何か、何か良いアイデアは………………!
と、その時。
俺の頭上を、一つの影が通り過ぎて行った。