畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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三五話:膝突く疲労の峠

 鳥のさえずりで、目が覚めた。

 顔を起こすと、まだ日が昇りきっていないらしく辺りは少し暗かったが、やはり案の定前日ぐっすり眠っていた俺は完全に体力を回復させていた。

 

「……寝て起きただけでもうすっきりとは。フレンズの身体って凄いな……」

「んぁ?」

 

 思わず呟くと、真横で寝息を立てていたチベスナが目を覚ましたらしい。……どうでもいいがお前やっぱ寝相凄いな。どうやれば並んで寝てる状態から俺の身体にケツ乗せて寝られるんだ。尻尾が顔にばさばさしてて非常にウザいぞ。

 

「起こしたか。もうちょっと寝させてやろうと思ってたんだが」

「んぅー……大丈夫だと思いますよ。さあ、山に登りに行くと思いますよ……っと」

「あ、こら……う゛にゃっ」

 

 ぐっ……変な声出た……。いきなり降りるもんだから、脇腹踏まれたぞ。自分がどういう体勢で寝てたか考えろよ……ああ、考えてたからこそか。寝る前と位置ずれまくりだからな。

 

「その前に、俺は朝ご飯が食べたい」

 

 言いながら、俺もチベスナを追ってタオル製のハンモックから飛び降りる。

 ……そうだ。このハンモックもどうにかしないとなぁ。トートバッグには入らないし、砂漠越えたからターバンもただ暑いだけだし……チベスナに持たせようか。悪路得意なら荷物持ちも行けるんじゃなかろうか。

 

「ごはんですか? でもボスがいないと思いますよ。それに別にまだ食べなくても平気ですし」

「……言われてみれば」

 

 普通にヒト時代に朝ご飯を食べるような感覚でジャパリまんを欲していたが、言われてみればそこまで腹減ってないな……。そこらへんは野生基準なのかもしれない。野生動物で考えるならあと三日くらいは平気なのだろう。昨日の夜はボスがジャパリまんを持って来てくれてたしな。

 

「でもなぁー……三食……文明的生活が……」

 

 まぁ野宿してる時点で文明的とはなんだって話になってるんだが。

 

「チーターがどうしてもというなら、チベスナさんもごはんを食べるのはやぶさかでもないと思いますよ。お腹いっぱいというわけでありませんので」

「食べたいは食べたいんだな」

 

 あと、よく『吝かでもない』なんて言葉を知ってたな。

 

「まるでチベスナさんが食いしん坊みたいな言い方はやめた方がいいと思いますよ! それにチーターの方から言い出したんだからチーターのほうが食いしん坊だと思いますよ」

「そりゃそうだろ、俺は大型肉食獣(チーター)のフレンズなんだし」

「そうでした……」

 

 別に大型肉食獣とかは関係なく文明的な食生活を目指したいだけだったのだが、適当に言うとチベスナはあっさりと丸め込まれてしまった。いやいや、それでいいのかお前は。

 

「でもいきなりジャパリまんの話をされたら誰だってお腹が空いてくると思いますよ。これはチーターのせいです。責任とってジャパリまんを探すといいと思いますよ」

「えーめんどくさ……」

 

 とはいえジャパリまんを食べるにはやはり探さないと話にならないので探すかー……と思っていると。

 林の向こうからピョコピョコ……という足音が聞こえてきた。木々の間から姿を見せたその足音の主は――、

 

「ボス! ちょうどいいところに来たと思いますよ!」

 

 ジャパリまんを頭のカゴに入れたラッキーだった。

 本当にナイスタイミングだな……。もしかすると、俺達の目覚めの時間に合わせてくれてたとかか? ……まさかな。

 

の の の の の の

 

こうざん

 

三五話:膝突く疲労の峠

 

の の の の の の

 

 というわけでラッキーにジャパリまんをもらったので、タオルを分解して敷いた上で食した後。

 俺とチベスナは軽い食休みを済ませていた。

 ちなみに、あのラッキーに『持ち運べないのでタオルを持って行って欲しい』と頼んでみたが、普通にシカトされてしまった。多分ダメってことなのだろう……。捨てるのももったいないし、ソリができるまでは無理やり持っていくしかないか。かさばるが。

 

「うーん……上手くいかないと思いますよ」

 

 で、食休みをするにも『なんにもやることがなくて暇だと思いますよ』と不満を漏らしていたチベスナに軽く文字を教えてやっていたのだが……。

 

「何か微妙ですね?」

「『ち』が『さ』になってるな。あとこっちも」

「『た』が書けないと思いますよ!」

「『な』になってるな」

 

 さすがに『ー』は書けてるようだが……ってこれ『さーなー』になってるじゃん。さーなーってなんだよもはや原型ないぞ。何書いてるのかと思えば……。

 

「あ。これひょっとしてもう『ちーたー』と読めますか? じゃあもういいと思いますよ」

「間違ってるってことが分かってるだけだからまだ諦めんなよ!!」

 

 そこで諦めるのかよ! いやまぁもうすっかり辺りも明るくなってきたし、そろそろ動き始めるつもりではあったが。

 

「じゃ、そろそろ出発するか」

「おっ、ついにですか。待ちくたびれたと思いますよ」

 

 ちなみに、俺も文字を書く練習をしていたが、今までの訓練の甲斐あって、大分上達は著しい。具体的に表現すると、象形文字のようなものから小学一年生が書いた文字に進化した。

 

「タオルは二人で半分に分けて持とう」

「ターバンにはしないんです?」

「あれは砂漠でやるものだしなぁ……」

 

 俺はタオルを回収しながら、ぼんやりと呟く。

 TPOにそぐわないモノを着ても辛い思いをするだけだ。あと、ツチノコのリアクションを見る限りあの格好相当警戒されるんだよな。そそっかしいフレンズなら早合点して襲い掛かってきかねない。

 無論俺の足ならチベスナを回収しつつ回避・逃走も無理ではないが、そもそも襲い掛かられる可能性があるなら避けた方が良いに決まってるし。あとそういう出会い方をすると後々すっごい気まずくなる。

 

「そうなんですか。さばくちほー、色々と不思議だと思いますよ」

 

 それは俺も思う。どうして広い地球上であんなに不毛の大地がひろがったんだろうとか、考えてみると不思議な話だ。

 

「さ、馬鹿話はこのくらいにして、山に行くぞ。ソリは……ジャングル地方なら木がたくさんあるし、そこで作ってみるか」

 

 タオルを粗方拾い上げた俺は、半分をチベスナに渡して残った半分を肩に担ぐ。

 文字の上達っぷりを考えると、そのくらいには大工仕事くらいならできるようになってる気がする。多分。

 そうなれば、いよいよタオルの持ち運びも楽になる。……まぁこのスタイルで高山を踏破するのが厳しかったら、いっそタオルを捨てちゃうのもありっちゃありだと思うが。

 

「おお、ついにソリが……楽しみだと思いますよ」

「なら高山行くのやめにしない?」

「だめだと思いますよ」

 

 うぐぅ……。

 いつもとは立場が逆転してバッサリと切り捨てられた俺は、渋々ながら山へ向かうのだった。

 ……一瞬、頭上をフレンズの陰らしきものが通り過ぎたような気がしたのは気のせいだろうか。ロケーション的に気のせいであってほしい。

 

の の の の の の

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 およそ一時間くらい経過。

 チベスナの巣があるという高原に向かうために山を登り始めた俺は、既に息も絶え絶えになっていた。

 道が悪いわけじゃない。

 というか、むしろ登山道はしっかりと整備されていた。記憶にあるかばんとサーバルの旅路はかなり道なき道を行くスタイルだった気がするのだが、あれはちょっと正規ルートから外れた道のりなのだろう(ボスのナビゲーションだったけど)。

 俺たちが地図の通りに歩くと、普通に歩いて入れる登山口があって、これ幸いと俺はチベスナを伴って比較的緩やかな登山道に足を踏み入れた、のだが……。

 歩き疲れる度に休憩は入れているものの、やはりスタミナの上限が削れているというか、完璧に回復しているわけじゃないので徐々に疲労は蓄積されているようだ。

 

「チーター、大丈夫ですか? 休憩します?」

 

 横を歩くチベスナも、あまりの俺の疲れっぷりに思わずといった調子で様子を窺ってくる。

 

「いや、大丈夫だ。もうすぐ五合目だからな……この調子ならなんとか昼前には……」

「いやあの、ここから先はこっちだと思いますよ」

 

 珍しく申し訳なさげに、チベスナはそう言って登山道から外れた茂みを指差していた。

 ……ほわっつ?

 

「ここの道をこのまま登っても、山のてっぺんにしか着かないと思いますよ。チベスナさんの巣はこーげんにあるのでてっぺんにはないと思いますよ」

 

 道理だった。

 というか、ついさっきまで高原に向かうために山に登ってるって理解していたはずなのになんで一瞬虚を突かれたんだ俺は……。いかんいかん、疲れすぎて頭が馬鹿になってるぞ。

 

「チーター、ここまで登るだけでそんなにバテバテなんですし、こっちの道なんて行ったら疲れ果ててとんでもないことにならないか心配だと思いますよ」

「それを心配そうな顔で言ってれば完璧だったんだがなぁ」

 

 『チーターはしょうがないと思いますよ』って感じの顔で言われても、煽られてるようにしか感じないんだよなぁ……。

 

「じゃあ、俺のことおぶっていってくれよ。流石に疲れた」

「え、いやだと思いますよ」

「この流れで拒否すんのかよ!」

「だってタオルが邪魔でチーターまで持てないと思いますよ」

「じゃあ俺がタオル全部持つから」

「それなら……」

 

 俺がタオルを全部受け取ると、チベスナは俺のことをおぶろうと……するが、

 

「……む? むぅー……?」

「あっこれだめなやつだ」

 

 今度は俺の持ってるタオルが邪魔で、上手く背負えないようだった。うーんタオル捨てるか……? もしくはちょっもったいないが俺の水筒の残りの水をかけてタオルを圧縮するとか。

 熱中症になってまで……いやなってないが、なってないがキツい思いをしてまで温存した水をこんなことに使うなんてもったいなさの極みだがしょうがない……と諦め混じりに決断しようとしていると。

 

「あ。こうすれば持てると思いますよ」

 

 そんなチベスナの言葉と共に、俺はひょいっと何かに持ち上げられる浮遊感をおぼえた。

 我に返ると――俺はチベスナに抱きかかえられていた。

 つまりは、お姫様だっこというヤツである。タオルの山はチベスナがあごで押さえつけているらしい。確かにこうすればタオルも安定するし俺も持てるしで何も問題はなくなるのだが……。

 

「ちょ、おい! やめろ馬鹿! 何してんだお前!」

「うわっ!? チーター暴れない方が良い思いますよ! ただだっこしただけだと思いますよ!」

 

 ただだっこってこれ横抱きだし恥ずかしいし……! ……ああフレンズ基準だとお姫様だっこだからどうとかって考えはないのか。仮にあったとしても俺もフレンズ=女の子だから別に恥ずかしい理由ないしな……。

 

「それに、これ以外にチーターを運ぶ方法ないと思いますよ」

「うっ、それを言われると」

 

 確かにそうなんだよな……現状一番安定してる運搬法だし。

 

「さ、早くいきますよー」

 

 俺からの反論がなくなったのを同意とみたのか、そう言ってチベスナは歩き始める。

 しかしまさか、チベスナにお姫様だっこされる日が来るとは思わなかった……。




チーターは何かと疲れやすい印象ですが、一時間で五合目まで登れてるのは人間基準では相当なものなんじゃないかなと思います。
(私は山に登る人ではないので、標準タイムとかちょっと調べた程度ですが)

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