畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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三三話:闇照らす光輝

「地下道はだな、ここの階段をずーっと下ったところにあって………………とにかく着いて来れば分かる」

 

 あれから少ししたあと。

 いくつかの説明用プレートの漢字部分を読んでやると、ツチノコは快く地下道への案内を承諾してくれた。階段を下っていく……ということは、最初の分かれ道で下に向かった先に地下道がある、ということなのだろうか。どうやら俺の推理はばっちり正解だったらしいな。

 ツチノコの背中を追いながら、俺はぼんやりと呟いた。

 

「しかし三か月だっけ? よくそんなに長い間見て回ったなぁ……そんなに見るものあるか?」

「あァるに決まってるだろ!!」

 

 ツチノコはくわっとこっちの方へ振り返りながら、

 

「お前が今何気なく手をかけてる手すりとか! この石の材質、建築方法、あと立てかけられている絵の意味……三か月どころじゃない、全然足りないくらいなんだぞ! 特にあそこの絵の意味なんか難解で、未だにどういう意味なのか分かってないくらいでだな…………」

「なるほど……」

 

 確かに、ここに並んでいるエジプト絵画の意味なんかは俺もちんぷんかんぷんだしな。そういうものを理解しようとすれば、三か月くらいじゃ足りないのかもしれないな……。図書館に行って調べ物をしたりみたいな手間をかける必要もあるかもしれないし。

 

「…………あ」

 

 と、そんな風にしてツチノコの話を聞いていると、不意にツチノコの饒舌な語り口が止まった。

 どうしたんだろう……と顔色を窺ってみると、ツチノコは何やら顔を赤く……あ、恥ずかしいのか。説明好きだけど恥ずかしがりやだからなぁツチノコ……途中で我に返っちまったんだな。

 

「な、なんだよおら! こっち見んな!」

「見ないとついていけないと思いますよ。あとチベスナさんにも分かるように話すといいと思いますよ」

「……! お前はどーでもいいんだよっ!」

「ひどいと思いますよー」

 

 しかしチベスナほど説明のしがいがない奴もまれだよな……。

 

 なんてことを言いつつ、下りること数分。

 ツチノコの先導もあってか、俺達は無事にピラミッドの最下層に到達していた。

 ピラミッドの最下層は、何やら『未完成』……という感じだった。今までの場所がピラミッドという古代の遺跡然とした雰囲気なりに一応きちんと形になっていたのとは対照的に、ここはまさしく建築途中……という感じだ。そして、その建築途中の穴に近代的な意匠――要するにコンクリート建築が潜り込んでいるという、なんとも不思議な感じだった。

 ただまぁ、地下道の入り口としては非常に分かりやすい感じだ。

 ちなみに此処にも一応売店はあるようだったが――、

 

「……いいか分かってるよな? ここは貴重な遺跡なんだからな? 他はともかくオレの目の届くところで出土品を持ち出すとか…………絶対に認めないからな」

「分かった、分かったって……」

 

 こんな風にツチノコに凄まれてしまっているため、品物漁りは難しそうだった。まぁ別のアトラクションで漁ればいいわけだし。……と、漁ること自体はやめようと微塵も思っていない俺はダメなヤツなんだろうか?

 

「ならよし! ……さあ、いよいよ地下道だ。準備はいいか、二人とも」

「問題なし」

「いつでも行けると思いますよ」

 

 俺達は目の前で大口を開けている闇を見据える。

 ――照明の明かりが存在しないコンクリート製の暗闇。それは、俺がジャパリパークで初めて見る景色だった。

 

の の の の の の

 

さばくちほー

 

三三話:闇照らす光輝

 

の の の の の の

 

 まぁ、そんな真っ暗闇でも懐中電灯があれば問題なく歩けるんだがな。

 ツチノコのピット器官頼りにならずとも、平原の城で手に入れた手回し式の懐中電灯を使えば道なりに進むことは可能である。まぁそれでも暗いことは暗いが。

 ちなみに、カメラはしまっている。一応暗視モードがあるのでこれを使うことでも目の前は見えるんだが、懐中電灯を使った方が見やすいのは確かだからな。

 …………真っ暗闇の中で懐中電灯だとかカメラの暗視モードだとか、全体的にホラゲーみたいな雰囲気だな。

 

「……しまった。なんか薄気味悪く感じてきた……」

 

 自分で考えたイメージに自分で若干ブルーになっていると……ツチノコが目を丸くしてこっちの方を見ていた。……? なんだろう。何かやらかしたか…………ああ、懐中電灯。

 

「お前、それも……」

「かいちゅうでんとう、ですね。お城で手に入れたと思いますよ!」

「ぬ、ぬぐぅ……!」

 

 ……あれ、何故か呻かれた。

 てっきり『またお前色んな出土品をぉ!』ってお叱りを受けるかと思ったんだが……ああそうか。あまりにも便利グッズだったから、出土品の管理どうこう以前に『便利そうだな』って思っちゃったのが悔しい……みたいな感じだろうか。

 

「他にもこうすると……」

 

と言いながら、俺は懐中電灯を自分の顎あたりに持っていき、下から光を当ててみる。

 

「がおぉー……」

「ひいいいいいいいいっ!」

「ぴゃああああああああ!!」

 

 うわっ、ビビった。ビビった声の大きさに思わずビビった。

 なまじっか地下道だからか、悲鳴がよく反響するし。これ、他に地下道にフレンズがいたら確実にびっくりすると思うぞ。

 

「な、な、な、なんですそのこわい顔は! 今まで見たチーターの顔の中でダントツで怖いと思いますよ!」

「そこまでか……?」

 

 そこまでビビられると、逆になんか微妙な気分になってしまう。リアクションが大きいのはうれしいことなんだが。……まあ、タオルぐるぐる巻きの人の下から光を当てられてたらそりゃ怖いかもしれんな……。

 ちょっと困惑しつつ、俺は懐中電灯を元の通り前方に向けなおす。

 

「まったくだっ! ビビらせるなよほんと……おかしなところに案内してやるぞ」

「チーター! チーターのせいでチベスナさんが迷子だと思いますよ!」

「悪かった悪かった」

 

 ツチノコだって本気でそんなことしないだろうよ。まぁ俺としては、バイパスで色んなものを見るのも悪くないかなと思ったりしているので、おかしなところに案内されても特に困ったりはしないのだが。別にいついつまでにどこどこにいかなければいけないとかないしな。

 

「しかし……今のは衝撃でした。これもえいがのさつえいに使うことができるのでは……?」

「いやギャグっぽくないか?」

 

 顔の下からハイライトを当てて……っていうのは、なんかもう古典的すぎて逆にギャグと化してしまってる印象があるんだが。

 

「全然そんなことないと思いますよ! あれのどこがギャグなんですか!? めっちゃ怖かったと思いますよ!」

「悪かった悪かった」

 

 ぷるぷると震えながら怒りをあらわにするチベスナ。よっぽど怖かったんだな……。……まぁ無理もないか。こういう娯楽関係の感性って、創作物に触れていくことで磨かれていくものだと思うし。逆に言えば娯楽に乏しいフレンズはそうした感性が磨かれづら……、……あれ、チベスナ、映画館で映画見てたんじゃなかったっけ。

 じゃあそういう言い訳使えないじゃん……単にビビりなだけか。チベスナらしいといえばチベスナらしいが。

 

「じゃあまぁ……ちょっと試しに撮ってみるか? ツチノコも混ぜて」

「え? できるんですか? もちろんやってみたいと思いますけど」

「お、おい、オレはあんまりそういうの……」

「やりますよ」

 

 あ、押し切った。

 

「ま、台本については心配いらん。ほんの一、二分のショートムービーだしな。それに、カメラには暗視機能もついてるし」

「チーター」

「………………暗視機能ってのは、暗いところでも何を撮ってるのか分かるように撮れる機能のことを言う」

 

 なんかもう、言い直しに慣れてきた気がする……。

 

 ともあれ、そんな感じで、暗闇の中で撮影を開始する俺達なのであった。

 

の の の の の の

 

 カツ、コツ、という足音が響き渡る。

 それ以外には何もなかった。

 一センチ先に何があるのかすら分からない暗闇で数秒が続き――ヴン、と、突如として映像が切り替わる。緑がかった暗闇の中では二人の少女が歩いていた。一人はチベスナ、もう一人はツチノコだ。

 

『はいはーい! チベスナ探検隊だと思いますよ。今日は噂のしんれーすぽっと? に足を運んでいると思いますよ!』

『おい……! あんまりはしゃぐな……! ここは貴重な遺跡なんだからな』

『まーまー、あんまり静かにやっててもえいがとして面白くないと思いますよ』

『ここは、遺跡だ……!』

 

 能天気なチベスナに、神経質に、しかし何故か小声で言うツチノコ。

 心霊スポット……という言葉以外は常のチベスナとツチノコそのものなやりとりに、チーターは自分の目論見が見事に成功したことを実感する。

 というのも、台本を作る時間がなかったので、今回は『心霊スポットに心霊番組を撮りに来た馬鹿っぽい感じのアイドルと神経質で真面目な民俗学者』という設定だけぶち上げて、あとは二人のアドリブに任せることにしたのだ。

 きっちりと計算された台本によって面白い画を撮る、というのを目標としているチーターとしては忸怩たる思いではあるものの、暗闇の中で台本を書くわけにもいかないのでそこは妥協したのだった。

 

『ったく……あんまり騒ぎ立てると、ここにいる『ヌシ』達を刺激するからな……気をつけろよ』

『ヌシ、ですか? なんですかそれ、面白そうだと思いますよ』

『面白半分でヌシを刺激するんじゃないっ……! いいか、ヌシはな、古くからここを守っていて、下手に騒いだりして自分の眠りを邪魔する者が出てくると怒って……呪い殺す』

『へー、どんな風にですか?』

『こんな風に、だ』

 

 ドスのきいた低い声(チーターが声色を変えているだけだ)がした瞬間。

 カメラの暗視モードが不自然に切り替わり、あたりが真っ暗闇になる。

 

 そして、ぱっ……と。

 

 画面いっぱいに、真下から光を浴びた、何かで顔面をぐるぐる巻きにした不気味な女の姿が。

 

 

 …………と、まぁそこまでであれば出来の良し悪しはともかくとして普通のホラーで終わったのだが。

 きゃーだのぴーだのという悲鳴が響き渡る中、カメラが怪奇包帯女から恐怖しているチベスナとツチノコの方へアングルを切り替えようとした、ほんの一瞬。

 

 その途中、物陰のあたりに、一人の真っ白い着物を着た少女の姿が、ちらりと――――。

 

の の の の の の

 

「ぎゃ、ぎゃわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 出来上がった映像を見ていた俺は、そこで本気の絶叫を炸裂させていた。

 なぜって?

 それは……ホラー作品を撮るつもりが、本物の心霊映像を撮影してしまったからだよ!!!!

 

「チーター、何驚いてるんだと思いますよ?」

「そんなに怖かったか? まぁ確かに怖かったけどな……チーターの顔」

「そっちじゃねぇよ!! そっちじゃない! これ、ここ! ここに映ってる女!!」

 

 言いながら、俺は一時停止した画面を二人に見せる。手ぶれのせいで見づらいが、真っ白い着物に、目と口と思しき陰が確かに映っている。こちらのことを恨めしそうに見つめているようにも見える。現世に未練のある霊が、楽しそうな少女達を見て『こっちにおいで』と囁いているのだろうか……?

 というか、今この場所にいるのも怖いんだが。早く出ようよ……もう地下道やだよ……。

 

「……? これがどうかしたと思いますよ?」

「いやだから、これ完全に幽霊……」

「ゆうれい?」

 

 …………あ、そこからか。

 

「幽霊ってのは……死んだ動物が、死んだあとになるものっていうか……。それでなんか悪さをする、みたいな……」

「死んだ動物、ですかー。……セルリアンじゃないなら、別に怖くないと思いますよ。仲良くなればいいのでは?」

「霊か……前にとしょかんで読んだことがあるぞ。オレ……ツチノコと同じようなタイプのフレンズらしい。イズナとかクダギツネとかカマイタチとか…………なんて言ったっけ。『どうぶつれい』…………だったか…………? 『ようかい』だったかもしれないな」

「ほぇー」

 

 …………そしてなんか怖さが薄れるような解釈を叩き込まれた気がする。

 というか、ジャパリパークってテーマパークだしまして地下道で人死にとか起こるわけないか。そう考えると、この影とか白いのって懐中電灯の光が反射してできたアレなのかもしれない。あー、幽霊の正体見たり枯れ尾花だ……。

 

 

の の の の の の

 

 なんとなく悲しい気持ちになったところで、その後十数分ほど歩いていると、ふと前方の方に明かりが差し込んできた。

 懐中電灯のものとも違う光……地下道の出口だ。

 

「おぉ! ついたと思いますよ!」

「ツチノコ、道案内ありがとな」

「別にいい……。オレも、色々と手伝ってもらったしな」

 

 出口の方へと意気揚々と駆けていくチベスナをよそに、俺とツチノコは互いに握手を交わしあう。

 あー、チベスナあんまり遠くに行くなよ。はぐれたらめんどくさいぞ。あとツチノコとまだろくに別れも済ませてないしな。

 

「なあ」

 

 じゃあ、これで……と言おうとしたところで、ツチノコが俺のことを呼び止めた。

 振り向くと、ツチノコは真面目な表情で俺の目を――いや、その奥にあるものを見据えていた。

 

「お前は…………『何』だ?」

 

 と。

 ツチノコは、俺の奥にあるものに向けて、そう問いかけていた。

 

「今日一日お前と一緒にいて、悪いヤツじゃないってことは分かってる。だが、チーターのくせに色々なことを知ってたり……フレンズは知らないようなことを知ってたりしているのは妙だ。お前は、いったい何者で、どこからきたんだ?」

 

 何者で、どこから来たのか。

 ……その答えは明白だ。

 俺は元ヒトで、ジャパリパークの外から……異なる世界から来た。

 別にそのことで特別どうこうしたわけじゃない。わけじゃない、が……。…………だが一方で、そんな俺は()()()()()()()()()()()というのも、純然たる事実であるわけで。

 俺は元ヒト。そしてヒトとしての感性は、時として純粋すぎるフレンズを眩しく感じさせる。……今まで何度も経験した感覚だ。そういう意味では、俺はフレンズに対して劣等感じみた思いを持っているのかもしれないが。

 だから、俺はツチノコの問いにすぐには答えられなかった。より正確に言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何を分かり切ったことを聞いているんです?」

 

 代わりに口を開いたのは、さっきまで走り回っていたはずのチベスナだった。

 

「チーターは、チーターだと思いますよ。神経質で妙なところでよわっちくて、でもチベスナさんのかんとくで、だいじなパートナーだと思いますよ」

 

 ……ツチノコが聞いていることは、多分そういうことじゃないと思う。

 ツチノコは俺という存在のルーツについて聞いているわけだからな。でも一方で、チベスナの答えは、俺の望んでいた答えだったのかもしれない。

 

「そーゆーことを言ってるんじゃなくってだな……」

「……はは。悪いな、ツチノコ。チベスナの言っていることが全てだ。…………ま、俺は監督じゃないがな」

 

 困ったように言うツチノコに、俺はそう言って笑いかけた。ツチノコの方も、そんな俺に納得したわけじゃないにしても、それ以上聞くのは諦めたようだった。

 

「あー……まぁ、ならいいけどよ。変なこと言って悪かったな」

「いや、気にするな。……またいつか、機会があったら、全部話すよ」

 

 いつか。俺が本当の意味でヒトの前世を持つフレンズとしての自分を違和感なく受け入れることができたなら、その時は……全部を包み隠さず話せると思う。

 今はまだ、ちょっと難しいが。

 

「………………また、な」

「ああ、また」

「砂漠に寄ったら挨拶しに行くと思いますよー」

 

 チベスナに、心の中で感謝の言葉を呟きつつ。

 俺達はツチノコと別れ、地下道を後にした。




あとで追記修正するかもしれません。

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