畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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二八話:遮る時代の落礫

「…………んぁ」

 

 ……あれ、ここどこだ? なんか葉っぱの匂いがするが――、

 ああそっか。昨日は木の上で寝てたんだっけ……。

 

 タオルのふかふかした感触を頬に感じながら、俺は目を覚ました。窓から見える景色はまだ若干薄暗い。日の出直後って感じだ。……が、砂漠は暑いからな。気温が上がる前に動き出した方がいいだろう。

 そう思って隣に視線を移すと――かなり端っこの方に、チベスナが寝ていた。またか……アイツ寝相ほんと悪いな……。確か昨日も一回落っこちてたっけ。

 

「おいチベスナ、起きろ」

 

 なんかの拍子で落ちそうだったのでさりげなく自分の方に引っ張りよせながら、俺はチベスナの肩を揺らす。すると流石に野性の本能か、チベスナはぱっとすぐに目を覚ました。

 

「んー……。チーター? 随分近いと思いますよ。寝相が悪いのでは?」

「お前が落ちそうだったから引き寄せてやったんだよ!」

 

 開口一番にこれだよ! せっかく人が気を遣ってやったというのに……。

 

「ん、そうでしたか。おはようございますチーター。今日はどうします?」

「おはよ。そうだなー……まずは地下道の入り口を探すか」

 

 日中の砂漠は日差しがきつすぎる。それを回避するためには、早いところ地下道の入り口を見つけて、日差しの入らない地下の道を通らなくてはなるまい。スナネコと遊んだりして日を跨いでしまったが、人が使っていた施設であれば地下道への入り口もあるはずだからそれを探す――という当初の予定には、変更はない。

 ……といっても、探す場所はもう殆ど残っていないけどな。売店近くにはなかったから、後残っている探索場所は昨日ちらっと見た神社(?)の周辺。おそらく、神社の裏あたりに入り口があるんじゃないかと俺は睨んでいる。

 

「じゃあ、さっそく探索開始だと思いますよ。どこに行きましょうかー」

「いや」

 

 身体を起こして伸びをしているチベスナに、俺は待ったをかける。

 確かに地下道の入り口探しは急務ではあるが、俺達にはその前にやるべきことがあるはずだ。

 

「なんです?」

「その前に……寝床を片付けて材料を回収しよう。タオルは今後も使うからな」

「別にその場その場で似たようなのを拝借すればいいと思いますよ?」

「あるかどうか分かんないだろ!」

 

 この先、本当に何もない道端で野宿しなくちゃいけなくなるかもしれないだろ! その時にタオルがあれば、木さえあればどこでも快適で安全な寝床を作れるんだ。これはかなりのアドバンテージだろう。

 

「うーん……でも、これだけいっぱいのタオルをどうやって運ぶんですか? どう考えてもトートバッグには入らないと思いますよ」

「フッフッフ……それについては、俺に考えがある」

 

 言いながら、俺は寝床に使っていたタオルを一枚手に取り――、

 

の の の の の の

 

さばくちほー

 

二六話:遮る時代の落礫

 

の の の の の の

 

「こうするんだ!」

 

 と言いながら、頭に巻いてみた。

 ちょうど、ターバンのような形だ。一枚では中途半端なので、さらにもう一枚重ねるようにして頭に巻いて……と。髪が長いから中にしまい込むの大変だな……手先が不器用だから慎重にやらないと飛び出ちゃいそうだ。

 

「な……何してるんですチーター?」

「ターバンだよ」

 

 いきなりタオルを頭に巻きだした俺にドン引きっぽい雰囲気を漂わせているチベスナに、俺は端的に説明する。というか、変人扱いするなよ。立派な文明の知恵なんだから。

 

「砂漠じゃこうして布で体を覆って、光から身体を守るのさ」

「おおー……」

 

 まぁ、正式なターバンの巻き方なんか知らないから、ほんとにただぐるぐる巻いただけなのだが。それでもチベスナは感心しているようなのでまぁよしとしよう。

 これだけのタオルの量でも、二人分の首から上をぐるぐる巻きにすれば大体使い切れる。残った分くらいなら、トートバッグにもなんとかしまえるだろう。

 

「でもそんなにぐるぐる巻きにしちゃったら、かえって暑いと思いますよ」

「ふふん。心配無用、白は光を反射するから熱がこもりづらい上に、タオルは繊維のきめが粗いから風通しもいいのさ」

「??? チーター、ちゃんと普通にしゃべるといいと思いますよ」

 

 …………まぁ通じないのは分かってたが。

 

「要するに大丈夫ってことだ。心配しないでいい」

 

 言いながら、俺はゆっくりと慎重に自分の首から上にタオルを巻いていく。流石に布を巻くだけな上にゆっくりやっているので、見た目上はおかしなことにはならないな。うむ。

 ……うーん、しかしまだ外気温がそれほど高くないからか、やっぱりちょっと蒸し暑い感じはするな。っていうか暑くならないうちに地下道に行くんだから、この格好する意味ないんじゃ…………。

 ……いや、どのみちこうしないとソリを作らない限り全てのタオル類の持ち運びはできないんだし、気付かなかったことにしておこう。チベスナも気づいてないみたいだし。

 

「……ん、こんな感じかな」

「あ、それえいがで見たことあると思いますよ! まさかそんなものを作るとは……」

「チベスナにもやってやるから、ちょっと待ってな」

 

 言いながら、チベスナにもタオルを巻いてやる。数分かけてタオルをがっつり巻くと――、

 

「おおー、……おお? なんだかもごもごしてきもちが悪いと思いますよ」

「そういうもんだ。もうちょっと我慢しろ。……あとで売店でもう一つトートバッグでも見繕うかな……」

 

 昨日タオルを探したときにはトートバッグらしきものが見当たらなかったから、あるかどうかはちょっと怪しいが。

 

「あ、チベスナさんもチーターみたいにトートバッグほしいと思いますよ」

「あったらな」

 

 なんてことを言いつつ。 

 

「……顔をタオルでぐるぐる巻きにした二人組。傍から見たらかなりの不審人物だよなぁ」

「そうなんですか? チベスナさんから見たらチーターが相当へんてこなのは分かりますけど」

「お前も今そうなってるんだからな!」

 

 言いながら、俺はチベスナに自覚を促すためにカメラを起動する。

 

「待ってろよ……ほら、これが今のお前の姿」

「わあ!? これなんだと思いますよ! まるっきりミイラじゃないですか!」

「…………そういえばミイラっぽいな……」

 

 なんてこった。はからずも伏線を回収しちまった。

 

「なんと恐ろしい……これもうとっていいですか? とりたいと思いますよ」

「だめ」

 

 取ったら余計にかさばるからな。

 そんな風に言い合いつつ売店まで移動していくこと、数分ほど。チベスナがタオルに手をかけようとして俺がそれを押しとどめるくらいまで状況が進行する頃にようやく到着。

 

「さあ、トートバッグを探すと思いますよ」

「あるかなぁ……」

 

 あったらいいんだが。……いや、あったらあったで『チベスナさんも荷物を持てるのですからこっちに水筒を』とか言い出しそうでめんどくさいな。いっそ持ちきれない分のタオルは捨ててもいいから、トートバッグ置いてない方が俺にとっては都合いいかも……。

 

 なんて考えていたからかは分からないが。

 

「んー、ここがトートバッグ売り場のようだが」

 

 ()()()()棚を目の前にして、俺は呟く。

 値札には『スナネコのトートバッグ』とあるので、ここがトートバッグの売り場に間違いないと思うが……どうやら売り切れているようだった。スナネコのトートバッグだから人気だったのだろうか?

 あるいは、このオアシス、意外と繁盛していたのかもしれないな……。まぁ、天守閣とオアシスじゃ華が違うというのはあるのかもしれない。

 

「ないみたいだぞ」

「ええー!? そんな、あんまりだと思いますよ! もっとちゃんと探した方がいいと思いますよ」

「探したから言ってんだよ」

 

 もう五分も探したんだから十分だろ。

 

「むー、チベスナさんもトートバッグ欲しかったと思いますよ……」

「次のところにはあるといいな」

 

 ……しかし、売店にもあるものとないものがあるのか。

 そりゃ遺棄された施設なんだからむしろ使えるものが置いてあるのが奇跡と言われればその通りなんだが、そう考えるとちょっと緊張感が上がるというかなんというか。

 ぶっちゃけ、今までは頭のどこかで『なんだかんだ言って何か欲しいものがあれば売店を巡っているうちに手に入る』くらいには楽観的に考えてたんだが、そういうものでもないのかもしれないな……。

 

「さ。売店も見たし、とっとと地下道行くぞ、地下道」

 

 そう言いながら、俺はいまだにトートバッグに未練があると見えるチベスナを無理やり引っ張って移動する。

 ……そんなにトートバッグが欲しいなら少しくらい持たせてやっても……、……いやダメだ! それやったら絶対コイツは水筒を私物化する!

 

の の の の の の

 

 そんな誘惑との格闘をすること、やはり数分。

 まだ日も上りきらないうちに、俺達は昨日やってきた神社まで辿り着いていた。なお、既にチベスナはすっかりトートバッグへの未練を振り切っている。良くも悪くも切り替えの早いヤツだ。

 で、控えめながらも日の光を浴びた石造の神社の姿は――――。

 

「ここが神……あれ? なんか雰囲気違うな?」

 

 そこで、俺は思わず戸惑ってしまった。

 昨日の夜に見に行ったときは暗いながらもまさしく『石造の神社』のように見えていたのだが……これ、神社っていうより……モスク? 中東とかの。

 別にモスクの造形について詳しいわけじゃないが、デザインの細かい部分とかもわりと中東風になっているし……石造の神社、なんて違和感のある表現をするより、素直にモスクと言った方がいいような……。

 ……いやでも、それならあの稲荷像はなんなんだって話だよな。うーん……どうなんだろう?

 

「そうですか? チベスナさん的には普通ですが……」

「え? ……ああ、夜目がきかないの俺だけか」

 

 チベットスナギツネって確か昼行性だったはず……なのになぜ俺だけ夜目がきかないのか……。……まぁいいか。俺が見えない時間帯でも見えるってことはいいことだし。

 

「とりあえず、こっちの様子見、」

「チーター、待つと思いますよ」

 

 自然な流れでモスク(?)に入ろうとしたところで、俺のスカートをチベスナが掴んだ。おい。おい。別に気にはしないけどそこはおい。

 

「…………なんだよ?」

「今は地下道の方が先だと思いますよ。ここはまた今度でもいいのでは?」

「うっ」

 

 急かすようなチベスナに、俺は思わず二の句を継げなくなる。

 チベスナにしては珍しく普通に正論だ……。ついつい珍しい施設があるから見に行きたくなっちまったが、そもそも砂漠の移動は時間との勝負だからな。地下道がなかったら気温が上がりきる前に少しでも移動するべきなんだから、こんなところで時間を潰している暇はないわけで。

 

「……分かったよ」

 

 仕方がなく、俺は渋々モスク(?)に入るのを諦める。ここはまた今度来よう。

 そんな感じで神社の裏手に回ろうとすると――、

 

「お」

「かんばんだと思いますよ!」

 

 神社の入り口の角を曲がったところに、看板が立ててあった。

 なになに……『この道100メートル先 地下道入口』、ビンゴ!!

 

「よし、地下道への入り口あったぞ!」

「本当ですか? それはよかったと思いますよ。さあ急ぎましょう!」

 

 チベスナも、昨日の暑さには辟易(へきえき)していたのだろう。俺の言葉を聞くなり、チベスナは喜び勇んで走り出す。

 

「あっ! こら、そんな一人で走ったら……。…………迷うこともないし、別にいいか」

 

 思わず呆れつつ、早歩きでチベスナを追いかけると――流石にフレンズの足で一〇〇メートルはあっという間で、ものの数秒で到着してしまった。

 

「おいチベスナ、あんまり先に行くなよ、……って、どした?」

 

 先に行ったチベスナに追いついた俺は、その後ろ姿に声をかけたところで……チベスナの異変に気付いた。

 いつもなら何であれとりあえずオーバーにリアクションしてみせるチベスナが、何故か呆然とした様子で俯いているのだ。

 

「…………何があった?」

 

 怪訝に思いながら、警戒しつつチベスナの横に立ってみると……チベスナが『そう』なっていた理由が、俺にも分かった。

 チベスナは、俯いていたわけではない。より正確には――『下を見ていた』のだ。

 つまりは、そこにある場所を。

 

「……………………これ、は…………!」

 

 チベスナの視線の先。

 それは即ち――――地下道の入り口である。

 この暑い砂漠での消耗を少しでも減らして移動する為に必須な道。その入り口が――、

 

「崩落、している……!?」

 

 崩れて、完全に埋没してしまっていた。

 

 …………そうだよ、そうだった。

 

 ジャパリパークに、人類はいない。

 中には、正常に使えない施設だって当然あるんだよな…………。




チベットスナギツネは(おそらく)昼行性ですが、けっこう大きな巣穴を持つので暗いところが全く見えないということはなかろう……という独自設定(?)。

石造神社がモスクかどうかは定かではありません。
砂漠に合わせて石像にしたついでにデザインを中東風にしただけなのかもしれませんし、
モスクにジャパリパーク的エッセンスで稲荷像を建てただけかもしれません。

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