「やっちまった……」
傾き始めた日に照らされたオアシスの中で、俺はぽつりとそんなつぶやきを漏らした。
本当なら、今日のうちに地下道への入り口を発見してそこから移動を開始するくらいのつもりでいたのに……ふたを開けてみれば地下道の発見どころかオアシスの屋外施設を網羅することすらできていない。
より具体的に言うと、噴水広場の北側――オアシスの上五分の一くらいが完全に手つかずなのだった。
「チーター、どうしたのですかー?」
「ああ。本当は、日が暮れる前に地下道を探したかったんだけどな……砂漠の夜は昼とは別の意味で厳しいって聞くし」
首を傾げるスナネコに、俺は今後のことを考えながら答える。
砂漠って夜は夜で物凄い寒いのだ。記憶が正しければ、氷点下を大きく下回る地域もあったはず。そうなれば、チベスナはともかく俺は絶対にひどい思いをする。フレンズだし死にはしないと思うが、サンドスターがガリガリ削れるとか、風邪ひくとか、そういうことになりかねない。
そうなる前に、寝床を探さないとな……。まぁ普通に屋内に入ればいいかもしれないが、あそこの床は塩化ビニルっぽい材質で寝るには硬いんだよな……。それに、穴はふさいだとはいえセルリアンの危険が去ったわけじゃない。
「別に探せばいいのでは? チベスナさんはまだ元気だと思いますよ」
「……ああ、チベスナは知らんか。砂漠は夜になると寒くなるんだよ。寒い中探索作業はな」
困ったようにチベスナに事実を伝えると、チベスナは信じられないとばかりに目を丸くする。いや、お前高山の出身だろ。あそこも相当昼夜の寒暖差は凄まじいだろうし、イメージくらいはできるんじゃないか……?
「そんなばかな……」
「ばかなも何も、夜はそこそこ寒いですよ?」
スナネコも砂漠の気温差は当然ながら知るところだったらしく、追撃するように頷いてみせた。いや、そこそこってレベルでもないけどな。
「ま、まずいと思いますよ……じゃあ、地下道なんか探している場合じゃないじゃないですか! 寝床を探さなくてはいけないと思いますよ」
「だからそう言ってんだよなぁ」
いや、『寝床を探さなくちゃ』までは言ってなかったが。
「スナネコ、何かいい場所知らないか?」
そこで、気分転換も兼ねて俺はスナネコに話題を差し向けてみる。
まぁ、ドラゴンフルーツのことも知らないっぽいスナネコがここの施設について詳しい道理もないので、これは殆ど話題を変えるくらいの意味合いしかない。
「はい?」
今気づきましたとばかりに素っ頓狂な声を上げて、スナネコは振り返る。……やはり、っていうか聞いてすらいなかったみたいだな……。まあ、期待はしてなかったが、と切り替えようとしていたが――。
「あー……それなら、いい場所を知ってます。ついてきてください」
「へ?」
まさかの展開が、俺達を待っていた。
「スナネコ……お前、いい場所を知ってるのか?」
「はい。ぼくが知る限りでは一番素敵な場所です」
おおー……。これは好機が来たんじゃないか?
よく考えたらドラゴンフルーツは施設の中でもだいぶ奥まったところにあるわけだし、フレンズじゃ見つけられなくても仕方ない。そこを知らないからと言って、スナネコが必ずしもオアシスの施設について詳しくないというわけではなかった。
「よければ、案内しますよ」
「頼む! いやー助かるよ」
「スナネコも役に立つと思いますよ」
「このくらいなんてことないですね」
チベスナの妙に失礼な言いっぷりは軽くスルーして(いや、そもそもフレンズはこういう言い方とかいちいち気にしないのか……?)、スナネコは俺達を先導し始める。
いやほんと、意外ではあったが、助かった。これで寝床の心配はなくなったな。……そう思うと急に腹が減ってくるな。ドラゴンフルーツは果物だから腹持ちはあんまよくないし。
「スナネコ、役に立つついでにジャパリまんを持ってませんか? チベスナさんはそろそろおなかがすいたと思いますよ」
と、そんなことを考えていると、チベスナが遠慮のえの字すら吹っ飛ばしたような態度でスナネコに問いかけていた。役に立つついでにってお前……よくもまぁそんなセリフをひねり出せるよなぁ。
が、言われたスナネコの方はまるで気にせず、
「ジャパリまんですか? ぼくは持ってませんけど……そのうちボスが来るんじゃないですか? ……あ、ほら!」
スナネコはあたりを見渡してからそう言って、後方を指さし始めた。彼女が指さした先を目で追ってみると……そこにはちょうど、ジャパリまんの入ったカゴを頭の上に器用に載せたラッキーの姿があった。
ほんとにいたよ。マジで神出鬼没だなラッキー……。俺達がいるって分かってたのも凄いが、ちょうどいいタイミングでジャパリまんを持ってくる手際の良さよ。やっぱジャパリパークはラッキーによってもってるんだなぁ。
「おお、ちょうどいいところに。ボス! ジャパリまん三つほしいと思いますよ。くださいな」
『……………………』
駆け寄ってジャパリまんに手を伸ばしたチベスナに、ピピピピ……とボスの電子音が了承しているかのように鳴る。喋ったり動いたりといったリアクションは皆無なんだが、何か言わんとしているのは分かる……という絶妙なリアクションだ。アニメでサーバルほかフレンズが妙にラッキーに親しみを見せているのも納得だな。まったく意思疎通ができないってわけじゃないっぽいし。
「ジャパリまんもらってきたと思いますよー」
「おー、ありがと」
「いただきまぁす……」
その後は、空になったカゴを持って帰っていくラッキーを見送りつつ、探索再開。……ほんとに俺達にジャパリまんを届ける為だけにやってきてたんだな、あのラッキー。ご苦労なことだ。ほんとに。
「そういえば」
妙な感心を抱きつつ歩いていると、ジャパリまんを一口食べたチベスナが思い出したように口を開いた。
「チベスナさんとチーターは、ボスが喋ったところを見たと思いますよ。一度だけなんですけど」
「ボスが……喋る~?」
チベスナの言葉に、スナネコは首を傾げて食いついた。
ああ……その話な。今もって原因が不明な、不思議な話だった。なんだったんだろうなあれは。大事ではない……とは思うのだが。
「それ、ただの気のせいでは~?」
「気のせいじゃないと思いますよ! チベスナさんだけでなくチーターも聞いてると思いますよ!」
「う~ん、それならまぁ……」
半信半疑――というか疑八割くらいだったスナネコだが、俺もいるということで矛を収めたようだった。……なんか胸張ってるが、チベスナ、お前今言外に『お前の言ってることは信用できないからな』って言われたようなもんだぞ。分かってるのか?
「ただ、原因が分からないんだと思いますよ。一体何なのか……スナネコは何か知りませんか?」
「ぼくも、ボスが喋ったところなんて見たことないですね……。まぁ、そこまで気にするほどのことでも……」
「気にすることだと思いますよ! ボスが喋ったなんてなかなかの一大事だと思いますよ!」
「そうなのか?」
「チーターまでぇ……」
首を傾げて口を挟んでみると、チベスナはがっくりと脱力してしまった。
いやだってほら。そもそもラッキーが喋るからどうなんだって話じゃないか。……俺はラッキーが喋るのは対ヒトあるいはパークの緊急事態時くらいだと知っているのでアレだが、チベスナ視点から見たら別にラッキーが喋ろうが『アナタ喋れたんですね。ならもっと話すといいと思いますよ』レベルの話じゃないか?
「だって! ボスとお話できるんですよ!? お礼とか、いつも何してるのかとか、好きなものとか、話したいことはいっぱいあると思いますよ! もし喋れる方法があるなら、これは調べなくてはと思いますよ!」
「確かにー。チベスナ、たまにはいいこと言いますね」
…………そうか。
珍しく同調して頷くスナネコと、拳を握って意気込むチベスナを見て、俺はなんとなく物悲しい気持ちになった。
そうだよなぁ、ラッキーには生まれたての俺でさえ既にかなりお世話になってるんだ。普通のフレンズであるチベスナやスナネコからしてみれば、その恩ははかりしれないだろう。それこそ、『ボス』……と呼ばれるくらいには。
「いつか、見つかるといいな」
……いや。
「いつかきっと見つけよう。俺達なら、なんだかんだで見つけられるだろ」
「おお! 流石かんとく! 頼もしいと思いますよ!」
「いや監督ではないけども」
流されて監督であることを認めたりはしないぞ。
「かんとく、ですかー?」
……っと。そういえば、まだスナネコにはそのへんの話は説明してなかったか。
「そうです! チーターは、むーびーすたーであるチベスナさんの相棒! 即ちかんとくだと思いますよ!」
「ほぁぇー……?」
「全く理解できてないから」
説明する気ゼロなチベスナに苦笑いしつつ、俺は注釈を入れる。
「さっき、俺達は旅をしているって話をしたろ? まぁその主な目的は、色んな場所を巡ってアトラクションやフレンズを見つけたり、遊んだり、交流したりすることなんだが……ついでに、コイツで『映画』っていうものを撮ってるんだ」
「おぉー……!」
カメラを取り出してみせると、スナネコは分かりやすく興味を示していた。やはり気になるか。
「映画って言うのは、簡単に言えば『大げさなごっこ遊びをこれで記録したもの』だ。まぁ色々と工夫はするが、俺達は旅先でこういうこともしているわけだ」
「凄いですね……凄いです……」
「よかったら、一緒に撮ってみないか?」
「あ、それはいいです……」
「もう飽きたんですか!? 流石に早すぎると思いますよ!」
いやまぁ、スナネコにしてはもった方じゃないか……? うん。
そもそも俺も、言ってみたもののあんまり期待してなかったし。スナネコが飽きずにセリフを覚えられる気がしない。
「……いっそ、スナネコの場合ドキュメンタリー映画の方がいいかな……」
「ど、どきゅ……?」
あ、聞きなれない言葉にチベスナが目を白黒させてる。
「ドキュメンタリーってのは、なんていうか……あの、あれだ。ノンフィクション――演技とか台本とか一切なしで、その人の生活に密着した映画っていうか」
「……………………!!」
ぴしゃーん! と。
その瞬間、チベスナの脳裏で落雷が落ちたのが、俺にも分かった。正確には、そのくらい衝撃を受けた顔をしていた。分かりやすすぎる。
「そ、そ……そんな映画が、存在しているのですか……?」
「ん、まぁな。まぁ珍しい部類ではあるが……」
「そんな映画が、面白いのですか!?」
「まぁ、面白いもんは面白いだろうな……」
「それ、すごくいいと思いますよ!」
……おおう。いつにもまして乗り気だな。いや、映画のことになるといつも乗り気だとは思うが。
「今回はそれをやりましょう! チベスナ探検記~スナネコと一緒に寝床探し~だと思いますよ!」
「タイトルつけたのはいいがクッソダサいな」
もう少しひねりを加えられなかったのかお前は。
「おー、楽しそうですね……。ぼくもやってみたいです」
「ほら! 珍しくスナネコも乗り気だと思いますよ! 今のうちにはじめちゃいましょう!」
「しょうがねぇな……」
ドキュメンタリーが面白いっていうのは、普通に映画として描かれた事実が社会的に有意義とか、色々考えさせられるとか、単純に面白いとか、そういうことだから、多分チベスナの期待しているような面白さはないと思うんだが……。まぁいっか。
「どうなっても文句言うなよー」
おそらく……いや絶対文句は言われるんだろうけど。
そんな確信を抱きながら、俺はカメラを回し始める――――。
日の光が赤く染まり始めた、そんな黄昏時。
砂漠の風から利用者を守るために築かれた高く白い塀の陰は刻一刻とその長さを伸ばしている。
そんな白い石造りの中庭を、二人の少女が歩いていた。一人は誰あろうチベットスナギツネ――チベスナで、もう一人は彼女を案内するスナネコだった。
『それで、スナネコの言う「いい場所」はどんな場所なんですか?』
『景色がきれいです』
問いかけるチベスナに、スナネコは端的な返事を返した。
『あそこから周りを見渡すと、砂嵐がない日はぼくのおうちが見えます』
『ほうほう。見晴らしのいい場所と。それはいいですね。こうざんちほーを思い出すと思いますよ』
故郷の高山を思い出したのだろう、チベスナの表情も自然と緩む。なおこの時点でチーターは、上を見上げて『あっ……』みたいな顔をしていたのだが、その理由は彼女にしか分からない。
『ここです。ここ』
そう言って、スナネコは立ち止まる。彼女たちの目の前にはいつしか、石造りの小さな塔があった。四角柱型の建造物だ。アトラクション性の薄いデザインからして、おそらく中東周辺で実際にあった建築様式を使っているのかもしれない。
『ここはすごいんですよー』
珍しくわくわくした様子のスナネコは、そんなことを言いながら建物の前で立ち止まる。すると――、
うぃーん、と。
石造りの建物の壁が、一人でに開いた。
そう、自動ドアである。
『おおっ……! 自動ドア。まだ動くのか……』
これには、撮影中にも拘わらず画面外からチーターの声が漏れるほど、チーターも驚いた様子だった。画面が映すのも、ほか二人のフレンズを差し置いて自動ドア周辺のディティールだ。
よく見てみると、自動ドア周辺には『手を挟まないようにお気を付けください』とか足元に入り口マットが敷かれていたりとか、そこにドアがあるというのが分かる表示がされている。まぁどれもうまくカモフラージュされているので、遠目からは分かりづらいくらいだったが。
『よくできてんなぁ……』
さらに感嘆のつぶやきを漏らすチーターだったが、それ以上に感激しているフレンズが、今この場にはいた。
『すっごーい!!』
『うお!?』
横から響いた大声に、カメラが驚いたように揺れ、真横へ振られる。一瞬あとには、目の前の不思議に目を輝かせているチベスナの姿をカメラが捉えていた。
『ここは!?』
『見晴台、とぼくは呼んでます。さ、こっちです』
興奮冷めやらぬといった様子のチベスナに対し、既に冷めているらしいスナネコは淡々と中へ入っていく。
中も同じように石造りになっているが、内装はほぼ階段だった。一応、売店へとつながっているらしい裏口はあるものの、他には上階へと続く螺旋階段しかない。見晴台といったのはよく言ったもので、おそらくここは周辺の眺めを楽しむだけの施設なのだろう。
カツカツと階段を上る音が連続している間、カメラは何故か足元の地面を映していた。階段だけの景色に、たまにチーターの膝が映る。
多分、ローアングルだとスナネコのスカートの中身が映りそうだからチーターが遠慮したのだろう。
『そして――ここがぼくのおすすめの場所、です』
階段を上り切った先。
真っ赤に染まった太陽が今にも沈むと言ったところで、スナネコはカメラの方へ振り返って、小首をかしげて見せる。
『おぉ……』
『遠くまでよく見えると思いますよ!』
思わず、チベスナ、チーター、どちらからともなく感嘆の声が漏れた。
見渡す限りの大砂海。日中は真っ白に、眩しいくらいに太陽の照り返しで輝いていた海原は、今は真っ赤な太陽の日差しを受けて、燃えるような赤色に染まっていた。風で流されて形成された砂丘の数々は、まるで赤い海が波立っているかのような躍動感に満ちている。
これぞ、大自然の威容。
チーターもこれが普段なら、その美しさにしばし感動していたことだろう。
ただし。
『…………ってここ、吹き抜けじゃねぇかぁ!!』
残念ながら、寝床には使えないのだが。
「だーかーらー! 俺達は今寝床を探してんだよ! ここ殆ど階段だから寝づれぇし、吹き抜けだから気温低下の影響をモロに受けるだろ!」
とりあえず見晴台から出た俺は、思いっきり激昂していた。
いやまぁ激昂ってほど怒ってはいないけども、ここはツッコミを入れねばなるまい。入れなければならない類のボケだと悟った。
「でも、いい場所だったでしょう?」
「確かにいい景色だった! すごく心が洗われる気分だった! でも! 目的が!! 圧倒的に違う!!!!」
明らかに噛み合っていないスナネコに、俺は必死の思いでアピールする。が、スナネコの方はというとなんかもう一通り仕事を終えて満足してる雰囲気を出してやがった。……おいこれ、コイツこのまま帰るとか言い出さないよな?
「っていうか、お前この後どうするんだよ。もうじき……っつか多分あと三〇分くらいで日が暮れるぞ。既にだいぶ暗いし。家に帰れるのか? 寒いぞ」
「ぼくは夜行性なので……。寒いのも暗いのもへっちゃらです。えっへん」
「えっへんじゃねぇんだよ俺は寒いのも暗いのもダメなんだよ!」
我ながら難儀な体質だと思う。どうせなら夜行性のフレンズになりたかった……。
「まぁまぁ、終わったことをあーだこーだ言ってもしょうがないと思いますよ。それよりスナネコ、他にいい場所は知りませんか?」
「珍しく自分がやらかしたわけじゃないからって随分余裕があるよな、お前……」
一応チベスナも昼行性で寒いところが苦手というところは同じだと思うんだが。……いや、寒いところが全くダメってわけではないのか?
「うーん……他……あったかくて広いところ、ですよね? ちょっと分からないですね」
「そこをなんとか!」
「…………………………まんぞく……」
「あ! コイツなんかもう満足したから帰りたくなってる!!!!」
くっ……こうなったら引き留めても無駄っぽいしな。しょうがない、俺達で引き続き探索していくしかないか……。暗くなってからも、気温が低くなるまではまぁ甘く見積もって一時間くらい時間があると思うし。
「……仕方ない。あとは俺達で探すよ。綺麗な景色も見れたことだし、それでよしとしておくか」
「そうですね。正直チベスナさんは寒くてもあんまり困りませんし」
「お前ほんとクソ野郎だな!?」
少しは相方のことを心配しろよ!
「そうですね。元気出してください。それじゃ、ぼくはおうちに帰ります。チーター、チベスナ、また今度さばくちほーに来たら遊びましょ」
「ええ、もちろんだと思いますよ」
「さばくちほーに来たらなー」
手を振りつつ、俺達はスナネコと別れる。
それまでには、地下道を見つけて砂漠地方の行き来を楽にしたいところだ。寒暖差さえどうにかなれば、きっともっと楽しめると思うし。
…………にしても、『また』ね。
飽きっぽいスナネコがそう言ってくれるってことはアイツもアイツで俺達との探索を楽しんでくれてたってことなのかね。それならそれで、俺も嬉しいが。
まぁ、まだ寝床は見つかってねぇんだけどなぁ!!
ほんとどうしようかなぁ!!!!
スナネコが映画撮影とか絶対無理だと思ったので、このあたりでチーター監督にはノンフィクション作品の経験を積んでもらうことにしました(物は言いよう)。