畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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二〇話:シビアな適材適所

 戻ってきたビーバーは何やら木でできたものを引きずりながら、にっこりと笑顔を浮かべて親指を立てた。

 

「できたッスよ、そりの試作品!」

「よし!」

 

 ビーバーの報告に、俺は思わずガッツポーズしてしまう。これで、俺の目的は達したも同然。あとはビーバーに種明かしを……の前に、試作品がどんなものか確認させてもらうか。

 

「どんな感じだ?」

「それがッスね……」

 

 俺が問いかけると、ビーバーはそう言いながら引きずってきたソリを俺の前に出してくれる。

 俺が書いたイメージ図通り、リアカーとソリを合体させたような形だ。コの字型の引っ張る為の部分に、荷台。接地部分もしっかりと作られているが、ここは取り外しがしやすい構造になっている。接地部分は地面とこすれて消耗しやすいからな。いざってときに取り外しがしやすいデザインにしておいたわけだ。意図が伝わるか不安だったが、ビーバーはそこもきちんと織り込んで設計してくれていたらしい。

 

「……こんな感じになったッス。下の部分は、どうしても引きずっちゃうから傷つきやすいと思うッスけど……」

 

「ああ、良い良い。それはそういうモンだ。だから取り外しがしやすいような設計になってるだろ? 壊れないうちに練習して、俺が新しく部品を作るって寸法なんだよ」

「ああ、なるほど……。そういうことなら、壊れても大丈夫ッスね」

 

 どうやらビーバーとしてはそこが心配だったらしい。俺が説明すると、分かりやすくほっと胸をなでおろしていた。

 ちなみに、俺達が試作品についてそんなやりとりをしている間、チベスナが何をしていたかというと――、

 

「ほぁー……これが『そり』……こうやって引っ張るのですね。大したものだと思いますよ」

 

 と、ズリズリとソリを引っ張っていた。チベスナでもきちんと扱えるみたいだ。これはけっこう便利そうな感じだぞ……。

 

「よし、チーター、ビーバー、乗ってみてください! チベスナさんが運んであげると思いますよ!」

「……じゃあちょっと乗っかってみるか」

「失礼するッス」

 

 なんだかソリが気に入ってしまったらしいチベスナに言われるがまま、俺とビーバーは後ろに乗り込む。

 二人分の女の重量ともなれば相当なものになるわけだが、そこはフレンズの膂力。チベスナはあまり力の強い類のフレンズではないが、それでも俺達が乗り込んでも全く気にした様子もなく自由にソリを引っ張りまわせていた。

 挙句の果てには、ぐるぐると回転してドリフト的なのをキメ始めたりする始末…………うっ。

 

「ち、チベスナ、ちょっと、ちょっとストップ…………」

「? どうしたんです?」

 

 ぐわ! きゅ、急に止まるな! 慣性でさらにダメージが……!

 

「うう…………酔った」

「よっ……? よった??」

 

 呻くように言った俺に、チベスナは無邪気な表情で首を傾げていた。……ああ、酔ったって概念すら知らないのね。そりゃそうか。だってフレンズって乗り物に乗った経験とかゼロだろうし。まして酔うほど速く荒い運転なんて未経験だろうしな……。

 

「いいか……誰かを乗せてるときはな、荒い動きをしちゃあいけないぞ。気持ち悪くなるからな……乗ってる人が」

「ええー? そんなことないと思いますよ。チーターが弱いだけでは? チーターはへんなところでよわっちいと思いますよ」

「…………、じゃあ、お前も一度やってみるか?」

「あの、チーターさん……大丈夫ッスか……? その、あんまり無茶しない方が……」

「ああ、大丈夫。気にしないでくれ。ちょっとこの調子こいた馬鹿の鼻っ柱を叩き折るだけだからよ……」

「いやその、チーターさんさっきソリに乗って弱ってたのに、治りきらないうちにまた同じようなことをするのは……」

 

 というわけで、チベスナをソリに、俺が牽引役になって再チャレンジ。

 ちなみにビーバーは流石にヤバイと感じたのか、いったん降りて傍から見物モードだ。

 

「行くぞ、チベスナ」

「あのチーター、なんで足がキラキラしてるんです? もうちょっと力を抜いてもいいと――、」

「問答、無用」

「――――思いますよぉぉおおおおぉぉおおぉぉ!?!?!?」

 

 そして俺は――風になった。

 高速移動を開始した俺は、チベスナの悲鳴を背にソリを曳きながら地を駆けた。一人で走るときと違って重さは無視できないが、それでも――重量、そして強度ともに、走行の支障にはならない!

 

「うわぁぁああぁぁぁああぁぁあぁぁああぁ!!」

「どうだチベスナー? 風は気持ちいいかー?」

「気持ちいいとか気持ちよくないとか以前にこれ……へいげんでチーターに担がれたときとはまた別の意味で……うぶぅ……!」

 

 ふっふっふ。そうだろうそうだろう。乗り物酔いはキツイんだよ。三半規管がおかしくなるからな。まぁ、乗り物酔いに限らずその場でぐるぐる回ったりするだけでも、体調が悪いと酔ったりすることもあるのだが……そのへんの機能については、フレンズだからといって人間と違う部分があるわけではないらしい。

 どこまでが人間で、どこまでが元動物かっていうのはちょっとよく分からないところではある、が……、

 

「……あ?」

 

 と。

 そろそろチベスナへのお灸も据えたし……と思って脚を止めようとしたとき、不意に俺の景色が軽く歪んだ?

 ……ん? これ、目が回って……?

 

「ちちち、チーター! ちょっ、傾いっ、傾いてっああああああああああああ!?!?!?」

 

 どしーん! と。

 自分の目が回っていることを自覚した次の瞬間には、俺は足をもつれさせて転倒していた。

 

「うぐぐ……しまった。ふざけすぎたか……。悪いな、チベスナ……」

 

 頭を押さえて言いながら体を起こしてみると……チベスナは倒れた拍子に吹っ飛んだらしく、近くの茂みに頭から突っ込んでいた。……よかった。湖の中に落ちてたら大問題だった。

 しかし、このくらいで目が回るほどぐるぐる回っていたつもりはないんだが……、…………いや、そうか。直前に酔っていた状態から回復もせずに走り出したから、目が回りやすくなっていたのかもしれない。とすると、ビーバーが言いかけていたのはそのことか……。

 

「だ、大丈夫ッスか、チーターさん……?」

「ああ、心配かけてごめんな。ちょっとふざけすぎたが……御覧の通り、特に問題はない」

 

 近くに駆け寄ってくれたビーバーにそう返しつつ、俺は立ち上がる。まだちょっと体がぐらつくが……まぁ一分もじっとしてれば何とかなるレベルである。それよりチベスナだな。

 

「ちっ、チーター! なんてことするんです! チベスナさんとてもびっくりしたと思いますよ!!」

「悪い悪い」

 

 今回はちょっと俺が悪ノリしすぎた感があったので、茂みから脱出して詰め寄ってきたチベスナにも、俺は素直に謝る。いやほんと、ごめんごめん。

 

「まったく……結局酔うのがどんな感覚か分からずじまいでしたし……」

「ま、分かんない方がいいモンだよ」

 

 適当に言いかけたところで…………俺はふと思い出した。

 ハッ、ソリ!!

 今派手に転倒していたが、まさか壊れては…………!

 

「…………ほっ。よかった、壊れてない……」

 

 慌ててソリの状態を確認するが、幸いにもソリはあれほど乱暴に扱ったにも拘わらず傷ついた様子はなかった。ちょっと砂埃はついているが、それ以外の影響はない。さりげに頑丈だなぁこれ。ビーバー、流石の仕事である。

 

「そんなに心配しなくても、これ試作品ッスし、壊れても大丈夫ッスよ?」

「いや、そうもいかないんだよ」

 

 首を傾げるビーバーに俺はそう言いながら、

 

「実はそれ、本番なんだよ」

「え?」

 

 ビーバーはさらに首を傾げた。……まぁ、最初は何を言ってるのか分からないと思うけども。

 

「だからな。ビーバーは多分本番になると凄く緊張して何もできなくなるだろ? だから――その試作品を本番ってことにしたらどうかなって思うんだ」

「え……でも、それって」

「だってビーバー、試作品でも手は抜いてないだろ? こんだけ乱暴に扱っても目立った傷一つないんだ。実用性は十分だろ」

 

 それについては、横のチベスナもうんうんと頷いていた。品質としては、ビーバーらしくかなりの高品質をマークしているわけで。だから、あとはこれを俺達がもらってしまえば……、

 

「でも、いやッス」

 

 …………え?

 

「『試し』で作ったものをほかの方に渡すとか…………いやッス」

 

の の の の の の

 

こはん

 

二〇話:シビアな適材適所

 

の の の の の の

 

 突然の展開に、俺は唖然としていた。

 まさか、断られるとは……ビーバーの側から。全く考えてなかった。普通にOKしてやったーバンザーイってなると思ってた。

 な、なぜ……? 品質的には俺達のさっきのやりとりで十分条件は満たしていると(不本意ながら)保障されてるし、問題はどこにもないのでは…………。

 

 そんな風に一瞬フリーズしていた俺の代わりに、チベスナは不満そうな表情を浮かべながら俺に加勢してくれる。

 

「えー。でもこれ十分に使えると思いますよ」

「それでも、いやッス……試しで作ったものッスから細部まできちんとしてるか分からないッスし……それにおれっちが自分で使うならいいッスけど、ほかのフレンズさんが使うとなると……もしもいい加減に作った部分があって、それで危ない目に遭わせてしまうかもと思うだけで、……夜も寝られないッス……ぶるる」

 

 その言葉で、俺はようやく自分の間違いに気づいた。

 ビーバーは確かに自分に自信がない節があるが、ビーバーの臆病さの原因はそれだけじゃない。最悪の事態を考えることができてしまう聡明さも、いやむしろそここそがビーバーの臆病さの原因なんだ。

 ……そっか。ビーバーはそういうヤツだったのか。そうだよな、『練習のつもりでやらせて、いい結果が出たらそれを本番にする』……そんな器用な妥協ができないから、ビーバーだってあれほど悩んでいたわけで。

 相手の意に沿わない方法で、騙すみたいなやり方で無理やりに推し進めてもそれが上手くいくはずなんかなかった。これが、人間相手ならもうちょっと話が変わってきたんだろうが。

 

 …………あー、やっぱりかばんは凄いなと思わされる。アイツが試した方法以外で俺にコイツの心配性をどうこうするのは無理だわ。

 

 一応、ビーバーの言い分を無視して無理やりソリを持っていくことも、できなくはないが…………。

 

「……うーん。そういうことなら、しょうがないと思いますよ。チベスナさん達もビーバーの安眠の邪魔をしたいわけではないですし」

 

 チベスナの言う通り。流石にそれを決行できるほど俺も人間やめてない。……いや、生物学的にはとっくの昔にやめて、それでもって中途半端に再開しているが。

 ともあれ、ビーバーがそのことで心配でしょうがなくなるっていうなら、この場でソリを手に入れるのは諦めるしかないかぁ……。

 

「うう……でも言われてみれば、本番は失敗できないから緊張するッス……。お役に立てず申し訳ないッス……」

 

 ビーバーも自覚はあるのか、そう言って申し訳なさそうに肩を落とした。

 気にするな、フレンズによって得意なことも苦手なことも違うのは当然。たまたまビーバーの苦手なところがそこだったってだけだ。こればっかりは、それをきちんと見抜けなかった俺が悪い。

 

「……いや、そうとも限らないぞ」

 

 …………それに、俺が諦めたのはこの場でソリを手に入れること()()だ。

 

「へ?」

「お、チーターの耳が自信ありげに持ち上がったと思いますよ!」

 

 ……、俺は耳を抑えながら、

 

「我に策あり、だ。……ビーバー、お前には『設計図』を書いてもらう!」

「……せっけいず、ッスか?」

「ああ。さっき俺が書いたイメージ図をより詳しくしたものだな。木材の切り方とか組み立て方とかを図にして書くものだ」

 

 言いながら、俺はメモ帳を……ああ、両手は耳を抑えるので使ってるから…………あ、しっぽ意外と長い。これ胸ポケットまで届くぞ。

 ……というわけで長いしっぽを使って、俺は胸ポケットにしまったメモ帳を取り出す。それから、トートバッグからダクトテープも取り出しておく。

 

「複数のメモ帳をこのダクトテープで貼り付ければ、大きな設計図にできる。ビーバー、お前の頭の中にある『ソリを作る手順』……それを、この紙に書いてくれ!」

「……!」

 

 そう、これぞ俺の策。

 結局、ビーバーに全部やらせようとするのが間違いなのだ。それなら、ビーバーにはこの場では設計図作りに専念してもらって、後で俺の手先が器用になったら、その時俺が作ればいい。別にソリはこの先の旅を楽にするためのもので、ないと困るっていう代物じゃないからな。

 

「そ、それでいいんスか……? 確かにおれっちでもそれくらいならできそうッスけど……」

「全然構わねぇよ。っていうか、俺じゃソリの作り方を確定させるのでも四苦八苦しそうなんだ。こっちのチベスナは言うまでもなく。設計図だけでも用意してくれるってんなら、十分有難いくらいだよ」

 

 俺がそう言うと、ビーバーは分かりやすく顔をぱあっと明るくさせた。うむうむ、これならいけそうだな。

 

「それじゃ、さっそくとりかかるッス! 今度こそ、期待に応えてみせるッスよ!!」

「あ! どうせならチベスナさん、撮影に使えそうな小道具の設計図も欲しいと思いますよ! グレートソードとか……グレートハンマーとか……」

 

 やる気を見せるビーバーに、いつにもまして胡乱なアイテムの提案に余念がないチベスナ。

 …………どうでもいいが、あんまり気負いすぎないようにな。やる気を出せば出した分だけ、プレッシャーもでかくなりそうだし……。

 

の の の の の の

 

 幸いにも、設計図作りは無事に成功した。

 俺の予測通りやる気が空回りして緊張しかけていたビーバーだったが……万能アイテム・消しゴムによって、計画失敗という最悪の事態は逃れることができた。

 『もし間違えても消しゴムを使えば大丈夫だぞ』という俺の魔法の言葉を聞いたビーバーは、それまでの緊張が嘘のようにガンガン素早く設計図を書き――ソリの他に、チベスナ提案のグレートソードやグレートハンマー、グレートチベスナアーマーなど、俺の目の黒いうちは永遠に実現しないであろう設計図を量産してくれたのだった。……メモ帳の無駄遣いなんだが、それ。

 

「いやぁー……書いた書いたッス。手がちょっと疲れたッスねぇ……」

「そりゃあれだけの量を書けばな。お疲れ、ビーバー。助かったよ」

「いえいえ、書いたのは設計図だけッスし……」

 

 謙遜するビーバーだが、それがどれほど俺にとって有用かは……多分分かってないだろうな。

 

「ビーバーはいい仕事をしたと思いますよ。お蔭でチーターが頑張ればソリが手に入りますし」

「お前はまたそうやって俺任せに……言っとくが、俺だって手先が器用になるまでどれくらいかかるか分かんねぇんだし、お前も努力してもらうからな?」

 

 ほらそこ、えーって顔するんじゃない。

 

「あはは……二人とも、息ぴったりのコンビッスね。なんだか、うらやましいッス……」

「どこがぴったりに見えるんだか……」

 

 こちとらチベスナを誘導するだけで一苦労だというのに。息ぴったりだったらどれほど楽なことか……。

 …………まぁ。

 

「俺達が息ぴったりかどうかはともかく――お前にぴったりのパートナーならそのうち現れるさ。きっとな」

「ですね。チベスナさんも保証しますよ!」

 

 このまま、俺の知っている通りに世界が進めば、の話だが。

 

「それは……楽しみッス! なら、おれっちもそんなパートナーを出迎えられるよう、立派な家を作らないとッス……!」

 

 あ、その家、パートナーが来るまで完成させられないと思うが……。

 

 ……なんてことを話しながら。

 

 ソリ(と余計なもの)の設計図を無事に手に入れた俺とチベスナは、湖畔を後にしたのだった。




ジャパリパークでは、変に小賢しい考えより気持ちを素直に出す方が成功しやすいと思います。
その意味では、チーターは知能は通常のフレンズ以上ですがかなりデカイハンデを背負っていると言えるかも。

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