畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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旅の道連れが登場します。
原作キャラとの交流はもう少しお待ちくださいまし。


二話:廃墟のムービースター

「へっ、へっ……」

 

 歩き疲れた俺の口から、吐息が漏れ出ていく。

 自然と猫背になった俺は、猫の手の形に丸められた両手を振りながら、一歩一歩と前に進むのがやっとだった。

 さっき気付いたのだが、どうも俺の所作はいちいち獣っぽくなっているらしい。

 意識すればしっかりするのだが、気にしない限りなんか自然と獣っぽくなってしまうのだ。まぁ、前世が人間とはいえ、今世はチーターだからな。そういう意味では、本能みたいなものなのかもしれないが。

 

 だから、こうして疲れてくると、どうしても取り繕うのが間に合わなくなってくる。そのことに気付かなければよかったのだが、気付いてしまうとどうしても気になる……。

 

「……休みたい。休む場所を探そう」

 

 分かり切っていたことだが、昼の日差しはキツイ。ここ、砂漠地方とかじゃないよな? 一面大草原だし、多分平原地方かサバンナ地方だと思うが……。というか、今更だがサバンナと平原の差が分からない。どっちも同じ草原じゃないのか? うーん気になる。ヒトが作った施設を見つけたら検索しよう。いや、ジャパリ図書館とやらに向かえば分かるか?

 しかし幸いなのは、一人旅だし別に義務があるわけではないから、休憩したいと思ったら俺の自由に休めるという点だ。……前世じゃ労働の日々で、自由にまったり一人旅なんて望むべくもなかったからな。それだけで心に余裕が持てる気がするぞ。

 

「これで冷房があれば完璧なんだけどなぁ」

 

 まぁ、ないものねだりをしても仕方がないのだが。

 やはり、文明人を文明人たらしめるのは余裕の有無だ。

 そう結論づけた俺は、とりあえず休憩するための場所を探すことにした。できればクーラーのきいた屋内がいいな……文明的だし。

 

の の の の の の

 

へいげん

 

二話:廃墟のムービースター

 

の の の の の の

 

「ふぅぅぅぅ…………」

 

 ここでちょっと休憩! とばかりに、俺はようやく見つけた木陰に飛び込むように倒れた。日差しが和らぎ、それだけでだいぶ身体的に楽になるのを感じる。

 そこで身体を伸ばし、舌を出して体内の熱を逃がしながら視線を彷徨わせてると、視界の端にテーブルとイスがあることに気づく。そういえば例の場面でも、そんなのがあったようななかったような。ということはここはサバンナ地方なんだろうか。それにしては草木が青々としているのが気になるが……と。

 そこで俺は、ふと気づいた。

 

 今の俺、かなり獣じゃん!!

 

 バッ! と起き上がった俺は、完全に我に返っていた。

 確かに俺はチーターに転生してフレンズ化した、いわば純正なるチーターのフレンズだ。だが、同時に前世はヒトなのだ。文明人としての矜持ってものがある。具体的には、イスとテーブルがあるのに座るのめんどくさーいねそべりたーいなんて欲求に負けて獣然と地べたでゴロゴロしない、とか。

 というわけで、俺は身を起こして休憩所らしきイスに腰掛ける。ふぅ……危なかった。間一髪のところだったが、文明力(?)が回復した気がする。

 

 と、座ったことで目線の高さが変わったからか。

 俺の目に、今まで映らなかったものが見えた。

 

「あれは……建造物、か?」

 

 俺の視線の先にあったのは、……俺の目が正しければ、おそらく映画館だった。

 フィルムのような意匠の看板があるし、そこに『ジャパリシアター』なる文字が書いてあるからな。

 …………アニメではサバンナ地方や平原地方にジャパリシアターなるアトラクションがあるとは言ってなかった気がするが、まぁ、あっても不思議ではない。砂漠に地下迷宮があったり、森林に図書館があるんだしな。そういえば平原地方には城があったんだっけ。それならなおさら、映画館くらいあってもおかしくなかろう。

 

 ……とりあえず、あそこまで行ってみるか。

 

 もしかしたら、あそこにフレンズが住み着いているかもしれない。

 アニメの流れを考えてみるに、ああいう施設が無(フレ)である可能性は低いとみていいだろう。高山地方にあったジャパリカフェですらフレンズがいたんだしな。

 そうと決まれば善は急げだ。

 なんだかんだでごろごろしたりイスに座ったりしている間に、肩でしていた呼吸もすっかり元に戻っているし……。

 

「目測、三〇〇メートルってところか」

 

 屈伸したりして準備運動しながら、俺は向こうにある施設――ジャパリシアターとの距離を測る。

 先ほどは五〇メートルくらい走を何本もやっていたが、それだと具体的な最長走行距離が分からなかったからな。あの施設にフレンズがいるとすれば、俺がバテてもセルリアンの脅威は低めになるし、全力を出すにはちょうどいいタイミングと言えるかもしれない。

 

 つまり、実験その三!

 あそこまで息を切らさずに走ることができるか、だ。

 正直なところ、できるかどうかは微妙なところではある。五〇メートルくらい走を何本も走ってみた感じ、やっぱスタミナはあるとは言い難かったからな。

 別に息切れしても死ぬわけじゃないんだし、気楽にやっていこうか。

 

 なんてことを考えながら、俺はチカラの解放を意識しながら走り出した。

 ほどなくして、俺の世界もどんどんと加速していく。

 

 走行距離が長いせいか、はたまた慣れてきたからか、俺は走りながら自分の状態を確認する余裕さえあった。

 自覚して、初めてわかる。チーターの素早さの秘密が。

 さっきやったキックの威力。古木をきれいに切断するほどだったが、あれは多分爪とかそういうのからきたものだろう。鋭い爪を高速で振るったから、スパッと斬れてしまったわけだ。

 この高速移動も、その爪の力を使っているらしい。

 鋭い爪で地面を掴み、そして思い切り蹴ることで、脅威的な歩幅を、それも高速で繰り出しているのだ。そりゃ速くもなるというわけである。そんな負荷のかかる走り方をしていれば、スタミナがすぐ消耗するのも無理はない話だが。

 

 脚を見れば、先ほどのように発光しながら光の粒子を散らしているのが見える。つまり、チーターのフレンズとしての俺の能力はやはり、この『強靭な脚力と鋭い爪』ということになるのだろう。

 正直、足が速いというだけでも十分(危なくなったら逃げられるので)使えると思っていたが、応用性のありそうな能力でよかった。それに、足技メインで戦うファイターってなんかカッコいい、

 

「しっ!?」

 

 そこまで考えていた俺は、途中で思考の停止を余儀なくされる。

 というのも、気づいたら目の前にジャパリシアターの壁が迫っていたからだ。考え事しすぎて前をしっかり見てなかった。というか、足元から散っている光の粒子を見てた。

 

「っ、ァァああッ!!」

 

 体を大きく捻ると、俺は壁に向けてドロップキックをする態勢に入った。傍から見たらドロップキックだが、俺としては両足で壁に着地って感じだ。

 高速で――というか俺の走っていた速さと同じ速度で――迫ってくる壁に対し、素早く態勢を整えた俺は即座に来るだろう衝撃に備え――、

 

 ズン! と、次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。

 

「~~ッ、あ、足、痺れた…………」

 

 重力に引かれてその場に倒れ込みながら、俺はぽつりと呟いた。

 あ、危なかった……。つい、ヒトだった時の距離感覚でぼけーっとしてしまった。そうだよな、フレンズの力なら、このくらいの距離はあっという間なんだよな。……息も、ちょっと切れてるけどバテバテってほどじゃないし。頑張ればこの倍くらいは走れそうな感じだ。

 

「というか、思い切り壁蹴っちまったが、中のフレンズは大丈夫か? ……大事になってないといいが……」

「大丈夫なわけがないと思いますよ」

 

 んっ?

 と、横合いから聞こえてきた声に、俺は倒れたまま顔を上げる。

 そこには、何やら頭を抑えているクリーム色の髪のフレンズが佇んでいた。

 

「いきなり蹴りをくれやがって、セルリアンかと思って死ぬほどびっくりしたと思いますよ。お陰で転んで頭を打ちました」

 

 そんな恨み言を耳にしながら、俺は立ち上がる。

 目の前にいたのは、中学生から高校生くらいの年齢に見える少女だった。

 毛先は白。首元にもこもこした白いファーのような飾りがついていて、この下に髪と同じ色をしたブレザーを身に纏っていた。なんだか、キタキツネを思わせる風貌だが、髪の長さは肩くらいまでしかないから、印象は大分違う。

 しかし――最も印象的だったのは、その顔だった。

 可愛らしいのは間違いない。確実に美少女ではある。

 しかし……別に細められたわけでもないのにほっそりとした眼差し、なんともいえない表情……一度見たら忘れられない特徴的な顔だ。

 何故だか、元動物について詳しくないのに俺はこのフレンズの正体が読めてしまっていた。

 

「チベットスナギツネ……か?」

 

 チベットスナギツネ。

 別に動物園なんかで人気というわけではないのだが(むしろ国内にチベットスナギツネを飼育している動物園は一つもない)、SNSをやっているとよく見る動物だった。乳酸菌飲料のCMで登場して、そのなんともいえない独特な――人間みたいな眼差しが評判になっていたのをよく覚えている。

 

「おや、どこかでお会いしていましたか? 申し訳ないですけど覚えてないと思いますよ」

「いいや、初対面だ。そこそこ有名だからな、お前」

 

 適当に返すと、チベットスナギツネは『有名……有名……むふふ』となんだかすっかり機嫌を直していた。チョロいな、コイツ。

 

「ふふん。まぁ今回は許してあげましょう。チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。アナタは?」

「俺か」

 

 そういえば、誰かに自分のことを名乗るのは初めてだな……。

 妙な感慨を覚えながら、俺はチベスナに手を差し出す。

 

「チーター。チーターだ。よろしく、チベスナ」

 

 ……ああ、なんかフレンズになったんだなぁって実感が湧いてきた。

 

の の の の の の

 

「なるほど、やっぱりここに住んでるのか」

 

 チベスナに案内されながら、俺はジャパリシアターの中を歩いていた。

 チベスナはどうやらフレンズである俺と交流したいらしく、俺は涼しい屋内で休憩したいので、両者の思惑が合致した結果だ。

 ちなみに、チベスナは握手が何なのか知らないらしい。……アニメじゃサーバルがやってたのに。お蔭でさっきはきょとんとされて大層恥ずかしい思いをした。もうやらねぇ。

 

「ええ。此処がチベスナさんの縄張りだと思いますよ」

 

 流石に老朽化というか、ところどころ古い感じは出ているものの、思っていた以上に内装はまともに残っていた。

 確か、ラッキービーストが保全してくれているんだったか? アイツ、アニメ放映当初は黒幕かと思ってたけど、パークになくてはならない良い奴だったんだよなぁ……。あれ、サンドスターが老朽化防止の役割を果たしてるんだっけ? そのへん全然覚えてないな……。

 

「我ながら、適材適所とはこのことだと思いますよ」

「ん?」

 

 と、なんとなく感心していると、チベスナが誇らしげに切り出した。

 

「チベスナさん、ゆくゆくは『むーびーすたー』になりますので。『むーびーすたー』が映画館を縄張りにするのは、適材適所だと思いますよ」

「いや、色々違うから」

 

 諸々がおかしいチベスナに、俺は思わず真顔でツッコミを入れてしまった。

 

「ムービースターってのは有名な映画俳優のことだから別に映画館を縄張りにしてるわけじゃないし、だいたい適材適所っていうのは『才能にゆかりのある場所を縄張りにする』って意味じゃなくて『才能を発揮するのに適した活躍の場所につくべき』って意味だからな」

「ほぁー……」

 

 くっ……フレンズ特有の適当さよ。

 思わず言ってしまったが、そんなに素直に感心されるとなんかいちいち口を挟む俺が逆になんかつまらないことを気にしている気分にさせられるぞ……。

 

「チーターは物知りなフレンズですね。乱暴者かと思っていたと思いますよ」

「……さっきは悪かったよ」

 

 遠回しに詰られたので、俺は両手を上げてお手上げのポーズをしながら言った。チベスナの方は謝られたからか、それとも元々さほど気にしてなかったのか、特に気にせず、

 

「どうです? チーター、チベスナさんのかんとくになってみる気はありませんか?」

「は? 監督?」

「ええ。むーびーすたーだけでは作品は作れませんので。『かんとく』がいないと作品は作れません。ハカセ達に聞いたと思いますよ」

 

 ……ど、どこからツッコミを入れればいいんだ……。

 いやしかし、ツッコミ云々以前に俺は旅したいから、こいつのムービースターごっこに付き合ってる場合じゃないんだって。

 

「無理だな。俺、旅するから」

 

 というわけで、俺はとりあえずばっさり断っておいた。こういうのははっきり言った方がいいのだ。フレンズ相手だと嫌われるかもしれないとかでいろいろ取り繕わなくていいね。

 

「まぁまぁ、そう言わずに。結論を急ぐことはないと思いますよ」

 

 ……と思ったのだが、チベスナは顔色一つ変えずにそう返してきやがった。

 自分から誘ってきたくせに、どんだけ面の皮が厚いんだコイツ…………。

 

「もしくは、チベスナさんも旅についていきたいと思いますよ」

「縄張りはいいのかよお前」

「かんとくと一緒ならむーびーすたーは最強なので」

「悪いが俺は監督でもなければ将来的になるつもりもないんだ」

「まぁまぁ、そう言わずに。結論を急ぐことはないと思いますよ」

 

 くっ……コイツ、めんどくさいおつかいをループ問答で無理やり押し付けてくるNPC臭がするぞ……。

 

「とりあえず、チベスナさんの素晴らしい作品を見せて差し上げると思いますよ。話はそれからにしましょう。さあ、こちらです」

「いや、俺はちょっと休憩できればそれでいいんだが……」

 

 チベスナは全く聞く耳を持たずに進んで行ってしまう。あまりにも自信に満ち溢れた行動だったので、俺もついつい釣られてついて行ってしまった。

 果たしてチベスナが向かった先には、

 

「此処がチベスナさんの作品室だと思いますよ」

 

 何があるかと思えば、ただの会議室があった。

 変わっている点があるとすれば、長机の上になぜだかところどころ傷がついたハンディカメラが置いてある点だろうか。一応、ホワイトボードもあるし、天井にはプロジェクターもついているんだが……どうせ使ってないんだろうなぁ、コイツ。

 そう思って横を見てみると、チベスナは何かを期待したような目で俺の方を見ていた。…………ああ、そういうことね。

 

「……、……作品って、どこに何があるんだ?」

「ふっふっふ! よくぞ聞いてくれましたと思いますよ」

「白々しい……」

 

 横で『作品について聞いてくれ』と言わんばかりの顔をしておいて、よくぞ聞いてくれましたじゃねぇよほんと。まったく……。

 呆れつつ、俺はハンディカメラの近くのイスを引いて座り、チベスナの作品とやらを鑑賞する態勢に入る。

 

「で、どんな内容なんだ」

「おお。そんなに気になりますか。いいでしょう見せてあげますと思いますよ」

「こいつ……」

 

 いちいち恩着せがましいチベスナに呆れつつ、ハンディカメラの中にある映像を再生してもらう。

 …………なんかいまいちまともなものが見れる気がしないが、まぁ休憩としては十分だろ。

 

の の の の の の

 

 そこは――――草原だった。

 何やら傾いた風景は、おおよそヒトの腰くらいの位置に構えて撮影されたものであることが分かる。数秒、がさごそという物音と環境音がその場を支配していたが――――。

 

『あ、これもう動いてるのですか! カメラ動いてるのですか? それならそうとチベスナさんに教えた方がいいと思いますよ』

 

 カメラに物を話す機能はない――無茶を言うべきではないだろう。

 しかし、その時その場所に彼女の言動に対し異を唱えられるものはいなかった。大地震が発生したかと錯覚するほど景色が揺れ、やがてそれがゴトリという乱雑な音と共に、何かに着地する。

 遠く――草の海の向こう側に、かすかにジャパリシアターが映って見える。どうやら、ここは先ほどチーターが休憩していたイスとテーブルがある木陰の休憩所だったらしい。

 撮影者がそのテーブルの上に持っていたカメラを置いたのだろう。

 

『えーこほん』

 

 そんな景色に、一人の少女――フレンズが乱入してくる。

 そう、ご存知チベスナだ。

 

『さあさあ追い詰めたぞセルリアン太郎! このチベスナ様が来たからには、お前のぼーぎゃくはここまでだと思いますよ!』

 

 チベスナは手に持った木の棒を構え、カメラに向かってそんな口上を言い始めた。芝居がかったセリフなのに口癖が抑えきれていないのはご愛嬌なのだろうか。にしては、一人称だけが無駄に尊大になってしまっているのが致命的だが。

 

『さあ食らいなさい! チベスナ・ミツメールブレード!』

 

 そして。

 

 思い切り木の棒を振りかぶったチベスナが、カメラ目がけて棒を振り下ろしたところで、唐突に映像は終了した。

 

の の の の の の

 

「思いっきり殴ってるじゃねーか!!!!」

 

 俺は吠えた。

 

「ひっ! ……い、いきなり吠えるのは心臓に悪いと思います、よ?」

「吠えるわ! そりゃ吠えたくもなるわ! なんだこの……なんだこのアレ! 最終的にカメラ殴ってるし! このカメラの傷ってそういうことだったんか! しかもこの傷の感じからして相当殴ってるじゃねぇか! むしろよく今まで現役で使えてるな! もう少し物を大事に扱え!」

「お、おおう……流石かんとく、金言だと思いますよ」

「監督じゃねぇ!」

 

 そもそも監督はそんな総合職みたいな仕事じゃねぇんだよ。多分。ちょっと例外を身近に感じ過ぎちゃってるから自信ないが。

 大体、雑だ。カメラワークから脚本から演技から何から何まで凄く雑。大体こんなハンディカメラで、プロジェクターの使い方すら分からないってのに、まともな映画なんて作れるわけがないだろうに。

 なまじハンディカメラの画質や音質が良いせいで、色んな準備不足の粗がすっげぇ目立つし。

 

「むふふ。これは、やはりチーターを引き込めばチベスナさんはパークいちのむーびーすたーに……」

 

 何より当の本人が大して聞いてねぇし。

 多分此処で映画を見て、それで俳優やら女優やらに憧れて、どこからかハンディカメラを見つけてきて、使い方を調べて、そうやって何も知らないところから、手探りでアレを作ってたんだろうな。

 ……ムービースターがどんなモンかも知らないで、ただ素朴に憧れとか、皆に見てもらいたいとかでやってたんだろうな。

 

「……見てらんねぇ」

 

 ぽつりと、気付けば俺はそんなことを呟いていた。

 このハンディカメラにある無数の傷もそうだ。裏を返せば、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになる。

 

「はい?」

「見てらんねぇって、言ったんだ」

 

 ……俺には、その努力がとても尊いものに見えた。

 理由というなら、それが理由だろうか。

 そういうのから目を背けて一人で旅をするのは、なんか後味が悪いしな。せっかく何者にも縛られずに桃源郷を満喫するってのに、喉に小骨が引っ掛かったような気分でいるのは御免だ。

 

「いいか、俺は旅をする。ここを縄張りにするつもりはない。ただまぁ、お前をこのまま放置してたら、カメラとか壊しそうだし……しょうがないからな……」

 

 既に話を察し始めたのか、目を輝かせ始めるチベスナがなんだか照れくさくて、俺は目を逸らしながら続ける。

 

「だから、ほら。もしついて行くっていうなら、せっかくだ。カメラの使い方とか教えてやるよ」

「ほ、ほんとですか!」

「教えるだけだ! 満足したらとっとと別れるからな。いいな?」

「まぁまぁ、そう言わずに。結論を急ぐことはないと思いますよ」

「ちくしょうコイツ都合の悪いことは全部これで乗り切る気でいやがる!!」

 

 俺が吠えていると、ふとチベスナは俺の方に手を差し出してきた。

 

「改めて、よろしくお願いします、チーター。よろしくしたいときはこうするのでしたよね?」

 

 ……くっ。

 

「……そだな」

 

 さっきはきょとんとしやがったくせに……と内心ぼやきつつ、俺はその手を取った。

 この時から、俺とチベスナの旅が始まったのだった。


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