この湖畔には、もともと一つの目的を持ってやってきていた。
先ほど湖畔でチベスナに言いかけていたものがそれだが、それとは別に、ビーバーの手の器用さを見てもう一つ、目的ができた。
「頼み……って、なんッスか? おれっちにできることなら、もちろん手伝いたいッスけど……」
「チベスナがたくさん切り倒したせいで、木がいっぱいあるだろ? あれを使って、やってもらいたいことがあってな……」
「チベスナさん、けがのこーみょーだと思いますよ!」
俺が功名にしてやってんだよ。
「……やってもらいたいこと、ッスか?」
首を傾げるビーバーは、自信のなさゆえか弱弱し気な表情をしていた。が、俺はそんなビーバーにあえて自信ありげな表情を作って頷いて見せる。
俺の目的、それは。
「ああ。ビーバーには――――『ソリ』を作ってもらいたい」
新たなアイテムの作成依頼だった。
いや実際、荷物はもう揃っているし、トートバッグもあるから別段運搬手段には困っていないのだが。ただ、現状では大道具の類にはなかなか手が出せないし、それ以外にも徒歩の旅では色々と困る問題も出てきそうな気がするわけで。
主に地形の問題だな。砂浜だとか雪山だとか、そういう『通常よりも消耗が激しくなりそうな地方』を少しでも楽に乗り切る為のアイテムがいるなと思ったのだ。俺もチベスナも、体力面ではだいぶ『けもの』に引っ張られている傾向があるようだし。そしてその目標を達成するにあたって一番合っていそうなものが、『ソリ』だった。
あと、なんだかんだ言ってトートバッグはもういっぱいだ。何かの拍子に持っていくものが増えた時、さらに運搬できるものがあると俺的に安心できる。何事にも余裕が肝心なのだ。
自転車――は流石に無理だろうし、そもそも車輪のあるものは作るの難しそうだからな。その点、ソリなら割合簡単に作れるはずだ。
無論、引きずって持っていくので接地部分は消耗品だろうが、そのあたりは完全に壊れきるまでに俺の手先が器用になっていれば問題ない、はず。この間やった指先キラキラによる加工を使えば、器用ささえなんとかすれば可能だと思う。
そういうわけで、それまでの『繋ぎ』としてビーバーにソリを作って欲しい、のだが――――対するビーバーは、困ったように沈黙しているだけだった。……やっぱり、そういうのを作るとなると自信がない、か……?
「あの」
まずい、と思った俺に、ビーバーは困惑しつつも口を開いてくれた。
「『そり』って、そもそもどんなものッスか?」
…………あ、そもそも存在自体知らなかったのね。
「ソリっていうのは…………そうだな」
口で説明するのではイメージを正確に伝えることはできない。そう考えた俺は、そのへんに落ちている木の枝を拾い上げた。
下には地面、そして枝。……俺のメモ帳は、世界中に広がっているぜ! という精神のもと、俺はソリの完成図を描いてみせることにする。これが一番手っ取り早いからな。
「こんな感じで……」
…………やっぱ線ブレるな……。ちゃんと伝わるように書こうとすると、どうしてもサイズが大きくなってしまう。結局原寸大くらいになってしまったぞ。
「ものを引っ張る道具だ」
「おぉ~。なんかすごいものだと思いますよ」
結局完成した図は、リアカーとソリを合体させたようなものになった。荷台に荷物を置いて、それを引っ張るという形だ。……図としてはまぁ微妙だが、ビーバーの理解力なら伝わるはず。
チベスナには確実に伝わってないと思うが。
「これが、ソリッスか?」
「ああ。どんなものか分かるか?」
「はいッス。もう、ばっちり。でも、これをおれっちに……?」
首を傾げるビーバーに、俺はこくりと頷いてみせる。というか、俺が知る限りこれを作れるのは、かばんかビーバーの二人きりだしな……。
「無理か?」
「うーん……やってみないと分からないッスけど……でも、自信ないッス」
まぁ、だろうな……。というか、正式に依頼して作ってもらえるとは流石に俺も思ってはいない。ビーバーが相手だしな。絶対色々考え込んでフリーズしてしまうのが目に見えてる。
なので、俺も既に策は用意してあるのだ。
「いきなり本番なんてことは言わねぇよ。ちょうどチベスナが余計に用意した木があるし、これを何本か回収して、『試し』で作ってみるのはどうだ?」
「試し……ッスか?」
「そう、試し。失敗してもいいから、気軽に手順を確認できるってことだ」
「な、なるほど……」
これこそ、俺の作戦だった。
ビーバーは本番を意識すると、心配やプレッシャーに押しつぶされて何もできなくなってしまうのは、アニメや今までのやりとりで見た通り。
アニメではこれに対する対策として、かばんが『模型を作る』ことを提案したが――それではまだまだ甘い。結局、アニメでも『模型の模型』になっちまったからな。
そこで俺は、ビーバーを
だから、完成した『練習の品』を本物として回収してしまうのだ。こうすれば、ビーバーがプレッシャーに押し潰される前に高品質なソリを手に入れることができるという算段である。フッフッフ……フレンズの心理を考慮した完璧な作戦。ビーバーのことを騙しているのがちょっと心苦しいが、まぁビーバーにしても無用なプレッシャーから逃れられるのだからいいことだろう。
「チーター、なんだかよく分かりませんが、そういう耳してるとたくらみが失敗してしまうと思いますよ」
「な、何も企んではいねぇよ! 企んでは!! あと耳ってなんだ!?」
「なんか耳が得意げにぴくぴくしていたので」
うがああああああああああああああああああああああああああああ!! またかぁ!!
怒りの丸太三本運びを決行した俺とフレンズ他二人は、そのまま湖畔に戻ってきていた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「チーター、スタミナないのに三本も木を運ぶからそうなると思いますよ」
「うるせぇ……」
……訂正しよう。俺に限っては、湖畔に戻ってきてすぐへばっていた。その場に座り込んで、水筒の中の水をがぶがぶ飲んでいる。
この身体、ちっとも汗をかかないから疲れても目に汗が入ったりしないのは便利なのだが、この暑苦しさはどうにかならんかな……。胸元とか、ネクタイを締めてるせいで余計に暑苦しい……フレンズになってからこっち、ずっとこのスタイルだったから全然考えたことなかったが。
「………………ち、チーター…………ななな、何を……何をしていると思いますよ…………?」
と、暑さを少しでも緩和するためにネクタイを緩めていると、チベスナがぞっとしたような表情をして俺の方を見ていた。
……あん? よく見たら、ビーバーもまるで怯えているみたいに小刻みに震えてるな。
「何って、服を……あ」
そっか。服を脱ぐっていう概念……というか、服の概念はかばんに教えてもらうまでフレンズにはないものなんだったっけ。
…………ふーむ。
「なんだチベスナ……お前知らないのか? フレンズになると…………毛皮は、脱げるんだぜ?」
「な、なんですってえええ!?」
よいリアクションありがとう。
「ほ、ほんとッス……おれっちの毛皮も脱げるッス。…………な、なんか複雑……」
「まぁ俺も毛皮が脱げるって表現をするとちょっと怖気が走るけども」
人間で言うと真皮までずる剥けみたいな雰囲気だもんな。そんなの軽くグロ画像だと思う。
「ほ、ほんとです……ここまで脱げてしまっていいのですか!?」
「……あ、でもみだりにほかの奴に見せていいもんじゃないから、その、服の下は隠そうな」
気づいたらチベスナが既にブレザーを脱ぎ捨てて中の色付の半そでワイシャツに手をかけていたので、俺は慌てて目をそむけた。……タオルとか、持ってくればよかったな……。今度ヒトの作った施設を見つけたらもらおう。うん。
「でも、すごいッス。チーターさんは不思議なことを色々知ってるッスね……」
脱ぎ掛けた服を着込みつつ、ビーバーは感心したように言った。まぁ、前世の知識――言ってしまえばフレンズ基準じゃチートで得たような知識だから、素直に誇れるもんでもないんだが。
まぁ、それでもほかのフレンズの役に立つのであれば、俺としても知識の披露し甲斐があるというものだ。
「でしょう。チーターはチベスナさんのかんとくなので」
「監督じゃないが」
耳を抑えつつ言って――あ、もうそろそろ息も整ってきたな。
そんな俺の横で、ビーバーも完全に服を着込みなおして丸太を一本担ぎ上げていた。
「それじゃ、さっそくおれっちはソリ作りにかかるッスね」
「何か手伝うことはありますか?」
「いえ……試しッスし。それにおれっち、ほかのフレンズさんに手伝ってもらうと、余計に緊張する気がするッス……。お二人はちょっと近くで時間をつぶしてきてくれるとうれしいッス」
「ま、本番のときには手伝ってやるから」
我ながら白々しいことを言っているなぁ……と思いつつ、俺はビーバーに一声かけて立ち上がる。
「じゃあ、俺とチベスナは湖で『やること』があるから、また後で」
「え?」
「了解ッス。さくっと手順を覚えて、お役に立ってみせるッス……!」
そんなに気負わなくていいからね。練習でも動けなくなっちまうかもしれないから。
「それで、『やること』ってなんですか? そういえばさっきみずうみの中に入ったときも、『これからやりたいこと』がどうとかと言っていましたが……」
何やら俺達から離れたところに木を持って行ったビーバーを見送った後で、チベスナが湖を見ながらそんなことを問いかけてきた。
そういえば、なんだかんだで全ては話していなかったな……。いよいよ満を持して話してやるか。
「ああ。俺の『これからやりたいこと』、『やること』っていうのはな――――」
俺はピッ、と湖の方を指さし、
「『水浴び』だ!!」
と、宣言した。
「…………水浴び?」
「そう、水浴び」
おうむ返しをするチベスナに、俺はおうむ返しで頷いた。
チベスナは……やはりこの様子だと水浴び未経験か。岩山的な場所の出身らしいし、川の思い出も溺れた程度、湖にも足を運んだことがないとくれば分かり切っていたことだが……。
この状況は、俺には看過できん。
確かに汗はかかないし、もうかれこれ二日はお風呂に入っていないのに不思議と体は全然べたべたしていないのだが、それでもお風呂に入っていないという事実は文明人としての俺の矜持に確かなダメージを与えているのだ。
やっぱり常に清潔にしてこその文明人。多分サンドスターのあれこれとかで清潔には保たれているのだろうが、それはそれとして努力は怠ってはならないのだ。特にさっきみたいに疲れ果てるまで動いた後とかは、水で体を洗い流して精神的な疲れも洗い流したいのが人情というもの。
「いいか、チベスナ。文化的なフレンズは、身だしなみにも気を遣うものだ。具体的に言うと水の中で身体についた汚れを落としたり……そういうことが必要になってくる。お前も人に自分を見せる以上それは分かるな?」
「つまり、むーびーすたーたるもの、常に見栄えのいい恰好でいるべきということですね」
「流石にこういう感じだと話が早いな」
その理解力の高さをほかの時にも発揮してほしいもんだが……。
「ただ、草原地方で今まで行った場所には、川とかなかったからな……。そこでしっかり水浴びをするために、湖までやってきたってわけだ。俺がこの湖畔で『やりたかったこと』っていうのは、この水浴びだな」
「なるほど……なんだか拍子抜けだと思いますよ。てっきり湖の底にある謎のお宝を探索するーみたいな話になるのかと」
「お前じゃあるまいし……」
大体、映画じゃないんだから湖の底にお宝が眠っているなんて話があるはずもないだろうに。
ちょっと呆れつつ、俺は話を続ける。チベスナにとっては拍子抜けかもしれないが、俺にとっては重要なことなんだよ。
「で、ここでさっき言ってた服の話が関わってくるんだ」
「? 服と水浴びに何の関係があるんですか?」
「水浴びをするときには、服を脱ぐのが正しい流儀なんだよ」
「えぇ~……?」
俺の説明に、チベスナは信じられないというような表情だった。そんな顔されても事実は事実だしな……。
「まぁまぁ、試しにやってみろよ。脱いだ方が水が冷たくて気持ちいいし」
「ほんとですか……? まぁ、ものは試しですしやってみてもいいと思いますけど。チベスナさんは心配だと思いますよ」
ぶつくさ言いつつ、チベスナはブレザーに手をかける。
俺も、ネクタイを緩め――、
…………あ。
そういえば、俺ってチベスナと一緒に水浴びしていいんだろうか? チベスナ、まず間違いなく裸になるよな……。でも、俺って中身は男だよな……。確かに今はフレンズだが、これって倫理的にけっこうまずいのでは……。
「チベスナ、待――」
「おー……毛皮の中はこうなってるんですね……」
止めようとしたとき既に、チベスナは下着姿になっているばかりか、さらに下着(上はスポーツブラだった)に手をかけている真っ最中だった。
…………うーん、色気がねぇなぁ……。
なんというか……もっとこう、女の子の裸というか下着姿を見たら、『おおっ!』って来るものがあると思っていたのだが…………びっくりするほど何もない。チベスナの身体、大体中学生くらいだしな。
普段のチベスナを見ているせいか、あるいはこのフレンズの身体が女性なせいか……『裸を見るのがまずいこと』という意識自体が、急速に萎んでいくのを感じる。かばんもこんな気分だったんだろうか……。
だいたい、これから先何度も水浴びはしていくわけで、そのたびにぎゃーぎゃー騒いでいたら、やってられないよな。
「……うん? なんですかチーター、そんなザ・ネコ科みたいな感じで中途半端に手を出して」
「うるせぇザ・ネコ科は余計だ!」
招き猫の手じゃねぇし! 招き猫の手じゃねぇし!
…………気を取り直して、俺も服脱ぐか。
覚悟を決めて、俺はしゅるりとネクタイをとると、ブラウスとスカートを脱ぐ。一応そのへんに畳んで置いておくと、靴を脱いで、ニーソックスも脱ぐ。……んん、意外と感覚が変わらないな?
そういえば、前世で服に関して設定の説明があったっけ。意識してないときは毛皮みたいになるとかなんとか……。俺は服の概念を知っていたが、別に四六時中服を意識してたわけでもなかったからな。すると、気付かないうちに俺も服を毛皮として扱ってたりしていたのだろうか。
続いてブラジャーのホックを……ホック、を……。
「……くっ、くっ……!」
は、外れん……だと……!? くそ、手先が不器用な上にブラジャーのホック外したことない経歴が……ここにきて仇となった! ぜ、全然外せん!
「どうしたんですかチーター、ひょっとしてその毛皮、剥がせないのですか?」
見ると、チベスナは既に服を脱ぎ終えて湖の中に入っていた。きらきらと光を反射する湖面に肩まで浸かっているチベスナの表情には、既に先ほどまでのような『溺れるかも』みたいな恐怖感は見られなかった。まぁ一度経験してしまえばもう怖くはないということなのだろう。
「ちなみにチベスナさんはよゆーでしたよ。不器用ですね、うぷぷ」
「うるせぇスポブラバストは引っ込んでろ!」
「よく分からないけどひどい罵倒を受けた気がすると思いますよ!?」
ここでチベスナの助力を借りるのは簡単だが……それはあまりに屈辱的だ。あと、助けを借りたところで俺と同様に不器用なチベスナにどうにかできるとも限らん。
どうすれば…………。……いっそこのまま入っちまえばいいんじゃね? とも思うが、今俺は服を服として認識しちまってるからな……。そうすると、多分そのまま水に入ると凄く気持ち悪くなると思う。
どうすれば………………。
必死に解決策を考えていた、その刹那。
不意に、俺の脳裏に引っかかるものがあった。
「――ハッ!」
それは――シロサイの槍だった。
「そうだ……!」
一部のフレンズは、自分の装備を自分の意思で出したり消したりできる。だがそれは――何も武器に限った話ではないのではないだろうか。
だって、シロサイの槍はもとをただせば角。そしてサイの角は骨じゃなくて成分的には毛だって前になんかの雑学番組で見たことがある。
だとするならば、服とフレンズの武器って……実はカテゴリ的には意外と一緒なのでは……? より具体的に言うならば、俺の意思で出したり消したりできるのでは……?
「ぬ……ぬぬぬ……!」
そうと決まれば、善は急げだ。
俺はすぐさま胸を覆う斑点模様のブラジャーに『消えろ』という命令を念じてみる。すると――。
「おおおおお! 消え
――なんのかんので、服が消せるということを知った俺は、そのまま水浴びをエンジョイした。いやぁ、素肌を水に流すという感覚。久しぶりだったが、やはりいいものだった。
チベスナも服を消せるということを知ったら目を丸くして出したり消したりしていたが、着替えの手間が省けるというのは地味に便利だ。すごいね、フレンズ。お蔭で思った以上にはしゃぎすぎて長風呂(?)してしまった。
「しかし、水浴びは楽しいと思いますよ。じゃぱりしあたーの近くにも水浴びができる川ができればいいのですが……」
「川かぁ……引けるか?」
フレンズの力なら、頑張れば川を引くことも不可能ではない気がする。それに、お誂え向きにチベスナは穴掘りが得意だからな。
「……ま、その為には色々と考えることもありそうだし。それについてはまた今度だな」
場合によっては、またビーバーの力を借りることになるかもしれねぇし。
と。
「おお~い、チーターさん、チベスナさん~!」
二人でだべっていた俺とチベスナの耳に、ビーバーの声が届いてきた。
噂をすれば影。どうやら、もう終わったようだな。
ソリはどうなっていることやら、っと…………。
というわけで『やりたいこと』は沐浴でした。
作者的にもチーター的にも、お風呂イベント(的なもの)は早めにやりたかったのでした。というわけで、独自解釈の塊みたいな回でもあります。
チーターのチベスナへのリアクションはだいぶ悩みましたが、既にチーターの中でチベスナは妹枠なので、多分そんなに気にしないだろうな、ということでこんな感じに。