夜。
あたりに響く虫のさざめきを聞きながら、数人のフレンズが宵闇に集まっていた。照明のせいか、夜というにはうすら明るい空間にいたのは――四人のフレンズ。チベスナ、オーロックス、アラビアオリックス、ツキノワグマだ。
そんな四人を映しながら、カメラがゆっくりと四人の周囲を移動する。足音が入ってしまっているのはご愛嬌だが――様々な角度から四人の向こう側の景色が映されたことで、薄暗いながらも此処がジャパリ城内部の廊下であることが分かった。
四人のフレンズ――――否、ここジャパリ藩の藩主ライオンの家来たちは、そんな廊下で口々に何事かを話し合っていた。
『まずいぜ……このままだと、みょーちょーにでもセルリアン藩の大軍が攻めてくるぜ!』
端的に現在の状況を説明したのは、オーロックスだ。大河ドラマ風というお題目的に考えればもうちょっと時代がかった口調にすべきところなのだが、そうすると余計にセリフが噛み噛みになってしまうことが予想されたため脚本ではあえてオミットされていた。
『な、なんてことだ……我々に勝ち目はない! いったいどうすれば!』
『かくなる上は! 全員で戦って玉砕だ! ジャパリ藩のきょーじを見せるんだよー!』
『待ちなさい、皆!』
やけっぱちになりつつあったその場の面々を、チベスナがドヤ顔で窘める。チベスナ的にはかっこいい役が演じられて大満足なのであろう。その満足感を演技に出してしまったら台無しなのだが。
『まだ負けが決まったわけではないと思いますよ。ここは――――藩主ライオンに相談するといいと思いますよ!』
『そうだ! ライオン様ならなんとかいいアイディアを出してくれるかもしれない! さぁ行こうぜ!』
おー! といまいちしまらない掛け声とともに、四人の家来たちは藩主ライオンの待つ城主の間へと進んでいく。それを追うように、カメラも四人の後ろ姿を追っていく。
移動中だが照明の明るさが変化しないのは、チーターの工夫の賜物だった。チーターは傘の柄にガムテープを使って懐中電灯をくくりつけているのだ。その為、チーターは片手で撮影、片手で照明作業ができるというわけだ。…………にしても、かなりキツそうではあるが。
と――、
『……よし、カット! 今のところいい感じだな』
そんなチーターのセリフと共に、映像が途切れた。
「ちょっと短めじゃないですか?」
俺がカットと言うなり、チベスナは不服そうにしながら俺の方へと歩み寄ってくる。
日が落ちてから、既に数時間が経過といった感じか――
正直、昼行性のチーターの生態ゆえか相当眠いのだが……まぁ、撮影が終わるまでは頑張ろう。多分一、二時間くらいで撮影も終わると思うし。
ところで絶賛ハツラツ中という感じのチベスナは眠くないのだろうか。確か前に夜行性じゃないって話してたような気がするけど。
「チベスナさんはもっと行けたと思いますよ。お話もまだまだこれからですし、ライオンだって出てないじゃないですか」
歩み寄ってきたチベスナは、そう文句を言ってきた。どうやら、撮影がこれでおしまいだと思っているらしい。
…………ああ、これはチベスナ、なにか勘違いしてるな。
「別に、まだ撮影は終わりじゃないぞ? 今のは『場面』を切り替える為に一旦映像を止めただけだ。ずっと一つのシーンとして撮り続けてたら、合間のシーンが長くなってだれちゃうからな」
「な、なんですって……?」
チベスナは、俺の説明に信じられないことを聞いたような表情で返してきた。やっぱり、まだ場面切り替えとかそういう概念を知らなかったみたいだ。無理もない、今まで一つのシーンをぶっ続けでやってたわけだし。俺も今回初めて挑戦したし。
映画とかを見ているときは、いちいちその映画に使われてる技法とか気にしないからなぁ……。俺も気にしないし。
「『ばめん』を『きりかえる』……? す、凄まじいテクニックの気配がすると思いますよ……!」
「別にそこまででもないんだが……。第一、パソコンがないと一つの作品にまとめられないしなぁ……流石にバックヤードにパソコンはなかったし」
「ぱそこん??」
「まぁ、そのへんはおいおい」
今は説明が面倒くさい。
適当に話を切り上げて、俺はぱんぱんと手を叩きながら今のやりとりを遠目に見ていたフレンズ達にも呼びかける。
「とにかく、まだ撮影は続くから! お前らも気を抜かないで、撮影続行だぞ!」
「お、おう……」
「うん……」
「分かった……」
…………? 妙に歯切れが悪い返事ばかりだな?
「どうした、お前たち」
「そう言われても、正直チベスナさん的にはもう気を抜いた後だと思いますよ」
は? えーとつまり、気を抜いちゃったから……。
……セリフが、頭から抜け落ちたと?
「……お前らー! 言ってなかったけど! 確かに一旦カットするとか言ってなかったけども!! でもさぁ!」
「ひゃー! チーター、吠えるのはやめた方がいいと思いますよ!」
結局、抜け落ちたセリフを再度詰め直すのに三〇分くらい余分にかかった。
そんなこんながありつつ、四人の家来たちはライオンのいる城主の間の前までやって来ていた。敵は大軍のセルリアン藩。奴らに立ち向かうためには、一代でジャパリ藩をここまで栄えさせてきたライオンの知恵が必要だ。
この情報は四人の配下が得たものなのでまだライオンはそれを知らない。一刻も早く、伝えなくては――。
『ライオン様ぁ!!』
オーロックスが、襖を勢いよく開けて城主の間に踏み入る。彼女の背中越しに見える城主の間の奥には、ライオンが胡坐をかいて静かに座っていた。
『…………どうしたオーロックス、騒々しいぞ。それにほかの三人まで。どうした? ――――セルリアン藩の者どもが攻めてきたか』
『! 流石はライオン様。もう既にお耳に……?』
『くく、お前たちの顔を見れば想像がつく。……そうか、ついに来るものが来たか……』
そう言うと、ライオンは重い溜息を吐き、それから瞑目して天井を仰いだ。取り乱してはいないが、深刻な現実に打ちのめされているさまがよく分かる、明らかな名演技だった。これにほかの面々も、より一層気が引き締まる。
『大将、どうします! このままじゃジャパリ藩は滅亡です!!』
『敵は大軍……この城の戦力じゃ、とても……』
『わたし達は、もう滅ぶしかないのですか…………』
『案ずるな、策はある』
そう言って、ライオンは自分の背後――壁に立てかけられた大剣を指さす。
照明の角度が変わり、大剣が照らし出される――改めて注視するとディティールがちゃっちいが、そこはご愛嬌だ。そして、そんな段ボール製の大剣を指さしながら、ライオンは言う。
『聖剣・エクスカリバー』
世界観が台無しだった。
『この聖剣があれば、百万の軍勢だろうとたちまち切り裂き、このジャパリ藩に平和を齎してくれるだろう』
『これが、伝説の…………』
とはいえ、作品世界ではこれが当たり前なのである。真面目くさって言うライオンに、まじまじと聖剣を見つめるチベスナ。あまりにもシュールな光景だった。
しかし――――そんなチベスナの目に、微かな邪心があったことまでは、さしものライオンも見抜くことはできなかったようだ。
ダッ! と聖剣のもとへ駆け寄ったチベスナは、そのまま聖剣を掴むと悪役全開のスマイルを浮かべて言う。
『あっはっはっはー。これさえあればセルリアン藩の軍勢を撃退できるどころか、チベスナさんがこのジャパリ藩を支配し、チベスナさんからチベスナ藩主に格上げだと思いますよー』
謎の理論である。
ちなみにここは本来、『チベスナさんがこのジャパリ藩を支配し、真の支配者として君臨してみせると思いますよ!』というセリフなのだが、真の支配者として君臨、の意味が分からなかったチベスナに『要するにただのチベスナからチベスナ藩主に格上げされるってことだ』とチーターが説明してしまったばっかりにこんなことになってしまったのだった。
『なっ! チベスナ貴様血迷ったか――ぐわぁ!』
すぐさま飛び掛かろうとしたライオンだったが、その前にチベスナが聖剣・エクスカリバーを振るったことにより、あっけなくやられてしまう。
『た、大将! そんな……! チベスナ、なぜだぁ!』
『くっくく……まだ分からないのですか。チベスナさんはずっと前から藩主の座を欲しがっていたと思いますよ。それをこのライオンがいつまでも藩主の座から退かないから……だから! やっつけるしかなかったんだと思いますよー!!』
剣をかざしながら、チベスナは堂々と下剋上宣言を繰り出す。一応台本通りなのだが、直前のオーロックスの名演と比べてしまうとやはり大根役者の感が拭えないチベスナの演技である。
『く……オーロックス……ど、どうかチベスナを……止めてくれ。あの聖剣を、支配の為に使わせないでくれ……』
息も絶え絶えになりながら、ライオンはオーロックスの手を握る。こっちはこっちで迫真の名演技である。カメラも、自然とそっちの方へ重点的にズームする。
『(……ちょっとチーター! チベスナさんが見切れてると思いますよ! こっちにカメラを回してほしいと思いますよ!)』
『(今そういう場面だろ静かにしてろ!)』
…………画面外で何やらやりとりもありつつ。
『オーロックス、これを……』
最後の力を振り絞ってか、ライオンは体の影から牛の角のような穂先のついた槍をオーロックスに手渡す。事前に出して、ライオンに預かってもらっておいたオーロックスの槍だ。
オーロックスは震える手でそれを受け取りながら、
『こ、これは……?』
『それは……覇者の槍だ。聖剣・エクスカリバーと、唯一互角に戦うことができる……。…………あとは…………任せた……ぞ…………』
『大将!? 大将――――っ!!』
がくりと力を抜いたライオンに、絶叫するオーロックス。さすが演技派だけあって、かなり真に迫った悲壮感だった。
どうでもいいが覇者の槍と聖剣・エクスカリバーで命名法則を統一していないあたりに、チーターの設定づくりの未熟さが垣間見える一幕でもある。あるいは、何か名称設定がおざなりになってしまうような理由があったのか……。
『……! オーロックス、落ち着いて! まだ大将、息はあるみたいだね!』
『でも早く治療しないと危ないよ……! それにチベスナを倒さないと……!』
ライオンがまだ呼吸をしているのを見てほっと安堵してみせるツキノワグマだが、アラビアオリックスの言う通り、エクスカリバーを握ったチベスナを倒さない限り、ライオンを治療することもできない。ことは一刻を争う。三人のフレンズは、ジャパリ藩の平和を守る為、今立ち上がった。
『行くぞォおおお! チベスナァァああああ!!』
『望むところです! やっつけてやると思いますよ!』
そして、剣戟が始まった。
他のフレンズ達も自分の武器を出して、チベスナ相手に応戦を開始する。フレンズの武器ゆえ作りのクオリティが高すぎるせいか、聖剣だけが浮いてしまっているが……そこはしょうがない。むしろ、本来は聖剣と斧だけが目立つ予定だったのだが、斧が完成しなかった為こういう感じになっているのだった。
しかし――そんな造詣のチープさを差し引いても、フレンズ達の剣戟シーンは圧巻だった。あのチベスナですら、攻撃を回避するのにバック宙をしているほどだ。オーロックスとツキノワグマなど先ほどから見事な鍔迫り合いを繰り広げているし、ライオンなど立ち回りがうまいと評判のアラビアオリックスを押してさえ……、
『……あれ? おいお前らちょっと……』
怪訝な声色のチーターの声が、画面外から入り込む。その声色には、こんな疑問が宿っていた。
お前ら、どうして仲間同士で戦ってんの?
っていうかライオンはなんでやられた枠なのに混じってしかも圧倒してんの?
『ちょっとー、皆さん、チベスナさんがあぶれてると思いますよ。一人にしないでほしいと思いますよー』
聖剣を持ったチベスナが不満そうに言うが、ほかのフレンズは戦いに夢中になっていて話などこれっぽっちも聞いてくれない。数秒ほどどうしよっかなーと言いたげにあたりを見渡していたチベスナだったが――不意に、視線がカメラの方へ向く。
『……そうだ! チベスナさんは、チーターと戦えばいいと思いますよ! 行きますよー! チーター!!』
そして接近するチベスナ。
…………蹴り、一閃。
それからほどなくして、映像は終了した。
「いやぁー、はっはっは! すまんすまん!」
俺の目の前で反省の正座をしているライオンは、これっぽっちも反省した様子なく呵呵大笑していた。
一応ほかのメンツはちゃんと反省した顔をしているが……ま、ライオンはプライドの手前そういうのは無理か。色々世話になってるしそこは目を瞑ってやろう。……しかし!!
「すまんじゃねぇ! なんでやられたはずの役のフレンズが復活してんだよ! っつーかその前にお前ら! なんで味方同士で戦ってるんだよ!」
「なんか、武器持って振り回してたら、楽しくなっちゃって……」
「うん、不覚だった……。ごめんよ」
「チーターに教えてもらった『たて』っていうの? あれ、動作が少ないからさー、もうちょっと動けるよって思ったら、いつの間にか……」
「演技に集中しなさい!」
なんで演技の最中に『これもうちょっと動けるな』で同士討ちが始まるんだ……。しかもそれにほかの連中も普通に応じちゃってるんだ……。いやまぁ、フレンズの運動能力の限界を見誤ってたってのはあるけども。
……そもそもこの時点で脚本相当変えてるのに、この展開じゃもう原型全くないじゃないか。
ほんとは、最初は圧倒的な軍勢で絶対に勝てないっていう現実を前に、城の中での人間ドラマみたいなのをやるつもりだったんだよ。見たことないけど、大河ドラマってそういうもんかなって。動きも少ないし会話劇だからやれるかなと思ったんだが……。
そしたらフレンズの面々から『退屈』という有難い評価をいただいたから、さっきの感じにしたのに……あれでもまだ足りなかったというのか。
「わたしも、やられた後暇になってしまったからなぁ。みんなで騒いでいるし、今ならバレないかなと思った」
「バレるわ! ライオンの役どころ、けっこう目立ってたからな! やられた藩主が起き上がってチャンバラ合戦に参加ってどんなシュール展開だよ!」
あとライオンはそう言いつつ色々と話がめちゃくちゃになったからもう今更展開とか気にする必要ないだろみたいな判断のもと暴れてただろ絶対。俺には分かってるぞ。
く……最初のコンセプトはだいぶいい感じだったと思うんだが、まさかここまでグダるとは。フレンズのリクエストを聞いていてもカオス極まりなくなってしまいそうだが、だからといって俺の方でやりたい話を無理にやらせても、こんな風になってしまうんだなぁ……。
「でも、おれはすごく楽しかったぞ」
「ああ、そうだね。わたしも初めての経験だったけど面白かった」
「うんうん。またやってみたいよね~」
…………フレンズからの評判も上々なあたり、前回と似たような感じではあるんだが。
「確かにな。チーター、チベスナ。今日はありがとう。私からも改めて礼を言わせてもらおう」
「……………………まぁ、楽しんでくれたならいいけどよ」
そう言われちゃうと丸め込まれるしかない。
「ふふん。どういたしまして。もっと感謝してもいいと思いますよ」
「お前は基本的に何もしてねぇだろ」
あと、俺は最後手持無沙汰だからって俺の方に飛び掛かってきたことについてはまだ許してないからな。
「チーターが冷たいと思いますよ! さっき蹴ったのにまだ怒ってるのですか? もう許すといいと思いますよ」
「そりゃ怒るわ! どこの世界に手持無沙汰だからってカメラ持ってるヤツに飛び掛かる演者がいるんだよ!」
「まぁまぁ、今はそんなことより落ち着く方が先決だと思いますよ」
「お前が言うなぁ!!」
思わず、俺は吠えてしまう。
くっそ……ただでさえ夜中だから眠いというのに、エネルギーを消耗させないでくれよ……。
「まぁまぁ、落ち着いて。今日はもう遅い。二人とも夜行性ではないんだろう? わたしやツキノワグマは夜行性だし、オーロックス達は殆ど睡眠がいらないからいいが……早く寝ないと、明日に響くぞ」
「分かってるよ。はぁ……疲れた………………」
「チベスナさんなんて蹴られたんですよ」
「お前は自業自得だろうが!」
ついでに言うとちゃんと手加減もしたしな!
……なんてことを、その後もそこそこ言い合いつつ、草原の夜は更けていった。
二日目、二日目かぁ……。一日が長い。