畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一二話:城郭ショッピング

 というわけで、俺達はライオンの居室を出て、一階の売店へと向かうことにした。部屋を出て少し歩くと、階段の近くのところにツキノワグマが座っていた。どうやら俺達を待っていてくれたらしい。

 さっきチベスナが帰りに顔を出すって言ってたのに待っててくれるなんて、律儀だなぁ。いや、見張りの仕事がなさすぎて暇だった、という可能性の方がある気もするが……。

 

「あ! チーター、チベスナ!」

「また会いましたね」

 

 ツキノワグマは俺達のことを見つけると、さっと立ち上がって歩み寄ってくる。さっきまで持っていた肉球ハンマーはもうなくなっていた。多分臨戦態勢に入る必要がないからって解除したんだろうな……。…………ああいう武器って、俺でも出そうと思えば出せるんだろうか。

 と、駆け寄ったツキノワグマはライオンを見るなり首を傾げて、

 

「あれ? 大将も一緒ですか?」

「ああ。下にいろんなものが飾ってある場所があったろう。チーターとチベスナが、アレについて詳しいみたいでな。それについて教えてもらうことになったんだ」

 

 さっきまでと一転、声色を低くしたライオンはそう言ってあごをしゃくって俺達の方に視線を向ける。それを見たツキノワグマは納得したようにうなずいていた。まぁ、さっき俺達が売店で品物を物色しているところを見てたしな。

 

「なるほどー。じゃあ、私もお供しますね」

「そうしてくれていい。せっかくなら、城のフレンズ達全員に教えてやりたいからな」

「あ、でもオーロックスとアラビアオリックスはまだ城に来てないみたいですけど……チーターたちが先に来ちゃったらしいですし」

「大丈夫だ。そのうち二人も追いつくだろう。というか、既に城に来ている頃かもしれんぞ?」

 

 そう言って、ライオンは俺に目配せした。……分かってるっての。

 仲立ちしてくれるって言質とってるわけだし、別に逃げたりするつもりはない。それに、ツキノワグマの様子を見る限りじゃあ普通にちょっと話せば誤解もとけそうな感じだったしな。俺が気にしているのは、徹頭徹尾自分が抱えてる気まずさだ。

 

「そういえば、あの二人はまだピリピリしているんですかね。いつもああいう感じなら、合戦というのは大変だと思いますよ」

「んー、そうでもないよ?」

 

 どこか同情するようなチベスナ――まぁお前はいつでも気楽だしな――に、二人の同僚でもあるツキノワグマが首を横に振って否定する。

 チベスナは意外そうな表情をしているが、これは俺にとっても想定内の回答だった。さっきごっこ遊びって言ってたもんな。フレンズが常に緊張感を持ち続けられるわけがないという至極当たり前な推測をしていたこともあるが……。

 

「大体合戦は二週間に一回くらいのペースでやるんだ。で、合戦一週間前くらいになると、だんだんやる気が出てくるんだよね。まぁ、それでも基本縄張りの中には私達しか来ないから平気なんだけど……それだと暇でさぁ」

 

 ツキノワグマはそう言って肩を竦める。ああ、話が読めてきた気がする。確かにやる気があるのに何もないと暇になるよな。そしてそんな時に『やること』ができたら……。

 

「チーターたちみたいに知らないフレンズがやってくると、もう張り切っちゃって。たまーに城に連れてきて、大将に会わせては『仕事してやったー』ってね。まぁ、お蔭で私も外のフレンズとお喋りできて楽しいんだけどさ」

 

 ………………な、なんだこのゆるゆるさ加減は……。全体的にゆるすぎて思わず脱力してしまうぞ。

 んで、横でまじめそうな顔で頷いているライオンを見る限り、ツキノワグマの説明は間違いじゃないらしい。

 

「てことは、ツキノワグマもライオンも、基本ここから動かないのか?」

「そうだな。私はここを任されているし」

「私はたまに外に出たりもするけど、基本城の中かなー。広いしいろんなものがあるから楽しいよ?」

「たとえば?」

「滑り台とか…………」

 

 …………滑り台!?!?

 

の の の の の の

 

へいげん

 

一二話:城郭ショッピング

 

の の の の の の

 

 なんて一幕がありつつ、俺達は一階の売店まで来ていた。オーロックスとアラビアオリックスはまだ来ていない。とっくに着いててもおかしくない頃だから、ひょっとしたら城じゃないところとかも探しているのかもしれないな。

 

「しかし……こうしてみると、なかなかアレだな」

 

 売店の品ぞろえを見てみると、やはり遺棄されてからだいぶ経っているのか、そもそも品物の入っていない棚もそこそこある。特に食品関係についてはそれが顕著で、全くもって見られないという状態だった。これは、パークが放棄された直後くらいに品物のことを知っていたフレンズが勝手に食べてしまった、とかなんだろうか?

 まぁ、仮にあったとしても賞味期限切れてるだろうし……と思いつつ、俺は店内をじっくりと見回してみる。

 そういえば先ほど見たときには見落としていたが、どうもレジのところ、人が入れるようなスペースは確保されていないようだった。おそらくレジの無人化とかがなされているのだろう。さすがジャパリパーク。……実際、アプリ版時代の時点で西暦何年くらいだったのかは気になるな。

 超巨大総合動物園なんて作れる予算があるとか明らかに国営か、凄まじい大企業の力がないと無理だろうし。それで確かそこそこ繁盛してたって話だから、少なからず景気もよかったんだろうしな。

 

「チーター、これはいったいどんなアイテムか教えるといいと思いますよ!」

 

 と、過ぎ去った時代について思いを馳せていた俺に、チベスナが声をかけてくる。

 なんだなんだ……と振り返ってみると、チベスナは抱えるくらいの大きさのチーターのぬいぐるみを抱えていた。

 

「……それはぬいぐるみだな」

「ぬいぐるみ?」

「部屋に置いたりして、眺めて楽しむアイテムだ。俺達は使わないから戻してきなさい」

「えー……チベスナさんこれ欲しいと思いますよ」

「だめ!!」

 

 駄々をこねようとするチベスナにぴしゃりと言うと、チベスナはしょんぼりしながらぬいぐるみを元の場所に戻しに向かった。だってアイツ絶対に一日で飽きて、俺があのぬいぐるみを持って運ぶハメになるからな。目に浮かぶわその光景が。

 

「じゃあ、これは?」

 

 入れ違いに声をかけてきたのは、ツキノワグマだ。振り返ってみてみると、ツキノワグマはなんか見覚えのある鎧兜を持っていた。

 

「…………鎧兜だな」

「どうやって使うの?」

「…………多分、被る」

「被る? こう? …………おおー! すごーい!!」

 

 ツキノワグマは俺の指示通りに鎧兜を被って嬉しそうにする。…………これ、多分アニメでサーバルが囮になったときに使ってた鎧兜だよな。あれ、ここの売り物だったのか……。ていうか、なんで売店で鎧兜なんか売ってるんだよ。見た感じ安物っぽい材質だから多分ジョークグッズとかそういう系統なんだとは思うが、それにしたって……。木刀みたいなノリなのか?

 なんてことについて懊悩しているうちに、ツキノワグマは鎧兜を被ったままふらふらと物色に戻っていく。……重いならさっさと外した方がいいぞー。

 

「なぁチーター。それじゃあ、これはなんだ?」

 

 と、そこでライオンから声がかけられた。

 振り返ってみると、ライオンは棚から平原に生息している動物たちのイラストが描かれたティッシュペーパーの箱を取り出しているところだった。……おお、ティッシュか。

 

「それはティッシュって言ってな。見てろよ」

 

 ライオンからティッシュを受け取ると、俺は箱のふたを引っぺがす。

 

 がりっ、がりっ。

 

 …………………………フー、落ち着け、俺。そうだ、この手はまだ不器用なんだ。無策で挑んで勝てるほど、この難敵(ティッシュ)は甘くない。冷静に――――、

 

 ずぅ、と。

 俺は、人差し指に力を入れる。ちょうど、足の力を解放するような要領でだ。

 

「ちょ、チーター!?」

 

 俺の突然の戦闘態勢にライオンが思わず少し声を荒げるが、俺はそんなことは気にせず指に集中する。これは、一つのミスも許されない精密作業なのだ。

 立てた人差し指を、俺はおそるおそるティッシュ箱のふたに近づけていく。そして、俺の爪の先が蓋に触れるか触れないかというところで――すっ。

 指を軽く振り、そして力を緩める。

 

 ティッシュ箱を改めて見てみると、見事にふたの表面にけっこうな切り傷が刻まれていた。中のティッシュは……流石に無傷とはいかなかったが、これなら使える範疇だろう。

 ……そういえば、足以外を光らせるのは初めてだな。できそうだなと思ってやってみたけど、本当にここまで上手くいくとは。なんかこんなことでサンドスターの扱いが上手くなるのもそれはそれで複雑だが……。

 

「……さて、気を取り直して。ここのふたの部分をはがすと、中に白い塊が見えるだろう?」

「あ、ああ。…………キミ、けっこう負けず嫌いだね?」

「――続けるぞ」

 

 ぼそりと指摘されたことについては完全に無視し、俺は続ける。

 

「で、この白い塊――実は薄っぺらい紙が固まってできている。これを、うまくつまんで引っ張ってやると……」

 

 しゅっ、と。

 前世で数えきれないほどやってきたように、ティッシュが引っ張りだされる。

 

「紙が出てくるってわけだ。これを汚れを拭ったりするのに使う。あと、何かを包んだりするのにも使える」

 

 しゅっ、しゅっ、しゅっ。

 

「紙は色々と使い道があるから、色々試してみるのもいいかもしれないな……」

 

 しゅっ、しゅっ、しゅっ…………はっ!? 待て俺、今何をしてた!?

 我に返って下に視線を向けると、気付かないうちに何枚もティッシュを引っ張り出していたらしく、俺の足元にティッシュが何枚も散らばっていた。

 …………え、ええと、これは……。

 

「ほぉぉ~~…………面白いね、それ…………」

 

 ……ああ!? なんかライオンがものほしそうな眼でティッシュを見てる! ……ま、まさかネコ科動物の本能!? 俺はまたやってしまったというのか…………。

 

「チーターチーター、これならどうでしょう。これを持っていくのを認めるといいと、…………チーター、どうしたんです?」

「なんでもない……あとそれはダメな…………」

 

 膝を突いた俺は、顔を出したチベスナの持つゾウのぬいぐるみにボツを出すので精一杯だった。

 

 ……気を取り直して、ショッピング再開だ。

 ほどなくして立ち上がった俺は、もう一度店内を物色し始める。チベスナの方は放っておくとして、けっこう日用品類があることも分かったし、具体的にどんな商品があるか確認しておきたいところだが……。

 と、あたりを見渡していた俺は、レジの一部に目を惹かれた。

 より正確に言えば、レジ――その横に備えられていたものに、だ。

 

「買い物カゴと……ビニール袋か」

 

 アイテムにばかり気を取られていたが、そういえば荷物が増えればそれをまとめる為のものも必要になるよな。なんでもかんでもポケットに入れておくわけにもいかねぇし。

 流石に買い物カゴじゃかさばって持ち運びが面倒だし、ビニール袋は強度が心配だから…………とあたりを見渡してみると、やはりあった。

 

「トートバッグ。やっぱりあったな」

 

 チーターやライオンをはじめとした草原の動物たちが描かれた、可愛らしいデザインのトートバッグだ。買い物かばんと言った方がいいのかもしれないが、そういう言い方するとかばんと被ってなんか据わりが悪いので……トートバッグ。

 大きさは大体三〇×四〇センチほど。肩から提げるのにちょうどいいサイズだ。

 

「おお!? チーター、なんですそれ!?」

「トートバッグだな。いろんなものを入れられる」

「そ、それさえあれば、チベスナさんが今しがた見つけたシマウマのぬいぐるみも……!!」

「だからぬいぐるみはダメだっつってんだろ」

 

 なんで執拗にぬいぐるみを持っていこうとするんだお前は。旅とか撮影に役立ちそうなものを持って来いよ、まったく……。

 まぁなんにしても。

 

「これでだいぶ旅が楽になる。いいもん見つけたな、」

「見つけたぞぉ!!」

 

 俺が破顔一笑して肩から力を抜いた、ちょうどその瞬間だった。

 背後から、恨みがましささえ感じさせる怒声が響いてきた。

 思わず固い動作で振り返ると、そこには息を切らして、肩を怒らせた二人のフレンズの姿が。

 そのうちの一人、オーロックスの方は、泣きそうな表情をしてこう言った。

 

「いきなり走って置いていくなんて、ひどいじゃないかぁ!!」

 

 …………うん。そのことについては、ほんとにごめん。反省してます。




オーロックスとアラビアオリックスの二人も相当純粋で心優しい子で、この子達がスパイ疑惑だからってかばんやサーバルに攻撃とかするはずないよな……と思ったところから今回のお話が膨らみました。

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