畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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へいげん
一話:其は最速の女王


 宗教がどんなものかは日本人的無宗教者だった俺には知るよしもないが、しかし宗教的な価値観から見れば、俺という人間が相当ひどい人間だった自覚はある。

 

 まぁ、悪人ってわけじゃあないつもりではあった。殺しも盗みもしたことはない。電車に乗っているときに目の前にもの言いたげな目をしている老人がいれば、しぶしぶ席を譲る程度には善行もしてきたと思う。

 だが、神だか仏だかの教えは常に鼻で笑っていたし、先祖や親兄弟を敬ったり愛したりしたことは終ぞなかったし、現状への不平不満愚痴など日常茶飯事、お世辞にも人間的に良い奴とは言えなかった。

 だからこうなったとき、やはり自分の身の上に不平や不満を思い浮かべることはあったとしても、別段理不尽な、とは思わなかった。

 

 ただ――

 

 

 死んだと思ったら畜生からリスタートってどういうことだよファッキンゴッド!! いやファッキンブッダ!?

 

 

 ――という超常存在への怒りだけは、旺盛に備えていた。

 

 輪廻転生、という概念がある。

 死んだ人間がまたこの世に生を受ける現象のことだ。が、原典をもうちょっと詳しく紐解くと、そんなに都合の良い話でもないことが分かるわけで。

 人間は必ずしも人間に生まれ変わることができるわけではない。

 生前の行いが悪ければ、人間以外の生き物に転生してしまうことだって、もちろんあるのである。

 

 そう、たとえば――――チーターとかね。

 

の の の の の の

 

へいげん

 

一話:其は最速の女王

 

の の の の の の

 

 ところで、人から動物に転生した場合、一番最初に気になることが一つあると思う。

 

 それは、『脳の容量が小さすぎて自我が保てないんじゃないの?』という疑問。

 人間の脳というのは偉大なもので、それはもう途轍もなく多くの機能を有しているわけだ。記憶だけでも確か一〇〇年以上は入る計算だった気がする。翻って獣の脳は人間に比べれば非常に小さく、蓄えられる知識や記憶なんかもはるかに少ない――――というイメージがある。イメージ、あくまでイメージだ。俺は脳医学者じゃないからな。

 

 ちなみに、これについての答えはYES。しかし部分的にはNO、だった。

 

 たとえば、俺はチーターに転生した。

 確かにチーターの脳は人間に比べると小さい。確か脳化指数っていうのがあって、カラスが人間をはじめとした霊長類の次ぐらいに高かったのは覚えてる。猫の数値は…………覚えてないけど低かったのは間違いない。つまり同じネコ科のチーターの脳化指数もしょぼいのは当然の帰結だ。

 ともかく、脳化指数が低いということは脳の機能も低いってことで、事実転生した俺の脳は人間だった頃の記憶全てを受け入れることなど土台不可能だった。

 しかし、それはあくまで科学的見地のみを考慮に入れたときの話。そもそも転生なんてのは科学的じゃあない。科学的じゃあない方法で移された俺の記憶はもちろん容量オーバーでいずれほぼ消え失せる運命にあっただろうが、それでも少しばかりの猶予は残されていたわけだ。

 

 もっとも、猶予があったとはいえ、それは逆に言えば『自我』が死んでいくのをただ体感していくだけというまさしく『生き地獄』の提供でしかなかったのだが。要するに、俺は転生したはいいものの、自分が消えていくのを実感しながら絶望を味わう羽目になったのである。

 これはもうどうしようもないと諦めの境地に辿り着いた俺は、自我が徐々に薄れていく絶望の中、せめて知的生命体の矜持として自分を保っていられる間に自決しようかと本気で検討していた。

 

 だがここで、奇跡が起きた。

 

 サンドスター。

 

 俺は『それ』の洗礼を浴びることに成功したのだった。生後一日、親チーターが狩りに出ていた間の奇跡である。

 サンドスターを浴びた俺は、そのまま女性の姿になり――そしてこうして、フレンズとして生前の記憶を保持したまま、今に至るわけである。

 

 …………そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 

 突然非現実的な用語が――いや、転生とか言っている時点で今更だが――出てきたが、つまりはそういうこと。

 俺は今、チーターのフレンズになっている。

 つまり、此処はフレンズになる為に必要な物質『サンドスター』が存在する土地である。

 つまり、此処はジャパリパークである。

 

 結論。

 俺は『けものフレンズ』の世界に転生した。

 

 

「ま、マジなのか……マジで転生しちゃったのか……」

 

 そこまで思考を進めて、俺は呆然として呟いた。やはり声は女の子のそれである。

 

 現在地点はなんかよく分からん原っぱの隅。このまま巣にいると戻ってきた母チーターに捕食されちゃうかもナーってことで、可及的速やかに逃げ出してきたのだ。何が悲しくてマミーと骨肉の争いをせにゃならんのだという話である。

 

 ちなみに、自分がチーターに転生したことに気付いたのは、隣で転がってたブラザーアンドシスターが前に見たチーターの赤ん坊の写真と酷似していたからだ。チーターはほかのネコ科よりも目が上の方についていて、幼獣は襟首の毛が青灰色になっているからな。あと、目頭から下に伸びる黒い模様も特徴だ。……けもフレにハマって動物調べててよかった。

 ……まぁ、それでも俺がたまたまチーターの赤ん坊のすぐ傍に女の子になって異世界トリップしただけであってけものフレンズの世界に転生したと考えるのは早計かもしれないが…………いや、流石にここまで色々と符合してたら早計もクソもないか。そこまでいったら仮に違ったとしても紛らわしい世界に転生させた神だか仏だかが悪い。

 

「………………し、信じられない、が……」

 

 俺は呟きながら、持ち上げた自分の掌を見下ろす。

 白と黄、それから斑点模様――明らかにチーターのそれを意匠として用いたドレスグローブに包まれた腕は、やはりほっそりと女性的な曲線を描いていた。

 今俺にとって直近の大問題といえば、それ――即ち、自分の身体についてのことだった。

 俺はごく普通の成人男性だったのだ。それが、今となっては多分高校生か大学生くらいの年代の女の子。肉体のギャップたるや凄まじいものだ。いやチーターに比べればまだマシだけど喉元過ぎれば熱さ忘れるというわけでそれはそれなのである。

 

「…………本物だ。幻覚じゃない、マジモンなのか……」

 

 呟きながら視線を走らせていると、ふと視界の端に道路標識らしきものの残骸が目に入った。

 

 そこにとりつけられた鏡――その中にいる少女と、目が合う。

 少女を見ながら俺が瞬きすると、それに連動するように、目の前の少女も信じられないようなものを見た顔でこちらを見返して、ぱちくりと瞬きした。

 つまり、『彼女』が『今の俺』の姿だった。

 

 見目は良い。

 記憶してる限りではネコ科のフレンズには珍しい長髪。毛先の茶色い金髪は、ネコ科の特徴が反映されているのか鋭い目つきと合わせて、なんだかヤンキー的なガラの悪さを感じさせる。

 しかしそんな印象を上書きするように、可愛らしい衣装を身に纏っていた。俺が。

 ネコ科のフレンズの標準装備らしい、白いブラウスに、模様柄(斑点模様だ)のネクタイ。同じ柄のミニスカート、ドレスグローブ、ニーハイソックス、そしてブーツ。

 服装としては奇抜なはずなのだが、それがコスプレのような『浮いた』装飾にならない不思議な自然さ。

 

 ごく一般的な成人男性だった俺としては文句のつけどころがない美少女、いやさ美女である。

 

「…………いや待て、そこはもうこの際どうでもいいだろ!」

 

 自分の身体のことについて色々と思索を巡らせていたところで、俺はふと我に返った。

 

 そうだよそうだ、こんなことしてる場合じゃない。それもこんな草原のど真ん中で!

 ジャパリパークの掟は、自分の身は自分で守ること。

 この世界は、意外とシビアな環境なのだ。

 アニメでも何気にアードウルフとかセルリアンに食われてたからな。けものフレンズは優しい世界のように見えるが、意外と厳しい世界だと俺は思う。かばんを助けに皆が集合したのもボスが応援を呼んだからで、ボスがそこまで動いたのはかばんがヒトのフレンズだからだしな。

 仮に俺がセルリアンに食われても、誰も助けに来ずそして今度こそ自我消滅。ジャパリパークの掟は『自分の身は自分で守ること』っていうカバの姉貴の警句が身にしみるぜ……。

 

 だから、そうならないようにしないといけない。

 その為にはまずは身体の動かし方を覚えなくちゃいけないんじゃないかと、俺は思うわけだ。

 野性解放は……ある程度の経験を持ったフレンズならできそうだけど、サーバルは使える様子なかったし……まぁまずはフレンズの技くらいは使えるようになりたい。

 

 しかし問題は、どうやってその使い方を覚えるか、だなぁ……。くそう、アプリ版にチーターとか登場してたのかな? 動画サイトに上げられてたアプリ版のストーリー動画、『俺が好きなのはアニメ版だし』とか妙なこだわりを見せずにちゃんと見ておくんだった……。

 ええい、今から後悔しても仕方ない。

 とりあえず周りはだだっ広い平原なんだし、セルリアンがいればすぐ気づけるはず。それに今の俺はチーターのフレンズなわけだし、もしセルリアンと出くわしてもすぐに走って逃げられる。たぶん! そのためにまずは――。

 

「…………今の俺に、何ができるのか。まずはそこから、知る必要があるな」

 

 敵を知るのも重要だが、まずは己を知らないとな。

 

の の の の の の

 

 フレンズというのは、元となった動物の特徴を擬人化した存在……らしい。

 『元となった動物を』ではなく『元となった動物の特徴を』なのは、生後一日の子猫だった俺が妙齢の女性になっていることからしておそらく間違いない。

 では、チーターの特徴とは何か。

 それはおそらく、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。

 

 『脚』だ。

 

 卓越した脚力からくる、高速移動。幼稚園児とか小学校低学年の子供に聞けば、早いものの代名詞は新幹線と並んでトップを争うんじゃなかろうか。次点でハヤブサか。

 ともかく、チーターのフレンズとなった今、おそらくフレンズとしての最大の強みは、脚力になっている――というのは、おそらくそう外した推理ではない。

 というわけで俺は、フレンズとしての能力を確かめる実験と題して、いくつか脚を使ったテストを行うことにした。

 

 まず一つ目。

 

「……ふぅー」

 

 五〇メートル走。

 

「………………いや五〇メートル分からんがな!」

 

 ……誰もいないところでノリツッコミって、すごい悲しい気持ちになるな。

 

 しかし実際のところ、こんな何もない平原で五〇メートルを測れとかムリゲーもいいところなので、これは企画倒れになった。しょうがなく、『大体五〇メートルだと思うくらいの距離』走をすることにする。

 なんたるアバウト……これがフレンズ流なのだろうか。いや、そもそも時間を測るのも無理だし、そういう意味では最初からゆるゆるコンセプトだったか。約束された敗北である。他のフレンズ達も案外こんな感じで、アニメみたいなゆるゆるした雰囲気になっているんだろうか……。

 

 ともあれ、気を取り直して計測だ。

 よく考えてみたら今の俺の目的はフレンズとしての強みである『脚』のスペックを確認することだからな。別に詳細な数値とかはどうでもいい。だから細かいことは気にしない気にしない。

 

「よーい……」

 

 なんとなく言いながら、俺はクラウチングスタートの態勢をとる。なんかこうしていると、学生時代の体力測定を思い出す。あまり運動が得意な方ではなかったが――、

 

「…………どん!」

 

 ――――その瞬間、俺は風を置き去りにした。

 

「うおォォおおおおおおおお!?」

 

 周囲の景色が目まぐるしく変わっていく。

 しかしそれ以上に異様なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点だ。

 高速で後ろに流れていく草花、その先に留まっていた虫が、突如迫ってくる風に驚いて飛び立つ瞬間――そんな光景を、俺は走りながらにしてまるで高性能カメラのようにしっかりと目に焼き付けることができていた。

 

 俺の世界は、この疾さに追いつける。

 

 ……なんかちょっとカッコつけた言い回しだが、カッコつけたくもなるというものだろう。けものフレンズってほのぼのした世界観だよな? バトルしまくりな世界観じゃないよな? と思わず言いたくなるレベルで――『強い』。

 人間を超えた脚力。人間を超えた速度。そしてそれに振り回されない認識能力。――世界が拡張される感覚。

 ある種の全能感が、全身を支配しそうになる。速い、そして強いぞ、(チーター)

 

「……はっ、いかんいかん。落ち着け俺」

 

 調子に乗って何本かの『五〇メートルくらい走』を終えたところで、俺は思考と肉体に同時にブレーキをかけた。急速に世界が鈍くなり、やがて元のそれに戻っていく。

 

「はぁ、はぁ……はぁ…………はぁ」

 

 そこで初めて、俺は自分の息が相当上がっていることに気づいた。

 そういえば、チーターの弱点はそこだったな……。

 チーターは確かに陸上最速の動物と言われている。しかし、その最速は短距離限定。狩りの射程は精々数百メートルだったとかなんとか。ガキの頃に動物園のパネルで見た情報だが。

 つまり、調子こいて走り回っていたら、いざってときにひどい疲労が俺を襲うってことだ。うわー……怖い。高速移動は凄まじいが諸刃の剣。覚えておこう……。

 

「…………さて」

 

 しばらく休んでいると、なんだか体もだいぶ楽になってきたので、俺は次なる実験に踏み出した。

 第二の実験――それはキック力である。

 

 ちょっと聞いただけでは、チーターからキック力に行き着くのが理解できないかもしれない。だが、考えてもみてほしい。とても素早く移動できる脚力があるということは、すなわちそれだけ地面を蹴るキック力があるということではないだろうか?

 ゲームじゃパワーとスピードは別々に比較されるが、現実的に考えればパワーもスピードも筋力で生み出されているわけで。必然的に脚力があるということはキック力があるということにもつながると思うのだ。

 

 というわけで、俺の目の前には今、立ち枯れしたと思しき木が一本ある。

 確かビーバーだかプレーリーが木を簡単に伐採してたし、それを考えると生木でもキックでへし折れそうな気がするが、まぁ最初から試すのはちょっと怖いし……。枯れ木なら、万一固くても足が折れたりはしなさそうだからな。

 

「ふっ、ふっ……」

 

 俺は小刻みにステップを踏みながら、目の前の木との間合いを確認していく。

 すらっとした脚の長さは、生前の俺と比べてもあまり差はないように感じた。……目線の高さはけっこう低くなっているから、この体の足の長さたるや。普通にモデル体型だ。

 さ、て、ここでっ……!

 

「ッラァァあああッ!!」

 

 裂帛の気合いを込めて、俺は目の前の枯れ木に蹴りを叩き込んだ。

 ――――無音。

 思い切り振りきった俺の脚は、そのまま一回転して元の位置に戻った。

 

「……ととっ?」

 

 思わずよろめきながら、目の前の枯れ木を見る。

 何も変わった様子はない。

 …………あれれ? もしかして目測を見誤った? 蹴り失敗するとか格好悪……いやそもそも、目測を誤ってるってことはつまり体の感覚を掴めてなかったってことで。

 危なかった……本番でそんなことになってたら、ひどい目に遭うじゃすまされなかった。

 そう思いながら、俺は体の感覚をただす意味も込めて、目の前の枯れ木を足で軽く蹴ってみる。

 その拍子に。

 

 ずずん…………と。

 

 蹴った拍子に、まるで達磨落としの一番上を崩したときみたいに、目の前の枯れ木の上半分が()()()

 

「…………え?」

 

 いや、え?

 思わず、俺はきょとんとしてしまった。

 なんだこれ……え、斬れてた? しかもこの断面の形、多分俺の蹴りで斬れてる感じだよな…………ま、マジかよ。

 

「……そりゃ! おらァあッ!」

 

 試しに、さっきほどじゃないにしても力を込めて、目の前の木を蹴ってみる。すると、アニメでも見た光の粒子の尾を引きながら、俺の脚が発光していた。そして、その蹴りを受けた目の前の枯れ木がそのたびに切り裂かれていた。

 これ多分、さっき走るときもこんな感じだったんだろうな……。フレンズの技、こういう感じで使うのね。

 っていうか、蹴りでものが斬れるとか、まるきり漫画の世界じゃん……。

 

「…………すげーな、大型肉食獣……」

 

 こんなのがわんさかいるわけだ、このジャパリパークには。

 そう考えると、なかなかに空恐ろしいものがあるが…………あんまり危機感が沸いてこないのが、フレンズの凄いところというべきか残念なところというべきか……。

 ともかく、スピードに加えてこれほどのパワー。野生解放していないにも関わらずこれだから、身の安全を確保するという意味では十分といえるだろう。

 

 目の前でバラバラになっている枯れ木を見て、俺は静かに思う。

 

 ()()()()()()()、と。

 

の の の の の の

 

 実は、自分がジャパリパークに転生したと気づいてから、俺には静かな野望があった。

 

 大それた欲望というわけではない。誰にも迷惑はかからないし、であればこそ、俺の目的は誰にも邪魔されない。ただ、それには一つ問題があった。自分自身の持つ力だ。これが弱くては話にならない。

 

 何せ()()は、セルリアンとかの危険がいっぱいだからな。

 

 そう。

 

 俺の野望とは、このジャパリパークを旅して回ることだった。

 

 ジャパリパーク。

 その掟は、自分の身は自分で守ること。確かに、危険は存在している。セルリアンに食われたら精神的には死あるのみだしな。

 でも一方で、それは元の世界でも同じことなのではないかと思うのだ。信号ルールを守らなければ最悪死ぬし、準備もせずに山の方へ勝手に歩いていけば最悪死ぬ。

 セルリアンもそれと同じことだと考えれば、別段この世界が格別に厳しいというわけではないと思うのだ。

 そして、だとするならば。

 

 ――――この世界は、控えめに言って楽園だ。

 

 『俺』の最期は、轢死だった。電車じゃない。コンビニから出たら、とち狂ったワゴンに突っ込まれたのだ。

 逃れようがなかった。アクセルを思いっ切り踏み込んでたのか、高速で轢かれた俺はそのまま宙を舞って……その後の記憶はないから、今が死に際の妄想とかでない限り、俺はあそこで死んだのだろう。

 つまらない人生だった。

 朝起きて、電車に乗って売店で朝飯を買って食って、会社で定時すぎまで働き、電車に乗って帰り、最寄り駅近くのコンビニで飯を買い、家に帰って、飯を食い、風呂に入り、ネットやアニメをチェックしたら寝る。

 そこに何の展望もなく、俺はただ日々課せられたノルマをこなすだけ。

 勿論余暇はあったし、アニメも面白い物はいっぱいあった。事実けものフレンズとも出会ったりしたわけだが、幼い頃に夢想したような人生は、もう俺の手の届かないところに行ってしまっていた。

 

 だが今、俺の手の中には幼い頃夢見て、そしていつの間にかどこかに落としていた人生が、ある。

 

 この世界は、息苦しくない。

 やらなきゃいけないことなんてないし、何かを取り繕う必要もない。この世界の住民はありのままの俺を受け入れてくれる。

 何にも煩わされることなく、この広い世界で、のびのびと生きていくことができる。

 

 住み心地だってきっと悪くない。

 食べ物には不自由しないし、文明も、温泉や遺跡などの施設を考える限り、おそらく普通のテーマパークレベルのものなら揃っているし、まだ生きているはずだ。

 危険が唯一のネックだったが、これだけできるなら問題ないだろう。

 

 俺は、けものフレンズという作品が好きだ。

 より正確には、素朴な人柄のフレンズという存在が集まったジャパリパークというゆるーい世界観が好きだ。

 そんなジャパリパークに転生したのだ。危険に対して自衛する術を持っていると分かった以上、変に身構えたり、絶望するよりまず、この世界を見て回って、色んなことを体験してみたいのだ。

 

 ……そうそう。子どもの頃は、冒険家になりたかったんだっけ。

 

「……さて、行くか」

 

 ほかにも色んなフレンズに会ってみたいし、ジャパリまんも食べてみたいし、ジャパリパークのアトラクションも遊んでみたいし、まだ語られていなかった世界の謎とやらも調べてみたいし、PPPのライブも見てみたいし――とにかく俺は、人生を、いや()()()()()を心の底から楽しんでみたい。

 そんな、我ながら畜生に輪廻転生したのも納得な我欲に突き動かされ、俺は歩を進める。

 

 だが、俺を転生させた神だか仏だかよ、見ているか。

 

 畜生道からごきげんよう。

 

 転生(おく)る世界を、間違えたな!




けものフレンズが大好きで、何か二次創作やりたい(短編ならもう書いたけど)と思っていたら『TS転生させちゃいなよ』と囁く心の声が聞こえたので、耳を傾けてみました。最後までお付き合いいただければ幸いです。
好きなフレンズはチベスナです。アニメ登場フレンズならカバ姉貴とヘラジカ様。

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