逆行ハリー、ぼくのかんがえたりそうのせかい   作:うどん屋のジョーカー

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ハリー・ポッターと時の記憶
プロローグ


 ヴォルデモート卿が滅んだ戦いから、二十五年の月日が経った。

 全く何も起きないというわけでないが、闇の帝王が存在していた頃に比べると魔法界は随分平和になっている。英雄ハリー・ポッターも、赤ん坊の頃から背負っていた重荷をおろし、平凡だが穏やかな日々を愛する家族と送る……はずだった。

 時刻は夜の九時に迫っていた。

 上の方で、ジニーとロンが言い争う声が聞こえる。

 ハリーはリビングのソファで新聞を読んでいた。やがて下に降りてくるだろう不機嫌な妻に、どう対応しようかと考えると気が滅入った。

 一か月前から、親友のロンはハリーの家の客間で暮らしていた。

 というのも、ハーマイオニーと離婚一歩手前の大喧嘩をしたからだ。

 これまでも二人が喧嘩をして、ロンがハリーの家に逃げてくることはよくあった。

 だが二、三日もすれば、ハーマイオニーがロンを迎えに来て、お互い悪かったと謝り合い、熱いキスを交わして去っていく。これまではそれで片付いた、けれど今回はやけに長引いている。

 今回もハーマイオニーはロンが家出して五日目で迎えに来たものの、ロンが意地を張って帰ろうとしなかった。それから二回、ハーマイオニーは出直してきたがロンは一歩も譲らない。とうとうハーマイオニーも愛想を尽かして「なら好きにして!」と言い捨て去ってしまった。

 一月も長引いた二人の喧嘩のきっかけを、簡単に説明するとこうだ。

 ホグワーツが夏休みに入ったので、子どもたちを迎えるためポッター夫妻とウィーズリー夫妻は九と四分の三番線に来ていた。

 すると、汽車から降りてくる子どもの群れの中に、ロンがあるものを見つけた。ローズ・ウィーズリーがスコーピウス・マルフォイと別れのディープキスを交わしている姿を。

 ロンは激怒してスコーピウスを殴り、それだけじゃ満足せず、糞爆弾を持ってマルフォイ邸に乗り込もうとしていた。

 ローズはボーイフレンドに対する父親の態度が我慢ならないと怒って、親子の口論が始まり、ハーマイオニーがローズの肩を持ったことでロンの不満が爆発し、いつもの夫婦喧嘩も加わって事態は深刻なものになっていった。

 ロンがハリーの家に逃げてきたとき、ジニーが今回はロンを家に泊めるわけにはいかないと怒っていたが、ハリーは困っている親友を放っておけなかった。

 これで今度はハリーとジニーの仲が拗れてしまった。

 日頃、ジニーは自分の意志を明確に表示するタイプだった。ただ、ハリーに関しては別だ。

 憧れが恋になったジニーは、ハリーに不満を感じても、ハリーを否定する言葉を言うことはあまりない。その代り、抑え込んだ感情を目に宿して責めるように見つめてくるのだ。

 ハリーが「言いたいことがあるなら言ってくれ」というと、怒ったような顔になるが「別に何もない」と返ってくるのが常だった。

 そういう訳でまともな話し合いが出来ることもなく、ハリーとジニーは互いのフラストレーションが溜まっていくばっかりだった。

 どうしたものか、とハリーは白髪交じりの頭を頼りなく振った。精神的な理由なのか、体質なのかは分からないが、三十歳を過ぎてからハリーの髪に白髪が増え始め、今は髪の四割近くが白くなっていた。

 老け込んだ外見の所為で益々疲労感が増している。ハリーがため息を零したとき、長男がリビングに入ってきた。

 こげ茶色の短髪で青い目をしているが、それら以外はハリーの父親の容姿とよく似ていた。クィディッチで鍛えられた逞しく健康的な身体をしている。

「母さんと伯父さん、まだやってるねぇ」

 天井を見上げながらニヤリとジェームズが笑った。

「ジェームズ、今回はお前も悪ノリしすぎたんだ。反省しているのか?」

 ハリーは読んでいた新聞を畳み、ジェームズを見上げる。

 ロンが糞爆弾を土産にマルフォイ邸に乗り込もうとしたとき、ジェームズもそれに便乗しようとしていたのだ。しかも、糞爆弾を持って行けと焚きつけたのも彼だった。

「あんなの単なる冗談だよ。糞爆弾で人が死ぬわけじゃあるまいし」

「ジェームズ、もう学生は卒業したんだ。夏が終わればお前はグリンゴッツの銀行員だぞ。もっと行動に慎みを持て」

 ハリーの言葉にジェームズが眉間を寄せた。

「銀行員だなんて、そんな硬い言い方しないでよ。ゾッとする。僕がやるのはトレジャーハンター。冒険家だ。あーあ、父さんたちの時代なら、闇祓いになるか不死鳥の騎士団に入って、ヴォルデモートや死喰い人と戦ったりして楽しかっただろうに。いっそ革命派にでも」

「ジェームズ!」

 ハリーの剣幕にジェームズの肩がびくりと跳ねた。

「冗談だってば、父さん」

「冗談でもそんなことを言うんじゃない。お前は戦争がどれほど恐ろしいか分かっていないんだ。あのときは生まれてもなかったんだから」

「まあね」

 ジェームズは父の叱責にちっとも堪えていないようだった。

 ハリーは再びため息をつく。

 足音がした。誰かが下に降りてくるらしい。

 とうとうジニーが来るか、とハリーは身構えたが、リビングに入ってきたのはアルバスだった。

 ホグワーツに入りたての頃は昔のハリーと瓜二つだったが、身長はハリーよりも高くなり、肩付近まで伸びた髪をサイドを残して後ろで結んでいた。何度も注意しているのに、猫背は直っていない。

 キッチンに用があるらしく、その方向に向かって歩いていた。しかし通路に立っているジェームズを見て立ち止まり、じろりと睨みつける。

「邪魔」

「なんだよ、根暗スリザリン」

 アルバスの陰鬱な視線に、ジェームズが挑戦的に応える。

「うっぜーな」

 アルバスが顔を背けて小さく呟いた。

「はぁ? なんか言ったか? 声が小さくて聞こえないな」

「ジェームズ、やめろ」

「本当に馬鹿だなって言ったんだよ」

「アルバス……!」

 ハリーは立ち上がって二人に近寄ったが、すでに睨み合いが始まっていた。

「おい、馬鹿はそっちだろ。いつまでもウジウジしてるんだ? もう五年もホグワーツにいるくせに、死ぬまで組み分けを引きずるつもりかよ」

「さっき根暗スリザリンって言ったじゃないか!」

「お前が根暗なのは事実だろ。陽気なスリザリン生に申し訳ないね。大体な、父さんのことなんて僕はお前より前から言われてたんだぞ」

「ジェームズはグリフィンドールだから分からないんだ」

 いくらハリーがやめろと言っても、二人の言い争いはヒートアップしていく一方だった。その上、ジェームズがアルバスの言い分が気に食わなかったらしく、さらに弟に詰め寄りはじめる。

「そんなの関係ないね。シリウス・ブラックだって似たような組み分け結果だったのに虐められなかっただろ。そりゃあ最初はみんなお前がポッター家の子供だとか、それなのにスリザリンだとかを気にしてただろうさ。だけど今、お前が嫌われ者になってるのはお前が根暗だからだよ」

「何も知らないくせに!」

「何を知らないって?」

「何もかもだ!」

 二人が同時に杖を出した。

「そこまでだ! いい加減にしろ、ジェームズ、アルバス」

 杖を突きつけ合う両者の間に割り込んで、ハリーはそれぞれを厳しい目で制した。

 ジェームズはハリーが視界に入ると杖を下ろしたが、アルバスは未だに怒りに燃える目でジェームズを睨んでいた。

「アルバス・セブルス・ポッター、杖を下ろすんだ」

 ハリーは低い声でアルバスに言った。

 するとアルバスが勢いよくハリーを見た。

「こんな名前、嫌いだ」

 何かを返す間もなく、アルバスは反転して乱暴な足取りで来た道を戻って行った。すると、進行方向にある階段から慌てた様子でリリーが降りてくるところだった。蜂蜜色のショートヘアが頭の横で揺れている。目は琥珀色だったが、ハリーの母親の遺伝が強い顔立ちで今は心配そうな表情をしていた。

 リリーはアルバスを見つけると、急いで駆け寄った。

「どうしたの、アル。またジェームズと何かあったの?」

「うるさいな、構って来るなよ」

 アルバスは心配そうに近づくリリーに眉間を寄せて、不機嫌な声で突き放した。

「ハッ、妹に八つ当たりかよ! 弱虫アルバス!」

 ジェームズの言葉にリリーの眉がつり上がる。

「ジェームズ! そんな言い方やめなさいよ!」

 庇うリリーを無視して、アルバスは階段を駆け上がっていった。

「あ、待って。アル!」

 リリーもその後を追いかけ、二人の足音が小さくなっていくと、リビングには再び静けさが訪れた。

 ハリーは、痛んできた頭を押さえてジェームズに向き合う。さきほどまで弟と殺し合い寸前の喧嘩をしたとは思えないほど、ケロリとした顔をしていた。

「どうしてアルバスと仲良く出来ないんだ。昔も喧嘩はしていたけど、それほど仲は悪くなかっただろう」

「あいつが仲良くしようとしないんだ。自分の世界に閉じこもってさ、勝手に敵を作ってる。何か言うならアルバスに言いなよ」

 ジェームズは肩を竦めて、リビングのテレビをつけた。

「あーあ、今どきテレビなんて古臭いよな。なんで魔法界の流行ってマグルよりずっと遅いんだろう。スマホを持ってるマグルだってもういないって言うのに」

 ソファにふんぞり返ってチャンネルを弄りながらぼやくジェームズを置いて、ハリーはリビングを出た。ちょうど、ジニーが上から降りてくるところだった。

「下で子供たちが騒いでいた?」

「ジェームズとアルバスがぶつかったんだ」

 腰に手を当ててジニーが溜息をついた。

「最近、アルバスはますますピリピリしてきたと思わない?」

「精神的に自立しようとしているんだろう。僕もあの年頃はあんな感じだった」

 そう言いながら、ハリーは玄関に掛けてあったコートを羽織る。

「僕、ちょっと出かけてくるよ」

 するとジニーが眉間を寄せた。どうやら、ハリーが出かけることをよく思っていないようだ。

「何か、話すことがあった?」

 ハリーが動きを止めてジニーを見ると、ジニーは曖昧な笑みを浮かべた。

「いいえ……行ってらっしゃい。あんまり遅くならないでね」

 滑るように頬にキスをすると、ジニーはリビングに消えた。

 ハリーは数秒玄関に突っ立っていたが、やがてリビングから聞こえるジニーとジェームズの声を背に家を出た。

「ハーマイオニー?」

 ハリーがダイアゴン横丁の酒場に行くと、カウンター席に見覚えのある背中があった。

「あら、あなたも来てたのね」

 飲みかけていたジョッキを置いて、ハーマイオニーが微笑んだ。疲れた顔をしている。

「鼻の下に泡が付いてるよ」

 小さく笑って指摘すると、ハーマイオニーは慌てて鼻の下を拭った。こういうところは、学生の頃と変わっていない。

 ハリーはハーマイオニーの隣に座って、バーテンダーに「彼女と同じものを」と注文した。

 バーテンダーが去ってしばらく二人は無言だった。

「ロンの様子はどう? あの人、その」

 ハーマイオニーが思い切ったように切り出した。

「うーん、まだそっちに戻る気はないみたい」

 その答えに、ハーマイオニーは力なく「そう」と言ってジョッキを傾けた。

 ハリーの前に、ジョッキが置かれた。蜂蜜色の液体の上に、分厚い泡がのっている。お金を払って、ジョッキに口を付けた途端、ハリーは笑いそうになった。

「これ、バタービール?」

 液体を飲み込みながらハリーはとうとう笑う。ハーマイオニーも笑った。

「ええ、そう。お酒を飲みたいけど、酔っちゃいけない気がして」

「ああ、そう言えば、ウィンキーって屋敷しもべ妖精のことを覚えてる? 元はクラウチのところの屋敷しもべ妖精だったけど、ホグワーツで働くようになってさ。バタービールでべろべろになってた」

「ええ」

 ハーマイオニーは少しばつが悪そうな笑みを浮かべた。

「ああ、あの頃の君は屋敷しもべ妖精に熱心だったよね」

「まあ! ハリー。私は今も、彼らの境遇に関して考えることを止めてないわ。あの頃の私が浅はかだったのは、彼らの歴史背景を詳しく知ろうともせずに、目の前にあることだけで物事を判断していたことよ」

「それじゃあ君、まだ SPEW の活動をしてるの?」

「 S 、 P 、 E 、 W 、よ。反吐じゃないわ。ちなみにあなたはまだ会員ですからね」

「へっ」

 目を瞬かせるハリーに対して、ハーマイオニーが有無を言わさぬ笑みを見せた。

 思わずハリーは吹き出した。

 ハーマイオニーもつられたように笑い出す。二人は顔を見合わせて大笑いした。目の端に涙が滲み出し、頬が痛んだ。ハリーはこんなに大笑いしたのは久々な気がした。

 だが、ハーマイオニーの笑顔がだんだん小さくなっていった。笑顔が消えると、ハーマイオニーは俯く。

「私……もうダメかもしれない」

「ハーマイオニー!」

 ハリーが驚いてその名を呼ぶが、ハーマイオニーは小さく頭を振って顔を上げる。その表情は少し悲しみもあったが、それよりも穏やかさの方が勝っていた。逆にその穏やかさに、ハーマイオニーがロンのことを振り切ったような清々しさも感じて不安になる。

「いいえ、もうたぶん無理なの。……私ね、あの人の子供っぽいところに惹かれたわ。そう言うところがいつも私を笑わせてくれた。それに必要とされているみたいで嬉しかったの。きっとそういうところがロンには鬱陶しかったのね。ほら、私ってかなりお節介なところあるでしょう。そして私も、時々、ロンの幼稚な所に付き合いきれなくなる。……堪えてきたけど……お互い、抑えきれないくらいに積もってしまったのね。それにね、ハリー。私はもう、昔ほど変わることが怖くないの。昔は少し何かが変わるだけで、世界が壊れるんだと思ってた」

 ハーマイオニーはジョッキを両手で持って、縁の方に額を当てた。

「ロンと別れることも視野に入れてる」

 ハリーはショックのあまり声が出なかった。そんなハリーを見て、ハーマイオニーは慌てたように付け加える。

「もちろん、それは最終手段だけどね。あの、ごめんなさい、ハリー。あなたのところまで色々と巻き込んでしまって」

 ハリーは何とか声を出そうとして、何度か唇を動かした。

「いいんだ。二人とも大事な人だから」

 やっと出た声は頼りないものだった。

「でも、私たちの所為でジニーと喧嘩したのよね……」

 心配そうに顔を覗き込むハーマイオニーに、ハリーは首を横に振った。

「いや、違う。それは僕たちの話だ。君らが関わってなくても、こうなってた。僕ら夫婦にもまた問題がある」

 ハリーは一度バタービールに口を付けた。一口を飲み込むと、ジョッキを静かに置いて口を開く。

「ジニーは色々と察してくれるんだ。全てが僕のいい様にしてくれようとしている。ただ、僕も間違うことがある。いや、しょっちゅうだな。間違っているかどうかさえ分からないときがある。僕はジニーに……本音を言ってほしい。僕が間違っていたら、それを何も言わずにフォローしてもらうより、一緒に何とかしていきたいんだ。でも、たぶん、言えなくしてるのは僕のせいかもしれない」

「ああ、そんな、ハリー」

「僕はジニーを信用させてないんだ。君みたいに」

 ハリーはハーマイオニーの目を見つめた。彼女の薄茶の瞳をこんなにもじっと見たのは、いつ以来だろう。もしかしたら初めてかもしれない。虹彩の細かさまで観察していると、ふと頭にとある考えが思い浮かんだ。

 飲んでいたのはバタービールなのに、なぜか頭がぼんやりして、ハリーはその考えが正しいかどうかも考えずに口に出していた。

「もし君と結婚していたら」

 言葉の途中でハーマイオニーの瞳が強く揺れ、そして目が逸らされた。そのことでハリーは我に返る。

 慌てて誤魔化すように、ハリーはバタービールを一気に飲んだ。重たい泡と炭酸がいっぺんに流れ込んで来て咽そうになるが、それでも飲み切った。

 口元の泡を手の甲で拭って、立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。あまり遅くならないでって言われてるし」

 ハリーの言葉に、ハーマイオニーは目を逸らしながらも頷いた。

 そのことにちょっとした胸の痛みを感じつつも、ハリーは逃げるように店を後にした。

 ダイアゴン横丁を早足で歩き抜け、マグルの町へ出た。

 歩道を歩く脇を車が何台も流れていき、上空でも車がハリーを追い越す。

 それを見てハリーは、ホグワーツの二年生になったばかりの頃を思い出した。

 あのときフォードは、ウィーズリーおじさんの魔法で空を飛んでいたが、あれから二十年以上経った頃、マグルは魔法なしで空を飛ぶ車を発明してしまった。

 それ以外でも、マグルはどんどん魔法使いを脅かすほどの発展をとげている。魔法界では、未だにどうしてヴォルデモートが箒なしで飛べたのかも分かっていないのに。

 そんなマグルのめまぐるしい進歩に感化されて、ジェームズと同じ年頃の魔法使いたちが、古臭い魔法界に革命を起こそうとグループのようなものを作っていた。去年、そのグループが、マグルの科学者たちと接触してしまったことでイギリス魔法界にちょっとした混乱が起きた。

 怪我人が出たわけではないが、マグルの世界も巻き込んだことでここ二十年近くの中では一番大きな騒動となり、通常は闇の魔法使いだけを専門とした闇祓いたちも騒動の鎮圧に駆り出された。

 息子と同じ年頃の彼らを捕まえるのは心が痛んだが、原則、魔法使いの家族や大統領及び首相以外のマグルに魔法界の存在を知らせることは違法だ。

 運良くハリーの子どもたちはこの騒動に関わっていなかったが、全く影響を受けなかったわけじゃない。

 若者を中心とした出来事に、ホグワーツの生徒たちが影響を受けないわけがないのだ。

 今回の革命派は、言い換えれば親マグル派だ。そして魔法界の古臭さを嫌っている。

 元々保守的で、さらに「反マグル派」の印象が強いスリザリンは、ある意味この騒動の一番の被害者と言っても良かった。

 革命派に影響を受けた過激な子が、スコーピウスやアルバスに向かって「蛆のたかった脳みそ」と言ったのだとリリーが激怒していた。それを聞いた時、ハリーはかなりショックを受けた。「蛆のたかった脳みそ」という言葉は、ここ最近に生まれた保守派を指す差別用語だ。

 ヴォルデモートの時代と立場が逆転してきていることに、ハリーたち世代が危機感を覚えないわけがない。

 さらに「革命派」はイギリス魔法界以外にも存在した。最早、魔法界の社会問題だった。

 このことで、魔法省で働いているハリーとハーマイオニーは真夜中も休日も問わず呼び出されることが多くなっていた。

 家族と居る時間より、ハーマイオニーと顔を合わせる時間の方が長かったかもしれない。

 休みなく働いて疲れ切ったときには、二人でコーヒーを飲んで励まし合ったこともあった。

「ああ」

 ロンとハーマイオニーの喧嘩、そしてジニーとハリーの仲の拗れに、この騒動は全く関係なかったとは言い切れないかもしれない。ハリーは思った。

 現実逃避して別のことを考えていたはずなのに、結局先ほどの酒場での光景が頭の中に蘇る。

 思わず唇を噛んだ。

 ダンブルドア先生。先生は僕のことを素晴らしい心の持ち主だって褒めてたけど、それは子供だったからだ。今の僕は、褒められるほどの心を持っていない。それどころか、今の僕を見たら先生はきっと軽蔑するかもしれない。

 走っていく車の隙間から見える夜空に星は見えない。ハリーは空から視線を下ろした。頼りない足取りで歩みながらふと思う。未来を予言する星は、今後のハリーをどう表しているのだろう。

「危ない!」

 誰かの叫び声がした。上から光が降ってくる。

 驚いて上を見たら、車のヘッドライトがすぐそこにあった。息を吸う間もなく、とてつもない衝撃が体を襲う。

 体に重みが圧し掛かって、上手く息ができない。意識が遠のく。

 薄れていく世界で、闇に溶けた眩しいライトは、緑色に光って見えた。


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