後日談の時間   作:神鳥ガルーダ

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今回、R-18とまでは行かなくてもそれらしい描写があります。


過去の思い出、結婚

 浅野塾。

 元・椚ヶ丘学園理事長、浅野學峯が開校した私塾である。

 束縛から解放された學峯が、静かな教育生活を謳歌している……筈だったのだが…その辣腕ぶりから様々な事業の話が舞い込んで来て、多忙な日々を送っていた。

 今まで1人で、経営、事務、講師を行ってきたが、今年から2人のスタッフを雇った。

 講師の潮田渚と事務アルバイトの雪村あかりである。

 潮田渚は、教育者としての學峯の好敵手(ライバル)の教え子であり、彼の教えを最も色濃く受け継いだ彼の後継者と言える教師である。

 雪村あかりは、渚の婚約者であり、つい先日まで芸能界を賑わした売れっ子女優である。

 最も、その事を知るのは婚約者である渚と雇い主の學峯の2人だけである。

 あかりは、おろしていた髪を中学の時の様に結い、伊達眼鏡をかけており、その完璧な演技で女優『磨瀬榛名』である事を完全に隠し、塾に通う生徒たちの誰にも気付かれていなかった。

 2人は開いた時間に學峯から事務や経営などのノウハウを学んでいるが、休憩時間などは殺せんせーの話で盛り上がった。

 殺せんせーの件は守秘義務が適用されているので、中々話題にはし難い。

 しかし、學峯も殺せんせーの事を知る当事者の1人である。

 學峯が殺せんせーと最後に会話したのは2月14日、バレンタイン・デーの夜に旧校舎の職員室で茶を飲みながら語り合った時だった。

 

「あの時に思いました。私が上から学園を支配し、雪村先生と殺せんせーが下から生徒たちを支えるのが私の真の理想の教育だったのだと…」

 

 學峯は渚たちの殺せんせーとの思い出話をよく聞いてくれた。

 彼が殺せんせーやE組と拘ったのは、鷹岡の件を除けば本校舎との対決時のみだった。

 だからこそ、教師として最大最強の好敵手(ライバル)であった殺せんせーの事を聞くのを楽しんでくれた。

 「弱さ」を悔いた學峯と、「強さ」を悔いた死神。

 原点は正反対なれど、似た者同士の2人。

 學峯もまた、殺せんせーと接した事で成長した1人なのだ。

 E組在籍時の最初の頃の渚にとって、あれほど恐怖の対象だったのに、今では殺せんせーと同じくらい尊敬している教育者だ。

 

 

 

 

 

 渚と芸能界を引退したあかりは同棲を始めていた。

 それまで住んでいた場所を引き払い、2人で住むには不自由ない賃貸マンションを借りた。

 今まで時間が合わず、2人きりの時間が中々取れなかった2人だったが、今は家でも職場でも一緒なので、今までを取り戻すかの様に、甘い生活を送っていた。

 無論、TPOは弁えているので、塾の生徒たちの前では普通に接しているが、2人きりになるとソーマチンやルグズナム級の甘さになっていた。

 最も夜の生活においては、完全に渚主導で営まれている。

 初体験の時は共に初々しかったが、数をこなしていくと力関係がはっきりとしていった。

 渚は普段は超草食男子だが、事に至れば肉食に変貌する。

 故にベッドの中では完全にあかりは翻弄され、渚の良い様にされてしまうのだった。

 

 ★☆★

 

 暗い闇の中。

 僕の前で激しい戦いが繰り広げられていた。

 触手を持つ2人の怪物。

 1人は禍々しい姿を持つ死神。

 1人は親しみ易い外見を持つ…僕らにとって最高の先生。

 怪物としての能力は死神の方が上だった。

 それに対し先生は、経験の差で対抗していた。

 そんな中、1人の少女が間に入ってきた。

 ……茅野カエデ。

 僕が最も親しくしている女の子。

 先生の為に時間を稼ぐ為、かつて触手持っていた影響で残っていた動体視力を武器に死神に挑んで……その胸を貫かれた!

 

 

 

 

 

 ある日の深夜。

 眠っていた渚はいきなり起き上がった。

 

「…はぁはぁ……」

 

 汗を大量に流し、息が上がっていた。

 目が覚めた渚は自分のすぐ横に視線を向けた。

 

「…どうしたの…渚?」

 

 渚が突然起き上がった為、目が覚めたのだろう。

 あかりが目をこすりながら、渚を見上げている。

 渚はそのまま、あかりの胸に顔を埋めた。

 

「ちょっ…な…渚!?」

 

 いきなりの事にあかりは動揺するも渚が震えている事に気付いた。

 

「…良かった……茅野の胸…穴開いてない…」

 

 渚が久しぶりに自分の事を本名ではなく、昔の偽名の方で呼んだ事と、胸に穴と聞き、当時の事が思い出された。

 

「……渚…」

 

「ごめん…あかり…夢を見たんだ…」

 

 それは殺せんせーと最後に顔を合わせた夜。

 襲撃してきた柳沢と『二代目』死神に対し、足手纏いになるE組生徒たち。

 そんな中、殺せんせーが回復する為の時間稼ぎをしようとした茅野は、無常にも死神の触手に胸部を貫かれ、重傷を負った。

 渚は、傷ついた茅野を抱き抱え、殺せんせーの邪魔にならない様に退避する事しか出来なかった。

 最終的には殺せんせーの最高の医術によって、茅野は一命を取り留めた。

 でも、この件に関しては……渚は無力だった。

 

「…………」

 

 あかりは自分のささやかな胸の中で震えている渚の頭を優しく抱きしめた。

 結局、あの時の自分の行為は渚に辛い思いばかりさせている。

 茅野カエデとして渚たちと過した9ヶ月間を演技と言い切った。

 それは、殺せんせーに対する憎しみによって紡がれた半分本当で半分嘘。

 渚を自分を隠し脇役に徹する為の『主役』として利用しようとしたが、共に過している内に自分でも気付かないウチに好意を持ち、渚やE組のみんなと過した時間は楽しかった事は事実だ。

 でも、触手に宿った殺意がその事を強制的に捨てさせ、演技と言い放ち、渚の心を傷付けた。

 それでも渚は、自分の演技という言葉を否定し、自分を救ってくれた。

 自分の行動でクラスの皆が真実を知り、あの楽しい時間を失わせてしまった罪悪感。

 その為に殺せんせーを守ろうとして……殺せんせーや渚を悲しませる結果となってしまった。

 あれから10年の歳月が流れ、婚約した今になって、夢であの時の事を見た渚は、こんなにも恐れている。

 申し訳なさと罪悪感が沸き起こるが、それでも不謹慎ながら、僅かに喜びを感じている。

 あかりを喪う事をこんなに恐れるほど、渚はあかりを想ってくれている。

 その事実が嬉しかった。

 

「渚。私はもう貴方にそんな思いさせないよ。それを感じて…」

 

 あかりはそう言うと渚をベッドに押し倒す。

 普段は渚主導だが、今回は珍しくあかりの方が主導権をとった。

 悪夢を見て、不安になる渚を慰めるように優しく愛撫していった。

 

「…あかり!」

 

「わきゃー!!」

 

 最もそれも長く持たず、覚醒した(なぎさ)が主導権を取り戻し、小兎(あかり)を美味しく戴いてしまう結果となるのはお約束であった。

 

「…明日――いや、もう今日だね――は休みだし、このまま朝まで…ね」

 

 何気にベッドヤクザな渚に戦慄する。

 

「あ…朝まで!?…許してつかぁさい、許してつかぁさい…」

 

 ★☆★

 

 渚とあかりが浅野塾に就職してから一年が過ぎ、2人はめでたく籍を入れ結婚した。

 そして本日、挙式を挙げる。

 仲人に2人の共通の上司である浅野學峯塾長とその妻が勤め、新郎側出席者に親族の他に元・E組関係者から、親友である赤羽(カルマ)、杉野友人、神崎有希子、クラス委員を勤めた磯貝悠馬と片岡メグ、(表向きの)担任だった烏間惟臣とその妻の烏間イリーナ、新婦側はあかりか所属していた芸能事務所の関係者や、雪村製薬の重役たちが参列した。

 控え室にはウェディングドレスを身に纏ったあかりの姿があり、その美しさに新郎と友人たちを魅了していた。

 

「渚君、茅野さん。結婚おめでとう」

 

「まさか、アンタ達が真っ先にくっつくとはね」

 

 副担任だった烏間とイリーナが2人に祝福の言葉を掛ける。

 渚の鈍感ぶりに、中々進展しないと思っていたイリーナが茶化すが、夫にこづかれ黙る。

 

「渚、茅野ちゃんおめでとう!」

 

「ありがとうカルマ」

 

 渚にとってカルマはかつての憧れの存在であり、一度意見の違いから対立し大喧嘩したが、それまで付き合いが長いのに互いに君付けして、ゲスト扱いしていた関係から進み、最も深く理解し合っている親友である。

 今も潰れると記憶を無くす渚に愚痴る為に時々会って共に飲んでいる。

 

「でも誓いのキスの時、こうならない様に気をつけてね」

 

 と、いってスマホから一枚の画像データを見せる。

 そこには暴走した茅野を抑える為にディープキスをする渚の姿が…。

 

「まだその画像持っていたの!?」

 

「そりゃ消すわけないでしょ」

 

 カルマにとって渚は、最も大切な親友であると同時に、ストレス発散の為に弄り倒せる玩具という側面は変わっていない。

 

 

「渚、おめでとう!」

 

「ありがとう杉野」

 

 渚にとって杉野はカルマと同じくらいの親友である。

 E組の時は、共に行動する回数は実はカルマよりも多かった。

 

「ああ俺も早く神崎さんと……「私がどうしたの杉野君」…いや、なんでもないよ」

 

(…相変わらず杉野の恋は前途多難だね…)

 

 神崎に片思いしている杉野は、プロ野球選手という多忙さの中で、それなりにアプローチしているのだが、当の神崎本人にはまったく気付かれていないという、皆の涙を誘う状況である。

 

「渚君、茅野さん。結婚おめでとう。お幸せにね」

 

「ありがとう神崎さん」

 

 2人に祝福の言葉を掛ける神崎。

 杉野にアプローチされている神崎本人は、実は渚に好意を持っていた。

 きっかけは、鷹岡との一件である。

 神崎を殴った鷹岡を倒した渚に感謝と共に好意を抱き、それが無くても機微を察する渚は神崎にとって心地よい存在だった。

 しかし、修学旅行の一件から親しくなった茅野の思いを知り、まだ明確なLOVEになっていなかった想いを抑える事を選んだ。

 

「おめでとう渚、茅野」

 

「渚君も茅野さんも幸せにね」

 

 クラス委員長だった磯貝と片岡も祝福する。

 

「ありがとう。2人も婚約したんだよね」

 

「中学の頃からお似合いだったものね」

 

「まあ、此処まで来るのに苦労したけどね」

 

 この2人、高校時代本人たちとは関係ない所で、ロミジュリ状態になり、なかなか2人で会う機会が無くなり、しかも大学のサークルでも色々と難儀な事が起こり、就職してから漸く落ち着いたという経緯があった。

 

 

 

 

 そして、準備の為に皆が去った後、唯一残った母と姉の遺影を持つ父の姿があった。

 

「…本当に綺麗だよあかり。母さんにも負けないくらいだ」

 

「…ありがとうお父さん」

 

「…渚君は本当にいい人だ。父さんではきっと、あかりにあれほどいい人を見つける事は出来なかったよ」

 

 外見は頼りないが、その小さな体とは思えないほど行動力があり、度胸もある。

 教育という仕事に全身全霊を向けるその姿は、亡き長女を思い起こさせる。

 浅野塾でも彼の教師ぶりは、生徒と保護者からも評判であり、學峯1人で手が回らない事もきっちりと補われている。

 

「うん。正直に言えば渚は私なんかにはもったいない…と思う」

 

「いや、お前も私の自慢の娘だよ……最も仕事ばかりであんまり父親らしい事は出来なかったけどな」

 

「…そんな事ないよ。もし自分の会社の社員たちをぞんざいに扱っていたら、そっちの方が軽蔑したよ」

 

「ありがとう。私が望むのはお前があぐりの分まで幸せになる事だけだ。雪村製薬の事は考えなくてもいい。渚君と幸せになる事だけを考えてくれればいい」

 

 一度、経営不振に陥った事で、雪村製薬の重役たちも意識も変わり向上していった。

 

会社(ウチ)の事は心配いらない。もうお前に心労と苦労をかけさせる事はない」

 

 だから……。

 

「幸せになりなさい。あかり」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

 挙式はキリスト教式をベースとした人前式で行われた。

 渚もあかりも、宗教にこだわりはないし、神仏ではなく自分たちを支えてくれた皆に誓いたいと考えたからだ。

 進行は形式に囚われない自由さが年配のゲストにも配慮されたプランニングだった。

 それでもキリスト教式をベースにしたのは、信徒ではなくともウェディングドレスを来て、バージンロードを歩くというのは女の子なら叶えたい夢だろう。

 

 

 

 

 

 さて、挙式に参加していないE組メンバーたちはどうしているのか?

 皆は誰一人欠ける事なく旧校舎集まり、飾りつけなど色々と準備をしていた。

 渚とあかりはE組生徒たちの中で一番最初に結婚した。

 それもクラスメート同士というオマケつき。

 なので、E組初の結婚という事で、二次会はこの旧校舎でやる事に決定した。

 色々な準備の手配をしてくれたのは、烏間の部下でありE組の面々とも関わりが深い鶴田と鵜飼夫妻である。

 鵜飼健一と園川雀は特務部が解散し、統合情報部に移動時から交際を始め、一年後に結婚しており、その時はE組生徒たちに祝福されていた。

 料理は村松や原が担当しているが、応援として渚の行きつけの居酒屋を経営する母娘も協力している。

 娘の方の容姿を見た時、皆が変な声を出して驚いたのは必然だったが…。

 

「渚、茅野ちゃん!結婚おめでとー!!」

 

 挙式を終え、烏間夫妻とカルマたちを伴って到着した2人を喝采しながら向かえる。

 すでにあかりは「潮田あかり」なのだが、そもそも渚以外は皆、E組在籍時の偽名「茅野カエデ」で呼んでいるので、結婚しても呼び名は変わっていない。

 あかりもそれでいいと思っている。

 もう1人の自分である「茅野カエデ」は、皆から呼ばれる事で何時までも存在できるのだから…。

 

 

 

 

 

「さて、渚と茅野ちゃんの次に結婚するのは誰かな?」

 

 現在、メンバー同士で結婚の予定があるは磯貝悠馬と片岡メグ、千葉龍之介と速水凜香である。

 中学の頃は、他にもくっつく可能性のあるメンバーは何人もいたが、それぞれ仕事が忙しく、そこまで進んでいない。

 

「私と悠馬君は婚約しているけど、籍を入れるのはもう少し先ね。悠馬君の弟さん妹さんたちが自立できるまではね」

 

 磯貝が一流商社に就職し、経済的にもだいぶ潤ってきているが、弟妹が無事に大学を卒業するまで、結婚しないらしく、片岡もそれに同意し、待っているようだ。

 

「そういえば千葉君と速水さんも婚約しているよね」

 

「ああ。だけど結婚は立ち上げた事務所が軌道に乗ってからになるな」

 

 千葉はその目が隠れる頭髪が原因なのか、就職活動に躓いてしまったが、交際を続けていた速水の勧めで起業し「千葉龍之介設計事務所」を設立、千葉が所長、速水が事務と営業を担当していた。

 物静かでクール、あまり言葉で語らず、結果で示す仕事人という速水だったが、アルバイトの接客技術を身につけ、苦手だった対人スキルを身につけ、千葉をサポートし続けている。

 速水の現状は、あかりが目指すモノに近く、色々と見習うべく、時折会って観察していた。

 

「渚も早く理事長から塾経営のノウハウをマスターして、この校舎を使える様になってくれよ」

 

「ああ。俺たち全員が渚の塾のスポンサーだからな」

 

 渚にこの校舎を使わせたいというあかりの願いは、皆に了承されている。

 皆としても、この校舎の有効活用を考えており、渚が自分達の後輩を育てるというのは喜ばしいと感じていた。

 いつの間にか、渚とあかりの夢は、元・E組全員の夢になっていた。

 

「皆、ありがとう」

 

 あの教室を卒業し、皆がそれぞれの道を歩んでいるが、皆は決してバラバラになっていない。

 渚とあかりの夢を基準にこれからもその絆は続いていくのだ。

 

 




殺せんせーと雪村先生。

「ヌルフフフ。ついに渚君と茅野さんが結婚。しかも生徒たち全員が揃っているのも久しぶりです。皆さん元気そうで何よりです」

「渚くんとあかりだけじゃなく、磯貝君と片岡さん。千葉君と速水さんも付き合っていてる様だし、皆幸せになって欲しいですね」

「あとは早く渚君がこの校舎で先生をしている所を見たいです」





次回、エピローグです。

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