渚にとって茅野は最も親しい女子と言えた。
初めて会った時、渚に自分とお揃いという事でツインテールを教えてくれ、その事で長い髪を気にならなくなった。
E組では席も隣だし、杉野とカルマ以外、そして女子の中で唯一、名前を呼び捨てで呼んでいる数少ない存在。
だから、「全部演技」という言葉を否定し、『触手』によって暴走し、死の手前まで行った茅野を止める事に尽力した。
中学を卒業し、別々の進路を進んだ二人だったが、それでも月に2、3度は会っていたし、夏休みなどの長期休暇の際は頻繁に会って遊んでいた。
…カルマや中村なども一緒だったが…。
高校を卒業し、茅野が芸能界に復帰した後は流石にあう機会も減ったが、それでも大学の講義が無い日と茅野のオフの日が重なればよく会っていた。
そして、今日もそういう日だ。
渚は大学卒業後、教員免許を取得し、教育委員会の教員採用試験に合格したので、この春から公立高校に教師として赴任する事が決定している。
中学3年から目指してきた夢の第一歩を踏み出した渚に、茅野がお祝いしたいと言ってきたので会う事になったのだ。
実は数日後に、E組のみんなと大学卒業の祝いで集まるのだが、茅野はスケジュールの関係で参加できないので、一足先にお祝いしたいとの事だった。
売れっ子女優である茅野ならば、高級レストランでディナーという選択も出来たが、一介の大学卒業生に過ぎない渚にとって、あまり格式の高いレストランでは楽しめないだろうから、どこか適当な居酒屋で食事しようという事になった。
「ここなんかどうかな渚?」
「……居酒屋あずさ…か。こじんまりしていいね。二人だけだしここでいいよ」
そう言って二人で店に入った。
「いらっしゃ……い……ま…せ…?」
「「…えっ!?」
店に入ると、高校生くらいの少女が元気に応対してくれたが、途中から声が小さく途切れていった。
渚と茅野も絶句して少女を見つめた。
彼女の容姿は渚とそっくりだったのだ。
パっとみればまるで姉妹……もとい兄妹の様によく似ていた。
「ねぇ渚。この子渚の親戚?」
「いや、親戚にもここまで僕に似ている子はいないよ…」
少女はジーっと渚を見て、思いついた様に言ってきた。
「…もしかして…タコさんの生徒さん?」
「「…!?」」
渚と茅野は再度、驚いた。
「タコさん」、「生徒さん」…このキーワードから察するに、目の前の少女は殺せんせーの事を知っている。
勿論、国家機密だった殺せんせーの事は中学卒業前に全世界に公表された。
殺せんせーを追い詰め、確実に殺す為に…。
世間一般の殺せんせーの評価は「地球を滅ぼす危険性の高い超生物」だ。
渚たち3-Eの生徒たちの証言など誰も信じず、彼らは洗脳された…という扱いだった。
しかし、目の前の少女の顔を見れば、彼女は殺せんせーに好意的な反応だった。
「…殺せんせーは、一時期あの店の常連だったんだね…」
渚たちは蛍という名の少女から、あの時の冬休みに起こった事を聞いた。
殺せんせーの真実を知り、暗殺の事についてクラス全員が悩んでいた時だ。
あの時は自分たちが真剣に悩んでブルーだった時に、殺せんせーは遊べない事に悩んでいたと思っていたが、それだけじゃなかったらしい。
蛍には内緒で母親の梓から当時の事を聞くことが出来た。
あの時、梓は脳腫瘍を患い、その影響で盲目になり、長くてあと3年の命だった。
小学生の蛍の為に、殺せんせーを殺して報奨金の三百億を得ようと暗殺を決行したが、殺せんせーには最初から見抜かれ、他の殺し屋同様「手入れ」を受けた。
その手入れとは、梓の脳腫瘍の除去手術。
命が助かり、視力も回復した。
「タコさんは私たち母娘の恩人。だからあの時の報道でタコさんの事を悪く言っていたけど、私は信じられなかった」
梓の病気や暗殺の事を知らなかった蛍だったが常連として来ていた殺せんせーと面識があっただけに、あの時テレビ放送で殺せんせーと渚たちが悪く言われていても、納得していなかった。
その事実が嬉しかった。
あの時、自分たちと殺せんせーの事を何も知らない癖に、自分たちに哀れんでいた連中にE組全員が不快感を持っていた。
でも、自分たち以外にも殺せんせーの事を知っていて、認めてくれている人がいた事が何よりも嬉しかった。
「…料理も美味しかったし、これからもあの店に行こうかな」
「…それってもしかして蛍ちゃんが目当て?」
からかうような笑顔で…だが目は笑っていない…茅野が問う。
「な……なんでそうなるの?」
自分そっくりな少女にそんな感情を抱くなどというナルシスト趣味は渚にはない。
自己評価が低いのは中学時代から変わらず、彼女いない歴=年齢が続いているのだ。
★☆★
「渚は明日の予定はどうなの?」
「明日は午後から実家に戻るよ」
大学生になってから、1人暮らしをしていた渚だが、両親の為に月に一度は実家に戻っていた。
かつてはヒステリーを起こし、渚の事を自分のリプレイとしていた母、そんな母に恐怖し離れていった父。
離れ離れになった家族だが、殺せんせーのおかげで今では関係は良好になった。
「茅野は?」
「私は明後日までオフよ。昨日まで朝ドラの最終回のロケだったから」
「そうか……「とんぼ」ももうすぐ最終回か」
芸能界に復帰し、その天才的演技、もともとの身体能力の高さに烏間から指導されたフリーランニングにより、30mの崖から笑顔で飛び降りれるスタントマン不要のアクション、中学時代「茅野カエデ」として培ったモノが、彼女を若手ナンバーワンの女優にし、朝の連続テレビ小説「とんぼ」の主演に抜擢されていた。
「ねえ渚…まだ時間ある?」
時間は19:00…大学生にとってまだ帰宅時間とはいえない。
「終電にはまだ時間もあるし、実家に帰る準備は済ませているから大丈夫だけど…」
「じゃあ、大事な話があるの…。もう少し付き合って…」
茅野が渚を伴ってやって来たのは、殺せんせーを殺した報酬で皆で買った椚ヶ丘中学校旧校舎だった。
茅野は鍵を取り出すと、施錠されていた扉を開ける。
「鍵…持ってたの?」
「うん。磯貝くんにスペアキーを借りた」
中に入っていき、一年間殺せんせーと過した教室の前で立ち止まる。
「…?」
教室の中に入るとばかり思っていたのに、扉の前で立ち止まった茅野に渚は訝しむ。
茅野は渚の方に向き合うが、そのまま下を向いて俯いた。
すでに日が暮れて暗くなっているので、渚には判別できないが、その顔は紅潮している。
その心臓はドキドキと動悸が激しくなっていた。
友達『役』を終わらせる。
それは、この7年間秘めていた想いを告白する事だった。
『
そして今、夢の第一歩を踏み出した渚に改めて告白する。
受け入れてくれれば友達から恋人に、断られれば友達に…どちらに転んでも友達『役』は終わる。
しかし、いざこの時になって心臓がバクバク高鳴り、なかなか言葉にならない。
女優業に復帰して4年。
お芝居での恋愛なら勉強したとおりに演じればそれらしく見せる事はできたが、
でも、渚が夢の第一歩を踏み出したのだから、これからは“応援”ではなく傍で“支え”たい。
「な……渚…!」
「…どうしたの茅野?」
「…わ……私……渚が……渚が好き!友達じゃなく……異性として!!」
今まで芝居の中で行ってきたのとは対照的な拙い告白…。
でも、人生で最も真剣な告白…。
目を強く瞑りながら渚からの返答を待つ。
しかし、一分、二分と経っても渚からの返答がない。
バタッという音が聞こえ、瞑った目を開けて見ると……湯気が出そうな程顔を真っ赤にさせ硬直し、卒倒している渚の姿が見えた。
「…渚ぁ!?」
茅野は慌てて渚を助け起し、教室に運び込んだ。
椅子に座らせ、持っていたペットボトルのミネラルウォーターを飲ませ、何とか落ち着いた渚に茅野は苦笑していた。
渚は美少年と言える容姿であるため、学生時代も人気があった。
しかし、童顔低身長である為それはマスコット的なモノであり、大抵は年上のお姉さんとごく一部に「こんなに可愛いのに女の子筈が無い」という男の娘に対する特殊な趣味を持つ男子に好意を寄せられていただけである。
そんな渚であり、自己評価が低く恋愛の対象になるとは思っていなかった為、茅野の突然の告白に動揺しフリーズしてしまったのだ。
「…もう大丈夫…」
水を飲んで何とか落ち着いた渚は茅野に真意を聞いた。
「最初にあった時は、隣の席で話しやすかったから友達になった…と思ってたけど、いつの間にか渚を好きになっていた。殺せんせーへの殺意と移植した『触手』の痛みを抑えるので必死で気付いていなかったけど……でも、あの時の事ではっきりと自覚したんだ…」
「…あの時って?」
「それは聞かないで!」
「…ごめん。じゃあずっと…僕の事を…」
茅野は黙って頷く。
「何で今まで…」
何故この7年間、黙っていたのか。
その理由を聞き、渚はさらに真っ赤になった。
「殺せんせーのような
渚にとって茅野は、カルマや杉野と同じ親友という位置づけだった。
女子の中では一番の親友。
でも、茅野は自分に恋愛感情を抱いていた。
今まで気づかなかった自分が腹立たしい。
何より、茅野の健気な気持ちを知って、渚の
客観的に見て可愛い女子とは思っていたけど、今はとても愛おしかった。
「本当に僕でいいの?こんなチビで今でも中学生や女の子に間違われる僕なんかで…茅野なら…ビッグな女優になった茅野なら、僕なんかよりももっとカッコいい男の人の方が……」
「そんなの関係ない。渚が渚だから、私は渚がいいの。ううん…渚以外、どんな男の人でも嫌!!」
自己評価が低く、男としての自信がない渚は自分と売れっ子女優である茅野とは釣り合わないと思っているが、茅野はそれを否定する。
女優としてどんな演技もこなしているが、やりたくない演技もある。
それはキスシーン。
復帰後もキスシーンのある役は避けていた。
「とんぼ」も恋愛要素は低いドラマなので、キスシーンはなかった。
女優としてはある意味失格なのかも知れないが、例え演技でも渚以外とキスなんてしたくなかった。
「…僕って馬鹿だよね。そんな茅野の気持ちに今まで気づかなかったなんて…」
流石の渚もここまで来れば、自分の鈍感さが嫌になった。
「…一応、気付かれない様にしていたんだけどね」
最も他の演技はともかく渚への好意を隠すのは不得手で、渚以外のE組メンバーにはほぼ全員に気付かれていたが…。
「……僕で良かったら喜んで…茅野と恋人になりたいよ」
渚の答えを聞き、茅野はゆっくりと渚に抱きついた。
「ありがと……嬉しいよ…渚…」
ゆっくりと目を閉じて唇を合わせる。
渚と茅野の二度目の接吻は、とても甘く暖かかった。
★☆★
翌朝。
朝日の光で目が覚めた茅野…いや、あかりは隣にいる渚に気が付いた。
「…そっか。昨夜は渚の部屋に泊まったんだった…」
お互い一糸も纏わぬ姿で、夜にベッドを共にする。
つまりは、そういう事だ。
「まさか…告白してその日にこうなるなんてね…」
顔を真っ赤にしながら昨夜の事を思い出す。
あの後、旧校舎を出て、渚が1人暮らしをしているアパートの部屋に行き、そのまま一晩明かした。
自分でも急展開だと思わなくもないが、後悔はない。
今まで守り通した純潔を渚に捧げる事が出来て、嬉しかった。
横でまだ眠っている渚の頬に軽く口付けすると、下着を付けて台所に向かった。
目が覚めた渚は、いい匂いがしてきたのでベッドから起きて台所に向かった。
「あっおはよう渚!」
「うん。おはよう
そこには朝食を作っているあかりの姿があった。
恋人になって、渚の彼女の呼び方が『茅野』から『あかり』に変わった。
E組関係者で彼女の名前を本名のファーストネームで呼ぶのは渚だけになった。
「…って御飯作ってくれたの」
「うん。トーストとハムエッグだけど…」
「ありがとう。美味しそうだね」
あかりの作ってくれた朝食を取り、午前中を2人で過す。
特に特別なことをするのではなく、ソファに座ってテレビを見て、ときおり見つめあい、口付けをする。
そんな甘い時間を過し午後になり、渚は予定通り実家に戻り、あかりも帰っていくだった。
渚とあかりの恋人としての付き合いは始まったばかり…。
殺せんせーと雪村先生。
「ヌルフフ…ようやく渚くんと茅野さんが結ばれましたねあぐり」
「ええ。やっとあかりの想いが渚くんに通じましたね死神さん」
「しかし、まさかこの校舎で告白するとは、茅野さんもやりますね。おかげでこんな素晴らしい展開を見る事が出来ましたよ」
「私が望むのは、あかりの幸せです。死神さんの教育を受けた今の渚くんなら、あかりをまかせられます」
「これからの2人の仲を見守りましょうあぐり…」
「はい」