拝啓、私の愛しい妹へ   作:つくねサンタ

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・前回のあらすじ・

ネム「この私を殺してどうなっても知らんぞ!」

ザイトルクワエ「す、すいません」


伝説の始まり

 カルネ村の消滅から二時間。カルネ村から遠く離れた丘の上でカルネ村の方向をじっと観察する生き物がいた。白銀の毛でおおわれた伝説の魔獣、森の賢王ハムスケである。そしてカルネ村を滅ぼしたザイトルクワエのことを警戒するハムスケの横でエンリはまるで抜け殻のように呆然と座り込んでいた。もうすでにそこには今までの活発な彼女の姿は無い。

 ハムスケがこんな場所で立ち止まっているのには理由がある。つい先ほどカルネ村の方向から閃光と爆音がハムスケ達の元まで届いたのだ。そしてザイトルクワエの気配が消えた(・・・)。気になったハムスケは一旦様子を見に行こうと思い、立ち止ったのだ。

 

「姫、一旦村の方に戻ってみないでござらんか?」

「え……」

 

 ハムスケはエンリに確認を取るがエンリはまだ茫然としていて使い物になりそうにない。自分の生まれ育った場所があっという間に消えてなくなったのだから当然だ。ハムスケもそう思ったようでそんなエンリに何も言わずに彼女を背中に乗せて走り出した。今の彼女に今のカルネ村を見せたら壊れてしまうと判断したのだろう。ハムスケはカルネ村には向かわずにそのままエ・ランテルへと走った。

 

 

◇ □ 〇 ☆ 〇 □ ◇

 

 

 あれから一週間。今エンリとハムスケはエ・ランテルのンフィーレアの家に住まわせてもらっている。街に入る時にひと悶着あったがンフィーレアのおかげでどうにかなった。また、ザイトルクワエのことをンフィーレアが組合に報告しに行ったが、何も見つけられなかったらしい。残ったのはハムスケが回収しておいたトレントの葉っぱだけだ。

 そしてエンリはあれからずっとふさぎこんでいる。ご飯は食べてくれるがいつも虚空を眺めているかのようでまるで抜け殻だ。バレアレ家のリィジーとンフィーレアはそんなエンリを悲愴感漂う目で見ている。

 

 キレたのはハムスケだった。

 

「姫、いい加減にするでござる」

 

 夜、ハムスケが停めてもらっている納屋に呼び出されたエンリにハムスケはそう言った。あまりにもいきなりのことでエンリは混乱する。

 

「ハムスケさん……?」

 

 混乱した頭で何とか現状を理解しようとするエンリにハムスケはそのまま厳しい口調で話す。

 

「そんなんで父上殿が浮かばれるとでも思っているのでござるか!?」

「!……お…とうさん」

 

 亡き父のことを上げられ、エンリは動揺する。それは一週間かけてもまだエンリの心が全く整理されていないことを表していた。

 

「そうでござる。自分の命を賭してでも姫の命を守った父上に恥ずかしくはござらんのか!」

「でも、だって…」

 

 エンリも分かっている。ハムスケの言葉の正当性が。しかし人間と言うのは正しいからと言ってそれをすぐに認められる生き物ではないのだ。

 

「村人達の死を嘆くのは仕方ないことでござる!それを悲しむのも当然でござる!でもいつまでも引きずって前に進めないのでは村人達の死は完全に無駄になってしまうでござろう!いや、無駄どころではない完全な負の遺産でござる!」

「そ、そんな言い方しないでください!」

 

 ハムスケの死んだカルネ村の人々に対する言い方にエンリは怒りをあらわにする。決してそんなわけがないと。しかしハムスケはエンリの激昂を意にも返さずに言葉を続けた。

 

「死んでいったものたちの死を生かすか殺すかは生きる者の特権であり義務でござる!カルネ村の村人達の死、ご両親の死、そしてネム殿の死を無駄にするかどうかは全て姫次第でござる!今の姫にはそれができてござらぬ!」

「―――――!?」

 

 エンリはそんな考え方したことがなかった。死ねば人はそこまでである。そう思っていたのだ。しかしハムスケは違うと言う。みんなの死に意味を作るのはエンリの仕事であると言うのだ。

 

「どうするのでござるか?姫。いや、エンリ・エモット。全てはこれからのお前次第でござる」

 

 エンリは目をつぶりハムスケの言葉を受け入れ、深く考える。自分がしたいことは何なのか、村人達の死を無駄にしないためにはどうすればいいのか、家族が喜ぶこれからの自分の生き方とは何なのか。エンリは目を開く。考えはまだ全くまとまっていなかったがそれでもよかった。なぜなら今のエンリは前を向いたから。もう閉じこもったりせず前に進むと決めたから。

 

「すいませんハムスケさん。励ましてくれたんですよね。もう大丈夫です。いや、大丈夫じゃないですけど少なくとも前は向けました」

「ふぅ、遅すぎるでござる。あまりレディを待たせるものではないでござるよ」

「ふふ、そうですねすいません」

 

 エンリは笑った。それは一週間ぶりの彼女の本当の笑顔だった。しかし笑顔だけではない。今まで心の中にしまわれていた感情もあふれ出してきた。

 

「あれ?」

 

 エンリの目から水が滴り落ちる。いや、それは涙だ。あの時からずっと流せなかった悲しみの涙。むき出しの感情。ただの村娘であったエンリが本当の意味で悲しみを抑えることなどできず、ずっと心の中に封じ込めていたものが決壊したのだ。

 

「ご、ごめんなさいハムスケさん。前に進むって言ったとたんこれで」

 

 エンリは涙を服の裾でふき取ったが、涙の勢いは収まることを知らずどんどんあふれ出る。

 

「いいんでござる。それでいいんでござるよ姫」

「え?」

 

 ハムスケは笑顔でそんなエンリを見守っていた。

 

「(泣いて一度区切りをつけないと先には進めない。それが人間っていう生き物なのでござろう)」

 

 それはハムスケが人間の村で人間と一緒に村の一員として生活していたからこそ知ったこと。ハムスケは思う。自分も成長している。エンリも悲しみを乗り越えられた。ならきっと幸せな未来へとたどり着けるはずだ。

 その日エンリはハムスケに守られながら夕方まで泣き続けた。そして泣きやんだ後は二人でこれからのことを話し合った。それはいまだ夢物語のことばっかだったけれど確かに二人にとっての希望だった。

 

 

 次の日、エンリは再びカルネ村へ行く決意をした。どうしてもカルネ村のみんなに家族に報告しておきたいことがあったからだ。街を出た所でハムスケに荷物を括り付けるエンリに声をかけて来たものがいた。見送りに来ていたンフィーレアだ。

 

「気を付けてねエンリ。組合の調査ではもうトレントは見当たらないらしいけど」

「分かってるわンフィーレア。気を付けないといけないことは私とハムスケさんが一番よく分かってる」

 

 ンフィーレアの忠告にそう言ってからエンリはハムスケに飛び乗った。その瞳には迷いなどなく恐怖もなくただ真の通った光が満ちあふれていた。

 

「もう大丈夫そうだね」

「うん。本当に心配かけてごめんねンフィーレア」

「い、いや全然気にしなくていいよ!当然のことだし……」

 

 謝罪するエンリにンフィーレアは顔を真っ赤にして両手を振る。その様子はどう考えてもエンリに対して特別な感情があるのだろう。しかしエンリは全く気付かなかった。むしろ風邪なのかなと思ったくらいだ。

 

「そうだよね!私たち友達だもんね!」

「え!?あ、うんそうだね。あはははは、はは……はぁ」

「ンフィーレア殿」

 

 ンフィーレアに対してエンリがそう言った途端ンフィーレアは急に元気がなくなってしまった。ハムスケもまるでかわいそうなものを見るかのようにンフィーレアを見ている。エンリはそんな二人に首をかしげ、気にしなくてもいいかと前を向いた。向く方向は当然カルネ村。

 

「では行きましょうハムスケさん」

「合点承知でござる」

 

 こうしてンフィーレアに見送られながらエンリとハムスケは再びカルネ村へと向かった。

 

 

 カルネ村跡地のクレーターに特に変わったところは無かった。ザイトルクワエがどこに行ったのかエンリには皆目見当つかなかったがこれ以上ザイトルクワエによる犠牲者が出なくてよかったと心の底から思っていた。

 

「地面にでも潜ったんですかね」

 

 あの怪物が誰かに倒されたなんて欠片も思っていないエンリは一番ありえそうな考えを話す。トレントの化け物であるザイトルクワエが空を飛ぶわけがないのでエンリの考えもあり得なくはないだろう。

 

「このクレーター、すごい力でえぐられたかのようでござるな」

 

 クレーターの端の方に盛りあがっている土を見てハムスケがそう述べる。それを聞いたエンリもハムスケから降りてクレーターの端の方の土を手に取る。たしかにハムスケの言うようにすごい力でえぐられたのだろう。そしてその一撃は火によるもののようだ。

 

「すごい高温で焼けたかのようですね」

「高温でござるか?トレントなのに?」

「え?」

 

 そう言われると確かにおかしいとエンリは感じた。果たして火に弱そうなトレントの化け物がこんな痕跡を残せるだろうか?

 

「……はあ。駄目ですね。考えても分からなそうです」

「そうでござるな」

 

 しばらくいろんな意見を出し合ったりして考えてみたが結局どれも想像の域を出ておらず、これ以上考えても仕方ないとエンリはため息をひとつ吐いて立ち上がった。元々この村に来た最大の目的はザイトルクワエが消えた原因の究明などではないのから。

 

「ではハムスケさん始めましょう」

「そうでござるな。まずは何から始めるでござる?」

「大きめの石を見つけましょうか」

 

 そう、ここに来たのは死んだカルネ村の村人達、両親、そして自分よりも若くして亡くなってしまった幼いネムの墓を作るためである。エンリとハムスケはまず墓石にふさわしそうな石を探した。

 

「これなんてどうでござる?」

「え、これですか?運べます?」

「当然でござる!」

 

 ハムスケが見つけたのは石と言うよりも岩だった。しかしハムスケはそれを器用に転がして運んで行く。そしてクレータの中に落として真ん中に設置した。

 

「運んだでござる!」

「ありがとうございます!」

 

 エンリもその岩のところまで降りてくる。そして腰からナイフを取り出して文字を彫りだした。

 

『カルネ村共同墓地』

 

「これでよし。ハムスケさん屈んでもらってもいいですか?」

「どうぞでござる」

 

 文字を掘り終え、手を軽くはたいて砂を払う。ハムスケはエンリの指示に従い地面にはいつくばる。そしてエンリは背中に固定されたバックから綺麗な花束を取りだした。そう、墓に添えるための花である。

 エンリは自分が作った墓の前に立つ。そして花をその墓前に添え、目を閉じて祈る。

 

 目を閉じると嫌でも思い出してしまう。この村での生活を。特に自分の可愛い妹を。

 

―――拝啓、私の愛しい妹へ

 

 両親やカルネ村の人達の死はまだ乗り越えられるかもしれない。

 

―――聞こえてますか?ここにいますか?

 

 でもやっぱり妹は、自分が守らなければいけなかったネムのことだけは。

 

―――私はしばらくそっちに行けないみたい

 

 だから約束する。ここからの自分の人生は全て準備のためだ。

 

―――やりたいことができたんだ

 

 ネムが大好きだった冒険譚。それをたくさん作ろう。

 

―――私がこの目で世界を見て回りたいんだ

 

 いつか寿命を終えて彼女達の元へ行った時のために。

 

―――だから少しだけ待っていてくれますか?

 

 どんな冒険譚よりもすごい冒険をしてきっと会いに行くから。

 

―――天国から私のことを見守ってくれますか?

 

 エンリは目を開いて立ち上がる。そして自分自身に宣言するように口を開いた。

 

「私、冒険者になるよ」

 

 伝説がいつ出来るものなのかなんて普通その時代の人には分からない。しかし彼女の場合はここだ。彼女の伝説はここから始まったのだ。

 これはその命知りゆく時まで「冒険」をし続けた伝説の冒険者の物語。《冒険王》エンリ・エモットとその相棒《森の賢王》ハムスケの物語。

 

 




エンリちゃん覚醒イベント

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