筆頭のカリピスト ~変革の物語~   作:三方真白

9 / 13
第9話 そんなの、あしたが許さない

 小刻みに右へ左へ前へ後ろへ。

 頭と体を揺す振る感覚と不規則な音が響いてくる。

 

 ガタガタッガタ!ガタ…カタカタ…

 

 大きく小さく繰り返されるそれに少しだけ不快感を覚えながらゆっくりと目を開ける。

 堅い木の床に、布の張られた天井、そして蹄鉄の音。そうか長距離馬車の中だ。

 といっても柔らかな椅子など一つも無く、積み荷と同じ扱いで乗っている。

 

 どこに向かう途中だったか…頭にぼんやり靄がかかって思い出せない。

 初めから目的なんて無かったような気もする。

 確か…どこかに向かう小さなキャラバン(隊商)だったか。

 

 そこまで考えた時、荷台の向かいに座る男と目があった。

 

「よぉ、お目覚めかい? まったく呑気なもんだな。緊張感のカケラも無い」

 

 白髪交じりの初老の男がゲラゲラと笑う。

 彼には右腕が無く、全盛期に誇ったであろう鍛え上げられた筋肉もかなり年と共にそぎ落とされていた。

 そして彼の背中には、未だ手入れされたばかりであろう一振りの大剣が携えられている。

 引退してもハンターである、と言う事なのだろう。

 

「ん、これか? さすがに片腕じゃそろそろキツくてな」

 

 衰えても尚常人よりも太い左腕だった。

 大丈夫です。普通の人は両手でも中々持てません。

 

「そうか? はっはっはっは」

 老ハンターは豪快に笑った。

 

 他にも馬車の音があるのでここはなんだろうと周りの様子を伺って見ると、大人から子供まで様々だった。

 この馬車の前後にも、馬車が確認できる事から結構な規模である事がわかる。

 商人だけではないにしてもだ。軽業師の一団だろうか…? どうもそうは見えない。

 流民……移民か? 村を失くしてしまったのだろうか。

 服もボロボロで荷物も少なそうだ。

 そしてみんな表情が暗い。

 

 モンスターに村を滅茶苦茶にされてしまったのだろうか。

 ハンターは一体何をやっているんだ。

 ギルドは…。

 

「あんちゃんはなんだってこれに乗ってるんだい?」

 

 私は…、

 

「オレは……ただ何となくです。目的が無くて…」

 

 誰かがそう言った。

 

「ふ~ん……。それじゃあ行き先を変えた方が良い。コイツは片道切符だ。到着したらどこにも行けねぇ。ま、コイツ自体オンボロで長くないんだ」

「そうなんですか?」

「説明聞いて無かったな? まぁいいや。それにしても良くこれだけ集まったと思うよ」

「多いんですか?」

「シラネぇよ。こっちも初めてなんだ。まったくどこの誰が仲介したんだか…」

「オレも手紙で呼び出されました」

「じゃ、お仲間だ。短い付き合いだがよろしくな。他の連中は心気臭すぎていけねぇ。旅は楽しく行こうぜ」

「そうですね」

 

 この違和感はなんだ?

 私の代わりに私の声で喋るコイツは誰だ?

 

「あ、笛でも吹きましょうか?」

 

 と、腰にぶら下げていた笛に手をかける。

 角笛でもない、狩猟笛とも違う、ただの楽器としてのソレが酷く懐かしく感じた。

 その音色はなんだったか?

 どんな曲だったか?

 聞きたい…。

 聴きたい……。

 

「それはやめとけ、そういう景気の良い事しようとすんな。連中から睨まれるぞ。余計なイザコザは起こさないでくれ」

「あ、はぁ……」

 

 改めてキャラバンの人々の顔触れを見る。

 というか、そもそもこれはキャラバンなのか?

 まるで活気のない、まるで笑顔のない、まるで声のない、まるで色のない、太陽の光を拒絶するかのような薄暗い雰囲気。

 生命の息吹すら感じないこれがキャラバンだと?

 

 私が知っているキャラバンは沢山の人の生命を感じる事ができ、良い奴もヤな奴も含めて普通の人達が集まって生きている場所だった。

 これじゃあまるで──

 

「ゾンビみたいだろ?」

 

 老ハンターが言う。

 

「ま、見た事ないがな。生きた屍みたいでよぉ、全く棺桶でも欲しがってるような顔した連中ばっかだ。

だがな。俺は死ぬ瞬間まで、死んでも笑顔でいたいんだ。だからこそ、コイツらがなんでそんな顔してるのか理解できん。

オマエわかるか?」

「いえ……」

 

 もしかして…。

「絶対に迎えたくない明日を迎えるよりもって選んだ道だ。落ち込む必要がどこにある? 幸せだろうが」

 

 この人は……この人たちは……。 

 

「結果を楽しみに、その道のりを楽しむのもアリだよなぁ……。未来なんぞクソ喰らえ、だ」

 

 狂っている…。

 行かせてはいけない。

 聞かなくては。

 

「そうですね。そう思えたらどんなに素敵か…」

 

 そうじゃない。聞け。

 聞くんだ!

 

「でも…。幸せ、とは思います」

 

 !? お前……、誰なんだ。

 私の声で喋るな。

 

「お前中々話せるじゃねぇか! 良いねぇ~」

 

 老ハンターはまた豪快に笑うと、腰にぶら下げた陶器を掲げ「乾杯!」と口にした。

 

「っと。何かの縁だ、空けてくれるか?」

 

 木製の蓋を開けてやると、ツンと鼻を抜けるような匂いが漂う。

 酒だ。

 老ハンターはそれを口に運んで喉を潤すと、こちらに差し出した。「お前も飲め」と言う事なのだろう。

 ソイツは手に取って一口煽ると途端に咳き込んだ。相当度数が高いもののようだ。

 

「アッハッハッハ、辛口だがいけるだろう?」

「え、えぇ……ゴホっ」

 

 それにしても早く聞け。 

 一体どこに向かってるんですか? と。

 

「それで、一体どこに向かっているんですか?」 

「なんだ。本当に聞いてないのか?」

 

 聞けた! 

 どこに……。

 

 

「竜ノ墓場だよ──」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。