竜ノ墓場…。
無数の骨や骸が堆(うずたか)く積み上がった巨大な洞窟。
ギルドも調査が進んでおらず、ハンターはおろか一般人が絶対に足を踏み入れてはいけない場所。
この人たちは、そこへ向かっている。
そこで何をする? 決まってる──。
この人たちは……。
今日いっぱいで、今日が最後で、今日までで、今日限りで、明日という名の未来を捨ててしまった人達の集まりなのだ。
目の前で笑って酒を飲んでいる男も、私の声をしたコイツも…。
そこに向かおうとしている。
ダメだ。それは絶対にダメだ。
「んあ? なんだありゃぁ?」
男が空を見た。
あ。空が……黒い……。
「モンスターだ!!」
どこかの馬車から声が上がる。そして勢いを殺すことなく空を覆う黒い影が舞い降りた。風圧だけで馬車が転倒してしまっている。
四足歩行に折り畳まれた二枚の翼があるように見えるが、脚が六本あるようにも見える。
竜、なのか…?
今まで見た事も聞いた事も無いモンスターだった。まるで黒い外套を纏う災厄がそこにあった。
逃げろ!
頭ではそう考えているのに、コイツは黙って見ているだけで何もしない。
黒い竜はキャラバンの悉くを蹂躙し、人を襲い続ける。
人々も誰として逃げない。
喜び、祈り、笑い、はしゃぎ、時には戯れるように積極的に竜に近付いて行く。
時には反撃を貰おうと、自ら素手で殴りに行く者もいる。
この光景はなんなのだろうと考えても答えは出ない。
「面白い事になったなぁ……」
酒を煽りながら男は言う。
面白い? どこが……。
「ここが旅路の果て、でもあるめぇに…。黒い竜が一脚早く仰々しいお出迎えとはイキじゃねぇか」
ぷはぁと息を吐きながらヤツに歩み寄っていく。
「引退した身とはいえ、最期にこんな派手な事されちゃあさすがに昔の血が騒ぐってもんだ」
残っている左腕一本で大剣を引きずっていく。
「世話になるぜ? 死神の竜さんよ…」
私に分かる事は、その時が早まったと言う事だけ。
それだけのことだった。
「あばよ、お若いの…」
老ハンターは背中越しにそう言っていた。
私はこの結果を知っている。
もう、誰も助からない。たった一人を除いて──。
* * *
──酷い鈍痛が頭を締め付ける。
……昨晩飲み過ぎた。
完全ではないけれどアニキの復帰祝いで、猟団にお邪魔してそのまま朝までドンチャン騒ぎをしていたのだった。
どうやら装備は脱げていないし、起きた時誰も隣にいなかったから、まだ綺麗な身の上なのは間違いない。
事故は発生していない。
他の皆は、自分が起きた位置から大分離れた所でまさしく死屍累々といった感じになっていた。
正直、一般の方にはあまりお見せできない光景であるとだけ言っておこう。
ただ、とある景色と重なっているようにも映った。
まるで夢で見た景色みたいに。
夢で見た……。
死体の山のように──。
「よぉ、何かあったか? 寝こけてうなされてたから、場所変えてそっとしておいたぜ。お姫様だっこのサービスだ」
アニキがまだチビチビと飲みながら声をかけてくれた。 そして余計な情報を教えられた…。聞きたくなかった。
何でもありません。大丈夫です。
「何か悩んでるなら正直に言え。出来る限りの事はするぜ? もちろん出来る範囲で、だがな」
そういう顔、してますか?
「ああ、そういう顔してるな」
…。
……。
じゃあ、一つだけお願いしても良いですか?
「よしきた。お前からの最初の依頼だ。猟団の名にかけてキッチリ引き受けよう。安くしておくぜ」
あ、お金取るんですか…。
「冗談だ」