Emilio   作:つな*

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エミーリオは絶望する。


Emilio番外編 3

「さよなら、エミーリオ」

 

最期に見えたのは、瘦せこけた彼女のか細い笑みだった。

荒波に飲まれ、息が出来ずにもがき苦しみながら意識は深淵に落ちていった。

 

 

 

「……う」

 

瞼に突き刺さる日差しに意識が覚醒する。

次に、倦怠感と寒気が襲う。

緩やかな動きで起き上がり、海水に浸かっている下半身に眉を顰めながら立ち上がる。

ふらりふらりと覚束ない足取りで海辺から離れる。

 

「ごほっ…」

 

ただ何も考えずに無意識に歩いていて、我に返る。

そして思い出した、否、思い出してしまった。

裏切りを、仕打ちを…すべてを。

 

 

「あ……ぁ…あ"あ"ぁぁぁあああああああっ」

 

 

急に息が喉に詰まり、胸が苦しくなる。

その場に膝から崩れ落ち(うずくま)る。

体が震えだし、指は凍ったように動かない。

目からはただ涙が溢れるばかりで、口から出るのは掠れた吐息のみ。

 

 

何だこれは何だこれは何だこれは何だこれは

 

 

恐怖 苦痛、絶望、憎悪

 

どれもエミーリオには初めての感情であり困惑する。

どれほど経っただろうか、数日もその場で(うずくま)り続けていた。

 

すると耳に、さざ波と虫、風以外の声が入った。

 

「――――…――――…?」

 

それは近づいてくる。

砂を踏む音が耳のそばまで来た瞬間、何かが自身の肩に触れた。

刹那、心臓の底から冷水を被せられたような悪感に襲われ叫ぼうとした。

だが恐怖の為か、震える喉から零れだすは空気のみであり、どうしていいか分からずに瞼をキツく閉じる。

 

「―――――――――――っ!」

 

 

消えろ 消えろ 消えろ 消えろ

 

何かが俺の中で弾けた。

その感覚に瞼を全開に開き、涙が瞳から散る。

 

「■■■■■っ!■■■■■■■■‼」

 

何かの悲鳴とも取れる、声にならない音が耳に入ると同時に、焦げ付いた匂いが鼻についた。

直ぐに視線を横へと移せば、そこには何かの生き物だったであろう肉片の焦げた残骸が無残に残されていた。

 

「……あ…?な、……」

 

これは何だ。

この黒くて焦げ臭いものはなんだ。

 

「ヒ……ト…」

 

これはヒトだったものだ。

 

『ヒトは…脆いな……』

 

「う……ぅ……ぅぁぁああああああああああっ」

 

 

初めてヒトを殺め、俺は涙した。

 

 

数日間、黒い焦げたヒトであったものの側から動くことが出来なかった。

既に涙は枯れ、潮風に吹かれ続けた髪はパサパサになり、俺はただ蹲っていた。

 

「………帰、る……」

 

家族の元へ…安全な家族の元へ…

 

一筋の希望が見え、俺は我武者羅に家族を探した。

ヒトとは異なり、一族の生命エネルギーは一目で分かるほど逸脱している。

だからすぐに見つけて、二度と離れないように―――――……

数日たった頃、(ようや)く家族の気配を見つけ、そちらへ向かう。

森の中の洞窟に潜り、生命エネルギーを元に家族がいるであろう場所へと向かっていった。

漸く家族の後ろ姿を目にし、ホッと安心した。

そして手を伸ばそうとした時だった。

 

 

「エミーリオは見つかったのか?」

 

手を伸ばしきることはなく、それは空中をさ迷った。

 

「いいや…どこにも」

「くそっ……あいつは一体どこをほっつき歩いているんだ!」

「やはり、人間に現を抜かしたのでは…」

「だがセピラは、あいつが人間を見極めに行くと…」

「なら何故100年以上も帰ってこないんだ!現を抜かして我が一族の使命も忘れヒトと遊び惚けているのではないのか!?」

「おい、エミーリオがそんな奴ではないことくらい分かっているだろう…」

「ならば何をしているんだ!誰も奴の行先も知らぬ!あいつは帰って来ぬ!」

「もう少し待とう…」

「ふざけるな!もう7人になってしまったのだぞ!これ以上あいつを待っていられるか!俺は俺の決めた道を進む!」

「おい!待てっ」

 

乱雑な足音が遠ざかっていくのをどこか夢のように感じていた。

安全な場所であると……信頼できる場所であると信じていたソレにひび割れる音がした。

残された者たちは一様に黙り込み、俯いていた。

 

「私も…自分の決めた道を行く……これ以上エミーリオを待つのは、無理だ…」

「だがエミーリオは必ず戻ってくるっ」

「必ずって保障はないだろ……もう何年待ってたと思ってんだ……もう待ちきれないよ」

「お前も…エミーリオがヒトに紛れて、私たちの前から消えてしまったと……思ってるんじゃないのか?」

「いや、そんな……エミーリオに限ってそんなハズは…」

「俺たちは待ってるだけじゃ滅びるだけだ」

 

何人もの遠ざかる足音が聞こえ、俺は足が縫い付けられたかのようにその場にただ静かに立っていた。

 

 

安全な場所……安全な場所へ…

 

 

そこからの記憶はひどく朧気だった。

ただただ縋るように誰もいない場所を探し求めた。

心が求めるままに黒い炎は己を包み、世界を変え続ける。

そして、探し求めたそこは一面真っ白な世界だった。

口から洩れるのは白い息で、辺りにはヒトはおろか生物すらいないただ真っ白な雪と氷しかなかった。

裸足である己の足の裏に冷たさが刺さるのも気にせず空を仰ぎ見た。

 

そこにあるのは青い 青い 空

 

美しかった

 

 

「……星よ…お前はいつだって………美しいなぁ…」

 

 

何かが胸の内側から込み上げてくる。

 

「は…はは……ははははははは…っ…あはははははははははは」

 

可笑しく思えた。

人間の醜さも

一族の愚かさも

 

「あはははははは……は…はっ…ぁ……あ…は…」

 

友人も家族も全てを失った。

 

「あ…あ、ぁ……ふっ……ふぅ……う"っ…」

 

違う 最初からなかったんだ…

 

全部 全部 全部

 

「うぁ"ぁ"あああああああああああああっ」

 

真っ白で空っぽの この美しい景色のように

 

俺には何もない

 

あるのは 紛い物の心と体

 

 

「…いらない……ぜんぶ…いらない…」

 

 

全ては無に帰す。

 

一歩ずつ踏み出した足は、まさにあの瞬間と重なった。

新たに生まれ変わる個を、星はただ見守り続けた。

 

 

瞳から零れるハズの涙は、凍って空へと散った。

 

 

 

 

 

 

あれから数百年という時が経った。

俺はずっとこの真っ白な氷の世界でただ氷河を眺めていた。

星は何も言わず、何も魅せてはくれなかった。

でも、それでもいいと…ただこの星の終わり逝くその時までそこにいようと思っていたんだ。

なのに…

 

 

『あれは人でしょうか!?この絶対零度である-273℃の氷河地帯に人影のようなものが見えます!』

『おい!早く回せ!逃げられる前にカメラに収めて、大スクープにするぞ!』

『にしても微動だに動かないな…死体か?いやまずこんな死地に誰も来れるはずがない』

『ええ、今我々は人が入ることが出来ないと言われている、氷の世界の区域に上空から――――――』

 

ああ うるさいなぁ

 

『人影のようなものがっ…おい、動いた、動いたぞ!生きてる!み、皆さん、今氷の世界での居住者を発見し――』

 

消えろ 

 

『な、なんだ!ヘリがいきなり燃えてっ―――うわあああああああああ!』

 

消えろ

 

『やめっ、嫌だ!熱い!あ"あ"ああああああああああ』

 

 

「人間なんて…消えてしまえ…」

 

 

俺は右手を上げ、空を飛び交う物体を炎で包み込み、それは灰と化した。

その日、異色を放つ生命体に世界が震撼した。

 

 

あの日を境に、各国は氷の世界に軍用機を数台投入し、謎の生命体を捕えようと躍起になった。

だが氷の世界へ向かった兵士が誰一人として帰ってくることはなかった。

事態を重く見た各国の政府が他国と同盟を組み、世界連盟軍を結成し生命体の捕縛を試みた。

だが数百をもあるジェット機を、軍用ヘリを、ミサイルを一瞬で灰に還した。

ある国が恐れ戦き、独断で原子爆弾を氷の世界へと放った。

結果、原子爆弾が被弾する直後、炎のようなものが辺り一面を包み込み原子爆弾はその炎のようなものに触れた瞬間に灰となった。

これには各国もお手上げ状態となり、生命体には近づかないという結論を出した。

だがこれだけでは終わらなかった。

生命体が人類の居住区へと動き出したのだ。

政府は焦り、人類が終るという予見さえ出た。

生命体に対して興味津々になっていたマスコミは、生命体を捕まえられない政府の無能さを叩いていたにも関わらず、生命体が動き出してから政府に対し対処を間違えたなどと責任追及をして叩き出す始末である。

世界は恐れ戦いた。

未だ見ぬ生命体に。

最古の、最強の生命体に。

軍事力を保持していた大国はすぐさま自国の防衛に力を入れ、生命体の捕縛を捨て、生命体の抹殺を企てた。

数国の同盟を組みながら挑んだが、無残にも敗北。

生命体に攻撃が届くまでにすべてが炎に包まれ灰と化す。

科学者たちも、何故氷の世界と呼ばれるほどの絶対零度である地域で超高温の炎が持続しているのかが理解できず匙を投げだした。

人類は手を合わせ神に祈ったが、救える神は存在してはいなかった。

一つ、一つと国が亡びる。

そんな時、各国で少数の組織が名乗りを上げた。

それは普段ならば一般市民から忌避され、糾弾されるであろう存在のマフィア組織であった。

彼らはこう語った。

あの生命体が放っているものは、「死ぬ気の炎」という人間の生体エネルギーを圧縮し視認できるようにしたものであると。

訓練を受けた者や、価値観が大きく変わるような経験、決意など精神・肉体を追い込むことで人間の生存本能で発現することがあるということも。

現在、死ぬ気の炎を発現出来るのは僅かである上、謎の生命体の炎の含有量が人間の数千倍であると推測しているらしい。

そして、あの人型の生命体は人間なのか。

各政府、また各国のマフィアが出した答えはNOである。

人間の範疇を超えた存在として発表した。

神への信仰深い国では、あの生命体を神として崇めるところさえ出てきた。

そして生命体の進行は留まることを知らず、今もなお一つ一つと国が滅ぼされている。

先に攻撃してしまったのは人類であり、まさに今、人類は自業自得で滅亡へと向かっている。

どの国でも避難民が出るほどだが、生命体の瞬間移動の使用が確認されてから再び世界は困惑と恐怖のどん底に落とされた。

誰もが死を悟ったのだ。

いつ来るか分からぬ死に怯え、逃げ出し、ふさぎ込み、理性を手放した。

まさに世界は世紀末を迎えたのだ。

誰がこんな終わりを予想しただろうか。

誰がこんな終わりを望んだだろうか。

 

また今日も国が一つ滅び、海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何が目的でこんなことをしてるんだ!』

 

うるさいなぁ

 

『やめろ!これ以上俺達人間を殺すな!』

 

黙れ

 

『もう関わらないから!頼むから怒りを沈めてくれ!』

 

聞きたくない

 

『お前のような奴に仲間は殺させない! XX BURNER(ダブルイクスバーナー)‼』

 

 

 

気が付けば赤い海の上に立っていた。

 

ああ、一体…俺は何をしていたんだっけ……

そうか、人間を消してたんだ。

うるさくて、うるさくて、耳を塞いでも聞こえてくる彼らの雑音がイヤで消したんだ。

一つの種族が消えるだけでこんなに静かになるのか…

俺はまた氷の世界に帰っていった。

一人、誰かが俺の前に現れた。

見た感じヒトではないけれど、誰だろう。

 

 

 

「エミーリオ」

 

誰だっけ……それ…どこかで聞いたことがある気がする

 

「エミー…リオ」

 

ああ、思い出した…俺の名前だ…ずっと昔に捨てた俺の、なまえ…

 

「エ………-オ……」

 

「ああ、思い出した…君、シェリックだ……久しぶり、シェリック」

 

俺は彼の顔を両手で優しく包み込み、微笑んだ。

そうだ、初めて会ったのが彼だったんだ。

俺が名付けた…初めての……初めての……――――――

 

初めての何だっけ……

 

「ごめんね、もう君のことを忘れてしまった」

 

 

その場に彼の首を置いて、俺は再び歩き出した。

 

最近、星に亀裂が出来ている。

何故だろう…

このままでは星が死んでしまう。

 

 

『守らねば』

 

 

あれから数千年という年月が経った。

星を守り続けているハズなのに、星は太陽から地上を雲で覆い隠し、雨を降らせている。

ずっと雨が続いている…

このままでは辺り一面が海になってしまう

俺は炎で海の水を減らし続ける

 

だが雨は止まない

 

 

星よ、何故雨を降らす…

 

「もう…十分…降っているぞ……」

 

 

 

 

それはまるで涙のようだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう夢を見たんだけど…ってあれ?ちょ、何で皆泣いてんの!?」

 

「エミ"-リオの馬鹿ぁ"ぁぁぁぁあああ!」

「待て、白蘭待て、何で泣いてんだ、夢だから!これ夢だから!」

「エ"、エミ"-リオ"……何でっ、ぅー」

「バミューダお前もか!これ夢だから!本当にないから!」

「エミーリオ…俺もちょっと…これ、は…う"っ」

「た、武!隼人に綱吉君もかよ!」

「え、エミーリオ…にいざっ……」

「うわああ、風まで泣いてっ、お前ら一体何で泣いてんだよ‼」

 

 

皆泣いた。

 

 




エミーリオ:皆のSAN値を直葬した自動SAN値直葬機。
皆:「俺こないだ初めて夢見たんだよねー」という一言から、皆が大集合して、エミーリオの初夢を和気あいあいと聞いていたらSAN値直葬された非常に可哀そうな方々。

夢オチ。
エミーリオが本気出したら人類直ぐに終わっちゃうよーってだけの話でした。

ばっふーーー、kenmei、ブラキオ、ゴン様のリクエストです。
記憶喪失無し、闇落ち、ラスボス展開に入るかな?まぁ病んじゃった系エミーリオですね。

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