復讐の大地に
原初の霧に
最強の暗殺者に
古里炎真side
転入初日だった。
いきなりヤンキーに絡まれてしまった僕はただ殴られるのが終わるのを待っていた。
僕は何も出来ないから、こうして何もせず相手が飽きるのを待ってることしか出来なかった。
なのに、沢田綱吉君が乱入してきた。
だけど彼は直ぐにやられて、一緒に彼らの気が済むまで殴られ続けた。
ボロボロになった僕は沢田綱吉君を放って先にその場を離れた。
その後裂けたズボンを縫っている時に教科書を持ってきてくれたり、そのまま川に一緒に落ちてしまったりしたけど第一印象ではアーデルの言う酷い人には見えなかった。
逆に僕の様に自信の無さそうな人種に見えた。
また別の日に放課後ばったり会ってしまい、帰り道一緒に帰っていると、綱吉君はとある店を指してそこへ入ろうと提案してきた。
僕はお金をあまり持っていなかったからあんなおしゃれな店入れないと思ったけど、断る前に綱吉君があまり手持ちがなくとも大丈夫だよと言ってくるので、首を縦に振ってしまった。
その店に入ってみると、イタリア風の内装をしている綺麗な店で、店主は若く気さくな男性だった。
「いらっしゃい」
「こんにちわエミーリオさん」
「あ、綱吉君か。そちらの子は友達?」
「あ、えっと……はい。至門中学校からの転入生です」
「そっか、じゃあ奥のテーブル席ね」
「はい」
僕たちは奥のテーブル席に座り、メニュー表を覗く。
綱吉君の言った通り、一品ずつが学生でも手の出せるような料金で、綱吉君曰く数か月ごとに人気メニュー以外がごっそりと変わったりするらしい。
僕はオムライスを頼んで、それを口にする。
今までに食べたことないくらい美味しかった。
目の前で笑う綱吉君を見て、やっぱり悪い人じゃないのかなって思い直した。
別の日に一人で店に行くと、店主さんは僕の顔を覚えてた。
「あ、この前の子か。」
「あの…オムライス…」
「ご注文承りました。あ、君…何か好きなものある?」
「え?えっと…猫…」
「了解」
数分後、出てきたオムライスにはケチャップで猫の絵が描かれていた。
それをずっと眺めていると店主さんに冷めないうちに食べてねと言われて、漸くスプーンを掴んだ。
「あ、ガーゼ取れかけてるよ」
店主さんは屈むと、僕の頬のガーゼを外して、テープを新しく替えてくれた。
「この怪我どうしたの?」
「………別に」
前の学校では教師ですら無視をしていたから、この人もどのみち助けてはくれないのだと思ってた。
大人に、守ってもらえたことなんてなかった。
「頼れる人はいるのか?」
「………いる」
「そっかそっか、一人で抱え込むなよ」
そんな言葉何度だって聞いたよ。
教師から何度だって言われて、誰も改善すらしなかったじゃないか。
「な、何で…僕のことなんか放っておけばいいだろ」
「怪我した奴放っておく人になりたくないからな。それに、君がずっと悩んでるような顔してるからさ…」
「悩んでる?」
「ここ夜は居酒屋なんだけど、君みたいな顔してる人は少なからずいたし…皆苦しそうだった」
「…」
「俺が改善出来る問題がなかったわけじゃないけど…少しでも吐き出せる場所があるだけで人間楽になることだってあんだぜ」
陽気に笑う目の前の男がひどく眩しく感じた。
「…………逃げ出すことばかり、しょっちゅう考える…」
「逃げることの何が悪いんだ?」
「え…」
「立ち向かえばそれだけで良いだなんて、そんなルールねぇんだから、逃げることもまた一つの手なんだろ」
「でも…友達は、皆…いつも逃げてばかりって呆れてる…」
「まぁそれはお前が惨めに見えて仕方ないんだろうな…でもな、俺はそれでも構わないと思うぜ。だってお前の人生なんだから」
「僕の…」
「友達の言うことを聞いて自分を変えるのもまた一つの手だ。ただな、後悔のある選択なら捨てとけ」
「後悔…」
「おう、後悔しないようにあの手この手使って悩んで選べ、その選択に誰も文句言わせないぐらいの自信は付けとけよ」
「………」
「人生なんて、自分が決めるからこそ意味があるんだ。その為ならいつでも相談には乗ってやるからな、ほれオムライス冷めんぞ」
「う、うん…」
初めて言われた言葉だった。
軟弱だの、積極性だのそんな言葉よりも、ただ考える場所をくれたのは初めてだった。
悩むことしか出来なくて、決断するのもあやふやで、でもそんな僕でもそれでいいって言ってくれた。
口に広がる卵とケチャップは今までで一番美味しかった気がする。
「あれ?炎真?」
ふと知っている声に顔をあげると、ジュリーがこちらに向かって来た。
僕は反対席に座るジュリーに目を丸くした。
「お前もここの店来てんのか?俺チンここの料理気に入ってんだよね」
「うん、オムライスが美味しいから…」
「相変わらず子供舌だな、あ、エミーリオさん俺コーヒーとツナサンド」
厨房から聞こえる返事に、ジュリーはあの店主さんと仲がいいみたいだった。
「あの人、エミーリオって言うんだ…」
「おう」
その後は他愛もない話をしながら、食べ終えると一緒に帰宅することになった。
ただ店を出る際、エミーリオさんが僕に声を掛けてきた。
「炎真君」
「?」
「助けてほしい時は叫んでみろ…絶対にその手を掴んでくれる人がいるハズだ」
「……分かった……」
「えー何々?炎真、お前エミーリオに人生相談でもしてたのかよ」
僕としてはもう少しエミーリオさんと話がしたかったんだけど…また今度来てみようかな。
次の日、また不良たちに殴られたり蹴られらりして、痛みが治まるまで神社で休んでたら綱吉君が独り言を喋りながら寄って来た。
「あー!マフィアのボスとか絶対ヤダ!」
「逃げちゃえば」
無意識に、声を掛けていた。
逃げることだって悪くないのだと、エミーリオさんは言ってくれた。
だから悩んでる綱吉君にもそれを伝えてみると、納得したような様子をしてて、やっぱり逃げたっていいのだと思った。
だけど彼の家庭教師に止められて、その後ボンゴレの反対勢力の奴等に襲われた。
でもツナ君が助けてくれた。
僕の中でもうツナ君は悪い人には見えなかった。
継承式の二日前に護衛でツナ君の家に泊まることになって、ツナ君は僕に継承式のことで相談してきた。
何で僕に相談するのか分からなかった。
「マフィアなのにマフィアが嫌いだって分かってくれるのエンマ君しかいなくて」
「一緒にしないで」
僕らの苦しみの何が分かるって言うんだ。
どれだけ他のファミリー達から嫌がらせを受けてきたと思ってるんだ。
少し棘のある言い方でツナ君を突き放した。
「ご、ごめん」
「でも……ツナ君となら友達になれるかもって思うときがある………ツナ君は他の怖いマフィアの人達とはちがうから」
「お、俺は!もう友達だと思ってるよ!継承式のことがなくっても君たちと知り合えて本当によかったって思うよ!」
その言葉を信じていいのか分からなかったけれど、嬉しかったんだ。
彼を信じたくて、ツナ君の机の上に手紙を置いた。
彼を信じたくて、工場地あとで待っていたけれど、終ぞツナ君が来ることはなかった。
僕の中からボンゴレを潰すことへの迷いは消えていた。
継承式前日に、カオルがリングを見られて山本を重症に追い込んだ。
ボンゴレ側は犯人を捜そうと飛躍になっていたけれど、僕たちであることは誰も疑っていたなかった。
当日になると、大勢のファミリーが顔を出していて、ついにツナ君が継承を受けると言うところで僕たちは反逆を起こした。
「『罪』は返してもらうよ。この血は僕らシモンファミリーのものだから」
そう、僕たちの誇りを今こそ…
復讐を…誇りを取り戻すための復讐を…
僕の言葉に驚いて目を見開いていたツナ君は直ぐに怒りを露わにしてきたけど、リングの封印を解いた僕たちの力の前では手も足も出せずにいた。
ああ、こんなに脆くて弱いボンゴレなんかに、僕たちは今まで苦しめられてきたなんて…
直ぐに殺してやるものか、じわじわともがき苦しませながら殺してやる。
僕はシモンの所有していた孤島に行き、ボンゴレを待っていた。
するとジュリーが連れてきた少女を抱きながら思い出したかのように言い放った。
「もう飯にしようぜ…そういえば、俺が一流のシェフ連れてきたんだぜー」
「待て、貴様無断で他人をこの島に入れたのか!?」
「別にいーじゃねーか、何も知らねー奴だぜ?」
「ジュリー…その人ってまさか…」
「ん?ああ、炎真は知ってるだろ。エミーリオだよ」
憤慨するアーデルの横で僕はエミーリオを思い出していた。
そういえば彼はツナ君達と仲が良かったな…いっそのこと彼も人質の役割を担ってもらおう。
「アーデル、エミーリオは人質にする価値はある」
「………分かったわ、ジュリーも勝手なことはやめなさい」
「へいへーい」
その日の食卓に並べられた料理はとても美味しくて、ついツナ君と最初に彼の店で食べた時のことを思い出してしまったが直ぐに首を振り迷いを切り捨てた。
翌日、総出でツナ君達を出迎えた後、復讐者が現れた。
「この戦いで力尽きた敗者は我らの牢獄に永遠に幽閉する」
ああ、ボンゴレの末路には持って来いじゃないか。
復讐者が消え、僕らも一旦引くことになり、彼の前から姿を消した。
その後紅葉が笹川了平と対決し、引き分けとなり両方とも復讐者に連れていかれてしまった。
僕はショックだったが、それよりも先ほどの記憶が気になった。
迷うな、僕はただボンゴレを潰せばそれでいいんだ…
翌朝、らうじとランボが対決し、らうじが負けてしまい復讐者に連れていかれてしまった。
らうじが負けたうえに、脳裏に映ったボンゴレⅠ世と初代シモンのやり取りで、本当は僕の勘違いだったんじゃないかと思い始めた。
でもジュリーの持ってきた情報に迷いなど一切消えて、残るのは怒りだけだった。
僕の妹を…両親を……殺したのは沢田綱吉の父、沢田家光だったなんて…
ああ、憎い…仲間を傷つける奴が、僕の家族を殺した男の血が流れている奴が…
「沢田…綱吉……」
「あれ?綱吉君がどうしたの?」
「!?」
怒りのあまり周りが見えなかったのか、直ぐ横には飲み物を持ってきてくれたエミーリオさんがいた。
「エ、エミーリオさん…」
「ああ、勝手に入ってごめんな、何度もノックしたんだけど返事なかったからさ」
「いえ…」
「はいこれオレンジジュース、何だか怒ってるように見えたけど綱吉君と喧嘩でもしてんの?」
「いえ…あ……えっと…う…ん」
「許せないの?」
「うん」
「なら、仕方ないね」
「え?」
「それが君の選んだ道なら、きっとそれでいいんだと思うよ」
「僕の…選んだ……」
「君がそう選んで自分の意思を貫きとおした最後に、きっと何かを得られるものがあるんじゃないかな」
「得られる…」
「おう、だけどその意思を見失っちゃダメだぜ…いつだって心に留めておけよ」
エミーリオさんが出て行った後も、僕は彼の出て行った扉を見つめていた。
意思……僕の……誇りを…仲間を守りたいんだ…
そうだ、あの記憶はきっと何かの間違いだ。
僕はボンゴレに復讐しなきゃいけないんだ…妹の為にも両親の為にも…仲間の為にも。
SHITT・Pと獄寺隼人が対決して、SHITT・Pが負けてしまい僕は我慢の限界だった。
仲間を傷つける沢田綱吉に怒りが頂点に達して、アーデルの静止を無視して沢田綱吉と対峙した。
許さない!今ここで、お前を!お前を殺してやる!
そんな僕の怒りのせいでか、シモンリングの覚醒が始まって激痛が体を襲った。
アーデルに背負われたのを最後に僕の意識は途切れた。
『お兄ちゃん!エンマお兄ちゃん!助け―――――――』
妹も両親も仲間も全部ボンゴレが…沢田綱吉が……許さない、殺してやる、殺してやる…絶対に僕がこの手で……
沢田綱吉をさわだつなよしをサワダツナヨシを…コロス……
❝意思を見失っちゃダメだぜ❞
誰かの声が脳裏を過ぎりズキリと頭が痛くなって、その拍子に思考が戻りかけた。
僕は一体何を考えてっ…
すると、一気に初代シモンとボンゴレⅠ世の記憶が頭の中を駆け巡った。
ああ、ボンゴレⅠ世は裏切ってなんか…なかったんだ………
でもそうなら僕はこれからどうすればいいの?
ボンゴレへの復讐の為に今まで必死に生きてきたのに、何もかもなくなったこれからはどうすればいいの?
僕にはもう…何もない…
仲間も、家族も…全部全部…零れ落ちていった…
誰も…いない……
一人は嫌だ 寂しい 誰もいない 僕は一人だ 寂しい
………助けて…
❝助けてほしい時は叫んでみろ❞
「………けて」
「聞こえるか!エンマ!」
「………たすけてっ…!」
「俺がいる!ここにいる!」
鉛の様に重たかった思考が一気に晴れた。
「ツナ……君…」
「エンマ……助けに来た」
❝絶対にその手を掴んでくれる人がいるハズだ❞
涙が溢れた。
ああ、僕は救われたんだ……
制御出来ずに暴走し出した僕の力をツナ君は大空の調和で僕ごと助けてくれた。
勘違いして、ボンゴレを襲ったことを謝るとツナ君も、その守護者達も僕を責めようとはしなかった。
そして復讐者の言いつけに従って、僕たちはD・スペードと六道骸の対決を見届けるべくその場から移動した。
ジュリーの中身がボンゴレ初代霧の守護者であることを聞いた時に、ふと小さな疑問が過ぎったけれど、時間も限られていた状況の中でその疑問を口にすることはなく、頭の隅に追いやった。
D・スペードは何故エミーリオさんをこの島に――――――――――――?
D・スペードside
それはまさしくあの男の横顔だった。
Ⅰ世の言葉など耳に入らず、大空のアルコバレーノの膝の上で穏やかに眠っていたあの男をただ眺めていた。
ボンゴレリングの枷を外す僅かな時の中、私の思考はただその男に向けられていた。
いっそ、夢でもいいと…幻でもいいと伸ばした手すら消え入りそうな思念体である自らを呪いたくなる。
リングに戻るその時まで私の視線がズレることはなかった。
エミーリオ…
「え…」
リングに宿した思念体を通して見たそれに、思考が止まった。
「ジュリー!聞いているのか!」
「……っ、ああ、えーと何だっけ?」
「全く!これから並盛への転入手続きをするから書類を書けと言っているだろう!」
「お、おう…」
アーデルハイトの言葉に我に返り、動揺する自身を必死に取り繕う。
あれは…エミーリオなのか
これだけが頭の駆け巡り、私の手は小刻みに震えていた。
漸く並盛中学校への転入手続きが終わると、同時に私はエミーリオと類似する人物を探し出した。
未来では日本にいたことから、日本を中心に探すと直ぐに身元が知れた。
私の目の前にはイタリア風の店があり、それはあの頃の酒屋を想起させた。
高鳴る心臓の音を無視して、入口の扉を開くと声がする。
「いらっしゃい」
記憶と一寸も違わぬその声に頭の中は真っ白になり、彼が再び声を掛けるまで体が固まって動けなかった。
動揺を抑え、カウンター席に案内してもらい、他の客の対応をしているその男を暫くじっと観察していた。
声も姿も口調も全てが同じであるあの男は、エミーリオだとでもいうのか?
だが彼はあのテロに、巻き込まれ死んだはずでは…
あの頃、あの国で開いていた彼の店は爆弾の被害で無残にも全壊していて、店内には目も当てられぬほど原型を留めていなかった者達が数名いた。
喪失感と、絶望と…それから虚無感と…既に言葉にするには失ったものがあまりにも大きすぎた。
エレナに続き大切な者を失った私が冷静さを取り戻したのは、テロ集団の亡骸と、そいつらの縁者の肉片を目の前に、血に濡れた自身の手を眺めていた時だった。
ああ、嫌な記憶を思い出してしまったと思考を切り替え目の前の男の観察を続ける。
「すみません、あなた、出身はどこですか?」
「はい、出身…ですか?イタリアですけど…」
イタリア…彼と同じ…彼の縁者の可能性が大いにありますね。
「コーヒーとサンドイッチをお願いします」
「日替わりサンドでいいですか?」
「ええ、それで」
注文が来る時には客も片手で数えるほどしかおらず、私はグラスを拭いている彼に話しかけた。
「先ほどはすみません、私は加藤ジュリー。お名前をお伺いしても?」
「ああ、俺はエミーリオですよ」
持っていたコーヒーを危うく落とすところだった。
その名に、血縁ということは疑いようがなかった。
「そうですか、あなたに似ている方をイタリアの方で見かけたもので、少し驚いてしまったのです」
「あーなるほど、まぁ世界には自分とそっくりさんは三人いるって言いますしね」
「ええ、全く…それと、敬語は不要ですよ」
「え?そう?じゃあ遠慮なく、君も敬語は要らないよ」
「私のは癖なので」
「マジか、君見た目と中身が凄くミスマッチしてるね」
その言葉に、漸く私は自身の言葉遣いに気が付く。
加藤ジュリーとは程遠い、本来の自分の素で話してしまっていたことに内心驚いていた。
今からいきなり変えても不審に思われるだけで、仕方なくそのままにすることにした。
そう、まるであの頃に戻ったかのように。
「そうだ、ジェリー君」
「ジュリーです」
「君舌は肥えてる方かい?」
「?…ええ、まぁそれなりには…」
「今新作考えてるんだけど、味見してくれないか?」
「私でよければ」
目の前の男がかつての友人であるかのような錯覚に陥りながらも、そこに嫌悪はなく罪悪はなく困惑はなく、ただ懐かしかった。
あの小さく小奇麗な店で酒を飲みながら交わした会話をひどく懐かしく思った。
「そういえばあなたは日本人のようには見えませんがハーフかイタリアの血筋ですか?」
「ん?あー、純イタリアだな多分」
「多分?ご両親の出身はどこで?」
「俺両親の顔知らねーし、知らないうちからイタリアいたから、多分イタリア人かなーって思って生きてただけだし」
「失礼しました」
「いやいや別にいいって、自分の生い立ちを悲観したことなんて一度もねーさ」
「そう、ですか…」
エミーリオがどこぞの娼婦にでも手を出して孕ませた子の子孫の可能性が高いが、彼がそんな節操のないことをするとは思えない。
であれば、エミーリオは子孫がいることすら知らずに亡くなったのですね……
エミーリオに顔も名前も同じこの男はさしずめ彼の先祖返りのようなものだろう。
同一人物のように思ってしまうのは、彼の性格故か。
その日は、また来ると言ってその店を出た。
次の日も来ては彼との会話を楽しんでいた。
別の日に古里炎真と店で鉢合わせし、男に口調を変えていることがバレたが、彼が問いただしてくることはなかった。
人の抱える事情の重さを見抜き、入り込むか否かの絶妙な加減を知っているような彼の態度が更にかつての友人を想起させた。
あの頃のボンゴレがもっと強ければ、私は変わっていただろうか?
エレナを、エミーリオを死なせずに済んだだろうか…
ああ、早く今のボンゴレを潰して、次世代に完璧なる後継者を据えなければ。
これからの計画に差し支えるといけないので、ちゃんとシモンの方にも意識は向けている。
まぁ私が何もせずともアーデルハイトが進めてくれるだろうが。
そこで私はふと思いつく。
彼を今回の喜劇に呼んでみようかと。
エミーリオとここまで似通っているのならば、私の創る強きボンゴレも理解できるはずだ。
何せ、私の背中を押したのはエミーリオなのだから、私の唯一の理解者である彼の子孫であれば、分かってくれるはずだ。
であれば必ず私の力となり支えになってくれるはずだ。
調べてみると、どうやら彼はボンゴレの者達と繋がりがあるようだし、傷つける気はないが人質の役割も果たしてくれるだろう。
そう決まればと、私は彼を継承式の当日から一周間ほど私用に付き合って欲しいと掛け合った。
最後まで渋っていたが、取り合えず首を縦に振ったことから私は満足した。
それから順調に進んでいった。
古里炎真もアーデルハイトも、全て私の予想通りに動いてくれて、ニヤける口を隠すのに苦労するほど滑稽だった。
継承式当日になると、幻術で加藤ジュリーを作り、先に島に案内させて本体である私は継承式に参加していた。
そして古里炎真がシモンリングの枷を外しボンゴレに反逆する。
シモンリングの能力は私の知る当時の初代シモンとはまだ比べ物にならないほど弱かったが、これもあと数日で完成するだろう。
私はクローム髑髏を表向き人質として攫い、孤島に着いた後空き部屋に寝かしていた。
その後厨房へ行くと、既に食事の用意を始めている彼が視界に入り周りに誰もいないことを確認し、声を掛ける。
「もう準備をしているのですね」
「あ、ジェリー君」
「ジュリーです」
彼の意地でも名前を覚えようとしないところは果てしなく受け継いで欲しくなかった。
「皆が到着しました、まあ挨拶はいつでもあなたの好きな時にすればいいでしょう」
「りょーかい、じゃあ飯持って行くときに挨拶でもするさ」
その後彼は皆に軽く挨拶をすると、再び厨房に戻っていった。
どうやらあくまで仕事で来ているので、必要がない限りこちらに接触する気はないとのことだった。
翌日、ボンゴレとの決闘が始まり、最初に森の守護者である青葉紅葉がボンゴレ晴れの守護者笹川了平とぶつかった。
結果、引き分けとなり復讐者に囚われてしまう。
フン、腐ったと言えどボンゴレか…
次の決闘では、山の守護者である大山らうじと雷の守護者であるランボが戦い、大山らうじの敗北に終わる。
ッチ、使えぬガキめ。
私はクローム髑髏の様子を見て、その体を明け渡すよう言い放つが、彼女はそれを断固と拒んだ。
仕方なく洗脳することにし、部屋の中で待機させた。
古里炎真の方が仲間を失なったこと、そしてボンゴレⅠ世と初代シモンの記憶に迷いが生じ始めている。
頃合いかと思い、沢田家光の名前を出し古里炎真を焚きつけた。
次の決闘での沼の守護者SHIT―Pと嵐の守護者獄寺隼人の戦いを古里炎真がアーデルハイトと共に観戦しに向かう。
私も付き添いながら試合を見届けていると、ボンゴレ側の勝利で終わり、復讐者に囚われた仲間を見た古里炎真が憤慨した。
そして沢田綱吉とぶつかるが、あと少しで沢田綱吉を殺せると言うところでシモンリングの覚醒が進行し古里炎真が戦闘不能になり引き返すことになった。
それから古里炎真を屋敷に残し決闘に向かったアーデルと、その戦いを見ると出て行った水野薫を見送り、私は古里炎真を地下にある屋敷へと移動させた。
既に屋敷の広間にある椅子に座らされた彼は意識を失っていて、これから理性も失い始めるだろう。
さぁ覚醒はもう戻れぬところまで来ていますよ…ヌフフ、早く沢田綱吉を殺しなさい…古里炎真
私は屋敷の方にシモン全員の幻術を作り、あの男に怪しまれぬようにしていた。
幸い彼は厨房以外は部屋か海辺のどちらかにしかいない。
私は最終段階へ移ろうと思い、アーデルハイトの元に洗脳済みのクローム髑髏を連れて向かう。
戦いが始まっているであろう滝へ赴き、観戦していると幾何か期待していたアーデルハイトが敗北し、内心期待外れだと一蹴する。
「ジュリー、炎真のことは…頼めるわね」
「ああ、まかせとけ。お前はよくやったさアーデル」
「ジュリー…」
「これでオレちんもキレイさっぱりシモンに見切りをつけられる」
「「「「!?」」」」」
そこでその場にいる者に正体を明かす。
「挨拶をしたほうが良いですね。腐った若きボンゴレ達よ」
そして、私は真実を話した。
Ⅰ世を騙し初代シモンの暗殺を企てたこと、ボンゴレを自身の理想に当て嵌める為長年画策していたことを、シモンファミリーを騙して操っていたことを。
アーデルハイトは泣き崩れ、それを見下ろしていると水野薫が奇襲しに来た。
騙されていたことに噴気していたが、所詮は子供の攻撃…幻術を駆使する私には何も効きはしなかった。
その後水野薫と対峙していると山本武が乱入し、復讐者によって第5の鍵、初代シモンとボンゴレⅠ世との記憶が渡された。
だがそこには私の予想外の出来事が起こっていた。
バカな!Ⅰ世に私の策が見透かされていただと!?
おのれⅠ世!!コザァートの死を偽装するとは!
煮えたぎる腹の内をどうにか落ち着かせ、未だ真の目的を果たしていない私はクローム髑髏と共に一旦退避することにした。
屋敷から少し離れた場所でクローム髑髏の洗脳を解き、六道骸を呼び出した。
出てきた六道骸にわざと負け、加藤ジュリーの体を捨てる。
そして念願の復讐者の牢獄に拘束されている精神の入っていない空っぽの六道骸の体を手に入れた!
「感謝するぞ六道骸!!お前の肉体を頂いた!」
人間の領域を凌駕した私は、第八の夜属性の炎で孤島にワープし、屋敷の方へ向かう。
これから行われる蹂躙劇を彼に見せようと屋敷の中を探すも目的の男は見当たらず、仕方なく彼らを殺した後にボンゴレに引き込めばいいと後回しにし、沢田綱吉の元へ向かう。
さぁ、腐った若きボンゴレよ……今ここで終止符を打ってあげましょう。
これからは強きボンゴレの時代だ!
他の守護者を幻術世界に誘い込み、私は沢田綱吉と古里炎真を相手取る。
圧倒的な力の差の前では、彼らの一撃も私から見れば赤子のソレだった。
何度も立ち上がる彼らを幾度も踏みつぶし、嬲り、吹き飛ばした。
古里炎真が死を覚悟してまで私の動きを押さえ、沢田綱吉の大技を喰らう時は内心冷や汗をかいたが、それまでだ。
生き延びた私は沢田綱吉の骨を隅々まで折り、もがき苦しみながら死ぬのを待っていると、復讐者から第7の鍵が渡された。
それにより再び復活し覚醒した沢田綱吉に、手も足も出ない私は遂に六道骸の体を捨てて逃げに徹する。
だが復讐者が夜の炎を奪い取り、私は為すすべもなく沢田綱吉によって霊体を大幅に吹き飛ばされた。
もはや霊核を壊された私に残された時間は僅かで、私の懐から落ちた懐中時計が気になっている沢田綱吉に手向けとして過去を語った。
エレナのことを、今の私の原点を……そしてそれを支えてくれた男のことを。
「エレナの死した後、彼女の死に大きな喪失感に襲われていた私を…ひたすら支えてくれていた者がいた……」
「いつも小さく小奇麗な店に佇んでいるあの男が……死して尚も私の心の拠り所となっていた」
「彼は争いごととは無縁の者でした」
「私たちのいる影などではなく、光の届く場所で笑い続けるような者でした」
「だから、だから許せなかった……テロに巻き込まれ死んでしまったことが……」
「エレナに続いて彼までも失った私に残ったのは、ただボンゴレを強くすることだけだった」
私の言葉に沢田綱吉が疑問を口にする。
「その人は…懐中時計の写真に写っていない人のこと…だよな?」
「ええ、彼はただの居酒屋を営んでいた一般人ですよ…だが誰よりも人の心に寄り添うことの出来る人でした」
「その人って…」
「彼の名前は………ぐあっ」
そう言おうとすると同時に霊体の消滅が進み、口を開くのさえ億劫になり、意識が朧げになり始めた。
そんな時だった。
「ナッポー?」
懐かしい声がした。
「おー、やっぱナッポーじゃん。久しぶりだな」
「ヌフフ、ナッポーではありません…エミーリオ」
その呼び方をするのは世界で唯一彼だけだと、確信めいたそれに心の底から笑いがこみ上げる。
ああ、これが幻でも、それでもいいと、心から祈った。
目の端から零れているであろう涙に気にも留めず、ただ目の前のボヤけた視界の中でエミーリオの顔を見ていた。
それは、記憶のそれと変わらずに、ただずっと私の側にいたかのように
「エミーリオ」
「んー?」
「私は…あなたの言う…安心出来る…ボンゴレを…作れたでしょうか………?」
「そうさな、イタリアは前よりもずっとずっと住みやすくなったぜ」
「そう…ですか………」
「お前ずっと頑張ってたもんな。エレナが死んだ後も、俺がいなくなってもずっとボンゴレを存続させるの頑張ってたもんな」
「は…い……」
「ありがとう、よく頑張ったな」
ああ、私はただその言葉が欲しかったんだ。
百四十年余りの妄執から漸く解放され、鉛が抜け落ちたかのように息をするのが楽になったような気がした。
「デイモン」
日差しが精神体であるこの身にきつく差し込む。
「お疲れさん」
緩やかに、口元に笑みを作り
「あの世でエレナちゃんと仲良くな」
私は旅立った。
リボーンside
「あの世でエレナちゃんと仲良くな」
エミーリオの言葉と同時に、D・スペードは笑みを浮かべながら消えた。
漸く脅威がなくなり、休みたいのは山々だが目の前の出来事がそれを許さなかった。
最初に問い詰めたのは俺ではなく、ツナだった。
「どうしてエミーリオさんがD・スペードと!?知り合いだった!?でも彼は数百年も前の人物のハズじゃっ」
「あー……そっかぁ……んー」
「おい、てめぇ…本当の年齢はいくつなんだ」
ツナの問いに曖昧に返事をする奴に俺は問いただすと、奴は深いため息をした。
「他言無用を約束してくれたら教えるよ」
その場の者達は皆頷くのを確認すると、エミーリオは重い口を開いた。
「正確な年齢は知らないが、俺が覚えてるだけで最低でも650年以上は生きてるよ」
「「「「!?」」」」
衝撃的だった。
しかもコイツの場合はD・スペードと違い、不老不死という体質的なものだと言う。
それをD・スペードは知っていたようには思えない、実際奴はこいつが死んだと思い込んでいた様子だった。
「でもなんでそんな体質に…」
「さぁ俺も分かんねーし、別に悲観するようなことでもないからなぁ」
「えぇぇえ⁉」
「そんなことより…って」
エミーリオが何かに気付いたようにある一点に視線を固定していたので、そちらの方を振り向くと、守護者達がこちらへ向かっていた。
「なぁ綱吉君……もしかしてこれもマフィア関連だった感じ?」
「え?あ、あはは……す、すみません」
「マジかー……」
頭を抱えている奴に、俺はとある疑問が頭を過ぎった。
奴に聞こうとしたが、既に他の守護者達が近寄っていたので後ほど聞けばいいかと思い口を紡ぐ。
その後ボンゴレの救護班と船が到着し、無事俺達は孤島を出ることが出来た。
今回の黒幕はD・スペードであったと九代目に報告し、シモンファミリーには謝罪以上のお咎めはなかった。
俺は今頃ツナに今回の説明をされているであろうエミーリオの元へ向かう。
案の定、顔に皺が刻まれていて複雑な表情をしているエミーリオと、それを見守るツナがいた。
「なるほど……ジョットの創った自警団は今や巨大なマフィアっていうわけか…」
「あ、えっと……」
「やっぱりそれは知らなかったのか」
「リボーン!?」
「まぁ俺はイタリアを出て100年くらい帰らなかったからな…情勢なんて噂程度でしか知らんかった」
なるほど、だから自警団のボンゴレと、マフィアであるボンゴレが繋がらなかったのか。
「まぁ過ぎたことをとやかく言う気はねぇよ」
深いため息を吐いたエミーリオはその場を離れようとするが、俺が引き留める。
「待て」
「あ?」
「一つ聞きたいことがある」
「?」
「俺と同じおしゃぶりをした赤ん坊を見たことはあるか?」
「おー、何人か見たことあるぜ」
「その中に透明のおしゃぶりはいたか?」
「まぁ、いたな」
「そいつの名前は憶えてるか?」
「わりーがそれは個人情報だ、教えるわけにゃいかねーよ」
「……そうか」
不死であるこいつが脅しなんぞ効かないと分かってしまった以上、聞き出す方法がないと諦める。
エミーリオは少し船の先端の方で座り込んで、海を眺め始めていた。
「あのさ、リボーン…」
「何だ」
「俺には分からないんだけど……皆に置いてかれるのってすごく、すごく苦しいと思うんだ」
「……そうだな」
「なぁ、エミーリオさんのあの体質…治す手立てとかあるかな…?」
「さぁな…だが、ちゃんとあいつの意思も聞かねぇ内に決めることじゃねぇぞ」
「ああ、分かってる……ただ、エミーリオさんの背中、凄く悲しそうなんだ」
❝誰よりも人の心に寄り添うことの出来る人でした❞
それでもおめーが救われなきゃ、意味がねぇだろが
「ッチ、胸糞悪ぃ潮風だな」
D:エミーリオをエミーリオの子孫だと思い込み、現実逃避を図ることでSAN値直葬を免れたラッキーボーイ。旅立ったはいいが、君の行先は地獄だ。頑張れ。
エミーリオ:Dの暴走要因その1。Dはこいつを殴っていいと思う。
エレナ:Dの暴走要因その2。だがほとんどエミーリオのせいなので君に罪はない。
加藤ジュリー:ただの被害者、取り合えず被害者、果てしなく被害者。
アーデル:巨乳にしか目が行かないキャラであり、全会一致であると信じたい。
リボーン:センチメンタル発動中。
※原作ではDが消滅した後、復讐者が手土産にもう一つの鍵を渡すんですが、エミーリオいたのでちょっと鉢合わせを避けて、省きました。