Emilio   作:つな*

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エミーリオは思われる。

再来の憤怒に

原初の大空に


Emilioへの親身

ザンザスside

 

ベルが雇って欲しい奴がいると言い出した。

俺は機嫌が最悪だったこともあり、そいつが少しでも気にくわなかったらカッ消そうと決めていた。

だがそんな思いに反して開かれた扉から入って来た奴に目を見開いた。

 

「あれ?ザンザス?………待て、王子君の上司ってザンザス!?」

「え?」

「何でてめーがここにいんだ、エミーリオ」

「はぁ?ボス!こいつと知り合いなの!?」

「うわー…ザンザスが俺の名前覚えてる…」

「ッチ、おいベル外せ」

「え?……え、うん……」

 

久しぶりに見た奴の顔は俺の記憶と寸分違わぬ姿だった。

待て、俺は8年間凍らされてたから変わってなくて当たり前だが、こいつは違う。

今思えば初対面の時から18年も経っているハズなのにこいつは全く変わってないような気がする。

幻術か?いやだが、こいつはマフィアのことを知らないハズだ。

俺が内心訝し気にしているとエミーリオは手に持っていたものを差し出してきた。

 

「飯、作って来たから食え」

「俺に命令すんじゃねぇ」

「相変わらず可愛げねーな」

「カッ消すぞ」

「口も悪いままかよ…」

 

俺は飯の入った袋を奪い取り、袋から飯の入っている箱を取り出し開け始める。

中にはラム肉やフィレ肉が入っていたからそれにフォークを刺して口に運ぶ。

ちゃんと野菜食えよ、と言ってくるカスの言葉を無視して食べ続ける。

 

「そういえばお前あの後元気にしてたか?」

「…」

「親父の跡継ぐって言ってたけど、もう継いだのか?」

 

その言葉にカッとなった。

近くにある銃を取り、エミーリオの額に押し当てた。

エミーリオは目を丸くし、次の瞬間頭に衝撃が走った。

 

「いっ」

「人に銃口向けんなって何度言ったら分かんだ、今度向けたらアイアンクロー掛けるからな」

 

頭を叩かれたのだと分かり、久々の痛みに眉を顰めた。

だが怒りは収まらず、目の前のエミーリオにイラつきをぶつけた。

 

「……じゃねぇ…」

「あ?」

「あんな血の繋がりもねぇクソジジィ、俺の父親じゃねぇよ!」

「……は?」

「…………くそっ、いつか必ずぶっ殺してやる………あのクソジジィ」

「おい待て、何でんな物騒な考えになんだよ…別に血が繋がってなくとも会社くらい継げるだろ」

「あの老いぼれは俺よりもチビのカスガキを選んだ!ただ血が繋がってたってだけでだ!死んで当然のクソジジィじゃねぇか!」

「一回面と向かってだな…」

「ふざけんな!誰があの老いぼれとっ……次こそカッ消してやる」

「少し落ち着けって」

 

あの老いぼれを思い出せば出すほど腸が煮えくり返るほど苛立った。

同時に頭に覚えのある重さが乗っかかる。

頭に手を置かれているのだと分かった途端、払いのけようとした。

 

「ザンザス」

 

❝ザンザス❞

 

俺の名前を呼んだその声は何一つ変わらずにそこにあった。

勢いを失い途方に暮れた手に構わず俺の頭を撫で始めるエミーリオを睨みつけるが、止める気配はない。

 

「おい野菜残ってんぞ」

「るせぇ」

「残すなバカ」

 

軽く頭を叩かれて、これを無視したら次は拳が来ることを知っていたから渋々口に含む。

 

「んじゃ俺はもう帰るが、お前イタリア帰る前に一度俺の店寄って来いよ」

「誰が行くかカス」

 

俺の言葉を聞かずに扉が閉まる。

その後ベルがあのカスの店の場所を教えてきていたが、行く気なんぞなかった。

だがベルがあいつの酒は美味いだのなんだの捲し立てるから仕方なく足を向けた。

店に入ると俺に気付き、あいつは最後の客が出ていくまで待っていろとテーブルを指差すのでそこで座っていた。

数分して人っ子一人いなくなった店の扉に鍵を掛けると、漸く目を合わせる。

酒を数瓶持ってきて、グラスに入れ始め、俺もそれを煽っていく。

 

「にしてもお前変わってねー」

「ふん」

「お前と酒が飲める日が来るなんてなー…あんな小さかったのに」

「いつの話をしてやがる」

「さていつだったか…ああ、確かお前を窓から放り投げた時があったような気がする」

「さっさと忘れやがれドカス!」

「あれ結構頻繁にあったような…」

 

何でよりによってそれを出してきたんだこのドカスが。

 

「そういえば親父さんと喧嘩したのいつ頃だ?」

「……」

 

一瞬手に力が入り、グラスに罅が入ったのが分かったが、それにエミーリオは気付いていなかった。

 

「…………16…」

「ん?16って……俺が出て行った直ぐ後かよ…じゃあ8年も喧嘩中なわけ?」

 

やはりこいつカッ消してやろうか…

呑気な顔をしているエミーリオに若干殺意が沸く。

 

「つかお前王子君がボスって言ってたけど、子会社の社長なんだろ?」

 

こいつはボンゴレがマフィアだということを知らない。

何年もボンゴレに仕えていながら本当の姿すら知らない料理人が滑稽に思えた。

殺しのこの字も知らなさそうな能天気な顔をしている目の前のカスに、今の自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

こいつにどれだけ怒りをぶつけたところでこいつが何一つ分かるはずがないことなんて、最初から分かっていた。

 

「つーかお前子会社だろうが、社長だろ?ならもういっそ絶縁すりゃ楽じゃね?」

「ざけんな、あの老いぼれジジイからボンゴレ全てを奪ってやらねぇと気が済まねぇ」

「ジャイアン」

 

思わず手が出る。

だがそれを軽々と躱すそいつに更に苛立ち、手元にある酒を一気に飲み干す。

段々と体温が上昇していくのが分かるが、室温が低めなおかげか暑いとは思わなかった。

 

「そこまで親父さんのこと嫌いか?」

「んななまっちょろい言葉で表せるか」

 

裏切られたんだ

あの老いぼれは俺を10代目にする気など端からなかったんだ

許せるものか 許すものか

必ずその身を塵にしてやる

俺の炎で

あの8年を忘れるものか

長い時を得ても尚俺の中に渦巻くこの怒りを恨みを憎しみを

 

既に俺は何を言っていたか覚えていないが、回らない頭でただあの老いぼれへの瞋りを言葉にしていたような気がする。

 

「ううん、お前と親父さんの復縁は無理なことは分かった。つかお前の親父さん何してんの?今」

「ふん、どっかで死にかけてんじゃねーか」

「ん?」

「どのみちあの傷じゃぁ長くねーだろうな…あれで死ななかったのは誤算だったが」

「はい!?お前……それ、」

 

絶句してるそいつの顔が何故か気に入らなかった。

 

「育てた親殺そうとするか?普通」

「あの老いぼれジジイに育てられた覚えなんぞねぇな」

「そういうわけじゃなくてだな…」

 

それに、俺は普通じゃねぇ。

既に何人もこの手で葬ってきた。

 

「あの老いぼれジジイも、てめーも全部がイラつく」

「おい、本人の前でいう奴があるか」

「昔からそうだ、知ったかぶって、俺を見下しやがって」

「いやそれ、単にお前のが身長が低かっただけじゃ…」

「るせぇ!カッ消すぞ!」

 

その余裕めいた顔をぶん殴ればこの怒りは収まるのか。

あのクソジジイを殺せばこの怒りは収まるのか。

あのカスチビを嬲ればこの怒りは収まるのか。

 

「くそっ…全員カッ消してやる」

「お前飲みすぎだろ…」

 

 

ずっと昔に一度だけ、本当に一度だけ

エミーリオを本気で怒らせたことがあった。

あいつの注意を無視していつもの様に厨房に入っていった俺は腕がフライパンの取っ手にぶつかったのを気にせずに進もうとした。

 

「おいザンザス!」

 

後ろから包丁を片手に駆け付けてきたあいつに構えると、あいつの腕が俺の顔の横を通ってそのまま押しのけられた。

地面に尻もちをついたと同時に金属が地面に落ちた音と何かが焼けるような音がした。

それが先ほど隣に置いてあったフライパンだったことが分かると共に、エミーリオは俺の所まで駆け寄り体のあちあこちを見回していた。

 

「この馬鹿!火傷は?油飛んで行ってないか?」

「ね、ねぇよ…」

 

エミーリオは溜め息だけ吐き、フライパンを洗い場に持って行ったが、俺はほんの僅かだけ見てしまった。

あいつの腕の皮膚がただれていたのを。

その日は何も言わずに厨房から追い出されたが、翌日包帯を巻いた手で来たあいつに首元を掴まれてそのまま屋敷の最上階から落とされた。

何度も落とされてたから既に着地は慣れていたし、たかが数m高い場所から落とされただけで傷を作ることはなかった。

 

「ザンザス、俺が何で怒ってるか分からんか?ん?」

「…るせぇ」

「俺言ったよな?厨房は油やガス使ってて危険だから入るなって」

「……」

 

違う、本当は悪かったと、一言謝りたかっただけなのに、ただその一言が中々出てこなかった。

仏頂面した俺に、先にエミーリオが痺れを切らせた。

 

「お前は馬鹿じゃないから二度もやらないとは思うけど、次やったらアドリア海に沈めんぞ」

 

そう言って、エミーリオは俺の頭を軽く殴って厨房の中に入っていった。

包帯を巻いている方の手で殴ったあいつよりも俺の方が痛くなったような気がした。

 

 

10年も昔のことを思い出して、眉間に皺を寄せては目の前の奴を一睨みする。

ああ苛つく、何も知らないような顔しやがって。

 

てめぇは知らねぇだろ。

俺がマフィアであることを

 

てめぇは知らねぇだろ。

この身を焦がす怒りを

 

てめぇは知らねぇだろ。

老いぼれたジジイの炎よりも

妄執に取りつかれたクソババアの恨み辛みよりも

初代のチンケな技を放つあのカスチビの氷よりも

 

てめぇの拳の方が何十倍も痛かったことなんて

 

 

てめぇは知らねぇだろ―――――…

 

 

 

 

 

ジョットside

 

 

永きに渡りリングに眠っていた俺達が呼び起こされたのは、俺達の時代からおおよそ150年ほど経っていた頃だった。

どうやら俺達の継承が必要らしく、現時点のアルコバレーノ達の協力と契約を得て守護者に値する人間かどうかを見極めるべく試練を行った。

俺は守護者の試練をデーチモがどのように見守るかを見ようとした。

俺達が顕現した当日は各守護者の前に現れるだけで終わる。

どうやら皆継承を認める気にはなれないようだ。

既に夜になり、デーチモとその守護者達が寝静まった時に、俺は150年ぶりの現世を眺めていた。

すると既視感を覚える後ろ姿を捉える。

イタリアで別れて以来一度も会うことのなかったあいつの後ろ姿にとても似ていて無意識に声が出ていた。

 

「エミー…リオ…?」

「は?」

 

忘れたことなど一度たりともなかったあいつの声に、目の前のそれは幻覚なのではとさえ思った。

だが俺の直感が、そいつは本人だと告げていた。

 

「あれ?ジョット………?」

 

確信した、こいつはエミーリオなのだと。

 

「やはり………エミーリオだったのか……何故…この時代に……」

「………」

 

俺の言葉を無視して、何事もなかったように歩き出すエミーリオに困惑するもその後をついていくと、一軒の店の中に入っていった。

俺も中へ入ると漸くエミーリオが目を丸くして手を口元に持って行く。

 

「え、マジでジョット?幻覚とかじゃなくて?」

「ああ」

「ええー…俺幽霊とか初めて見るんですけど」

「幽霊ではない、思念体だ」

 

エミーリオは店の鍵を閉めると、深呼吸をして席に座り俺の方を向いた。

 

「久しぶりだな、ジョット…」

「ああ、久しぶりだ、エミーリオ」

「ええっと……」

「にしてもお前が年を取らない体質だとは…いやはや驚いたな」

 

口では軽々しく言いはしたが、内心穏やかじゃなかった。

 

「何故、教えてくれなかったんだ…」

 

ボンゴレへの雇用を断った理由も、誰かと一定以上の関係を持たなかった理由も、全て分かってしまった。

その体質を誰にも悟らせまいとずっと偽って来た事実を突きつけられて、胸が苦しくなった。

 

「気を遣われるのは慣れないんだ」

 

困ったように言ったエミーリオの顔を見ると、俺は恐る恐るエミーリオに問う。

 

「本当の年齢は…いくつなんだ?」

「もういい訳も出来ないし教えるけどさ…んー…正確には知らないけど650歳くらいだな」

「ろっ…」

 

言葉が出なかった。

650年……途轍もない時間をエミーリオは一人で生きていたのか?

俺達の生まれる遥か昔からずっと今まで……こいつは…

 

「いつからだ」

「え?」

「いつからそんな体質になった…」

「さぁ…気付けばこの外見でイタリアにいたからなー…詳しいことは知らん」

「そうか…」

 

何故教えてくれなかったと…言ってしまった自身の言葉に後悔した。

言わなかったんじゃない…言えなかったんだ。

幾人と知己を看取ったハズだ。

苦しくないわけがないじゃないか!

俺も例に違わずエミーリオを置いて死んだのだから。

エミーリオは俺が呼び出された理由を知りたがっていたが、関係者ではない彼に本当のことを言うことも出来ず濁して伝えることしか出来なかった。

 

「それよりもエミーリオ、俺が日本へ帰化した後のことを知っているか」

「え?あの後?………まぁ数年くらいなら。でも俺もイタリア出たしあんま教えることもないと思うぞ」

「イタリアを?」

「ああ、あれから移動技術が発達したお陰で世界を回って店開いてたんだよ、んで今は日本ってわけ」

「なるほど」

 

永くそこに居続けば居続けるだけ疑われるから、一つの場所に留まれないのか。

 

「つか俺のことよりお前日本に帰化してちゃんと大往生したか?嫁は?」

「ああ、日本人女性と結婚し大往生した」

「そっかぁ…良かったな」

「お前のお陰だ」

「ん?お、おう」

 

俺がこうやって過去のボンゴレを引き摺らずに死ぬことが出来たのはお前の言葉があったからこそだ。

だから、俺の死を安堵するエミーリオが痛ましかった。

 

「ああ、そうだ、俺以外にも他の守護者達も呼び出された」

「え?あいつらも?軽く同窓会じゃん」

「お前がまだ店を開いていると聞いたら喜んで来るだろうな」

「あはは…」

 

俺には継承の為にデーチモを見守っていなければならないから、俺のいない間は誰かと一緒にいて欲しかった。

少しでもお前の孤独を和らげることが出来るように。

だからそんな辛い顔をするなエミーリオ…

俺は店を出ると翌日の夜にGとアラウディを呼んだ。

そして二人にエミーリオがまだ生き永らえていることを教えると、二人は驚愕して直ぐにエミーリオの元に行くと言い出した。

二人を連れてエミーリオの元に行けば、エミーリオは目を丸くして結局は笑いながら出迎えた。

二人からどうして教えなかったのかと問い詰められていたが、エミーリオはただ曖昧に笑うだけで、やはり別れが相当辛いのだと悟った。

 

「俺の話よりも、あれだ!自警団の方どうなったんだ?」

 

話題を変えたエミーリオに二人は渋い顔をし出した。

 

「潰れたも同然だ…ありゃ…」

「そうだね…」

 

Dがボンゴレを巨大にし、自警団とは程遠い真逆のものへと変貌させてしまった。

人を傷つける為に、俺はボンゴレを創った訳ではなかったんだがな…

これも全て俺が至らないばかり…か。

 

「おいジョット、大丈夫か?」

「ああ、全ては過ぎた過去だ…俺は既に過去の存在だ…それに、俺自身の人生に後悔などない」

 

そう、お前が教えてくれたように、後悔のない道を歩んだ。

だから後悔などするものか。

 

「つかおいエミーリオ、お前イタリア出て移った国で直ぐに大規模なテロなかったか?」

「あ?……あ、あったあった!あれはビビったね、うん」

「お前な……こちとらお前が死んだんじゃねぇかって心配してたんだぞ!音信不通になりやがって…死んだと思ってたんだぞ」

「それは僕も少し君に苛立ちを覚えていたんだ」

「え⁉わ、悪かったよ…でもあのテロで無一文になっちまって連絡の仕様がなかったしなぁ」

「ったくよ…」

 

違う、と俺は直感的に悟った。

エミーリオはそのまま死んだように思われたかったんだ。

人との繋がりを一定以上持ちたくなくて、距離を詰めてほしくなくて。

初めて、あいつの薄暗い部分に触れたような気がした。

そのあとエミーリオに雨月に会いに行ってくれと頼むと、分かったと言っていた。

エミーリオと別れた後、ナックルとランポウを呼ぶ。

エミーリオが今も尚生きていることを教えると二人とも驚いて会いに行こうとした。

 

「待て、お前たち…エミーリオには、その体質について何も聞いてやるな……何も言ってやるな…」

 

信頼うんぬんの話ではないし、俺達が問い詰めたところであいつの体質が改善されるわけでもない。

逆にあいつが苦しむだけだ。

だから何も言わず、何も聞かず、ただ久しぶりに会ったように接してやってくれ、と頼むと二人は頷いてくれた。

雨月にも同じ忠告をすると、俺はDにも知らせようとしたがそれをGが止めに入った。

 

「あいつには教えるな」

「何故だ」

「あいつはエレナとエミーリオに執着していた男だぞ……それに、エミーリオと音信不通になった後テロ集団とその関係者の女子供まで殺した…」

「何だと」

「あれからだ…ボンゴレがそれまでと比べ物にならないくらい巨大になってしまったのは」

「D…」

「今のあいつがエミーリオが生きていることを知ってみろ……何をするか分からない、今は継承を優先することが重要だろ」

「そうだな…」

「Dがああなったのはお前のせいじゃねぇぞジョット、元々考え方が合わなかったんだ」

「だが、あいつは俺の守護者だ…俺の責任でもある。なぁG」

「何だ」

「遣る瀬無いな…」

 

Dがああなってしまったのは俺の力不足であり、エミーリオの闇を知ることが出来ても救うことすら出来ないなんて、遣る瀬無いな。

Gとこれからの継承の試練を話しているとどこからか口笛のような音が聞こえた。

 

「これは…雨月の…」

「どうやらあっちも会えたようだな」

 

Gが神社に向かいだしたので俺もそれを追う。

神社が見えるというところで、足を止めた。

雨月の唄う声が耳に届く。

 

 

あるはなくなきは数そう世の中に あわれいづれの日まで(なげ)かん

 

世の中し常かくのみとかつ知れど 痛き心は忍びかねつも

 

 

棘が突き刺さるような痛みが胸を過ぎった。

雨月の唄が終わると、エミーリオは店の鍵をかけ忘れていたといい早々に立ち去っていく。

エミーリオが見えなくなったところで俺はGと共に雨月へ近寄った。

 

「ジョット……エミーリオは……孤独でしかないのでござろうな」

 

雨月の顔は険しく、そしてとても悲しげだった。

あれから数日、Dの思わぬ反逆がありながらも試練は無事終え、デーチモとその守護者に継承を認めた。

そして俺はDと共に神社の前に佇んでいた。

 

「まだそれを持ってくれているのだな…裏蓋に刻んだその言葉…」

 

Dの手には懐中時計があり、Dは俺の言葉に嘲笑する。

 

永久(とわ)の友情を誓う…ですか」

「その気持ちは変わっていない」

「あなたはいつまで経っても愚かですね…だからこそ私は貴方に失望したのです」

「……エミーリオはお前の所業を知っていたのか?」

「何故彼の名がここで出てくるのかいささか疑問ですね」

「Gから聞いた、エミーリオは他国のテロに巻き込まれたと」

 

その言葉を皮切りにDから重く濃い殺気が襲って来た。

 

「もう一度その名を口にしてみなさい、あなたをリング共々破壊して差し上げますよ」

「D!俺は――」

「お互いの道が再び重なることはないでしょう…さらばです、プリーモ」

 

Dはそう言い放つとリングへと戻っていった。

すると背後から他の守護者が現れ俺は懐中時計を閉じる。

 

「皆ご苦労だった、さぁ、リングへ戻ろう」

「ジョット!」

 

リングに戻ろうとした直前だった。

遠くの方からエミーリオの声がし、守護者達は皆そちらに視線を移した。

 

「エミーリオ」

「よ、つか皆揃ってんの?ナッポーは?」

「Dは一足先に行ってしまった」

「ああ、そうなのか…」

 

エミーリオは酒瓶を片手にもう片方で手を振って近寄って来た。

 

「もう行っちまうのか」

「すまない、またお前を一人にしてしまう」

「いや別に蘇ってまで会いたくないから、切実に。ちゃんと成仏しろよ」

「僕たちは幽霊じゃないと言ったが最後まで聞き入れてくれなかったようだね」

「思念体ってやつだろ、幽霊じゃねぇか」

「もうそれでいいんだものね」

「究極にどうでもいいがな」

 

エミーリオの言葉にGが呆れていて、雨月が微笑んでいた。

 

「エミーリオ」

「ん?」

「俺の親友でいてくれてありがとう」

「てめぇの料理は好きだったぜ」

「究極に美味しかったぞ」

「僕も君の料理は気に入っていたよ」

「俺もエミーリオの店は好きだったんだものね」

「私もエミーリオの酒は好きでござったな」

「おお、ありがとなー」

「皆時間だ、エミーリオ…さらばだ」

 

俺は次こそリングに戻ろうと顕現を解こうとした。

 

「またな」

 

もう二度会わないだろう俺にさえそれを言うのか、エミーリオ。

イタリアを去るあの時だって、お前はさようならを言わなかった。

 

 

何故だろうな…お前のその言葉に、もう一度会える気がして仕方ない…

 

 

そして俺はリングへと還った。

 

 

 

 

 

あるはなくなきは数そう世の中に あわれいづれの日まで(なげ)かん

(生きている人は亡くなり、亡くなった人は数を加える、この世のなかに、私はいつの日まで生きて嘆くのであろう)

 

世の中し常かくのみとかつ知れど 痛き心は忍びかねつも

(世の中は、いつもこのようになると、薄々は知っていたけれど、それでも辛い心は耐え難いことだ)

 

 

 

 

 




ザンザス:思いっきり地雷を踏みぬかれた被害者
D:あと10秒でも留まっていたらエミーリオと出会っていたかもしれない男。テロリストをモザイク掛けるほどオーバーキルした。
エミーリオ:地雷を無意識で踏み抜いた男、なお友人たちが死後同窓会していることに戸惑いを隠せない。
G:エミーリオとDのエンカウントを回避し、Dの暴走を未然に防いだ英雄。だが残念、数日後にエンカウントする予定である。

因みに唄の方は、小野小町と万葉集の歌です。

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