君を愛したい   作:紫羅野もか
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 1年3組。俺のクラスからは、大きな物音が聞こえてくる。とにかく(うるさ)かった。まだ朝だというのに、なんでこんなにも煩いのだろう。今度はなんなんだよ、と俺は勢いよく扉を開けた。

 が、しかし、俺は扉を開けたことに深く後悔する。
 教室で、女子と男子が、対立しているのだ。男子軍は基ちゃん、女子軍は愛華が率いている。
 なんなんだ、これは。朝から勘弁してくれ。今日は寝不足なんだ。俺の睡眠時間を奪うなよ。

「灸!!お前、遅いぞ!今、事件の真相を確かめてるんだ!」

 愛華は、基ちゃんのその言葉を聞いて怒鳴る。

「基裕のばか!!どうして私を犯人扱いするの!?サイテーっ!!」

 愛華は涙目で、基ちゃんの大事な部分を蹴る。基ちゃんは死にそうな悲鳴を上げて、その場にうずくまる。基ちゃんもある意味、涙目になる。

「痛ってぇええ!!何すんだよ、愛華!!」
「うるさい!!!基裕のばか!!」

 馬鹿みたいにくだらない言い合いだった。もっと冷静な話し合いができないのか?
 俺は腹が立って叫んだ。

「そんなのどーでもいいんだよ!!!」

 教室が静まり返る。普段、内気で静かな俺が怒鳴ったのは、かなりレアなものだったようだ。みんな、口を開けて唖然としている。

「あのさ、そんなのどーでもいいんだ。俺が知りたいのは、神崎身空についてなんだよ」

 ーーチャイムが鳴った。

 ***

「俺、神崎身空、知ってるよ」

 基ちゃんはそう言ってペットボトルに入ったジュースを飲み干す。

「教えてほしい」
「いいよ。あんまり細かいことは知らないんだけど、知ってる事だけ話すよ」

 以下は基ちゃんから得た情報である。
 神崎身空は、俺と同じ学年で、サッカー部のマネージャーをやっていたそうだ。それから、基ちゃんの先輩の元カノ。サッカー部は部内恋愛を禁止しているらしいのだけれど、どうやら身空と先輩は、禁断の恋とかいうのをしていたらしい。馬鹿みたいな話だ。

「別れたのは、部内恋愛がバレたからか?」
「さぁ、そこまでは俺も知らないよ。それに、身空は今、マネージャーをやっていないし。そういえば、何ヶ月も見てないな。身空のこと」

 あいつめっちゃ可愛いんだぜ、とニヤニヤしながら言う基ちゃん。基ちゃんの可愛いはいつも当たるので、身空は本当に可愛いのだろう。

「何組か分かったりする?」
「確か、7組だったよ」
「わかった、後で行ってみようと思う」
「俺も着いてく」
「ありがとう、助かるよ」

 ***

 俺の学校で与えられるランチタイムは1時間。時間に縛られてばかりの学校ほど、つまらない場所はないと思う。チャイムの音を聞く度にイライラする。俺は小学生の頃から学校が嫌いだった。勿論、今も嫌いだ。学校なんてなければいい。自分の自由を奪われているだけじゃないか。

「なぁ灸。身空に会ってどうするつもりだ?」
「雪音のことを聞く。それだけ」

 3組と7組は教室の階が違う。だから俺達は、一つ上の階に上がって、7組まで移動する。

 壁からそっと、7組の様子を眺める。どこに、神崎身空がいるのだろうか?基ちゃんが言うように、身空が本当に可愛いのなら、すぐに分かるはずだ。
 俺と基ちゃんは、教室の隅から隅まで見渡して、キョロキョロする。

「見当たらないな、ほんとに7組なのか?」
「あぁ、7組だよ」

 俺達が、コソコソと話していると、教室からギャル系女子が出てきた。クルクルと毛先が巻かれている金髪。耳に空いたピアスと、かなり作られている長いまつげ。ぷるんと照かる赤い唇に、ほんのり薄いピンクの頬。って、こいつ化粧しすぎじゃねーか、と思うのは俺だけだろうか。まさか、この人が神崎身空じゃあないよな?

「あなた達、7組に何の用?」
「あ、えっと、神崎身空ってどの子ですか」

 俺は恐る恐る尋ねた。

「あー、身空?身空なら、あそこにいるけど」

 ギャル系女子は、窓側の一番前に座る女性を指さす。偶然か、彼女は俺と同じ席だった。それにしても、あの子が、本当に神崎身空だというのか?
 俺は、横にいる基ちゃんを見る。基ちゃんも、俺と同じ反応をしていた。

「見てわかると思うけど、身空は変わったのよ」

 ()()()()()()()

「彼女に…身空に何があったんだ!?」
「そ、そんな事聞かれても、私は知らないわよ。突然、あーなったのよ」

 俺は、以前の身空の姿を知らない。だから、身空がどれだけ可愛かったのかなんて分からない。けれど、基ちゃんの反応から分かることは、身空の変化はあまりに大きすぎたのだという事。
 今の身空は。酷すぎる。
 長い前髪で目元を隠していて、誰も近寄れないようなオーラを放っている。ここからじゃ顔が見えなくて、彼女がどんな表情でいるのか分からない。彼女は、本当に、基ちゃんが知っている神崎身空なのだろうか。

「基ちゃん、俺、身空と話してくる」
「お、おい、まじかよ」

 俺は1人で7組に入っていくと、教室の隅に独りでいる身空に話しかける。

「神崎身空さん、ですよね?」

 身空は何も答えない。ただ下を向くばかりで、俺と目すら合わせてくれなかった。

「身空さん、村山雪音をご存知ですか?」
「…」
「身空さん、教えて下さい。何があったんですか?」
「…」
「っ…俺、雪音が死んだ事件について調べてるんです。お願いです、身空さん、力になってくれませんか?」

俺は、身空の目元にかかる前髪へそっと触れると、その前髪を一気にかきあげた。
瞬間見えた、身空の瞳。涙目になった彼女の目は、潤っている。涙でキラキラと輝いていた。身空は、必死に涙を堪えている。前髪で隠れた瞳が、こんなにも美しいなんて。
ーー俺の心臓は飛び出しそうになっていた。全身の鼓動が早くなっていることに気づく。どうした、俺。
身空はすぐに抵抗すると、前髪を目に押さえつける。

「やめてっ…!私に関わらないで!!」

 身空は、そう言って席を立ち上がる。そして、走って教室から出て行った。

 教室は静まり返っていた。7組の生徒は皆、俺を不審に思ったようで、ジロジロと見てくる。
 すごく居ずらくなって、俺も身空に続いて教室を出た。そして、基ちゃんと一緒に3組へ戻る。

 5校時目の始まるチャイムが鳴った。
 俺はそのチャイムを聞いて、暴れ回りたくなった。