LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕 作:ゆっくん
クーガ・リーはヴァルス村を駆け抜けた。敵に見つからぬように慎重かつ迅速に。まずは厄介な監視を始末する必要がありそうだ。クーガは見張り台を兼ねた鉄塔の螺旋階段を音もなくかけ上ると、そこにはグラビアアイドルの写真集に夢中の男がいた。
腰に『注射』タイプの『薬』をぶら下げているあたり、先日集会を襲撃しにきた『バグズ手術』を受けた死刑囚の仲間で間違いないだろう。
見張り番がサボるのは映画でよくあるお決まりの展開とはいえ、本当にお約束通りである必要はないだろ、とクーガは内心溜め息をついた。元は死刑囚なのだから彼らにちゃんと働け、というのも無理な注文なのだろうが、ここまでお約束通りだとこちらが拍子抜けしてしまう。そんな考えを巡らせながらクーガはトントン、と男の肩を叩いた。
「ん?もう交代の時カッ!!」
肩を叩かれ振り向いた瞬間、男は一瞬で息絶えた。頭部には深々と、クーガの愛用するナイフが突き刺さっている。
「ガキの遊びも馬鹿にできねぇもんだな?」
相手の肩をトントンと叩き、相手が振り返った際に頬が来るであろう場所に指を待機させておき、頬をつつくという遊びを知っているだろうか。大昔に流行った悪戯の1種だ。クーガはそれを『指』の代わりに『ナイフ』を用い、つつくべき場所を『頬』ではなく相手の『右脳』にしたのだ。
相手が単独であった以上映画のように後ろから相手を拘束し、ナイフを首筋に当てて情報をありったけ吐かせるという策がベターだったかもしれないが、クーガは敢えてそれをしなかった。
相手がパニックを起こして悲鳴を上げれば仲間を呼ばれてそこでおしまいな上に、相手は何を隠し持っているかわからない。実際に戦場を駆け抜けてきたクーガはそれを痛い程わかっていた。相手が格下だろうと、必要以上に慎重に事を進めなければ死に繋がるのだ。
それだけクーガは慎重だった。そして、その慎重さは彼の装備にも色濃く反映されている。
「……ゲリラ戦ってのはしんどいけど仕方ねーか。『薬』はたったの3本。どうしても節約しねーとな」
クーガが『
最も、相手が体に施している『バグズ手術』も、クーガと同じタイプの注射型の『薬』を用いているが故に、敵の『薬』を回収することも可能ではある。しかし、それを逆手に利用され注射針に何らかの劇薬を塗られる可能性だってある。品質も保証されず、それが何らかの形で体に支障をきたす恐れも否定できない。
そこまで考慮した上で、クーガは立ち回っていた。良く言えば慎重、悪く言えば臆病。それがクーガ・リーだった。彼は臆病であるが故に、生きて任務を達成する為の計画を迅速に進めた。
「さてと、まず食料庫に……薬品庫の場所確認、と」
UーNASAから支給された地図と村を照らし合わせた。手前に見える赤い屋根の、煉瓦で出来た建物は食料庫。奥の方に見える白い屋根の、一見すると車庫に見えなくもない小さな建物が薬品保管庫である。ここに
計画を練り、動き出そうとしたその時だった。鉄塔の螺旋階段を登る音が鳴り響いた。しかも複数だ。3人といったところだろう。心臓の音がバクバクと高鳴っていく。クーガは荒くなりかける自らの呼吸を整え、ナイフを構えた。
「お疲れさ~ん」
「マスかきトニーの後の見張りはキツいぜ。
螺旋階段を登ってきた3人の男は、クーガと対峙した瞬間身体を強張らせ、その身を硬直させた。彼の横には自慰行為にふけることで有名な仲間、マスかきトニーの遺体が転がっていたからだ。一瞬の間の後、彼らは『薬』による変態を行おうと
しかし、その一瞬の間はクーガの前ではあまりにも無防備すぎた。クーガは中央の男に向かってナイフを投擲する。ナイフは空を裂き、喉に突き刺さった。
「カッ……ガッ……!!」
左右に控えた2人は喉元から鮮血が噴き出す仲間に呆然と立ち尽くしてしまった。クーガはその隙を見逃さず、中央の男からナイフを引き抜いて左の男の心臓を突き刺した。
「こ、この野郎!」
仲間を一瞬の内に2人殺され、憤った右の男が大振りなパンチを繰り出した。クーガはかがみこんだ後、鳩尾に向かって蹴りを放った。
「ウボォ!!」
男が悶絶しかがみこんだ後、クーガは容赦なく相手の頭を冷たいコンクリートの壁に叩きつけた。1度ではなく、何度も、何度も全力で。グシャリという音と共に相手の鼻の骨が折れ、眼球が飛び出し絶命したところでクーガはようやく手を離した。
「……なんとか上手く
他の敵に居場所を知られることなく、尚且つ『薬』も節約して敵を殲滅することができた。理想的なゲリラ戦だ。相手の装備が『銃』ではなく『薬』だったおかげだろう。『薬』の方が強力ではあるが、変異する際に一瞬隙が生まれるおかげで非常に戦いやすい。
対して『銃』は、『MO手術』や『バグズ手術』により変異した人間に比べれば脅威ではないものの、1発で人間の命を奪うだけでなく、引き金を引かれた瞬間位置がバレるというオマケつきだ。銃を相手にゲリラ戦を展開するというのは至難の業なのだ。その点だけで言えば、今回の相手はやりやすいのだ。
「さて、と……使えるもんは全部使って生き残らせて貰うぜ」
クーガはおもむろにナイフで3人のうちの1人の首をザリザリと切断した後、その男の首を片手に螺旋階段を降りていった。ポシェットの中に入っている『とある
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3時間後、クーガは村の外の山脈に身を潜め一時の休息を得ていた。
「……唯香さんの飯やっぱ美味いな」
モグモグと唯香から渡された弁当を租借する。勿論栄養価は申し分ないが、如何せん食事の量が足りなかった。1日中村を見つからないように駆け巡ったのだから当然それ相応の空腹が彼を襲っても不思議ではない。
そんな時、ふと横を見ると蛇がニョロニョロと横を通り過ぎていった。以前図鑑で見たことがある、恐らく毒がない種類だ。それだけを思い返すと、クーガは何の躊躇いもなくナイフで頭部を切断した。
そして頭部がなくなっても尚、動き続ける蛇の胴体を掴み、慣れた手付きで蛇の鱗を剥ぎ、捌いていく。火でこんがり焼きたいところだったが、それでは村の連中に見つかることは避けられない。故に生のままかぶり付き、強引に食いちぎった。鶏肉、と言えなくもないグニグニとした血生臭い味が彼の口の中に広がる。
「……うぇ、くっせ」
血生臭い肉のガムと格闘しながら、クーガはU-NASAから支給された双眼鏡で村を覗いた。すると、案の定村は騒ぎになっていた。村の重要施設である『薬品保管庫』と『食料庫』のすぐ側に、殺した男の生首を転がしておいたからだ。
「よし、釣れたみてぇだな」
案の定、施設の周囲には騒ぎを聞き付けた村中の死刑囚達が群がっていた。双眼鏡を更にズームして様子を眺めていると、黒い神父服の男が群衆を掻き分けて生首を眺め回してた。
そして、両手を広げて何か演説をし始めた。この時点でクーガは確信した。恐らくあの神父がこの村のリーダー格だ。あれだけ騒いでいた死刑囚は一瞬で静まり、彼の話に聞き入っていたからだ。このままでは恐らく、侵入者の存在に気付いた死刑囚達は冷静さを取り戻し、警備体制を整えてしまうだろう。
「ま、ここまでは作戦通り、ってとこだけどな」
クーガはイスラエルの戦場を幼い頃より毎日駆けてきた。今回行った作戦は、当時行った作戦を忠実に再現したものだ。大幅に相手の戦力を削り、重要施設を破壊さ、尚且つ組織のリーダーを消す一石三鳥の作戦。施設に
クーガがポケットの中のスイッチを押した瞬間、『薬品保管庫』と『食料保管庫』に仕掛けておいた遠隔操作式の爆弾が爆発した。村を駆け回る最中、密かに仕掛けておいたものだ。爆風は神父服の男を真っ先に呑み込み、続いて周囲にいた死刑囚達を吹き飛ばした。
「さーてと、後はジワジワと1人ずつ消していくとすっか」
慎重かつ大胆に動いたおかげで、クーガの目論見通り相手の『リーダー』『施設』『主戦力』を奪うことに成功した。後は『薬』を使って速やかに敵を殲滅してもいいが、万が一のことも考えて先程のようなゲリラ戦でジワジワと残党を処理していくのもいいだろう。そんな風に今後の算段を組み立てていた時だった。爆風に巻き込まれた黒い神父服の男がムクリと立ち上がった。
「……どういうこった?」
クーガは信じられないものを見る目で双眼鏡越しに神父を観察した。彼の周囲にいた部下達はみな、重傷を負って動けずにいるか若しくは命を落としていた。しかし、爆風を間近に受けた神父だけが、おぼつかない足取りで立ち上がった。
たまたま運がよかったのか、あの神父服が特殊な素材で出来ているのか。いずれにしろ、あのリーダー格の神父を何らかの理由で仕留め損なったことに変わりはない。次こそは確実に仕留める。クーガはそう決意したが、彼の中で何かが引っ掛かった。果たして、あの男を本当に殺せるのだろうか?クーガの中で、そんな根拠もなく得体の知れない疑問が芽生えた。
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村の教会の中で、神父服の男『ケネス・N・アイゴネス』の説法が響いた。柄にもなく、死刑囚たちは祈りを捧げていた。死刑囚は死を前にして、宗教に手を出す者も少なくはない。
この教会でケネスが説いてるのは、ケネス自身を神格化した異常な宗教である。それでも死刑囚達が彼の異常な宗教にのめりこんでいるのは、このような山奥の村を占拠し外部との一切の接触が断たれている異常な環境のせいだろう。
「……イカれてんな」
クーガは教会の屋根に設置された天窓から頭だけ出し、呆れ果てた様子で呟いた。それと同時に、囚人達を束ねるケイネスから得体の知れない不気味さや異質さを感じた。何故あんな細く小柄な男が、図体のでかい荒くれ囚人達を束ねることができるのだろうか。宗教だけで果たして本当に死刑囚達を束ねることができるだろうか。
「考えてても仕方ねぇ……先手必勝で
クーガは注射型の『薬』を首筋に突き刺した。すると、チキチキと音を立てて身体が瞬く間に変異していく。『オオエンマハンミョウ』。相手の急所や弱点を見抜く複眼と 、暴力的な力を合わせ持つ昆虫。この昆虫の力を持ってすれば、仕留められない敵など限られている。クーガは腕から生えた『オオエンマハンミョウの大顎』でステンドグラスを叩き割り、教会内に侵入した。
「な、なんだテメェ!?」
ガラスが砕け散り乱れ散る音と、死刑囚達が唐突に現れた
「貴方は、神を信じますか?」
そんな宗教の勧誘じみた台詞とともに、大きく両手を広げてクーガを歓迎するような身ぶりすらも見せた。やはりこの男はどこかおかしい。他の『バグズ手術』を受けている死刑囚達と比べて異質かつ異常だ。
───故に、油断なく躊躇うことなく、自分に発揮できる最速・最善・最大の手段で速やかに葬る!!
「ゼヤッ!!」
クーガはオオエンマハンミョウの大顎で、黒い神父服の男、ケネスの胸を深く抉るように切り裂いた。深さとしては間違いなく、心臓にまで達しているだろう。
「グフッ!!」
ケネスが吐血し膝をついたところで、オオエンマハンミョウの大顎を頭部に突き刺した。感触的に、大脳まで達していることに間違いはない。クーガの知っている限りでは、人間を含めた大概の脊椎動物は『心臓』と『脳』の二ヶ所が致命的な弱点になっていることに間違いはない。相手が
ただ、相手は恐らく『バグズ手術』か『MO手術』といったなんらかの切り札を隠し持っていることに疑いはない。これで仕留めたかどうかは確証は持てない。
しかし、後ろで控えている死刑囚達に背中を刺されない為にもいつまでも死体とにらめっこしている訳にもいかない。クーガはケネスの死体を蹴り飛ばして振り返った。
「お前らのリーダーは死んだ。どうする。降参か?」
シンとなる教会内。
次の瞬間、爆笑の渦に教会内が包まれる。
「お前らどうした。情緒不安定か」
依然として、笑いは停まらない。
「ケネス様が死ぬ訳ねぇだろうが坊っちゃんよぉ!!」
閉鎖的な村で偏り、歪んだ宗教観を教え込まれたせいで現実と妄想の区別もつかなくなったのだろう。
哀れなものだ。
クーガはそう溜め息をついた瞬間、何か冷たい手のようなものがクーガの手に乗せられたことに気付く。
「 私が神です 」
目から血の涙を流し、蒼白の顔面で汚い笑みを浮かべてくるケネスの姿が、そこにはあった。
本当に、宗教によるスピリチュアルなパワーで復活した訳ではあるまい。
────────水分を、得たからである。
一つだけ心当たりがある。
小吉が、以前に教えてくれた。
自分の他に、二十年前の『バグズ二号』計画の生存者がいたと。
蛭間一郎。蛭間七星の実の兄。
そのバグズ手術で得たものは、何の力もない昆虫。
だが、死なない。
200度で5分間熱しても、死なない。
マイナス270度で芯まで凍らせても、死なない。
168時間のエタノール処理でも。
7000グレイの放射線に晒されても。
真空状態に置かれても。
『クリプトビオシス』と呼ばれる仮死状態となり、水分さえ接種すれば、何事もなかったかのように活動を再開する。
死なない。
「クーガ・リー君。貴方は絶対にターゲットを仕留められる『地球組』のエースと聞いています」
死なない。
「『MO手術』も相手を絶対に殺せる昆虫だとか。しかし…神の加護を得た私を殺すことなど出来ないでしょう」
死なない。
「さぁ、大人しく巫女の躰を私に捧げるのです」
死なない。
【ネムリユスリカは、死なない】
次回、矛vs盾。
絶対殺すマン
『クーガ・リー×オオエンマハンミョウ』
VS
絶対に死なない
『ケネス・N・アイゴネス×ネムリユスリカ』