LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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第七話 RAIN 雨

 

 

 

 

 

雨。大粒の雨が降り注いでいた。全てが雨音に包まれて外界と遮断され、まるで今世界には自分達2人しかいないのではないかという錯覚すら覚えた。

 

 

クーガと唯香は、1つのベッドで背中を合わせて寝転んでいた。普段の2人ならば、照れや羞恥心も手伝って1つのベッドで寝たりしない。今2人の心中で取り巻いている感情が原因だった。それは恋愛感情や愛情、肉欲などではない。

 

 

恐怖という感情だった。それも、死に対する恐怖。人間の遺伝子に刻まれた原始的な本能、生存本能が彼等をこうさせた。こうして背中を合わせているだけで、お互いの温もりを感じ、生を実感し死の恐怖を紛らわせることができるのだ。

 

 

あの日、『地球組』の集会襲来事件のあの日から3日が経過したが、彼等と上位ランカー以外はほとんど全滅してしまった。

 

 

あんなにも簡単に命が奪われていいのだろうか。そんな想いと恐怖があの日から2人の心にこびりつき、彼等を心を雨模様にさせていた。

 

 

 

 

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「じぎ……ぎぎぎぎ」

 

 

ハゲゴキさんは、そんな2人をドアの隙間から不思議そうに見つめていた。何故、あの2人は交尾しないんだろうか、と。ベッドで共に一夜を過ごすのは、人間の男女のOKサインとハゲゴキさんは認識していた。しかし、唯香の寝室で2人が食事もろくに取らずに1日中横になりだしてから3日が経った。

 

 

ハゲゴキさんとゴキちゃんの食事を用意だけはしてくれる彼等を律儀なもんだなと悠長に観察していたハゲゴキさんだが、次第に彼等を心配し始めた。今の彼等は見ていても面白くないのだ。ハゲゴキさんはションボリしたような、ガッカリしたような表情で階段を下りていった。

 

 

 

 

 

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同時刻、PM9:00

 

 

スイス、ヴァルス村。山奥にある孤立した村で、ある意味外界とはほぼ遮断されている土地だ。定期的に政府が連絡及び視察を行うことによって住人の安否が確認されていたのだが、先日妙な事件が起こった。視察に訪れた政府の人間の大半が行方知れずになったのだ。

 

 

様々な陰謀論が囁かれる中、唯一の帰還者がパニック状態から意識を取り戻し、うわ言のように呟いた。ばけもの、ばけもの、と。

 

 

政府の人間は錯乱した人間の戯言だと聞き流したが、それが『UーNASA』の情報網にかかった時は迅速に行動を開始した。確信していたからだ。『地球組』を襲撃した人間もしくはテラフォーマーと何か関連している筈だ、と。そんな経緯から辺境のこの村に『地球組』の人員を1組を派遣した。

 

 

筋肉質な白人男性と、ウェーブがかかった茶色いブロンド髪の女性。アースランキング第6位トミー・マコーミックと、『サポーター』のジェシカ・ブラウンだ。2人は息を切らして逃げている最中だった。

 

 

「ッ!!……一体どういうことだ!クソッ!」

 

 

トミーがこう怒鳴りたくなるのも無理はない。何故なら、

 

 

「ギャハハハハ!おい色男その女置いてけや!!」

 

 

「情けなくねぇのか!!戦え!!」

 

 

後ろから、『バグズ手術』により変異した複数の追っ手が迫っているからだ。任務を受けた時には精々小悪党2、3人が『バグズ手術』の力を使って村に潜みのさばっている程度だと思っていた。しかし実態は違った。村の人間がまるごと消え、『バグズ手術』を受けた死刑囚がこの村を我が物顔で点領していたのだ。

 

 

山奥の閉鎖された村とはいえ、何故ここまで状況が悪化するまで情報が漏洩しなかったのか。そして、この村を何の為に点領したのか。疑問は尽きぬばかりだが、取り敢えず今は逃げてこのことを報告しなければならない。そして、他の上位ランカーと共にこの村に戻り協力してこの場を制圧すればいい。

 

 

その為には、後ろの追っ手を始末する必要がある。このままでは追い付かれるのも時間の問題だ。

 

 

「……人為変態(じんいへんたい)

 

 

『MO手術』は手術のベースとなった生物によって異なる『薬』を要する。昆虫型は『注射』、植物型は『カプセル』とその種類は様々だ。トミー・マコーミックは、節足動物型特有の『ガム』の形状の薬を口に放り込んだ。すぐさま変化は訪れ、チキチキという音と共に身体中が黒い体毛に覆われた後、両腕から肉斬り包丁のような鋭い牙が飛び出した。

 

 

『ブラックキラーヒヨケムシ』

 

 

トミーの『MO手術』のベースとなったこの生物は、『ウインド・スパイダー』の異名がつくほどに素早く、クモ網には他の例がないほどに気管が発達し長時間の持久戦を可能とした驚異の生物だ。

 

 

「Hey,guys.ハンバーグの素材になる準備はできてるかい?」

 

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 

そして、その牙は小鳥やヘビの骨ぐらいであれば難なく切断しあっという間にミンチ肉にしてしまえる程に強力だ。トミーはその自慢の速さとスタミナにモノを言わせて素早く接近し、相手を牙でズタズタに切り裂いた。トミーに近付いた者はミキサーに放り込まれた生肉のようにズタズタされ、その命は絶たれた。気付けば、追手は全滅させていた。

 

 

 

「行くよジェシー!今のうちだ!!」

 

 

彼はすぐさまジェシカを抱え、逃亡を再開した。雨でぬかるんだ地面は思うように彼を前に進ませてはくれなかったが、充分逃げ切れる速さだ。

 

 

「トミー……あたし恐い」

 

 

そんな時、ジェシカの怯えた声が耳に届いた。

 

 

「おいおいジェシー、確かにこの姿はグロテスクだけど僕だって好きでこの生物をベースに選んだワケじゃないんだぜ?」

 

 

「ううん、違うの。このまま無事に逃げ切れるのかなって……」

 

 

「……大丈夫だよ、ジェシー」

 

 

トミーは、こんな状況であるにも関わらず優しくジェシカを宥めた。生きるか死ぬかの切迫した状況であるにも関わらず、全力で逃げながらも、相手に対する心遣いを絶やさなかった。

 

 

「この前の時だって君と僕は生き延びただろ?だから今度もきっと大丈夫だよ。今までもこれからも、ずっとそうだっただろ?」

 

 

2人は24年間の歳月を共にした幼馴染みだった。ずっと、臆病なジェシカをトミーが守ってきた。そのうち、2人の間に自然と愛が芽生えた。

 

 

「……えへへ。そうね」

 

 

ジェシカが笑って安堵した表情を見せると、相手を安心させる為に彼もまた彼女に笑顔を返した。しかし、心の中では表情は未だに強張っていた。一刻も早くこの村を脱出してヘリとの合流地点を目指さなければ。そんな思いが彼の足を急かし、ついに村の出入口が目と鼻の先まで迫った。その時だった。

 

 

「貴方は神を信じますか?」

 

 

そんな声が村の出入口から響いたかと思えば、この場には不相応な神父服を着た痩せ細った男が物陰からヌッと現れた。その胸には雨で濡れたせいでビショビショの聖書を抱えている。

 

 

「邪魔だ!!」

 

 

トミーは一瞬で判断を下した。精神をやられた村人の生き残りかと一瞬攻撃を躊躇ったが、すぐにその迷いと甘さを吹き飛ばした。もし連中の仲間だったとしたら間違いなく後ろから刺されてしまう。自分の腕の中にはジェシカもいる。自分だけの命ではない以上躊躇うことなく仕留めるのが吉だ。

 

 

トミーはジェシカを左手で抱えると、もう片方の手で容赦なく『ブラックキラーヒヨケムシ』の巨大な牙で相手の男の胸を貫いた。

 

 

「キャッ!!」

 

 

男の胸から返り血がスプリンクラーの如く景気よく噴き出し、ジェシカの顔を真っ赤に染めた。グロテスクなものが苦手な彼女にショッキングなものを見せてしまったが、そこまでは気遣う余裕は今のトミーにはない。トミーは男の死体を蹴り飛ばして牙を引き抜くと、村をそのまま後にしようと出入口の門をくぐり抜けようとした。その時だった。

 

 

「 貴方は神を信じますか? 」

 

 

親父のような出で立ちの男は何事もなかったかのように起き上がると、聖書の中に隠し持っていた刃物をトミーの背中に突き刺した。ヌルリとした嫌な感触と激痛がトミーを襲い、彼は思わず膝をついた。

 

 

ツノゼミによる強化アミロースの甲皮を得ているとはいえ、彼のベース生物である『ブラックキラーヒヨケムシ』は『リオック』などの昆虫と同様にソフトインセクトと呼ばれる分類に入っている。この種の昆虫は『甲虫』と呼ばれる昆虫と比べて運動機能は高いがその甲皮は薄く、防御力に欠けていた。

 

 

「私が……私自身が神なのです!」

 

 

男は気持ちの悪いニタリとした笑みを浮かべると、トミーがこの男にしたように彼を蹴り飛ばし、背中からナイフを引き抜いた。

 

 

「嫌……嫌ぁ!トミー!トミー!!」

 

 

雨音混じりに、ジェシカの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡った。親父のような男は、そんなジェシカを見て舌をなめずった後彼女の腕を乱暴に掴んだ。

 

 

「さあ、巫女よ。その(からだ)を神である私に捧げるのです」

 

 

「ヒッ……!!」

 

 

男はジェシカに顔を近づけた。すると、暗闇の中で朧気だった男の顔がようやく浮かび上がった。その顔は意外にも彼女も見覚えのある人物の顔だった。

 

 

『ケネス・N・アイゴネス』

 

 

ニュースで見覚えがあった。教会に身を置いていたにも関わらず、婦女暴行及び強姦してい相手を殺害したことから死刑宣告を言い渡された死刑囚。死刑は、3年前に執行されたはずなのだ。

 

 

トミーも霞む視界の中で、その男が『ケネス・N・アイゴネス』であることに気付いた。何故世間を騒がせた殺人犯がこの場にいるのか。そんなことはどうでもよかった。問題はこのままではジェシカがこの外道に犯され、殺されてしまうことだ。そんなことはさせない。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

トミーは激痛がはしる身体を無理矢理振るい立たせ、ケネスへと腕に生えた牙を突き刺そうと奮い立った。直後、肉に鋭いものが突き刺さる音がその場に響いた。

 

 

しかし、トミーの腕から生えた牙はケネスに突き刺さっていなかった。それどころか、何かがトミーの腹部に風穴(・ ・)を開けた直後だった。

 

 

トミーは自らの身に何が起こったのか数秒の時間を要した。激痛だけでなく、身体が激しく麻痺し痙攣した。恐らくは()か何かだろう。自らの身に風穴を空けた何かが飛んできた方向に目を傾けると、丘の上には変異した右腕をかざす人物が立っていた。トミーも見覚えのある人物である。3日前の『地球組』の集会で出会った人物だ。

 

 

「そうか……君が裏切り者だったか」

 

 

トミーは、徐々にボヤけていく意識の中で苦く笑う。どこか予想はしていたが、対処できなければ意味はない。少しでも不信感を感じていたのだから、司令に持ちかけていればよかった。

 

 

そんな風に自分の判断を悔いるトミーに、『地球組』の裏切り者は駄目押しで何か(・ ・)をトミーに放った。鋭いものが肉を突き抜ける音が再び辺りに響いた。しかし、トミーに痛みはなかった。身体が死に近付き最早痛覚が失せてしまったのだろうか。

 

 

しかしその予想は一瞬で裏切られた。ポタポタと新たに流れた鮮血が、トミーの前にポタリと滴り落ちたからだ。そして、その鮮血の主はトミーのものではなかった。

 

 

「……大……丈夫?トミー?」

 

 

「ジェシカ!!」

 

 

ジェシカがトミーを庇ったのだ。彼女の腹部にもトミーと同様に何らかの凶器によって空けられた風穴が空いていた。

 

 

「どうしてだ……僕は……もう助からないのに君まで死ぬことはないよ……」

 

 

呆然と自身を眺めるトミーを見て、ジェシカは死を間近にしているとは思えない程に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「いっつも、トミーに守られてばっかだったから……私も1度ぐらい……死ぬ前に1度ぐらい……貴方のこと……守って、あげたくて」

 

 

ジェシカは涙をボロボロとこぼしながら自らの心境を語った。24年間生まれてからずっと自身を守ってくれていたトミーに対する深い愛が、彼女をそうさせたのだ。トミーは、彼女から受け取った愛を噛みしめる度に涙をこぼしつつ、死に際に強く彼女の掌を握り締めた。薄れゆく意識の中、彼女もまた同様にトミーの手を強く握り返す。その時だった。

 

 

「わ゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!この女『中古』かよお゛お゛お゛お゛!処女!!処女ォ!!ギッブミーヴァアアジン!!!!」

 

 

2人の深い愛のやり取りに水を差すかのように、突如ヒステリックを起こしたケネスが、手にした刃物で何度も2人を突き刺したのだ。何度も何度も、彼等の命が尽きようとも。

 

 

「 ──────────── 」

 

 

そんなケネスを見て、トミーとジェシカに何かを放ち彼等を殺害した『地球組』の裏切り者が困惑しつつも言葉をかけた。神父の癖に他人の愛を祝福できないのか、と。

 

 

「黙れ!私は穢れ無き乙女を抱くことにしか興味ないのです!このビッチと男が死ねばこの穢れ無き乙女達が来るのでしょう!?」

 

 

ケネスは3枚の写真を取り出した。それは『地球組』メンバーの顔写真であった。桜唯香、アズサ・S・サンシャイン、美月レナの写真。ケネスはニタニタと彼女達の写真を眺め回した後、その写真を舐め回した。それを見て地球組の裏切り者は異常だ、と苦く笑った。

 

 

 

 

 

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突如、何もない空間の中にクーガは放り込まれた。辺り一面は暗闇に包まれ、まるで炎を焦がしたかのような強い(にお)いが鼻腔を刺激した。この匂いは普通に生きていたら一生嗅ぐことはない臭いだ。戦場の臭いだ。暗闇にようやく目が慣れ始た時、1人の人影が暗闇の中から現れた。

 

 

(かど)を曲がった拍子に仲間が死ぬのがそんなに珍しいか?クソガキ……」

 

 

その男は仲間の死を悼むクーガに挑発的な言葉をかけた。幼い頃より戦場を駆け抜け、死の重大さを重んじてきたクーガをその一言は堪らなくイラつかせた。それに何より、その人物の声が鼓膜を撫でただけでクーガを堪らなく腹立たしい気持ちにさせた。

 

 

「何が言いてぇ……」

 

 

「んーだよ 死んだ仲間達みてぇに死ぬのが恐ェのか?そんなに童貞のまま死にたくねぇなら隣にいる女の乳しゃぶって無理矢理犯しとけばいいじゃねぇか?あ?」

 

 

彼のその一言はクーガの神経を昂らせ、躊躇いもなく彼の顔面に正拳を放たせるには充分すぎる一言だった。クーガは怒りに任せて彼に正拳を放つ。しかし、

 

 

「─────ってお前が戦おうとしてるクソムシ(・ ・ ・ ・)共も思ってるぜ?どうせな」

 

 

暗闇の中の男はクーガの上腕を抑えてその拳が放たれるのを封じた。凄まじい力で押さえられ、ビクともしない。

 

 

「サムライに育てられただけあっていいパンチじゃねぇか。だが殺意(こいつ)はとっときな。お前の仲間をぶっ殺した奴等によ」

 

男は微笑むと腕を抑えてた力を抜き、クーガの肩に手を力強く置いて口を開いた。

 

「お前は俺が嫌いなんだろ?俺に会いたくねぇなら意地でも死ぬんじゃねぇ」

 

 

男は不器用にクーガに言葉をかけると、暗闇の中のに溶けていった。急いで追いかけようと足を動かそうとしたところで、クーガの意識も彼の姿と同様に暗闇のの中に溶けていった。

 

 

 

 

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チュンチュン、という雀だか野生の野鳥だかわからない鳴き声でクーガは目を覚ました。どうやら先に起床したらしく、唯香の姿はなかった。

 

 

「…………」

 

 

クーガは先程まで見ていた夢の内容を反芻した。男に叩かれた肩が、こころなしか夢から覚めた今でも暖かく、心は火を灯されたかのようにほんのりと熱かった。不思議なことに、まるで雨模様のようにドンヨリとしていた心の迷いも今ではもう吹き飛んでいた。

 

 

「……朝飯食うか」

 

 

心に僅かな余裕が生まれたところで、急激な空腹がクーガを襲った。集会の日以降ろくに食べていなかった反動が今になってきたのだ。朝食を食べようと下に降りていくと、ハゲゴキさん、ゴキちゃん、唯香がテーブルに座ってクーガを待っていた。

 

 

「じょう」

 

 

ゴキちゃんが、唐突に何かを差し出した。クーガの好物のおでんのつもりなのか、それはゆで卵と大根とカイコガを串で刺したものだった。

 

 

「……ゴキちゃんがね、最近私達が元気ないからって理由で朝ごはん作ってくれたんだって」

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

「…………あはは。刺さってるそのカイコガはハゲゴキさんのおやつなんだって。きちんとお礼言わないとね」

 

 

唯香はこころなしか(やつ)れた様子で会話をした後に、クーガの体のサイズとは全く見合わない小さな弁当箱を彼に差し出しながら口を開く。

 

 

「……今朝ね、蛭間司令から連絡が来たの。スイスで任務にあたってた第6位の人とその『サポーター』の人が消息を絶ったって。だから、クーガ君に調査に行って欲しいって」

 

 

唯香は弁当箱を差し出す唯香の手は震え、その瞳からは大粒の雨のような涙がポタリ、ポタリとこぼれ始めた。

 

 

「今回は危険すぎるから私はついてっちゃ駄目だって。それって……とっても危ないってことだよね?私恐いよ……クーガ君まで死んじゃわないかって」

 

 

そう本心を打ち明けた唯香を、クーガはそっと抱き締めた。唐突な行動にゴキちゃんとハゲゴキさんは呆気に取られ、唯香も1伯置いてクーガに抱き締められた事実をようやく実感し始め頬を赤らめた。

 

 

「ふえっ!?ク、クーガ君!?」

 

 

恋愛沙汰に自らと同じぐらい疎いクーガが躊躇いもなく抱き締めたことに驚いたが、唯香は察した。クーガは恐らく自分を落ち着かせる為に抱擁したのだと。

 

 

「オレは絶対に生きてアンタのところに戻ってくる。それにアネックスの連中と約束した。お前らが留守の間地球を必ず守ってみせるって。だからオレを行かせてくれ、唯香さん」

 

 

唯香は瞳からこぼした涙と紅潮させた頬、何より自身の心を落ち着かせた。覚悟していたとはいえ、その時になるとこうも慌てふためいてしまうものなのだろうか。人間の心というのは非常に歪で矛盾そのものなのかもしれない。

 

 

唯香は暫く葛藤した後に、クーガにとって最良の道を模索し、ただ一言、静かにこう告げた。

 

 

「……行ってらっしゃい、クーガ君」

 

 

 

 

 

 

 

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─────────

 

 

 

 

12時間後、スイスヴァルス村の遥か上空にて。

 

 

「すまねぇ、この高さが限界だ。これ以上高度を下げてしまっては敵に発見される恐れがある」

 

 

ヘリの操縦士がそうクーガに詫びると、クーガは装備を整えながら構わねーよと返した。そんな風に危険な任務を前にしても尚、淡々と装備を整えるクーガを見て操縦士は思わず彼に思っていたことを

 

 

「しっかしよくこんな任務引き受ける気になったな、俺だったら可愛い『サポーター』さんとやらと愛の逃避行してるとこだぜ」

 

 

「ブッ!!!!」

 

 

操縦士が放った一言にクーガは激しくむせ返り、同時に林檎のように頬を赤らめた。

 

 

「オレと唯香さんはそんな仲じゃねぇ!つうかなんでアンタがそんなこと知ってんだよ!?」

 

 

「俺自身はUーNASAの末端職員なんだけどよ、こないだ乗っけたアズサってお嬢様から結婚間近って聞いてるぜ?」

 

 

「あんの野郎!!」

 

 

高らかにオホホホホ、と自身を嘲笑うアズサの声と顔が浮かんできた。恐らくレナもそこに加わってさぞ色々と面白おかしく脚色してくれたことだろう。

 

 

「で、その人は出発する時何て言ってくれた訳よ?」

 

 

「……ただ一言『行ってらっしゃい』って」

 

 

「そいつぁいい女だな。本当は辛かっただろうに」

 

 

唯香はクーガが決意を打ち明けた後は引き留めようとせず、快く送り出してくれた。クーガは戦場を駆けていた頃から様々な人間を見てきたが、あれは本心を押し殺した人間の目に似ていた。

 

 

「……オレの知ってる中じゃ1番いい女だよ」

 

 

「そんな女が待っててくれてんなら死ねないな。アンタが合流地点に来てくれるように祈ってるよ」

 

 

「ああ。……それにどうやら死んだら1番嫌いな奴とあの世でにらめっこするハメになるらしくてよ、どうしても死ぬ訳にはいかなくなった」

 

 

その1番嫌いな奴ってのはどんなやつだい?そう聞かれたクーガは不敵に微笑むとオレに似た奴だよ、と答えてヘリから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

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パラシュートで降り立った降下地点から暫く歩くと、問題の村が見えてきた。陰鬱としたいかにも、という感じの不気味な村だ。

 

 

「さて、と」

 

 

クーガは目標となる村を前にして、パラシュートで着地した際の衝撃で装備に破損がないかもう1度点検しようと腰を下ろした。そんな時、ふと視界の端に何かが映った。それは、出来れば見たくないものだった。

 

 

『集会』のあの日、会場にいた『地球組』の同胞トミー・マコーミックとジェシカ・ブラウンだ。2人とも身体全体に刺し傷が見られ、惨たらしく殺されたことが伺えた。

 

 

恐らく村民は殺され、村自体が乗っ取られたという噂は事実なのだろう。命を命と思わない野蛮な行いにクーガは吐き気を覚えた。彼処にいる連中が命を粗末に扱う連中なのであれば、こちらも躊躇うことなく始末するまでだ。

 

 

「……待っててくれ、あそこにいるゴミ共を始末したら必ず戻ってきて手厚く葬儀して貰えるように頼んでおくからよ」

 

 

仲間の死体を眺める度にフツフツと沸き上がる怒りを胸に、クーガ・リーは3本の『薬』と懐に忍ばせたナイフの感触を確かめた後に戦う決意を固めた。

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせて貰うぜ?」

 

 

クソムシ共。

 

 

 

 

 







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